第23話 虚妄の青春行進曲4
三人は頼りない立て看板に封鎖されたシャワー室の中でその時を待った。
やがて壁越しに聴こえていた喧騒が、開かれた更衣室の扉の外から雪崩れ込んできた。女子生徒の人数はおよそ一〇人前後。
天真も今更になって、罪悪感染みたものが芽生え始めたせいか、心臓が少しだけ高鳴っていた。ただし後悔が先に立たないのは、彼にとって日常茶飯事である。
「キタ! キタキタキタ――――ッ!!」
「だからお前は声デカいっつうの!」
慌てて景虎の口を塞いだ和馬は、そのまま壁に耳を当てて更衣室内の様子を探る。
するとタイミング良く、とある女子生徒が興味深い話題を切り出した。
「そういえばハルナってさ、天道寺と付き合ってんの?」
「へっ!? な、なんで?」
「だっていっつも一緒にいるし。他の男子からの告白も断ってるっしょ」
聞かれたハルナは頬を染め、もじもじと指を突き合わせる。
「それは幼馴染だから……でも別に付き合ってるわけじゃ」
ハルナの受け答えに、景虎がぎりぎりと歯を食いしばっていた。
そして尚もガールズトークは続く。
「そういえば転校生の子、あの子も天道寺と仲良さそうだったよね」
「凛音ちゃん? んー、仲は良くないと思うけど。喧嘩してたし」
「喧嘩するほどなんとやらって言うじゃない」
友人の意地悪い言葉に対し、ハルナはきょとんとしていた。
確かに無愛嬌な天真が、悪態といえど凛音に対してはハッキリと態度を示している。
従来の彼なら嫌悪する存在は、徹底的に無視をしていたはずなのだ。
「それなら私もちょっと嬉しいかも……」
「はぁ? ライバルになるかもしれないのに?」
天真も相当な変わり者だが、そんな彼に想いを寄せるハルナも大概であった。
「大将、そこのとこどうなのよ?」
「どう、と言われてもな……」
天真は答えあぐねた様子で、頭をぼりぼりと掻いていた。
凛音のことは鬼の血族で、祖父の旧友ということぐらいしか知らない。彼女が鬼だと説明しても信じるわけがないし、一応、機密ということになっている手前はぐらかした。
それに異性としてどうかと聞かれたところで、彼はまだその答えに確信が持てなかった。その想いが本当に自分のものなのか、恋愛自体に疎い天真には判断がつかなかったのだ。
「ハッキリしろよ、ボケ」
「あいつはよく分からん」
和馬と景虎は同時に心の中で思っていた。
((一番分からんのはオマエだ))
水着を脱いだ女子達は、各々シャワー個室へと入りだした。そして一部始終を鏡越しに見ていた和馬と景虎の二人は、興奮のクライマックスを迎えていた。
「うおおおっ! 来たぜ大将!」
「み、見え…………ないじゃねえか! 湯気で鏡が曇ってるじゃねえか! ボケが!」
やはり失敗したか、と天真は自らの計画失敗を何となく予見していた。
「ひゃあ――ッ!!」
(バ、バレた!?)
悲鳴を耳にした和馬と景虎は、覗きが発覚してしまったことを恐れ震え上がった。しかしそんな彼らを余所に、天真は隠れていたシャワー室のカーテンを開いて外へと飛び出した。
少女達のあられもない裸体を前にした彼だったが、そんな物には目もくれず悲鳴の元へと駆けつける。そこにはシャワー室でへたり込んでいたハルナの姿があった。
「ハルナ大丈夫か!?」
「て……天真?」
悲鳴を上げたのがハルナだったことを、天真は声で分かっていた。
シャワー室の小窓を開き不審者の有無を確認。湯の温度を手で測り異常の有無を確認。そうして一通りの安全を確認すると、彼は満足したように息を吐いた。
「ふぅ、異常無し」
「キャアアアアアァ――――――ッ!!」
「変態っ! 覗き魔ぁ――ッ!!」
「こっちにも二人いるよぉ!!」
「異常なのはアンタでしょ!」
その後、更衣室内が阿鼻叫喚を極めたのは言うまでもない。
ちなみにハルナが悲鳴を上げた理由を天真が後で尋ねたところ、シャワー室にムカデがいたので驚いたという下らないものだった。