第22話 虚妄の青春行進曲3
「和馬」
「どうした、大将」
「これはいわゆるノゾキという犯罪行為だと思うのだが」
久那木和馬は室内プール場にある小窓の前で、屈みながら中を双眼鏡で覗いていた。
そんな彼に用事があるからと天真は呼び出され今ここにいる。
さらに和馬の横には、当然のように吉備景虎もいた。
「何で俺まで呼ぶんだよ、ボケコラ」
「とか何とか言って、お前もめっちゃ見てるじゃねえか」
「うるせえ、今日は部活休みだから暇なんだよ、ボケ」
室内では多くの女子生徒が水泳の補習に勤しんでいた。
七童子高校には室内プール場がある為、体育の授業には季節に関係なく水泳の授業がある。
本日はその補習授業が放課後に行われていた。
「見ろよ大将! 四祈宮もいるぞ! 今日は当たりだ!」
一人興奮している和馬を横目に、天真は冷静に室内を観察していた。
「今日はということは、いつも覗いているのか」
そういえばハルナは水泳が苦手だったなと、天真は幼馴染のプロフィールを思い出した。
「中坊の時からホント変わらねえな。和馬のエロボケは」
と悪態をつきながらも、景虎は食い入るように中を覗いている。隠してはいるが、彼も実はハルナに淡い恋心を寄せている少年の一人だった。そうした理由もあって、天真に対し一方的なライバル心を燃やしている。
「んでトラよ、君の選乳眼から見てズバリ、四祈宮のサイズはいかほどかね?」
「そ、そうだな……はちじゅ、いや……」
「トップ88、アンダー65のFカップだ」
解答に苦慮していた景虎の横で、天真がさらりと答えた。
「何でお前にそんな事わかるんだよ。しかも細けえよ、ボケ」
「今朝、触って確かめた」
「なにぃ――ッ!! おまおまおまおま、お前なぁ!」
景虎が天真の胸倉を掴もうとしたところで、それを和馬が後ろから止めた。
「声デケえよ! バレたらどうすんだ!」
興奮する景虎をなだめた和馬は、「ふぅ」と一息をついて人差し指を立てる。
「いいかね諸君、ここからが重要なのだ」
シリアスな表情の和馬とは逆に、景虎と天真は呆れた様子で二の句を待っていた。
「補修が終わった後、彼女達が次に行くのはどこかね? そう、後は言わずもがな」
女子更衣室にて女子生徒の着替えを覗く。
言外に伝えられた和馬の提案には、然しもの景虎も引いていた。
「おまっ……さすがにそれは不味いだろ、ボケ」
「なんだトラ、ビビってんのか?」
「別にビビってねえし!」
和馬の安い挑発に乗った景虎が、我先にと更衣室までの道を歩き出した。
更衣室は室内プール場の中に併設されており、覗く場合は必然的に中へ入らなければならない。しかし見張りがいるわけでもなく、侵入することは容易かった。
「諸君、ファーストミッションはクリアだ」
和馬が更衣室の前で立ち止まり振り返る。
補修が終わるまでまだ少し時間の猶予があり、和馬はセカンドミッションの説明を始めた。
更衣室内はシャワー室にもなっており、複数の着替え用ロッカーと掃除用具入れがある。
「となれば当然、俺等が入るのは掃除用具入れのロッカーになるわけだ」
「いや、このロッカーに三人は無理だ」
掃除用具入れは通常ロッカーより大きめではあったが、それでも高校生男子が三人も入るスペースはない。そこで天真は別の作戦を提案することにした。
「この場は敢えてシャワー室に入る」
「は? いやいや何故そうなる」
「まぁ聞け。この一番奥のシャワー室の前にこれを立て掛けておくことで――」
天真はそう言いながら、どこからか《故障中》と書かれた立て看板を持ち出してきた。
「――誰もここには入らず、怪しまれることなく覗けるという寸法だ」
「大将……やはり天才か」
「それじゃあ俺等が外を見れねえだろ、ボケ」
景虎の指摘は尤もであり、この状態では室外にいるのと大差がなかった。
「そこでこれを使う」
次に天真が取り出したのは鏡。
彼はシャワー室の壁に掛けられていた鏡を剥ぎ取り、シャワー個室が並ぶ通路の一番奥にそれを張り付けた。さらに個室と通路を隔てるカーテンにハサミで丸い小穴を開ける。
「この穴から鏡を覗き、その反射を利用すれば通路を行く女子、そして奥のロッカールームで着替えをする女子も両方視える。隙を生じぬ二段構えだ」
淡々と仕掛けと解説を終えた天真に対し、景虎はおろか、和馬でさえ面を喰らっていた。
「大将……やはり天才か。なぜハサミを携帯しているのかは問わん」
「いやただの変態だろが、ボケ」
天真は生来の生真面目さから、あらぬ方向にまで全力を出すことが多々あった。
覗き行為が犯罪だとは理解しつつも、彼は正義感よりも可能性を模索することを優先する。
それは自らの運命に抗おうとする意思が根底にあり、今回の場合は『完全な覗き行為を成立させることが可能なのか?』という、彼なりの命題に基いて発案された作戦であった。
そうこうしている内に更衣室の外からガヤガヤと話し声が聴こえ、補修を終えた女子生徒達が戻ってきた。
「おい……マジで来たぞ、ボケ」
「アホか、ここまできたら腹を括るしかねえだろ」