表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天道寺天真の陰陽終末戦線  作者: くろえ
22/50

第21話 虚妄の青春行進曲2

「紙キレの人間か……」


 通学途中の登り坂を行く同年代の学生達も、ただの紙キレに魂を封じられた元人間。

 真実を知った天真は、今の世界が色褪せて見えた。

 鬼の襲来時には陰陽連の関係者以外は形代へと戻り記憶は残らない。街の外へ出ようと考えれば、その思考は寸断され記憶は書き換えられる。

 凛音曰く、魂魄状態は肉体という頸木が無いために記憶の操作が容易らしい。そういう命令(プログラム)を形代に施しているのだと彼女は語っていた。だが正直な話、天真にとってはこの世界が現実だろうと、偽物だろうとどうでもよかった。自分はどちらにしても何も出来やしない。


(結局、最後にはすべて失うだけだ)


 二度に渡る鬼との戦いに勝利しても、天真の心に光明など射してはいない。

 彼にとって過程は何の意味も持たないのだ。まだ鬼との戦いが続くというのなら、依然として自分の行き着く先に待っているのは、失敗と喪失だけだ。何も掴めはしない。

 天真はそんな風に考え、恨めしい視線をどこにでもなく向けていた。すると背後から肩に手を回され、聞き覚えのある声が掛けられた。


「大将、朝から辛気臭い面してんなぁ」

「和馬か」


 爽やかな笑顔で現れた長髪の少年の名は久那木和馬(くなきかずま)

 彼は吉備景虎と同じ、中学時代は野球部員だった。しかし高校では帰宅部であり、気ままな高校ライフを満喫している。


「聞いたぜ大将、クラスにえらい美少女が転校してきたらしいじゃないか」

「凛音のことか」

「すでに下の名前呼びだと!? くっ、四祈宮といい何故に大将ばっかり!」


 景虎と違い和馬が高校で野球部に入らなかったのは、モテないからという理由からだった。

 確かに面構え自体は悪くないのだが、いかんせん適当で軟派な性格の持ち主であり、同学年の女子生徒からの評判はいまいちである。


「和馬はハルナが好きだったのか?」

「バッカか大将、あんなレベルの高い女子を嫌う野郎などいるか! そんな奴はホモ以外には存在しねえ!」

「そうなのか」

「そうなのだ! ってことで今度デートに誘ってもいいかね?」

「いや、俺はホモじゃないが」

「お前を誘ったんじゃねえよ!?  どう文脈を解釈したらそうなるんだよ! 四祈宮をだろ!」

「……なぜ俺に断るんだ?」


 真顔で問いを返した天真に対し、和馬は大仰な溜め息を吐いて天を仰ぐ。

 この鈍感を絵に描いたような少年のどこが良いのかと、和馬は空に妄想(イメージ)したハルナに問うていた。


「四祈宮も苦労しそうだな」


 和馬の言葉の意味が分からず、天真は同じ空をぼーっと眺めていた。


 下駄箱で和馬と別れ、天真は職員室へと足を運んだ。

 戸を引いて中に入ると、がらんとした室内の中で、たった一人だけ机に突っ伏して寝ている京子の背中が見えた。いつもの様に芋ジャージをカーディガン代わりに羽織っている。


「京子ちゃん」

「ぅ……ん」


 名を呼ばれた京子は、どろっとした眠気の中で顔をしかめて目を薄く開いた。

 机に張り付いていた頬が紅く染まり、口の端からは涎がわずかに垂れている。

 京子は少し青ざめた顔で、頭痛を堪えるようにして眉間を押さえていた。


「二日酔いか?」

「うぅ、頭痛い」


 昨晩、陰陽連で陰日向橙矢を弔う会が催された。

 その会合には天真も参加していたのだが、京子はかなりお酒を飲んでいた事を覚えている。


「らしくないな」

「橙矢君が死んだのは、作戦指揮官である私の所為だもの」


 京子はそう言いながら瞳を潤ませていた。しかし天真はそうは思ってない。誰の所為かと聞かれれば、それはおそらく自分だろうと考えていた。

 結果的に天真はオウガに搭乗して戦った。その決断を躊躇わずに、もっと早く戦っていれば、陰日向橙矢を死なせずに済んだかもしれない。そう考えれば後悔すべきなのは、やはり自分なのだと天真には思えた。


「俺達は生きていると言えるのか? 紙キレの俺達が」

「…………その為のプロジェクト・オウガよ」


 同時刻――

 昨日の戦場である花房山の近郊に、凛音は独りで来ていた。

 二度の戦闘で荒地と化したその場所は、瓦礫と木々が散らばっている。

 鬼が消滅した爆心地には小規模なクレーターが出来ていた。

 その中央に立ち、凛音は持参した一升瓶を開ける。そして中身を大地に注ぎだした。


「……果心、黄泉、天狗はおそらく火流羅(かるら)か」


 酒精が乾いた大地に吸われていく。

 先に逝った同胞を偲び、凛音は儚げな微笑を湛えていた。

 記憶にある姿形とは違えど、かつては共に生き、喜びと悲しみを分かち合った者達。

 彼らとは袂を分かったとはいえ、望郷の中にある思い出は今も色褪せてはいなかった。


「天真は強かったじゃろう。汝らも益荒男として悔い無き最期であったと信じたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ