第20話 虚妄の青春行進曲1
(この感触も、この温もりも全部ニセモノだというのか)
「……ひっ」
ハルナは登校中に出会った幼馴染の少年から、突如として胸を触られていた。というか鷲掴みにされ、揉まれていた。
「なっ……ななな――!?」
「ハルナ、やはり以前より大きくなったようだな」
天真は至極真面目な顔と口調でそう言った。彼は昔からこういう事を平然としてみせる。
そこには誰も憧れないし痺れもしないが、幼馴染の少女は赤面して小さくなっていた。
「あ、あの……天真、そういうのは……その付き合ってからじゃないと」
「何か言ったか? よく聞き取れなかったのだが」
「ななななんでもない!」
ハルナはそう言いながら走って先に行ってしまった。
「何か気に障ることをしたのだろうか」などと朴念仁極まりないことを呟き、天真は青空を見上げる。そして昨日の鬼との戦い、その後のことを思い返していた。
『一〇年前、人類は鬼に敗れた。そして今いるこの忘念郷は、元は鬼がいた世界なのじゃ』
本来、鬼はこの無彩色の世界・忘念郷に封じられた存在であり、結界を破り人間の住む世界へ侵攻してくる敵だった。しかし一〇年前の侵攻でオウガは大破し、陰陽連は一時的に戦う術を失った。
陰陽連は続く鬼の侵攻を防げず、存在する六体全ての鬼に結界を突破されてしまった。そして鬼は日本だけに留まらず、世界各地を破壊し人間を殺戮し始めた。
人類文明は崩壊し、わずか一週間の内に世界人口の一〇分の一が失われていた。
『馬鹿な……いくら鬼が強いとはいえ、そんな短期間で世界が。米国は? その他の国の軍隊はどうしたんだ!?』
『鬼が本来持っている力は先に戦ったものとは比にならん。アレは妾と玄真が張った結界内で戦っているからこそなのじゃ』
七童子市の外部で人間は生きることができない。
その原因が街の外部を浸食している〈亡念フィールド〉と呼ばれる特殊な力場である。そしてなにより厄介なのが、その力場は鬼が出現するとより活性化し、鬼の力をさらに強める特性を持っていた。
凛音はオウガを介し力場を抑え込むことで、鬼本来の力を封じ、且つ街の浸食も防いでいた。
しかし玄真が死んだことで、凛音がそれを一手に引き受けることになってしまった。故に二体同時に現れた時、彼女の負担が増大したのである。それがオウガの操縦を天真に任せている理由でもあった。
前の世界で鬼の侵攻を止めることができなかった陰陽連は、最後の手段に出た――。
現存する人類を見捨て、オウガ、そして七童子市のみを次元跳躍させるという強行手段を取ったのだ。その次元跳躍に必要な膨大な霊力は、玄真が自らの命を燃やし尽くすことで賄ったのだった。
『玄真は長い天道寺家の歴史の中でも、類い稀なる才を持つ陰陽師じゃった。そんな男が命を縮めて守ったのが……この街じゃ』
振り返った先に見える七童子市の街並み。
天真にとっては、この街だけが残された世界の真実だった。
『街だけか。翁さんが守ったのは』
『そう、人間は疾うに死んでいる。学校で形代を見たのじゃろう?』
『あぁ、ずっと不自然だとは思っていた。初めてオウガに乗った時、腕が消えたのは幻ではなかったんだな。そもそも肉体が無いということか』
人間は次元の跳躍にその肉体が耐えられなかった。魂魄を封じた形代と呼ばれる紙細工は、その人間の記憶と肉体を再現させる為の器。
七童子市の人間はすべて、凛音が造った形代に魂魄を封じられた存在。それは生者でも死者でもない、ひどく曖昧な存在だった。