第18話 覚醒と邂逅
「メイン葬者の魂魄色にも異常発生! グレーゾーンへと変色! このままでは魂魄溶融で精神が崩壊します!」
「天真!」
オウガは機体背部の天輪から黄金の輝きを放ち、各部から霊子を蒸気のように噴出させた。そして口部のフェイスガードが開き、世界が震えているかと思うほどの雄叫びを上げる。
『オオオオオオオオオオオ――――――ッ!!』
「天真……?」
オウガの咆哮を機に凛音は意識を取り戻した。
直後にオウガの胸部が開き、砲身となる穴隙が露出する。
「まさか!?」
凛音が異変を察し、オウガの武装リストを確認する。
そこには使用不能であるはずの武装が、全てアンロックされている衝撃の光景があった。
「街ごと消し飛ばすつもりか!?」
天刻のオウガ、拾番武装〈陰陽轟羅十二天砲〉。
それは背部の天輪を加速器とし、圧縮させた膨大な霊子を放つオウガ最大の武装だった。
仮にこの状況で全力照射された場合、七童子市の全域は跡形もなく灰燼に帰すだろう。
「法眼の娘! オウガの制御を妾に移譲させろ! 早急にじゃ!!」
『了解しました! オペレーティングシステムをサブ葬者へ移譲します!』
オウガの制御が凛音に移ったことにより、天真が受けていた精神汚染の余波が彼女にも流れ込んできた。
(そうか、羅刹は……御主じゃったのか果心。だとすると阿修羅は黄泉か)
凛音は同胞の意識に触れ、何かに納得したように目を伏せた。だが感傷に浸っている間も短く、彼女はすぐさま思考を切り替える。
『御前! 急いで十二天砲を止めてください!』
「今からでは間に合わぬ! 行き場を失った霊力が内部で爆裂するぞ!」
《陰陽轟羅十二天砲、発射スタンバイ。カウントスタート》
砲撃準備のカウントダウンが始まり、オウガの両脚部からスパイクが穿たれ、機体が大地に固定された。
《発射まで三〇秒――》
「天真、いい加減に目を覚まさぬか! この状況を打破できるのは御主しかおらんのだぞ!」
凛音は前部シートでぐったり項垂れている天真に呼びかけ続ける。
「天真、確かに御主にだけ見えるという凶星、その宿命の星から逃れることはできぬ」
やがてぴくりと天真の指先が動いた。
「しかし立ち向かうことはできる! 諦めるでない!」
「俺には無理だ…………何度も失敗してきた……失敗してきたんだ」
今にも途切れてしまいそうな弱々しい声音で彼は呟いた。
「いまさら寝言など聞かぬ! ならば何故、御主は今そこに座っておるのだ!!」
《残り二〇秒》
――凛音の言葉通り、天真は心の奥底では運命に抗うことを諦めていなかった。そして忘れかけていた祖父の言葉が脳裏をよぎった。心の底から諦めてなどいない自分がいることに気付かされた。
もしも本当に諦めていたのなら、今ここに、戦いの場に赴いてなどいない。
「…………ホントに……厄日だよ。くっそぉ――――ッ!!」
今日が厄日だったとしても、明日はきっと何かを変えられるかもしれない。そう信じて、薄く細い希望の糸に手を伸ばし続けてきたのだから。
そしてこの戦いにおいて、逃げてはならない理由が出来てしまった。
凛音が身を挺して自分を守ってくれた。そんな彼女に仇を返すような真似をするほど、天道寺天真がクズではなかったというだけの話だ。
「……? 天真……御主」
天真の身体から蒼白い光が溢れだしていた。さらに髪と瞳が、澄んだ瑠璃色へと染まっていく。その変貌に凛音は言葉を失っていた。
《残り一五秒》
そして額に浮かびあがった五芒星の紋様。
(て、天道桔梗紋……覚醒遺伝か!?)
『メイン葬者の霊力が急激に膨れ上がっています! 霊力臨界点突破!』
静かに両眼を開いた天真は、がらりとその雰囲気を変えていた。恐れも迷いもない真っ直ぐな眼差しが、正面から迫るタケミカヅチに向けられている。
「天魔伏滅……急急如律令」
天真の呪言を合図にして、オウガが右手を前方にかざした。
発動されたのは伍番武装〈陰陽障壁〉。
本来の用途は大極図型のバリアフィールドが、鬼からの攻撃を弾き返すというもの。ただこの時、天真は展開させた障壁を防御に使うのではなく、そのまま前方に押し出した。
《残り一〇秒》
オウガは対鬼専用の式神兵器。そして障壁は鬼のみを弾く性質を備えている。
タケミカヅチがその障壁に触れた瞬間、取り憑いていた羅刹の本体だけが機体から剥がされるように吹き飛んだ。
「姫、また会えましたな。お慕い申しておりました」
「て、てん……しん?」
《残り三秒》
灰色の空に枯れ木のような痩躯が舞い上がり、ディスプレイの追尾カーソルが青から赤へと変色して羅刹の本体がロックオンされた。
「十二天砲……発射」
《照準固定、射角安定。陰陽轟羅十二天砲――――、発射》
オウガの胸部から漆黒の波動が放射された。
成層圏にまでとどく凄絶な砲撃によって、貫かれた茜雲がドーナツ状に広がっていく。
そんな無慈悲な咆哮を受けた羅刹は、断末魔すらあげることなく一瞬の内に消滅していた。
《第二目標の撃滅を確認》
「コードN殲滅。ミッション……コンプリートしました」
アカネが作戦の完了を報じた。
司令所を含めた陰陽連内部は、しばしの間、水を打ったように静まり返っていた。
それはこの危機的状況を乗り切った事実を、誰もが容易には信じられなかったからだ。
「……我々は本当に勝ったのでしょうか」
呆然とモニター越しに佇むオウガを見ながら京子はそう呟いた。