第17話 過去
『タ、タケミカヅチの内部に魂魄反応を確認! これは、陰日向さんの反応です!』
「パイロット!? さっき喰われて死んだはずだ!」
憤慨する天真を他所に、タケミカヅチが動き始めた。燃え広がる炎の中を往くその姿は、正しく悪鬼羅刹であった。
(あいつ……キレてやがる)
天真は羅刹から発せられる怒気を感じていた。羅刹は仲間を殺されたことで明らかに怒っていた。暴力的な感情がオウガの機体を通してダイレクトに伝わってくる。
「ありゃりゃ、ぶっちゃけ不味いことになったなぁ」
モニターを眺めていた冷泉が独り言ように呟いた。
「冷泉局長、なぜ司令室に……?」
「いや格納庫のモニターちっさくてさ、戦場がよく見えないんだわ」
京子の冷ややかな視線を受けながら、冷泉はパイポを口で弄びながらおどけてみせた。
「それで何が不味いのですか?」
「オウガはあくまで鬼と戦うための兵器だからね。まぁ、それはミカちゃんも同じなんだけど、オウガは正真正銘の対鬼専用機。とどのつまり、人間の兵器を相手にするようには造られてないわけね」
「ミ、ミカちゃん……? (あぁ、タケミカヅチのことね)」
冷泉はタブレットに、オウガとタケミカヅチのスペックを並べて戦力値の計算をする。
「オウガの霊子装甲は鬼の攻撃に対してのみ威力を減衰させるもの。物理攻撃も同様で、霊子によって防御性能が高まっているからこそ、殴打戦にも対応できる。ソーシャルゲームでいえば、イベント専用の特効装備みたいなものかな」
「つまり、鬼以外の戦闘では性能を発揮できないと?」
「装甲はぶっちゃけコンクリ程度だね。殴ればオウガの腕が壊れるし、弐番、参番武装も同じ霊子装甲を持つミカちゃんには効果は薄いだろう」
「……天真」
「四祈宮さん、オウガの霊子コンデンサーに異常が認められます!」
「どうしたの?」
「霊子二重層キャパシタの陰極が増大中! このままでは相克が保てず自壊します!」
「次から次へと! 一体何が起きてるの!?」
司令所で異常を感知したと同時に、オウガに搭乗する天真にも異変が生じていた。
不安、恐怖、絶望、怒りと悲しみ、そして憎悪。あらゆる負の感情が濁流となって、天真の中に流れ込んできた。
それはまるで殺意の塊であり、憎しみの波濤だった。怨恨という名の渦に溺れ、沈んでいく己の精神がはっきりと感じられる。この激情の中、天真は運命に抗うことの無意味さを再認識させられていた。
(俺は……俺には結局なにもできはしない。あの時と同じだ……後悔だけしか残らない)
* * * * * *
始めは些細なことばかりだったのかもしれない。
しかし天真が本当の意味で心に傷を負ったのは、彼の実の両親が原因となっていた。
今では何処にいるのか、いや、生きてさえいるのかさえも分からない。
それは天真の姓がまだ天道寺に変わる前、四歳になったばかりの頃だった。
彼はすでに補助輪無しで自転車に乗れるようになっていた。同年代の子供の中でもかなり早い方だったろう。それが彼の小さな自慢であり、乗り方を教えてくれた父に感謝していた。
そして新品の自転車を買ってもらった翌日、父と共にサイクリングに出かけたのだ。
だがその時に不幸な事故が起きた。
天真は誤って車道へと飛び出してしまった。片手乗りが出来るようになったことを父に自慢したかった一心で、彼は信号が赤に変わったことに気付けなかった。それは単なる不注意で、彼が招いた失敗だった。
息子を救おうとした父は、飛び出してきたトラックの車輪に巻き込まれて重傷を負ってしまった。
すぐに病院へと運ばれ一命を取り留めたものの、片腕を失い、顔面は裂傷により酷い状態だった。しかし本当に悲惨なのはそれからだ。
父は怪我の影響で職も失い、醜い顔を他人に見られるのが嫌で一歩も外に出ようとしなくなった。そして心も次第に病んでいき、酒に逃げ、天真と母に暴力を振るう日々が続いた。そしてその後、母自身も天真に辛く当たるようになっていた。
やがて天真が五歳になった頃、暴力に耐えかねた母は息子を置き去りにして何処かへと姿を消し、それを追いかけるようにして父も行方をくらましていた。
あの時の母の顔は今でも天真の目に焼きついている。それは自分の息子に対し、決して向けてはならない類の表情だった。
自分が招いた一度の失敗で、家族という絆が断ち切られてしまった。
子供が遊ぶ積み木やドミノと同じ、ふとしたことがキッカケですべてが崩れ去った。
両親の失踪後、天真は祖父の家に預けられ、妹夫妻の養子となった。
それからも幾度となく彼の失敗は繰り返された。良心からの行為が、積み重ねてきた努力が、いつも大事な場面で最終的には失敗に終わる。裏目に出る。そして失い続けた。
他人からは「次は頑張れ」、「もう少しだったのに残念だったな」と、激励と同情の言葉を言われ続けた。だが何度やっても駄目だった。
野球もその失敗の一つだ。
必死に練習を重ね、努力して勝ち取ろうとしたレギュラーの座も、得ていたチームメイトからの信頼もすべて失った。他にも細かいことを挙げればキリがない。
別に彼の不幸自慢がしたかったわけじゃない。幸不幸の尺度は環境によって左右される。
彼よりどん底の人生を歩む人間など、世界にはいくらでもいるだろう。そんな人々からみれば、裕福な国に生まれただけで幸せだと思われるだろう。
しかし、いつしか天真は考えるようになった。
才能も努力も関係がない。
すべては運命で定められており、人はその鎖に縛られ続ける。
運命に逆らい続けても、やがて力尽きて流されるだけなのだと――。
空を見上げれば、いつでも紅い星が瞬いている。天真はそれが良くない星だということを理解していながら、どうすることもできなかった。
「戦って……戦い続けて、その先に何がある」