第15話 捕食
タケミカヅチはもはや満身創痍であった。
頭部と左腕、そして左前脚が損壊し、ライフルの残弾もゼロ。
残された武装は突撃槍〈蜻蛉切(T・ランス)〉のみ。それでも陰日向燈矢は退かなかった。
『燈矢君、いまからオウガを出撃させます。それまで持ち堪えてください』
「邪魔をするな……私が敵を倒す!!」
燈矢の心の中にあるのは憎悪だった。当主だった父・陰日向 正嗣が一〇年前の戦いで死に、家督を継いだ彼は亡父に誓ったのだ。
「鬼の殲滅は陰日向が成す! うおおぉ――ッ!!」
しかし、その願いは脆くも崩れ去る。
『燈矢君!!』
京子の叫びも虚しく、タケミカヅチは阿修羅の一撃によって大破した。
『タ、タケミカヅチ……完全に沈黙しました』
オウガが地上へ姿を現した直後、天真の目には悍ましい光景が飛び込んできた。
阿修羅が目を細め、残骸と化したタケミカヅチへと近づいている。そして破損した装甲を力任せに剥ぎ取りだした。
「……な、おい、何をやっている!!」
天真の脳裏によぎった残酷なイメージ。果たしてそれは現実のものとなった。
タケミカヅチのコクピットは、脱出装置ごと機体から抉り取られ、阿修羅はそれを手にしていた。コクピット内部にいた燈矢は、暗闇の中で自らの置かれた状況を把握できていない。ただ湧きあがってくる恐怖が、彼の精神を徐々に追い詰めていた。
『何もみえ……どうした!? 司令部、状況を説明しろ! 救援は!? オウガはまだなのか!?』
「や、やめろおぉ――――ッ!!」
天真の必死な叫びは届かず、阿修羅は手にしていたコクピットを噛み砕いた。
『たすげばぇッ! がぁッ……ぁぶ…………死にだば……ぃぁ――……』
戦場に響くのは不愉快極まりない咀嚼音。
陰日向燈矢はコクピットごと阿修羅に喰われていた。
生きたまま噛み千切られ、溢れだした血と機械油に塗れた鬼が、黄昏の中で歓喜の雄叫びを上げている。天真のいる位置からでも、モニター越しにそれが見えた。人の腕だった肉塊が地上に落ちていき、アスファルトを転がっている。後には何も無い。すべて喰われ、すべて飲み込まれてしまった。
「う……うあああああぁ――ッ!!」
「狼狽えるな! 同じ末路を辿ることになるぞ!」
「……はぁ……はぁ、うっ」
精神を大きく揺さ振られた天真はその場で嘔吐した。
『天真くん、聞いてくれ』
「っ……冷泉のおじさん?」
天真はモニターに映った冷泉の顔を覚えていた。彼は冬彦の上司だったこともあり、時より天道寺家にも来ていた。そして祖父の通夜式でも顔を合わせている。
『オウガの武装は壱番から肆番までは使えるよ。インストーラーで使い方は把握できているだろうから省くわ』
「りょ、了解」
武装ウィンドウが開かれ、一覧がでてきた。その数は多く、十種類以上ある。ただしほとんどは使用不能を示す、南京錠のマークが表示されていた。
「武装の壱番は近距離兵器……刀か」
両肩部のラックに固定されているのは、〈童子切(D・ブレイド)〉と呼ばれる日本刀型の武装。
先の戦闘では、これすらも装備されていなかった。
武装コマンドをタップすると同時に固定されていたロックが外れ、オウガはその白刃を抜き放った。刀は機体に内在する霊力によって磨かれ、霊装化が施されていく。
オウガの武装が鬼に対して有効なのは、この霊装化機能に依るところが大きい。霊気の通った刀身が蒼白く光り、如何にもというような光剣となった。
その霊力に感付いた二体の鬼が、山頂部に立つオウガの方へと向き直る。
「気付かれたか」
「ぐぅ……――ッ!」
後部シートに座る凛音が突如として呻き声をあげた。
「凛音? どうしたんだ!?」
『忘念フィールドが拡大しています! 七童子市外縁部に侵食発生!』
吉備マキからの通信を耳にした天真だったが、何が起きているのか状況は理解できなかった。ただ凛音が苦しみだした事と、因果関係があることだけは分かる。
「さす……がに、二体分は御しきれんか……」
天真が目を凝らし見ると、景色が変容しているのがわかった。鬼のいる場所を中心にして、世界がモノクロに染まり始めている。これは天狗と戦った際に、一瞬だけ視えた現象と同じだった。理由は分からないが、その拡大を凛音が抑え込んでいるのだと天真は悟った。
「よく分からんが、時間が無いってことか」
「焦るな天真……まだ五分ぐらいは持つ」
凛音は肩で大きく息をし、戦闘が始まる前から消耗していた。天真から言わせれば、五分しか持たないのかと文句も言いたいところだ。しかし本気で辛そうな彼女を見てしまえば、その言葉も飲み込むほかなかった。
《二体を相手取る場合、中距離以遠からの射撃戦、弐番武装の〈霊光子砲〉を推奨》
「……いや、接近戦でいく」
「しょ、正気か!? タケミカヅチの二の舞じゃぞ!」
天真は羅刹の不気味さを察知した時と同じく、奇妙な確信があった。それはまるで似た状況を経験したかのような、デジャヴめいた感覚だった。
「いくぞ」