第13話 阿修羅と羅刹
花房山の山間から鋼鉄の巨兵が姿を現した。
その厳めしい人工物を怖れ、山鳥たちが黄昏時の空へ一斉に飛び立っていく。
ゴーストタウンと成り果てた街を歩き通し、天真はようやく山麓まで辿り着いていた。そして現れたタケミカヅチを視界に捉える。
「オウガ、いや……別のロボットか?」
西日に照らされ動き出した鉄塊。向かう先は黒い瘴気を放つ鳥居。今より出現するであろう敵性体を迎え撃つべく、タケミカヅチは進撃を開始した。
「――来る!」
天真の言葉を合図にしたかのように、鳥居の奥から二体の鬼が姿を現した。
『災鬼識別コードA【阿修羅】、並びにコードN【羅刹】も顕現しました! 三体目の反応はロスト……消失しました』
吉備マキのモニターには確かに一瞬だけ鬼の反応が三体分でていた。
「鬼が消えた? まったく、想定外のことばかり。念の為、警戒レベルを8まで引き上げて」
観測機器の故障か、それとも別の理由かは不明だが、数が一匹でも減るのは京子たち陰陽連からすれば物怪の幸いであった。
「何で二匹も……」
何も聞かされていない天真は驚愕した。そして何より二体の鬼が現れた瞬間に直観する。
それは彼我兵力差の問題ではない。もっと動物的な本能によるものだった。
「ダメだ……ダメだダメだッ! あんなのじゃ勝てないぞ!!」
天真の訴えなど聞こえるわけもなく、タケミカヅチは躊躇うことなく鬼へ接近していく。
二体の鬼の片割れ、阿修羅は雄牛のような頭部をした敵だった。例によって全身からは赤黒い焔を滾らせている。身体は人型であり、ギリシア神話でいう迷宮の怪物・ミノタウロスを彷彿とさせる。さらに奇怪なのは羅刹と称された鬼。
枯れ木のような細い肢体に、底の見えない深い闇を湛えた三眼。阿修羅に比べれば一見弱そうであるが、天真には本当に危険なのが此方であることがすぐに分かった。
タケミカヅチが臨戦態勢へと移行する。右手には長大な突撃槍を持ち、左手には専用のライフルを構え、遠近両距離に対応した万全な姿勢だった。
「オウガは……凛音は何やっている!?」
天真は基地の中に入ろうにも、その入り口が分からなかった。仕方なくスマホを取り出し京子へ連絡する。しかし私物の電源は切っているらしく、繋がることはなかった。
「ちっ、何か……居場所を伝える方法はないのか」
右往左往する天真だったが、彼から基地内へアクセスできる方法はない。そうこうしている内に、鬼とタケミカヅチの戦闘が始まろうとしていた。
「鬼め……地獄へ送り返してやる!」
タケミカヅチの単眼が翡翠色に煌き、阿修羅にライフルの狙いを定めた。
「喰らえ!」
銃口から火花を散らして、三〇ミリの霊装劣化ウラン弾が連射される。しかし阿修羅は銃撃を避けようともせず、まるで羅刹を庇うかのように前に出た。
銃弾が阿修羅の身体を覆う赤黒い焔に飲み込まれていく。だがそれは決して無効化されているわけではなかった。黒焔がまるで血飛沫のように飛び散り、阿修羅が少なからずダメージを受けていることが判る。
「……いける!」
ライフルを撃ち切った燈矢は、接近戦を挑むべくライフルを捨て突っ込んだ。タケミカヅチが山を滑るようにして駆け下り、止めを刺すべく突撃槍を両手持ちに換える。
だがその時、通信モニターに割って入ってきた凛音が燈矢を呼び止めた。
『愚か者! 誘われていることに気付かぬか!』
「ぐっ!?」
阿修羅がその大口を開いた瞬間、灼熱の炎弾が吐き出された。タケミカヅチはそれを寸でのところで回避。しかし避けたことで花房山の端をかすめ、山の土木を焼滅させ、さらに遥か遠方へと突き抜けていった。
「な……なんて威力だ。化け物め」
阿修羅の火力を目の当たりにした燈矢は戦慄した。凛音の警告がなければ確実に直撃を受け死んでいただろう。
危険な敵だと改めた燈矢は、鬼との距離をとった。
阿修羅の炎弾の破壊力は凄まじいが、スピード自体はさほどでもない。口を開き、撃つ瞬間を見逃さず、距離さえあれば回避することは難しくなかった。そしてどうやら連続で放つことができないようで、追撃を仕掛けてくる様子もない。
そんな戦況を見ていた凛音は席を立った。
「京子、オウガを出撃させる」
「ですが御前、お一人では」
首を回して不敵な笑みを浮かべた凛音は、親指で山の監視モニターを指した。
「はよ入れてやらんと、あの阿呆が焼け死ぬぞ」
天真と契約を交わした凛音は、彼がすぐそばまで来ていることを感知していた。
モニターには燃える山林を走り回って、基地への入り口を探す天真が映っている。
「あの子、どうして……」
京子はすぐさまスマホの電源を入れた。
「もしもし、天真!?」
『京子ちゃん!』
「そこから東に真っ直ぐ行けば、搬送用のエレベーターがあるから降りてきなさい!」
『わかった! それとあの変なロボを退かせてくれ!!』
「どういうこと? タケミガヅチを知っているの?」
『そうじゃない! あの細い鬼の方! あいつは何かヤバい!!』
天真は圧倒的な火力を持つ阿修羅ではなく、まだ何も行動を起こしていない羅刹を危険視している。京子には天真が何を言わんとしているのか分からなかった。
「と、とにかく早く降りてきなさい!」
『すぐ行く!』
麓から少し離れた場所では、タケミカヅチと阿修羅が睨み合っている。お互いに攻撃を仕掛ける機を窺っていた。そしてやはり羅刹は微動だにせず、阿修羅の背後で傍観している。
燈矢はそれが不気味だと感じつつも、阿修羅の存在を無視できずに攻めあぐねていた。
阿修羅の火球をギリギリで避け、次弾を撃たれる前に槍で霊核を貫く。そして続け様に羅刹へ攻撃を仕掛ける。それが燈矢の描いた戦術だった。
その戦術は決して間違ってはいなかっただろう。事実、スピードでは鬼より四足機動のタケミカヅチが勝っていた。
「おおぉ――ッ!!」
燈矢が吶喊の雄叫びを上げ、阿修羅との間合いを詰める。タケミカヅチが突撃を開始した直後、阿修羅の開かれた大顎に光が収束し、全てを焼き尽くす炎の塊が生成されていく。
狙いを定めさせまいと、タケミカヅチは足底部に備え付けたホイールを駆使し、ジグザグに移動し攪乱を試みた。
『ヴァオォ――ッ!!』
口腔から解き放たれた火球が、一直線にタケミカヅチへと迫る。そして二体の間で爆発が起こり、閃光と黒煙が広がった。
「はぁ!」
爆煙を払い除け、タケミカヅチがその姿を現す。
火球を完全には回避し切れなかった代償として、機体の左半身が溶解している。しかし支払った代償を補って余りある死線を燈矢は乗り切った。
「殺ったぞ!!」
阿修羅の腹部にある霊核を貫かんと、タケミカヅチは巨槍を突き出した。
「――……ッ!?」