第12話 タケミカヅチ
花房山大深度地下基地・通称『ドーマン』。
地下一五〇〇メートルの深さに位置し、5.2ヘクタールほどの広さを持つ基地内部には、兵器格納庫、本部第一司令所、第二司令所、各担当局の六つの区画が存在する。
基地へ入るには専用の車輌用大型エレベーターを使用しなければならない。
司令室の構造は、下段がアカネ達の座るオペレーターデスクがあり、上段は権造や京子といった作戦指揮管がいる扇型二階層に分かれている。
つい今しがた司令所に戻った京子は、格納庫の技術開発局へと連絡を入れた。
「冷泉局長、オウガの修理状況は?」
『いやはや奴さん早すぎでしょうよ。まだ六、七割ってとこですわ』
端末越しで冷泉がぼやき、オウガの修理が終わっていないことを報告する。そもそも五日かかると先のデブリーフィングで言われていたこともあり、京子も一応の確認をしただけだった。しかし「修理が終わっていません。なので潔く散りましょう」ということには当然ならないし、できるわけがない。初手から不退転を強いられているのが現状の人類なのだ。
「出撃は可能ですか?」
『うーん、不可能じゃないけど、ぶっちゃけ武装もまだ揃ってないんだよねえ』
「了解しました。構いませんので、いつでも出撃できるようにはしておいてください」
次いで観測班からの緊急通信が司令所に入る。
『ゲート内部の霊子が初期観測時より増大しています。この反応は……さ、三体分です!』
「なんですって!?」
それは最悪の報せだった。
本来、『向こう側』の世界から侵攻してくる鬼は、一つの出入り口からなる亜空間を通過することになる。しかしその亜空間内部では、第四の次元――時間軸――が安定しておらず、物質が通過する際に必ず歪みが生じる。その結果、同時に亜空間へ侵入した場合でも、同じ時間軸で通過することはほぼ不可能のはずだった。
そういう理屈で鬼は一体ずつ出現する。だが今回に限り、偶然にも同タイミングで亜空間を抜けてきた鬼が現れてしまった。三匹同時出現など、理論上では天文学的な確率である。
人類側にとっては本当に運が悪かったとしか言いようが無い、危機的な事象だった。
「ジーザス!」
権造がデスクを叩いた。
亜空間ゲートである鳥居が、大型モニターに拡大され映し出される。そこには三日前の時と同じく黒い瘴気が渦巻いていた。鬼侵攻の前兆である。
司令所にいた人間、いや基地内部にいた多くの人間がモニターに釘付けになっていた。そして誰もが絶望感を抱き、抗う事を諦めてかけていた。
『まだ終わりじゃない』
モニターの右上にワイプで割り込んできたのは、戦術式務局の陰日向燈矢だった。
「燈矢君、何か手立てがあるんですか?」
京子の問いに燈矢は首肯し、必要なデータを別ウィンドウに表示させた。
表示されたデータはタケミカヅチという名称の新兵器だった。二腕四脚からなる機動兵器で、技術開発局がオウガの予備パーツで組成した代物である。
戦術式務局を統括する陰日向は、かねてより鬼に対抗するための兵器が、オウガに限定されていることが不服だった。それは霊力を持たない者の嫉妬でもある。
『このタケミカヅチさえあれば、もはやオウガなど必要ない!』
完全なる人工機動兵器・タケミカヅチは、式神であるオウガとは違い霊力を必要としない。訓練さえ積めば誰でも操縦が可能であり、戦術式務局の切り札だった。
「あんな物をいつの間に……」
全体がベージュ色にカラーリングされ、単眼の頭部にケンタウロスを想起させる多脚兵器。フォルムこそオウガとは異なるが、装甲の各部位が流用されていることもあり、型式的には同系統であることが窺える。
「冷泉局長、これは一体どういうことでしょうか? 事と次第によっては責任問題にまで発展しますよ」
通信を切り替え、京子は再び技術開発局へと繋ぐ。
詰問の意図を汲んだ冷泉は面倒臭そうに答えた。
「オウガの整備にゃ、ぶっちゃけ手を抜いてないっすよ。ですがね、人員を割けば早く終わるってもんじゃない。あんな特殊な兵器なら尚更だ」
「ですが予備パーツまで流用しては、いざという時にどうするんですか!?」
『そのいざという時に備えて造らせたのがタケミカヅチだ』
燈矢が通信に割って入ってきた。
「鬼はオウガでなければ倒せません。いえ、オウガで倒さなければ意味がありません」
『プロジェクト・オウガですか? 裏切り者の鬼娘の妄言を信じるなど、正気の沙汰とは思えませんよ』
燈矢は京子がオウガに拘っている理由を切り捨て、さらに反論の余地を奪うべく言葉を続ける。
『それにパイロットは? この窮地に天道寺の少年は、どこで何をしているのか教えていただきたいですね』
「……っ」
京子は言葉に詰まり、それ以上は何も言えなかった。二人のやり取りを見兼ねた権造が、大きく息を吐いて静かに口を開く。
「勝算はあるのかね?」
『ぶっちゃけ、やってみなけりゃ分かりません。が、現状のオウガよりは動けますよ』
冷泉は正直に答えた。鬼は個体が違えば能力も大きく異なる。故にタケミカヅチが通用するかは彼にも分からなかった。
確かにオウガであれば、どの鬼に対しても互角以上に渡り合える。それは冷泉も認めるところだった。だがパイロットは不在、機体の修理も不完全である現状を鑑みれば、タケミカヅチを使うことの方が現実的だと考えていた。
「権造、好きさせろ」
京子の横で黙って聞いていた凛音が冷めた声音で言った。表情は先ほどの燈矢の発言によって険しいものへと変わっている。
「人間の兵器がどれだけやれるか、この鬼娘に見せてもらおうではないか」
凛音の挑発的な言葉に燈矢が口端をつり上げる。
『いいだろう。タケミカヅチ、発進するぞ!』
電磁カタパルトで射出され、地表へと勢いよく機体が上昇する。燈矢はこの戦闘で自身の力を誇示し、陰陽連内部での地位と発言力を高める算段だった。
陰陽連では御三家の権力が強く、分家筋は主に支援に徹する役割を与えられる。
分家は大きく分けると、陰日向、冷泉、吉備、法眼の四家。彼らは御三家と協力し、古来より鬼の一族と戦い続けてきた陰陽師の家系であった。
だが陰日向燈矢は現代になって尚、御三家の権威が強いことを不満に思っていた。今となっては霊力を持つ人間は天真ただ一人。にも関わらず、旧弊な組織体制が変わらずにいることが我慢ならなかった。
(私が証明してやる。これ以上、天道寺にも、四祈宮にもデカい顔をさせてたまるか!)