第11話 凶星の子
迎えにきた陰陽連の車輌の中、凛音はずっと天真のことを考えていた。
「あやつは何故、あそこまで戦うことを拒むのじゃ」
一度はオウガに搭乗し鬼と戦ってみせた。自分にはその力があることを理解したはず。家族や学友、人類の為という戦う理由もある。条件は全て揃っているにも関わらず、拒む理由が凛音には理解できなかった。
「あの子はきっと『自分には何も成すことができない』と、そう思っているんです」
横に座る京子が凛音の言葉を拾い上げる。その表情はどこか憂いを帯びていた。
「意味が分からぬ。説明せい」
「御前は……運命論という言葉をご存じですか?」
「読んで字の如くならば、おおよそ意味は分かる」
「天真は幼い頃から馬鹿がつくほど真面目で、同年代の子達に比べても、努力を人一倍していました。ただ掛け値なしに運だけが悪かったんです」
一生涯の内、誰にでも上手くいかない日、何をしても裏目に出る事があるだろう。
しかし天真の場合そうした時期がまるで凝縮されたかのように、まだ短い人生に多く降りかかってきた。その内の一つが中学時代に彼が引き起こした事件だった。
「中学の時、野球部で……」
「『やきうぶ』ってなんじゃ?」
「えっと、平安時代風に言えば、鞠を棒で打つ競技です」
「ふむ、人間の遊戯じゃな。把握した」
「それで、天真が部活中に部員と監督を殴ったらしく、暴力沙汰を起こしたことで、全国大会に出場できなくなったんです。理由は訊いても話してくれませんでした」
その事件が原因で天真は野球部を辞めることになった。
それからの彼の人生は逃げの一手で、他人にも深く関わろうとしない。高校に進学して以降は常に死んだ魚のような目をしている。ただその飄々とした性格に加え、生来の生真面目さ故にクラスメイトからは異端児として妙な人気があった。
「なるほどな。それでいつも不貞腐れたような面しておるのか。じゃが、それが運命論とどう繋がるんじゃ?」
「御前もご存じでしょう。陰陽師の間では〝星〟が宿命とされていることを」
決して努力を怠ったわけではない。それでも叶わぬ想いと願いばかりで、いつしか天真の性根は腐りかけていた。やがて自分が関わることで全てが水泡に帰すと、本当に思い込むようになり、天真は事実として、今まで何一つ自身の願望を成就させたことがなかった。
「不幸を呼び込む体質みたいじゃな。稀にそういう人間は確かにおる」
「天真は幼い頃から頭上に『紅い星』が見えると言っていました。それが彼にとっての凶星だったのでしょう。でもただ見えるだけで……」
「運命に抗うことは出来なかったと、そういうわけか」
これは決して誇張された話ではなく、天真にとっては呪いにも等しい真実だった。
「それは仕方のないことじゃよ。強い力を持つ者は相応の因果に縛られる。人間は自由を得る代わりにそうした異能の力を捨ててきた。正に現代人がそうであるようにな」
何をしても上手くいかない人間は確かにいる。人の運命は間違いなく平等ではない。生まれる国も親も選べないように、逃れられない格差と泥濘の中で、何かしらに妥協し諦めてしまう。統計などの概念を無視して、永遠に外れクジを引き続けるような星の下に生まれついた人間。
それが天道寺天真だった。
「凶星の子。それがあやつが戦いたくない理由か」
「きっと個人的な問題なら、あれほど拒むことはないんでしょう。ただ自分が関わることで、周囲の人間に不利益が生じることを異常に恐れているんです」
京子は走る車輌の中、遠ざかっていく校舎を眺める。本当は鬼との戦いで天真には変わって欲しいと願っていた。それがどれだけ過酷であったとしても、いや過酷だからこそ乗り越えた時に、天真自身も救われるはずだと信じていた。
「それはそうと、あの場に残してきてよかったのか? あのままだと多分バレるぞ」
凛音が話題を切り替え、権造に何かしらを確認する。
「彼が真実と向き合う覚悟がなければ、いずれにしてもジ・エンドさ」
「それもそうじゃな」
「なんだ……これは」
京子たちが去った後のこと、天真はしばらくして生徒指導室を出た。
そこには異様な光景が広がっていた。
廊下にも、教室にも誰一人としておらず、数十分前までの喧騒が嘘のように校舎内は静まり返っている。まだ避難勧告や警報の類もなかった。
そしてさらに不気味だったのは、紙がそこかしこに落ちていることだった。
人の形を模した白紙が点々と無造作に置かれている。
天真は紙の一枚を手に取ってみた。めくり返してみても何も描かれていない、本当にただの白紙だった。しかし天真は陰陽師としての素養を持っていたが故に、それがただの紙ではないことが直感的に解ってしまった。
「…………ッ!」
校舎を飛び出し、何も無い虚空を見上げる。何の変哲もない茜空と、傾きかけた太陽が、遠く見える山々に沈んでいこうとしている。それは幼い頃からずっと見てきた光景だが、今の天真にはそれら全てが訝しく見えた。そして同時に得体の知れない違和感が心に燻っており、その正体を知りたくなっていた。
戦いに行くわけじゃない。自分にそう言い聞かせて、天真は司令部のある花房山を目指して走り出した。