82# 魔人化
「ヴァイス・ストーリー」は、人生だった…とまでは言わない。
やり込んだ時間も、1000時間行かないくらい。
ストーリーの周回数も五回——正確には四回のクリアと、三部《錬金帝国編》の途中まで。
確か、その後に死んだから続きが出来なかったんだっけ。
死因は忘れた。
事故死だった様な気もするし、通り魔に刺された様な気もする。
深夜、コンビニに出掛けた所までが人生最後の記憶。
自分でいうのもなんだが、普通の人生だった様に思う。
父は中小企業の会社勤め、母はスーパーのパート。
小中高と地元の学校に通い、大学進学を機に上京した。
東京の大学にした理由は、一人暮らしがしたかったのと、東京の方が就職する上で選ぶ幅が広いと思ったから。
成績はあまり良い方では無かったので奨学金を借り、両親からの仕送りとバイトで学費と生活費の足しにした。
学生生活は、普通に充実していたと思う。
友人にも恵まれた。
週末には家に集まりタコパを開いたり、クラブに行ったり…遊び過ぎて、偶に単位を落とす事もあった。
就職の幅を、なんて意識高い系を気取ったが、実際に就職したのは可も無く不可も無い印刷会社の受付。
接客とお茶汲み、後は事務作業が主な仕事——所謂OLというやつだ。
極々平凡、そんな人生。
平凡な人生に転機が訪れたのは、会社の上司と関係を持ってしまった時。
顔も悪く無かったし、キャリア組だったし、何より優しかった。
ただ、一つ問題が。
後から分かった事だが、彼は妻子持ちだった。
同僚は皆知っていて、知らないのは私だけだった。
事情をよく知らない新入社員に声を掛け、手を出す常習犯であったらしい。
いや教えろよ、と思った。
私からすれば初恋の様なものだったし、それがきっかけで会社を辞めた。
我関せずと知らん振りを決め込む同僚、痴情のもつれを面白がる同僚。
そんな空間にいたくなかった。
こんな事なら学生時代にもっと恋愛しとくんだった、と今更ながらに後悔。
そこからは、転職を繰り返した。
一つの会社に、長く居られなかった。
人間不信になってたんだ。
心配してくれた友人から精神科を紹介されて、診察を受けたら鬱と診断された。
そこからは、まあ…なんか世の中の全てが嫌になって、どうでも良くなって引きこもった。
とはいえ、この程度の不幸は世の中に溢れている。
一度の挫折で立ち直れず、その努力もしようとしなかったのは、他ならぬ自分が弱かったから。
分かってはいても、それで動けたら世話は無い。
私は両親が絶えず送ってくれる仕送りと食料を食い潰しながら、ネットの世界にのめり込んだ。
女と分かると出会い目的のDMが凄い飛んできて、それがなんか嫌で、気持ち悪くて、男を装う為に「俺」と自分を呼んだ。
続けている内に定着し、いつしかそれが普通になっていた。
「ヴァイス・ストーリー」と出会ったのは、そんな時だった。
ネットで話題のゲーム。
有名実況者もよくゲーム配信でやってるし、ネットニュースのトレンドにもなっていた。
だから買って、やってみて…ハマった。
愛らしく魅力的なヒロイン達、王道ファンタジーのストーリー。
これまでの不幸がひっくり返るくらい、面白くて、感動して、幸せだった。
「ヴァイス・ストーリー」にのめり込んで、意味無く色々調べたりもした。
裏設定とか、公式が出した設定資料集とか。
確か「ヴァイス・ストーリー」のタイトルの意味は、最終的に《闇の神》を倒すから、だったかな。
闇を払って白く輝く世界を…みたいな感じのキャッチフレーズが公式HPに書かれていた。
これは正直、ダサいと思った。
だってさ、なんか洗剤とか柔軟剤のCMみたいな謳い文句じゃない?
公式の情報を集め尽くした後は、非公式の考察を山ほど見た。
「ヴァイス・ストーリー」のシナリオライターは元々某有名鬱ゲーの制作チームの一人であり、それもあり分かりにくい部分で鬱展開が仕込まれているという噂もあった。
私は、この説が嫌いだった。
少し引っ掛かる部分はありつつも、「ヴァイス・ストーリー」はそれなりのハッピーエンドを迎えていたから。
皆が幸せで終わる…そうしない理由は無い筈だから。
でも今思えば、この鬱展開の仕込みは、恐らく事実だったのだろう。
死んだ後、自分を世界から拾い上げた神から聞いた。
ヴァイス・ストーリーのラスボスである《闇の神》を倒した後——エピローグ後の結末。
実はこの後、世界は滅亡していましたという、史上最悪のクソシナリオ。
ならば「ヴァイス・ストーリー」は、実は全年齢対象のハッピーエンドストーリーの皮を被った超絶鬱ゲーだったのか?
やめろよマジで。
私がこの明るいストーリーにどれだけ救われたと思ってるんだ。
神は私に問うた。
“この世界をハッピーエンドにしてみないか”
私は二つ返事で了承した。
その場で先立つ不幸を両親に詫び、自分を裏切った上司や同僚の不幸を願い、そして自分を救ってくれた「ヴァイス・ストーリー」を救う決意をした。
己の愛するキャラクター達——原作ヒロイン達の幸せな大団円を夢見ながら、それが実現できるように。
ヒロイン達は、皆主人公の事が好きなのだと思っていた。
だからハーレムエンドにならず、負けヒロインを作る形となった原作は、個人的にあまり納得出来なかった。
でも、ヒロイン達が幸せであるなら——ハーレムである必要は無い。
現実化したこの世界の、ヒロイン達の本当の意味での幸せの形を——私は目指す。
*
故に、諦める訳には行かなかった。
かつての己を救ってくれたキャラクター——ヒロイン達の幸せの為に。
その為ならば、どんな犠牲も厭わない。
それはある種、キャラクターの意思を無視した、この上無き独善——否、我儘。
だから、例え腹に風穴が開こうと、血反吐を吐こうとも彼女は止まらない。
何故ならば自身の命すらも、己が目指すハッピーエンドの礎に過ぎないのだから。
それは灰色の世界に彩りを与えてくれた「ヴァイス・ストーリー」の為に。
アベルは血みどろの身体を引きずる様に起こし、《トガの出刃包丁》と《散魔石》を取り出す。
レイモンドは少し驚いた様に目を見開き——即座に生み出した光の矛で容赦無くアベルの両腕を切り落とした。
発動前に落ちた《トガの出刃包丁》と《散魔石》は不発となり、効力が発動する事無く地面に転がる。
『致命傷だろうに、よく動く』
レイモンドから漏れたその言葉は、賞賛というよりは呆れに近いもの。
腹を貫かれた上両腕を切られ、致死量を超える血を流した事で、遂にアベルの命は潰えた。
死が確定したその瞬間——アベルの身体は神聖な光に包まれる。
「あー! 死ぬ程痛ぇぇぇくっそぉぉぉ!」
光の中から、死んだ筈のアベルが血まみれで現れた。
どういう訳か腹部の穴は塞がり、切断された筈の両腕も健在。
その手に《散魔石》を持ち、至近距離でレイモンドに投げ付ける。
レイモンドは光と共に復活したアベルに怪訝な目を向けつつ、即座にその身が光に包まれ、その場から姿を消す。
《散魔石》は虚空で爆破し、レイモンドは上空に光が集まる様にして現れた。
「転、移…!?」
それは光属性の転移魔法——《移ろう蛍火》。
ふむ、とレイモンドは興味深そうにアベルを眺め、首を傾ける。
『まさか、伝承に聞く蘇生効果のある魔法具か? 眉唾と思っていたが、実在したとは。一つだけか? それともまだ持っているのか?』
「企業、秘密…!」
アベルは不貞腐れた様にポーチを弄り、新たな魔法アイテムを取り出した。
それは炎が描かれたタロットカードの束。
しかし次の瞬間、カードを持ったアベルの腕がぼとりと地面に落ちる。
「が、ああああああっ!?」
切断された腕、飛び散る鮮血。
レイモンドは特に魔法を使用した様子は無く、詰まらなそうにそれを見る。
『確かに魔法具は脅威だが、それだけだ。使わせなければ意味は無い。君は、私を殺すチャンスを既に逃している』
叫ぶアベルは、全身を不可視の刃に切り裂かれ、血を撒き散らしながら絶命した。
再び神聖な光に包まれ、アベルは傷を再生させて復活を遂げる。
「く、っそ…!」
アベルは憔悴しながらもその目は死んでおらず、直ぐに新たな魔法アイテムを取り出そうとポーチに手を伸ばす。
が、腰のポーチは無かった。
「え…ぁ?」
『探し物はこれかい?』
レイモンドの傍には、腰ほどの背丈のポンチョを目深に被った小人が、アベルのポーチを持って飛び跳ねていた。
そのポーチには、数多の魔法アイテムが入った《風神の巾着》が入っている。
アベルは顔を青くする。
『召喚獣の中には、手癖が悪いものもいてね』
「か、返——ぐっ」
アベルは、背中から不可視の刃を刺され、地面に縫い付けられる。
刃は腹を貫通しているが、重要な臓器は器用に避けられており、アベルは腹を貫かれたまま動けず、死ぬ事も出来ない。
『——見えざる蟷螂。不意打ちが得意な自慢の暗殺者だ。まさか、本当にポーチから魔法具を出していたのか。余りにも露骨過ぎてブラフかと思ったが、何の捻りもないとは』
空から降り立ったレイモンドは、退屈そうにアベルを見下す。
『さて、魔法具はもう使えない。これで漸く死ぬのかな』
次の瞬間、アベルの喉元が不可視の刃に切り裂かれた。
死の確定、それをトリガーにアベルは再び神聖な光に包まれた。
切り裂かれた喉の傷は再生し、背中から地面に突き刺された傷も癒える。
しかし、不可視の刃はまだそこにある為、再び貫かれる苦痛がアベルを襲った。
アベルの口から上がる悲痛の叫び。
レイモンドは首を傾げた。
『…? まだ蘇生するか。蘇生の魔法具は身に付けているのか? 探すのも面倒だ。蘇生限界まで殺すとしよう』
そこからは、不可視の刃が何度となくアベルを襲った。
*
死んでは生き返り、その直後にまた死ぬ。
終わらない苦痛、繰り返される死。
悲鳴も、苦悶の声も、回数を経る毎に少しずつ小さくなっていく。
最早抵抗する気力も無く、反抗の意思も無く、そこに居たのは心がへし折れたボロ雑巾の如き敗者。
最後には涙を流しながら、幼子の如く震えて泣き出した。
「…なん、で、なんで…私…が、こんな…目に…」
身体を切り裂かれながら、断続的に漏れる弱々しいアベルの声。
レイモンドは目を覆いたくなる程に哀れなその姿に、心の底から侮蔑する様な視線を向ける。
『哀れなものだ。六神に煽てられ、分不相応な役目を与えられ、愚かにもここまで来た凡夫…痛ぶる趣味は無いが、死なないのではね。だが、限界は近い筈だ。己を無意味に生かし続ける魔法具を恨んで死ぬと良い』
その言葉を聞きながら、アベルは頭の中に浮かぶ数字をぼんやりと見ていた。
《身代わり人形》。
使用してから一定時間、一度だけ死を無かった事にする魔法アイテム。
アベルはそれを限界まで重ね掛けし、99もの命のストックを得ていた。
頭に浮かぶ、《身代わり人形》が付与された回数。
それは謂わば、命の残数。
それが湯水の如く減り続けていた。
この数字が0になれば、自分はこの苦痛から解放されるのだろうか。
この地獄から、抜け出せるのだろうか。
そんな頭に浮かぶ弱音に、より自分を嫌いになりそうで。
最早打つ手は無く、己の命の灯火が消えるのみ。
「…ごめん、アベル…お前の身体…本当に、ごめん」
命の残数は0。
その最後の命を刈り取るべく、不可視の刃が振り上がる。
そこでぴたりと、見えざる蟷螂は動きを止める。
『…? どうし——』
疑問に思ったレイモンドが眉を顰め、そして次の瞬間——反射的に上を見た。
ぞわりと、背筋を剣先でなぞられる様な悪寒。
屋上の——否、王都の空気が変わった。
レイモンドの口角が、無意識に吊り上がる。
巨大な黒影が、一瞬学園の上空を通過する。
その次の瞬間、音も気配も無く、レイモンドの背後の影より影法師が浮かび上がった。
『遅いじゃないか、ローファ——』
遅れてやって来た友人を出迎えようとレイモンドは振り返り、そして目を剥く。
「——舞え」
既に特大の暗黒鎌を構えていたローファスが、最大出力の黒い斬撃を放った。
レイモンドの視界を、暗黒一色に染め上げる。
不可視の刃に貫かれ、地面に縫い付けられたアベルの上を、黒が満たした。
レイモンド、そしてアベルの上に居た見えざる蟷螂は、暗黒の奔流に飲み込まれる。
凄まじい魔力波、度を越した威力。
その余波は、王都全域を揺るがした。
暗黒の奔流が晴れ、斬撃をもろに受けた見えざる蟷螂は、不可視化が解けた鎌と脚の一部を残して消滅していた。
ローファスは、血みどろで倒れ伏せるアベルを見下ろし、目が合った。
アベルの血と涙でどろどろになった顔を見たローファスは、目を細める。
「無様だな。どうだ、死んだ気分は」
「ロー、ファス…? あれ…なん、で……ご、ごめ…」
アベルの口から漏れたのは、辿々しい謝罪の言葉。
ローファスはその場に腰を下ろし、静かに問う。
「それで、何度死んだ?」
それは、まるでレイモンドとアベルのやり取りを見ていたかの様な言葉。
アベルが口を開こうとした所で、ローファスの背後より声が掛かる。
『——すまないが、虫けらを潰した回数などいちいち数えていないよ。それよりも、随分と遅かったじゃないか』
それは、天上に神々しく君臨するレイモンドの言葉。
ローファス渾身の暗黒鎌の直撃を受けながら、無傷。
暗黒に対して属性的有利である光の障壁がレイモンドを守っていた。
アベルとの会話に、無遠慮に入って来たレイモンドに対し、ローファスは酷く冷たい目を向けた。
殺気にも似た威圧をビリビリと肌で感じ、レイモンドは額から嫌な汗が流れる。
「…貴様には聞いていない。少し黙っていろ」
『…』
己よりもアベルを優先するかの様なローファスの言葉に、レイモンドは不快気に眉を顰めるが、食い下がる事はしなかった。
出来なかった。
何故、とレイモンドは己に疑問を呈する。
まさか、ローファスの威圧を畏れたとでも? そんな馬鹿な、とレイモンドは頭を振る。
「何度死んだ」
繰り返されるローファスの問いに、アベルは瞳を揺らしながら、声を捻り出す。
「多、分…九十、九回。ローファスの、二千万回、には、全然…」
「何を俺と比べている。まさか同格のつもりか? 身の程を知れ、痴れ者」
ローファスは冷たく吐き捨て、立ち上がり背を向ける。
「…あんなもの、一度でも御免だろうが」
ローファスはそう呟くと同時、手の暗黒鎌を軽く横に薙いだ。
そして遠くに逃げて怯える様に丸まっていた頭部が触手の猿——ヴァイン・ワイズの胴に切れ目が入り、その直後に蒼炎が噴き出てその身を消し炭へと変える。
溢れ出た蒼炎はアベルの元へ集まると、人の形を成した。
蒼炎は優しく倒れ伏せるアベルを抱き上げ、そしてローファスを見た。
『ローファス…こいつを助けてくれた事、感謝する』
蒼炎から漏れるそれは、アベルの声。
それと、と蒼炎は続ける。
『…トーナメントの日、僕はローファスに、碌に説明も聞かずに切り掛かった。君が悪だと、決めつけていた…遅くなったが、本当にすまなかった』
がばっと頭を下げて謝る蒼炎。
今それ言う? とローファスは眉を顰め、そして鬱陶しそうに視線を切る。
「目障りだ、即刻消えろ」
『これ程無力を実感した事は無い…本当に、不甲斐無い』
蒼炎は申し訳無さそうに再度頭を下げ、これから始まるであろう激戦に巻き込まれない様、この場から離れるべく踵を返す。
と、ここで抱えられるアベルが、身を乗り出し、掠れる声をそれでも張り上げる。
「ロー、ファス…!」
ローファスは視線も向けず、しかし静かに耳を傾けた。
「俺も…ごめん、なさい……あと、今のローファス…めっちゃカッコ、イイ…主人公、みたい…」
「はぁ…?」
朦朧としながらもそう口にするアベル。
ローファスが思わず発した呆れ混じりの声と同時、蒼炎がアベルを連れて飛び去った。
本当に何なんだこいつら、と困惑するローファス。
それらの一連のやり取りを、ただ黙って見ていたレイモンドは、冷たい目をローファスに向けていた。
『なんだ、そのぬるいやり取りは』
「あ?」
『どうやら、先程君から感じた寒気は、ただの気の所為だったらしい。今の君からは何も感じない。畏怖も、鋭さも、脅威さえも。《影狼》と呼ばれていた頃の君は、もっと頼もしく思えたというのに。世界で唯一、この私に並び得る存在だと思っていたのだが、どうやら過大評価だった様だ』
嘲笑するかの様なレイモンドに、ローファスは目を鋭く細める。
そして手に持つ暗黒鎌の刃に指を沿わせ、流れ出た血を直接吸わせる。
ローファスの血を与えられた暗黒鎌は、その形が変容する。
暗黒はより深淵に近づき、鎌の大きさ自体が収縮していく——それはまるで、内包する力が圧縮される様に。
そして暗黒鎌は、原点たる《命を刈り取る農夫の鎌》へと変化した。
『それは…確か話に聞く古代魔法の…?』
レイモンドの問いに、ローファスは《命を刈り取る農夫の鎌》を振るう事で応じた。
万物を切断する不可視の斬撃。
そこには距離も、硬度も意味を成さない。
レイモンドの背後——遥か上空に広がる雲が、全て真っ二つに切れる。
そして、レイモンドを守っていた光の障壁にも亀裂が入った。
亀裂——切断には、至らなかった。
ローファスはそれに、目を丸くして驚く。
「ほう…まさか、この鎌に斬れないものがこの世にあるとはな…」
『それは大言だ。君と私では、属性相性という絶対的な壁がある。魔法の実力も、平時では互角だが、今の私は魔人化している。この力の差は、どう足掻こうと埋まる事は無い』
「…いや、もう一つあるだろう」
『…?』
「《闇の神》からの魔力供給」
ローファスの言葉に、レイモンドは目を細めて黙る。
ローファスは口角を上げ、続ける。
「貴様の身体、翡翠の魔力で満たされているぞ。貴様自身の魔力は雀の涙ほども無い。アベルに——奴に随分としてやられたらしいな」
『…』
レイモンドの表情が、余裕の面持ちから苛立ちの孕んだものに変化した。
「貴様は奴に負けたのだ。《闇の神》に助けてもらわねば何も出来ぬ——敗北者」
『よせ、ローファス。無意味に私を苛立たせる必要は無い。君と私の戦力差は歴然。君の古代魔法でも、私を傷付ける事は出来なかった。勝敗は既に決している』
「何を馬鹿な、それこそ大言だ」
『彼我の力量差も分からないか? 魔人化を扱えない君では、最初から私と対等なステージにすら、立てていなかったのだ』
「それだレイモンド」
諭す様に言うレイモンドに、ローファスは溜息混じりに肩を竦めて見せる。
「貴様は圧倒的な力を持つ癖に、何故か敗北を喫している。アベルと愉快な仲間連中にやられ、つい先程も魔法具を扱う奴にも負けた」
ローファスは嘲る様に、己のこめかみを指でコツコツと叩いて見せる。
「過信、驕り、想像力の欠如。それが貴様の敗因だ。本来の貴様からは考えられん為体。精神汚染で思考力が落ちているのか?」
『ローファス…!』
レイモンドが明確に怒りを露わにした所で、ローファスはその身から深淵の如き暗黒の魔力が溢れ出す。
そしてローファスは、口を開いた。
「《魔人化——宵闇の刈手》」
ローファスのその身が、深淵に染まる。




