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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
三章

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53# 海と空

 飛空艇イフリートは、海上を飛行していた。


 天空都市シエルパルクの捜索を初めて早半年。


 空賊|《緋の風》は、巨大な暗雲の情報や目撃情報等を集める為、各地を飛び回っていた。


 しかし、王国内ではそれらしい情報を掴めない為、国外にも足を伸ばす算段を付けている所だ。


 リルカは天空都市を探しながら、それと並行してある事を調べていた。


 それは、リルカ以外の六神の使徒の情報。


 前回の記憶と照らし合わせながら、僅かにでも違和感があれば徹底して調べる。


 魔力遮断に不可視化の魔法が扱えるリルカからすれば、時間さえあれば大抵の事は調べられる。


 無論、第一目標はイズの病を治す事であり、天空都市の情報を集める事が最優先である為片手間にはなるが。


 しかしながら、天空都市も六神の使徒も、そのいずれも情報は集まらない。


 以前、各地のダンジョンや遺跡のアイテムが取り尽くされていた件も、その犯人の情報は掴めなかった。


 しかし、使徒に関して、リルカには一つ、心当たりと言うか、予想に近いものがあった。


 それはローファスに関わる事。


 前回の知識を持つローファスは、ほぼ間違い無く六神の使徒である。


 使徒であると確信を持ったのは、以前甲板で尋問に近い形で、その時点では知る筈の無いアベルの名をローファスが出した時だ。


 ただ、確信したのはその時であるが、そもそもリルカは《初代の墳墓》でローファスと出会った瞬間から、ローファスが使徒である疑惑を持っていた。


 初対面である筈のリルカの名を口にしたから、ではない。


 そもそも《緋の風》は空賊として一部では有名であり、メンバー全員分の手配書バウンティが出回っている。


 名前を知られていたとしても、別におかしな話では無い。


 疑惑を持った理由。


 それはローファスに、前回とは明らかに異なる点があったから。


 助けてくれた云々の話では無く、その様相。


 左眼が翡翠色に変色しており、その上左腕まで欠損していた。


 これは明らかな前回との相違点。


 二周目の世界で見つけた、数少ない相違点。


 その時点でリルカは、ローファスが六神の使徒に繋がる手掛かりとなると踏んでいた。


 結果的にローファス自身が六神の使徒であり、前回の知識を持つが故の行動の変化により負った傷であった様だが。


 因みにリルカは、その傷の事情をローファスから聞く事が出来ていない。


 聞くタイミングを逃したのもあるが、何よりもローファスの性格から鑑みるに、己の負傷の理由など語りたがらないであろう。


 しかしリルカは、一応それについても情報を収集していた。


 そして見つけたのが、ライトレス領で販売されていたある一冊の本。


 漆塗りの表紙に、題名は「暗黒貴族と船乗りの少女」。


 好評発売中、増版決定!


 なんて売り文句まで書いている。


 うっそぉ…。


 リルカは思った。


 名前こそ伏せられているが、そこには明らかにファラティアナと思われる少女とローファスの恋愛模様が描写されていた。


「いやいやいやいや、ファーちゃんとロー君とか一番無いでしょ。絶対嘘じゃんこの本」


 本に目を通したリルカは、かつての仲間であるファラティアナを思い浮かべる。


 思い出されるのは、四天王|《影狼》のローファスに対して、憎悪の面持ちで罵倒しながら、執拗に剣を振るうファラティアナ。


 リルカは思う。


 やっぱり無い、あり得ない。


 ともあれ、ローファスがローグベルトに赴き、その際に左目の視力と左腕を失ったのはどうやら事実であるらしい。


 リルカは暫し考え、一つの可能性に思い至る。


「まさか、ロー君の左腕切ったの、ファーちゃん…?」


 この謎の本は、ローファスが船乗りの少女に傷付けられたと言う事実をかなり頑張って曲解した上で、盛りに盛った結果全くの別物になってしまったもの。


 そうに違いない。


 それは謂わば、真実とは異なる紛う事無き勘違い、それもかなり無理のある。


 しかしながら、リルカからすればそちらの方が可能性があると思える程に、ローファスとファラティアナの恋愛はあり得ない事だった。


 それに、もしもローファスの腕を切ったのがファラティアナであるならば、前回の記憶と憎悪を引き継いでいる可能性が出てくる。


 それはファラティアナが使徒であるかも知れないと言う事。


 これは一度、直接確認しなければならないだろう。


「シギル兄ぃ! ちょっと寄り道したいんだけど良いー!?」


 飛空艇の船内に、リルカの声が高らかに響く。


 間も無く飛空艇は進路を変え、紅蓮のエンジンを吹かしながら空の彼方に飛び去った。


 *


 魔の海域の探索が開始されてから既に半年が経過していた。


 探索はダインの立てた計画通りに進められた。


 拠点班と探索班に分かれて探索を進めた結果、魔の海域の一割近い範囲の探索を終えていた。


 半年で広大な魔の海域を一割。


 これは探索隊の規模や支援物資が無い状況から考えれば恐るべき探索速度である。


 フォルら探索隊が現在拠点にしているのは、新たに発見された小さな無人島。


 魔の海域で発見された、三つ目の島である。


 島に植物はあるが、面積が狭く食料の確保が難しい小島だ。


 探索隊はここに、他の島で得た食料や水を運び込み、備蓄する事で中継拠点として利用していた。


 現在フォルら探索班は、午前の探索を終え、一時拠点の小島に帰還している所だ。


 甲板で手摺に寄り掛かり、潮風を浴びるフォル。


 探索は順調に進んでいる、しかしフォルの顔は優れなかった。


「フォル、またそんな顔してるのか?」


「…ダインか」


 海を眺めるフォルの隣に、煙草を咥えたダインが歩み寄る。


「今日も良いペースだろ。何でそんなに浮かない顔をしてる?」


「半年で、一割。今のペースだと探索を終えるのに五年掛かる」


「少人数で物資も無い中良くやってるだろ。魔物を駆除しながら進んで、挙句海図まで書いてんだ。これ以上予定を早めるのは、安全性に欠ける」


「…分かってる」


「分かってんなら、なんでそんな顔をする? …そろそろ、事情を話してくれても良いんじゃねぇか?」


「…言いたくない」


「悲しいねぇ。俺達ぁ、半年旅した仲間だろ? そう思ってんのは俺だけか?」


「そんな事…」


 ダインの言葉に、フォルは気不味そうに顔を背ける。


 仮に、魔の海域の探索を終えるのに五年の月日が掛かった場合、その時ローファスは17歳。


 ローファスから、貴族になるまでの期限を定められた訳ではないが、ライトレス家が他貴族と結んだ条約がある事を、フォルはカルロスより伝えられていた。


 ローファスには現在婚約者は居ないが、成人する年に、もしかしたら婚約者が出来るかも知れないと言う話。


 あって無いような話、との事だが、可能性が0では無い為、一応伝えておきます、と。


 詳しい話は省かれたが、それはフォルとしても不安の種だ。


 五年掛けて貴族になったとして、その時にもしローファスに婚約者が居たら?


 フォルは魔力持ちとは言え、所詮は平民の娘。


 ローファスとの約束も、半ば強引に結んだ様なもの。


 状況が変わって約束を反故にされたとしても、フォルは何も言えない。


 文句一つ、言う資格が無い。


 ローファスの事を好いて言い寄ったのも、魔の海域の開拓を提案されて自分でやると言ったのも、フォル自身の我儘だからだ。


 いっそ今からでも、カルロスに助けを求めるべきか。


 しかしそれでカルロスにおんぶに抱っこで貴族になったとして、果たしてローファスに顔向けできるのか。


 「うぅー」と頭を抱えて唸るフォル。


「フォル…」


 ダインが気遣う様にフォルの肩に手を掛けようとした。


 瞬間、真新しい剣が飛来した。


 抜き身のその剣は勢い良く床に突き刺ささると、まるでフォルとダインの間を裂く様にその場に直立した。


 突然の事に目を見開いて驚くフォルとダイン。


 その背後より、焦った様子でカーラが走り寄って来た。


「わわわ! すみません! 私も魔物を倒せる様になりたくて素振りしてたんですが、慣れない為かすっぽ抜けて飛ばしてしまいました! 悪気は無いんです! 怪我は無いですか!?」


 やけに説明口調で捲し立てるカーラを、ダインは肝を冷やして顔を引き攣らせ、フォルは溜息混じりに剣を引き抜いてカーラに渡した。


「馬鹿、危ねぇーだろ。カーラは海図書いてくれてるじゃねーか。充分過ぎる程助かってる。戦闘なんてアタシらに任せてりゃ良いんだよ」


「ありがとうございますぅ」


 涙を浮かべ感動した様にフォルの手を取るカーラ。


 それをダインは、冷めた目で見る。


「さて、それはさて置き…」


 カーラは一転して涙を拭い、既に目視できる距離にある拠点としている小島を見る。


「島の上空に妙な気配があります。皆さんご注意を」


 真面目な顔でそう言うカーラ。


 フォルとダインが小島を見るが、二人にはその異変を感じ取れない。


 小島の上空も、青い空が広がるだけで何かがあると言う訳でも無い。


 ダインが眉を顰め、フォルも首を傾げる。


「何も見えないけどな。カーラには何か見えるのか?」


「いえ、目視は出来ませんね。ただ、明らかに何かが…」


「そう言うの分かるのか?」


「わ、私も一応魔力持ちでして、気配とかに敏感なので…」


 フォルに訝し気な目を向けられ、カーラは慌てて取り繕う様に言う。


「そうか、取り敢えず何かが居るんだな。分かった」


 フォルは上空に居るという、視認出来ない何かを見据えた。



 魔の海域、とある小島の上空に、飛空艇イフリートは停泊していた。


 魔力遮断、不可視化等の隠蔽魔法を発動しており、その姿は側からは見えない。


 寄り道したいと言うリルカの要望通り、《緋の風》は進路を変更してライトレス領の辺境にある漁村ローグベルトへ向かった。


 リルカはそこでファラティアナを探したが見つからず、住民に聞き込みをして回った所、宿屋の娘より魔の海域の開拓に出ていると聞かされた。


 そのまま飛空艇で魔の海域を飛び回り、野営していると思しき小島と、その少し離れた位置に一隻の船を発見する。


 遠視魔法にて船にファラティアナの姿を確認したリルカは、一先ず小島で待機し、彼女等の船が戻るのを待つ事にした。


 飛空艇の甲板より遠視魔法を使用するリルカを見たホークが、首を傾げる。


「リルカ、まさかそりゃ遠視か? いつ覚えたんだそんな魔法」


 リルカは二周目の人生と言う事もあり、身体能力はさて置き、魔法に関しては優れた技術を持っている。


 この時点では本来覚えていない様な上級魔法や、詠唱破棄と言った魔法の高等技術も扱える。


 しかし、当然だがその事は《緋の風》の面々には隠していた。


 基本的に《緋の風》の面々とはずっと一緒に居る為、覚えるのにそれなりの時間を要する魔法をぽんぽんと使っていれば訝しむだろうし、かと言って真実を話せる筈も無い。


 そもそも二周目の人生など信じられる訳が無いし、何より十数年後に世界が滅ぶなど、そんな絶望的な話をした所で良い事にはならない。


 今まではあまり使わない様にしていた魔法だが、最近はちょっとしたものは遠慮なく行使している。


 ローファスと恋仲と言う設定があるお陰で、多少高度な魔法を使って不思議がられたとしても言い訳には困らない。


「んー? ローファス君が教えてくれたの。寝物語で」


 この言葉で、大概は納得する。


 ホークは丸縁グラサンをクイっと上げ、肩を竦める。


「はいはい寝物語な。最近好きだなその文句。お前がローファスさんと寝所を共に出来るタイミング無かったと思うんだが、まあ良い」


 寝物語は本気にされていない様だが、ローファスと言う魔法使いの最高峰の存在を知った分、感覚が麻痺しているらしい。


 本来ならば誰に教わろうが魔法の習得にはそれなりの時間を要するのだが、それでもローファスに教わったなら、と納得してしまっている。


 お陰でリルカは魔法を使い易くなった。


 その点はローファスに感謝である。


「んー? ファーちゃん、こっち見てる…?」


 リルカは遠視で船より降りたファラティアナを眺めながら、訝し気に呟いた。


 不可視化、魔力遮断と過ぎる程の隠蔽魔法が施された飛空艇。


 その存在を感知出来る筈など無いのだが、どう言う訳かファラティアナがこちらを見ている様な気がする。


 それも、警戒心たっぷりな面持ちで。


 そしてファラティアナは、上陸するなり数人を引き連れて真っ直ぐに隠蔽中の飛空艇に近づいて来る。


 リルカは暫し様子を見るが、やはりと言うべきか、ファラティアナ達は迷わず歩を進め、遂には飛空艇の真下まで来てしまった。


 警戒した様子で見上げてくるファラティアナ。


 明らかに飛空艇の存在を察知している。


 今の飛空艇は、視覚的には当然として、魔力探知にも引っ掛からない。


 高位精霊であるルーナマールであれば、魔力の僅かな綻びから気付くかも知れないが、リルカの記憶が正しければ、ファラティアナとルーナマールが出会ったのは、四魔獣の海魔ストラーフとの戦闘時だった筈だ。


 それは以前、ファラティアナから直接聞いた話。


 故にこの時点では、まだ水の精霊ルーナマールとは出会ってすらいないし、現在のファラティアナに飛空艇が感知出来る筈が無い。


 その上でもし気付かれたのであれば、やはりファラティアナも前回の記憶を引き継いでいるのだろうか。


 ではやはり、ローファスの腕を切ったのも…?


 リルカの中で疑惑が増す。


「…直接会った方が早いか」


 リルカはそう結論付け、共に甲板から見下ろすホークに目を向ける。


「あ? 誰か下に居るな。てか、こっち見てねぇか?」


 グラサンをずらして下を眺めるホーク。


 リルカはそれに軽く笑いつつ、手摺に手を掛ける。


「あーあれ、私の友達。ちょっと話して来るね」


「はぁ? いや、友達ってお前——ってリルカ!?」


 取り乱したホークの声を背に受けながら、リルカは甲板から飛び降りた。


 *


「カーラ、この上か?」


「はい。この上に気配を感じます。間違いありません」


 フォルはカーラやダインを連れて、上空にあると言う気配の近くまでやって来ていた。


 カーラ曰く上に気配を感じるとの事だが、フォルは近付いても、相変わらず何も見えないし感じない。


 近くに来ても特に変化が無い所を見ると、やはりカーラの勘違いなのではないだろうかと、勘繰りを覚えてしまう。


「てか、本当に何か居るのか?」


「…居ますよー」


 訝しむダインを、カーラは密かに鋭く睨む。


「石でも投げて見るか?」


 フォルが何気なく石を拾い上げた所で、上空に浮かぶ不可視の何かから、何かが降りてくる気配をカーラは察知した。


「フォル様、下がって! 何か来ます!」


 カーラの言葉に、フォルは飛び退き、腰から持ち前の舶刀カットラスを引き抜いて構え、ダインもそれに倣って剣に手を掛けながら下がった。


 不可視の膜の様なものを突き抜ける様にして突如姿を現したのは、一人の小柄な少女だった。


「——風の抱擁(エアエンブレイス)


 少女が詠唱破棄により発動した魔法により、地面に衝突する瞬間に少女の身体が風に包まれ、落下の衝撃が霧散する。


 風に包まれた少女は、ゆっくりと足を下ろしてふんわりと着地した。


 そしてその青い瞳をファラティアナに向けると、にんまりと笑う。


「やっほー、ファーちゃん!」


 まるで十年来の友と再会でもしたかの様に、少女は親し気な笑みを浮かべる。


 そんな薄い茶髪の少女——リルカを、フォルは訝し気に見ていた。



「ファーちゃんって…アタシの事か? 誰だお前」


 それは、親し気に笑い掛けてくるリルカを見て発した、フォルの言葉。


 リルカはそんなフォルの様子に、目を細めた。


 リルカは思う。


 これはどっちだ、と。


 本当に前回の記憶が無いのか、それとも演技なのか。


 否、考えるまでもなく答えは出ている。


 この場に於いて、何よりもリルカとファラティアナの仲に於いて、前回の記憶が無いフリをする意味は無く、又、ファラティアナはリルカと違い、嘘が吐けるタイプではなかった。


 しかしながら、リルカ自身ローファスを相手に演技していた事もあり、嘘を吐いている線は無いと切って捨てられない。


 どの様な質問が良いか、ローファスの様にアベルの名を出して揺さぶってみるか。


 リルカの頭の中に色々と候補は浮かんだが、ついて出てきた言葉はいたくシンプルなものだった。


「…ローファス君の左腕、ファーちゃんがやったの?」


 それは駆け引きも何も無い、ど直球な問い掛け。


 しかしこれは、リルカからしても聞かずにはいられない質問だった。


 フォルは僅かに目を見開き、ふと後ろを見る。


「すまん二人共、席を外してくれ」


 フォルの突然の言葉に、当然だがダインとカーラは納得しない。


「オイオイ、そりゃ無いだろ」


「戦力にはなりませんが、せめて私だけでもお側に」


 二人からすれば、リルカは天から舞い降りた得体の知れない存在。


 それとフォルを二人きりにするなど、幾ら何でも危険過ぎる。


 しかしフォルは譲らない。


「大丈夫だ。多分こいつはローファスの知り合い…なんだよな?」


「ん、まあね」


 首肯するリルカ。


 カーラは暫しリルカを見据え、何かを察した様に目を細めると、溜息混じりにダインの袖を引きながら下がる。


「そう言う事であれば…」


「お、オイオイ、良いのかよ!?」


「黙って付いてきて下さい」


 体格の良いダインを細身の少女が引き摺る様は何とも違和感のある光景だが、フォルはリルカから意識を外せず、気にも止めていない。


 カーラとダインが席を外し、リルカとフォルは二人きりで向き合った。


 両者暫しの沈黙の末、口を開いたのはフォルだった。


「…ローファスを君付けで呼ぶなんて、随分と親し気だな」


「それ言ったら、ファーちゃんも呼び捨てにしてるじゃん。相手は侯爵家の嫡男だよ?」


「……お前、ローファスの何だ? ここにはローファスに言われて来たのか?」


「私はリルカ、空賊だよ。ローファス君とは…んー、友達? あ、別にローファス君は関係無いよ。ここには私の意思で来た——ファーちゃんに会いに、ね」


「アタシに…?」


 目を細めるフォルに、リルカは首を傾ける。


「…で、質問の答えを待ってるんだけど? 私は答えたよ。次はファーちゃん…ファラティアナさんの番。ローファス君の左腕を、どうしたの?」


 リルカにじっと見つめられ、フォルは居心地悪そうに目を逸らす。


「…ローファスの左腕、か。あれは確かに、アタシがやった様なものだよ」


「その答えは抽象的過ぎない? 具体的に、何があったのかを聞きたいんだけど」


 リルカの問いに、まるで責められているような気分になり、フォルは軽く下唇を噛む。


「…庇われたんだよ。ローファスの左腕と左眼はその時に…アタシが弱かった所為だ」


「…は?」


 弱音を吐く様に口にするフォルに、リルカは眉を顰める。


 その答えは、本に書かれていた内容と相違無い内容だ。


「ファーちゃんが切ったんじゃないの…?」


「切ったって…ローファスの左腕をアタシが? そんな訳無いだろ、何でアタシが…!」


 巫山戯るな、と否定するフォル。


 リルカはそっと黒い本「暗黒貴族と船乗りの少女」を取り出す。


「え、じゃあまさか、この本に書かれてある事って、本当なの…?」


「わあああああ!?」


 フォルは火を吹きそうな程に顔を真っ赤にして取り乱し、リルカから本を引ったくった。


「ななな、何でお前がコレを…! そ、そんなに広まってるのかコレ!?」


 本を胸の中に抱き締め、泣きそうな目でリルカを見るフォル。


 そんなフォルの様子を見たリルカは、何とも言えない顔だ。


「何、その顔…」


 頰を赤く染め、涙目で本を抱えるフォル。


 その姿はまるで、秘めた恋心を暴かれた乙女の様。


 それはかつて、アベルに対する想いが隠し切れなくなった時に見せた乙女の顔だ。


 リルカは僅かに息苦しさを覚えながらも、フォルに問い掛ける。


「まさかファーちゃん…本当にローファス君の事、好きなの?」


「…そうだよ。この本読んだんなら知ってんだろ」


 フォルはローファスへの好意を隠しもしない。


 それは前回のファラティアナと異なる点。


 前回、ファラティアナはアベルに対する気持ちに中々素直になれず、他のヒロインに遅れを取る場面が多々あった。


 しかし今回は、明確にローファスに対する好意を自覚し、示している。


 前回の宿敵を相手に何故そんな事になっているのか、リルカは理解に苦しむ。


 リルカはフォルが抱える本に目を向ける。


「なら、その本に書かれてる事は全部本当なの…?」


「…まあ、大体は。ちょっとローファスが美化されてるけど」


「奴隷にされた友達を救われたのも?」


「ノルンの事だな。事実だ」


「貴族になったら結婚するって言うのも?」


「い、いや、それは…アタシの気持ちに応えるって約束で…」


 最後の方はごにょごにょと恥ずかしそうに顔を伏せるフォル。


 リルカは目眩を覚えつつも、軽く息を吐き、フォルの目を見る。


「本気、なんだね」


「本気だよ。伊達や酔狂で貴族なんか目指さねぇ」


 フォルに真っ直ぐに見返され、リルカは深い溜息を吐く。


 そして「そっか」とリルカは何処か吹っ切れた様に微笑みを浮かべ、優しく包み込む様にフォルの両肩に手を添える。


「分かった。ファーちゃんのその恋、応援する」


「お、おう? ありがとう?」


 リルカに激励され、何処か腑に落ちない顔で礼を述べるフォル。


 リルカは「その代わり…」と付け加える。


「ローファス君の…好きな人の一番になりなよ。今度(・・)は妥協なんかしないでさ。側室なんかで満足しちゃダメだよ」


 それは、前回の記憶があるが故のリルカの言葉。


 今のフォルには、その意味が分からない。


 しかしフォルは、何故かすんなりとその言葉を受け入れられた。


 フォルは微笑み、握り拳をリルカの肩にストンと当てる。


「当たり前だ」


 勝気に笑うフォルに、リルカは少しだけ懐かしさを覚える。


 リルカとファラティアナは、タイプが違う者同士ではあるが、アベルのパーティに於いては両者共に前衛を担っており、他のメンバーと比べても話す機会が多かった。


 リルカにとってファラティアナは、友人と呼んで然るべき存在だった。


 前回、アベルの正妻戦争で誰を推すかと問われれば、リルカは迷わずファラティアナを推していた。


 そしてそれはきっと、ファラティアナも同じ選択をしただろう。


 二人は、そんな間柄だった。


 リルカは当時の関係を思い出し、悪戯っぽく笑う。


「もしファーちゃんがローファス君の一番になれなかったら…その時は私がロー君を()っちゃうかも」


「…は? ロー、君?」


 リルカが唐突に投下した爆弾に、フォルの表情がピシリと固まる。


 にひ、と揶揄う様に笑うリルカ。


「ちょ、それってどう言う——」


「じゃ! 私はこの辺で!」


 言う事は言った、とばかりにリルカはひらひらと手を振り、飛空艇の《転送》を発動させる。


 リルカの身体が淡い光に包まれる。


「ちょ、待て!」


 フォルが手を伸ばすが、間に合わずにリルカはその姿を消した。


 伸ばした手が空を掴み、手の平から淡い光の片鱗がきらきらと霧散する。


 一人になったフォルは、もやもやした面持ちで地面を蹴る。


「あいつ、言いたい事言って消えやがった…リルカ、覚えたからな」


「あ、そうそう」


「うわ!?」


 消えた筈のリルカが唐突に背後に現れ、フォルは驚きの声を上げる。


「良い驚きっぷりだねー、ファーちゃん」


「…今のは誰だって驚くだろ」


 ニマニマするリルカを、フォルは半目で睨む。


「応援するって言った手前、何もせずに去るのは気が引けてね。てな訳で、コレあげる」


 リルカは紙の束をフォルに手渡した。


 その紙には、この島の周辺海域の図面と、幾つかの島の位置が記されていた。


「リルカ、これ…!」


「ここらの海域はファーちゃんを探すのに飛び回ったからね。イフリートの飛行ログから引っ張ってきたやつだから、あんまり詳しく無いけど」


「いや、十分過ぎる…こんなの、受け取れねぇ…」


「いやいや、私にとっては価値の無いものだから返されても困るんだけど。まあ、そんなに引け目に感じるなら、貸し1って事で良いよ」


「貸し、1…?」


「そ。この貸しは高いよー? ちゃんと返してね」


 悪戯っぽくウィンクするリルカに、フォルは思わず笑う。


「はは、分かった。きっちり利子付けて返してやる。お前こそ忘れんなよ」


「お、利子付き? ちゃんと聞いたからねー。返済遅れたら取立てるから」


「言ってろ」


 軽口を叩き合い、笑う二人。


 初対面の筈なのに、安心感と懐かしさを感じながら。


 一頻り笑った後、リルカは手を出す。


「じゃ、もう行くよ。元気でね、ファーちゃん」


 フォルは差し出された手を掴み、握手を結ぶ。


「お前もな、リルカ。なんだろうな、初対面の筈なのに、初めて会った気がしない」


「ん。私も」


 二人で笑い合い、手を離した。


 リルカはそのまま光に包まれて消え、一人残されたフォルは名残惜しそうに空を見上げる。


 リルカから渡された海図を手に。


 フォルの開拓は、まだ続く。

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