52# 茶会
レイモンドとの約束から半年。
ライトレス領に汽車を設置する計画は随分と進み、形になりつつあった。
王家の許可は思いの外簡単に降り、燃料である石炭の安定供給の目処も立っている。
表向きには、ライトレス領の一部地域の貧困化の解消の為にガレオン家が支援する、と言う形である。
先のガレオン家で開催されたパーティにて、レイモンドと交流を深めたローファスが、貧困化に関する悩みを話し、民の貧困を憂うローファスの姿に心打たれたレイモンドが、私財を投じて支援に乗り出した。
…と言うインサイドストーリーまで語られている。
この噂を流したのは言わずもがな、レイモンドである。
この裏話もあり、ライトレス家、ガレオン家それぞれの当主は、この嫡男同士が結んだ約束事を領同士の公的な条約として正式なものとした。
ルーデンスは多少訝しんでいた様だが、ローファスが領の経済的発展に繋がると強く主張し、結果的に折れた。
線路の工事も商業組合が総出で取り掛かり、その上でレイモンドの召喚獣やローファスの影の使い魔が労働的援助を行う事で飛躍的に進んだ。
工事を始めてからものの二ヶ月と言う短い期間で、線路は本領を中心に、広大なライトレス領の各地に点在する主要都市を繋ぐにまで至った。
余談だが、ガレオン領も汽車の設置を検討中らしく、その際には今回と同様に影の使い魔の労力を貸し出す約束をレイモンドより取り付けられている。
そして、汽車の初の公開試運転を一週間後に控えた午後の昼下がり。
ライトレス家別邸の中庭に、転送された多量の石炭が山の如く積み上げられていた。
中庭の上空には、転移魔法を得意とする鈍色の球体——レイモンドの召喚獣の一角である時空の上位精霊マニフィスが浮いている。
「専用の倉庫でも準備せねばな…」
積み上げられた石炭を眺めながら、ローファスは呟く。
今日は石炭転送の初日。
転移魔法による輸送を部外者に見られる訳にはいかない為、一先ず転送先はここ、別邸の中庭を指定していた。
ともあれ、毎度中庭に転送されるのは考えものだ。
運び出す手間も掛かるし、何よりライトレス家の屋敷から大量の石炭が運び出される等、明らかに異常だ。
今回は場所の準備が間に合わなかった為致し方ないが、外部から見えない大型の倉庫を用意せねばとローファスは心に誓う。
「場所を指定さえしてくれれば、転送位置の変更はいつでも可能だ」
和かに答えたのは大量の石炭と共に転移してきたレイモンドだ。
ローファスは露骨に嫌そうな顔をする。
「予定通りの納品感謝する。ではお互い忙しい身だ。今日の所は解散するとしよう」
「ローファス、忘れてもらっては困るよ。これから交流を深める為の茶会だ」
「俺と貴様、二人だけの茶会か?」
今回、転移して来たのはレイモンドだけである。
「それに、生憎と何の準備も出来ていない。まあ、客間でコーヒーと茶菓子位ならば出せるが…」
「茶会に誘ったのは私だ。準備も全て、こちらでしている」
「は?」
眉を顰めるローファスに、レイモンドは不敵に微笑み、その目を後ろに控える女中のユスリカに向けた。
「失礼、ミス。貴女の主人を少々お借りする」
「は、はい?」
突然声を掛けられたユスリカは、戸惑う様に首を傾げる。
直後、時空の上位精霊マニフィスより光の帯が降り、レイモンドとローファスを包み込む。
それは転移の術式が施された光。
しかしローファスの魔力は常軌を逸する程に膨大であり、それに伴い魔力耐性も高い。
状態異常や強制転移等の術式に対して、ローファスは無類の強さを誇る。
それ故だろう、その転移の光に強制の力は無く、寧ろ転移の許可を求める様な気配がローファスに伝わってきた。
「…拒否出来るのか」
「しないでくれると助かるのだが」
苦笑するレイモンドに、ローファスは軽く溜息を吐く。
「…ユスリカ、少し出てくる」
「えっ…お、お待ちを! せめてカルロス様に——」
狼狽えるユスリカが言い終えるよりも前に、中庭の扉がバンッと勢い良く開かれた。
「坊ちゃん! 止めはしませんが、せめて付き添いの者をお連れ下さい!」
姿は見せずとも様子を窺っていたであろうカルロスがそう訴える。
レイモンドは生暖かい目をローファスに向ける。
「過保護…いや、愛されていると言った方が良いかな。羨ましいね、うちは放任主義なんだ」
「うちも放任だ。別邸暮らしを見れば分かるだろう」
「連れて行くかい? 転移枠に余裕はあるが」
「不要だ。貴様は一人なのに、俺だけが連れて行けるか」
ローファスは肩を竦め、カルロスを見遣る。
「カルロス、ただの茶会だ。あまり恥を掻かせるな」
それだけ言い残し、レイモンドとローファスは光に包まれて姿を消した。
中庭に残されたユスリカとカルロスは、いつもの事ながらに諦めに近い面持ちで天を仰いでいた。
*
転移先は、ガレオン領のとある丘の上。
天候は雲一つない晴天。
丘の下には、地の果てまで広がる麦畑。
そして青々と芝生の茂る丘の上に、ぽつんと置かれた円卓。
その卓を囲う様に、五つの椅子が置かれていた。
うち三つの椅子には、既に先客が座っていた。
「やあ皆、待たせたね」
ローファスを連れて転移の光より現れたレイモンドは、先に来て待っていた三人に声を掛ける。
ローファスはジロリと卓に着く三人を見やり、目を細める。
「“我々の交流”…こいつらも含めた意味だったか」
卓に着いているのは、物語にて四天王とされた三人——オーガス・ロエ・ディアマンテ、アンネゲルト・ルウ・トリアンダフィリア、そしてヴァルム・リオ・ドラコニスであった。
「なんだよ。前にあれだけイキってた癖に、結局お前も来てんじゃねぇか、ライトレス」
「いつまで待たせる気よ、レイモンド」
オーガスは挑発する様にローファスに目を向け、アンネゲルトは頬を膨らませて文句を言う。
そしてヴァルムは、一人ばくばくと卓の中央に並べられた焼き菓子を頬張っていた。
ふとローファスと目が合い、皿に伸ばしていた手を引っ込め、紅茶を一飲みにして噛み砕いた菓子を胃に流し込む。
「遅いぞローファス」
「…貴様、何を満喫している」
「お前も食え。この焼き菓子は絶品だ」
「いらん」
真面目な顔で食レポするヴァルムに、ローファスは苛立った様子で答えつつ、空いているヴァルムの隣の席に腰掛ける。
「気に入ってもらえた様で何より。そのクッキーはうちでも人気の商品なんだ。望むなら土産に幾分か包むが?」
「それは願ったりだ。是非頼む」
微笑むレイモンドに、ヴァルムは目を輝かせる。
何を餌付けされている、とローファスは舌を打つ。
ふとローファスは、オーガスの衣装に目を向ける。
服の上からでも分かる程に盛り上がった筋肉は、体格の良いヴァルム以上。
しかしその衣装は、高価なものではあるが少々汚れが目立っている。
それはまるで地面でも転げ回ったかの様。
ふと丘を見ると、地面の一部にクレーターとも呼ぶべき不自然な凹みがあった。
ヴァルムとアンネゲルトの衣装には特に汚れは見られていない。
「おい。何をジロジロ見てやがる、ライトレス」
ローファスの視線に気付いたオーガスが、喧嘩腰に声を荒げる。
ローファスはそれらの光景を興味無さげに眺め、「ああ、成る程」と何かを察した様に鼻を鳴らす。
「どうだ筋肉達磨。ヴァルムに敗北した気分は?」
ニヤリと笑うローファスに、オーガスは熱せられたヤカンの如く顔を赤くする。
「誰が筋肉達磨だ!? あと負けてねぇ! 引き分けだ! つか、何で知ってる!?」
ぎゃーぎゃーと喚くオーガス。
恐らくは今回の茶会が、ヴァルムの初顔合わせ。
レイモンドは先に三人をこの場に喚び寄せ、そして石炭の搬入とローファスの迎えの為にこの場を離れた。
そうするとどうなるか。
結論から言うと、ヴァルムとオーガスの戦闘が勃発する。
オーガスは元より好戦的な性格であり、その上でレイモンドの絶対的な力と思想に心酔している。
そんなレイモンドが連れて来たヴァルム、その力を試したくなったとしても不思議では無い。
或いは、自身の力を見せつけて格付けをしようとしたのかも知れない。
何れにせよ、オーガスはヴァルムに勝負を挑んだ。
丘に出来たクレーターは、その勝負により生じた戦闘跡。
その勝敗は、衣装に汚れ一つ無いヴァルムと、土汚れに塗れたオーガスの姿を見れば否が応でも察せると言うものだ。
「いやいや、あんた負けてたじゃない。一方的にボッコボコにされて」
ふと、一部始終を見ていたであろうアンネゲルトが、興味無さそうに呟いた。
オーガスが怒声を上げる。
「だから負けてねぇ! 確かに俺の攻撃は奴に擦りもしなかった。だが、あれだけ攻撃されたにも関わらず俺は無傷だ! 互いにノーダメージ! つまり引き分けだ!」
“あれだけ攻撃された”と表現する程度には一方的に攻撃を受けたらしいオーガス。
それでも飽く迄引き分けと言い張るオーガスの姿を、ローファスは鼻で笑う。
「だ、そうだが?」
「む? ああ。オーガスは異常な程タフだな。別に勝ったつもりもないぞ。そもそも急に襲われたからいなしていただけだしな。全く、ローファスと良いオーガスと良い、何故そうも力比べをしたがるのか」
ローファスに目を向けられたヴァルムは、肩を竦めて溜息混じりに答えた。
それにオーガスは勝ち誇った様に笑う。
「そら見ろ! 言ったろ、俺は負けてねぇってよ!」
「相手にされていないだけではないか」
「んだとぅ!? テメェもやるかライトレス!」
「ほう、貴様程度がこの俺に挑むと? 彼我の力の差も分からんのか。どうやら脳味噌まで筋肉で出来ているらしいな」
椅子から立ち上がり、図太い腕を振り回しながら声を上げるオーガス。
それに応じる様に立ち上がり、好戦的に笑うローファス。
そんなやり取りを呆れた様に見るヴァルムとアンネゲルト。
「ローファス、オーガス。そこまでだ」
今にも戦闘を始めそうな二人を止めたのは、今の今まで楽し気に眺めていたレイモンドだった。
「止めないでくれレイモンド!」
「レイモンド。今から此奴に身の程を教えてやる所だ。邪魔立ては許さんぞ」
オーガスとローファスから非難の視線を浴びながら、レイモンドは静かに笑う。
「君達の力比べに興味が無い訳ではない。しかしローファス、君の魔法は規模が大き過ぎる。ここは我が領の大切な麦畑だ。私の制止を無視してこの場で暴れると言うなら、出た損害は君達に補償して貰う事になるが?」
淡々と述べるレイモンド。
損害の補償と言う言葉を聞いたオーガスとローファスは、暫し無言で見つめ合い、罰が悪そうに椅子に座った。
*
「そうだローファス、お前に会ったら一度話さねばと思っていた事があるのだ。セラの事を覚えているか?」
「忘れる訳が無いだろう。他でも無い貴様の妹ではないか」
茶会の席にて、ヴァルムが追加で出された焼き菓子を片手にそんな話題を振り、ローファスはどす黒いコーヒーを啜りながら機嫌良く答える。
「そうだ、俺の妹のセラだ。勝気でお転婆だが、あれで昔から兄上兄上と擦り寄って来る可愛い奴でな。その時は鬱陶しいと思っていたのだが、どう言う訳か最近は全く来なくなった。それはそれで物寂しいものでな」
「セラは確か10歳だったか。節度を弁えたのではないか? 心身共に大人になって来ている証拠だ。年齢的には独り立ちしてもおかしくは無い。俺も10歳から家族と離れて別邸で暮らしているしな」
「お前の過去か。それはそれで興味はあるが…しかし、セラが俺から離れた原因はローファス、お前だ」
「は?」
穏やかな兄妹話から一転、ヴァルムは視線を鋭くする。
「セラは最近、お前の名ばかりを口にしていてな。口を開けばローファスさん、ローファスさんと…耳にタコが出来る程だ。その上、しきりにお前がいつステリア領に来るか聞いて来る」
「ほ、ほう?」
突然そんな事を言われ、ローファスは反応に困った様に首を傾ける。
ダン、とヴァルムが卓を拳で殴り付けてローファスを血走った目で睥睨する。
「お前の所為で可愛い妹の兄離れが起きてしまった。どうしてくれる…!」
「知らん! 何故俺の所為になる、俺は別に何も…」
「何故、セラが数度しか会っていない筈のお前の名前ばかりを口にする? セラとの間に何があった? 洗いざらい話して貰うぞ、ローファス」
「人聞きが悪い事を言うな! 普通に話しただけだ!」
「セラから聞いたぞ、頭を撫でられたとな! 何が話しただけだ、この女誑しが!」
ヒートアップしたヴァルムが、遂には卓に立て掛けてあった槍を持って立ち上がった。
その身体はバチバチと黄金の雷が迸っており、どう見ても臨戦態勢である。
そんなヴァルムの様子に、ローファスは若干引きながら顔を引き攣らせる。
ヴァルムは、これまでローファスより幾度襲撃を受けてその身を理不尽な暴力に晒されようと、ここまで激昂する事は無かった。
最早ローファスには、ヴァルムが妹の兄離れで怒り狂っているシスターコンプレックスを拗らせた愚かな男にしか見えない。
「分かったから落ち着けヴァルム。一先ず魔力を鎮めろ。ここはレイモンドの麦畑だ。何かあれば賠償を請求される」
ローファスに諫められ、ヴァルムは一旦魔力を収める。
しかしその射抜く様な鋭い目からは、怒りが引いていない事が窺える。
「俺が捕えられている間に妹を口説くとは、どう言う了見だローファス。セラはまだ10歳だぞ」
「下らぬ勘違いをするな。口説く訳が無いだろう」
「では何か、普通に話していただけでセラはお前に惚れたと!?」
「惚れた云々は俺に聞かれても困る。だが、恐らくセラには俺が、最愛の兄を救い出した恩人に見えたのだろう。ならば好意的であっても不思議ではあるまい」
「俺を救った、だと…? 監獄を襲撃された上に拉致され、ギラン襲撃の片棒を担がされたでは無く…?」
「世の中結果が全てだ。過程など、結果に付随する要因の一つでしかない。結果的にあの襲撃で、ギランはこれまでの勢いを失い、貴様の父親も解放されて今では代官役人に返り咲いている、そうだろう?」
「む…まあ、そうだな。それに関しては感謝しているが」
「セラの目には、俺が父や兄を救い、ギランと言う悪党を懲らしめた英雄の様に映ったのだろう。あの歳はそう言う御伽話的な幻想を抱くものだ。それに惚れたと言うが、それは本当にセラが言っていた事か?」
「い、いや。だが、セラの様子からそうとしか…」
「で、あるならばだ、やはり貴様の勘違いだヴァルム。セラの好意は恋愛的なものでは無く憧れだ。幼子が英雄譚に焦がれ夢想するのと同じ事。それにセラはまだ10歳、恋愛は早いのではないか?」
「ふむ、その通りだなローファス。恋愛など、セラにはまだ早い」
「ふん、答えが出ているでは無いか。やはり惚れた云々は貴様の勘違いだ」
「う、む。そうだな…」
見事にローファスに丸め込まれたヴァルムは、暫し考える素振りを見せて槍を置いた。
「すまんな、少々熱くなった」
「少々ではなかったがな。まあ気にするな。貴様が“妹想い”である事は充分に理解した」
素直に頭を下げるヴァルムに、ローファスは手をひらつかせて返す。
妹想い。
その言葉に含まれる意味に、きっとヴァルムは気付かない。
そんなやり取りを見ていた、卓を挟んだ先のレイモンド、オーガス、アンネゲルトは三者三様の反応を見せる。
「重度のシスコンに、口の回る女誑し…本当にこんなのを仲間にするの、レイモンド」
アンネゲルトが呆れ顔でそう問い掛け、レイモンドは笑って返す。
「実力は両者共に王国随一だ。それに個性的で面白いだろう。一緒に居て退屈しない」
「ま、確かに退屈はしなさそうだけど」
頬杖を突いて納得した様に一息吐くアンネゲルト。
対してオーガスは、納得出来ない様子で唸っていた。
「ヴァルムの野郎…俺が喧嘩吹っかけた時には槍に手を掛ける事すらしなかったってのに、妹なんかの事で槍を持ち出すのか…?」
勝負を吹っ掛けた挙句、素手でクレーターを作る程にボコボコにされたオーガスは心外だとばかりに顔を歪める。
そして立ち上がり、ずんずんと足音を経てながらヴァルムとローファスの元に行く。
「おいヴァルム、やっぱさっきのは納得行かねぇ。もっぺん勝負だ」
ローファス顔負けな戦闘狂ぶりを見せるオーガスに、ヴァルムはまた来たよと言う顔をし、ローファスは目を細める。
「…ここを荒らすと賠償と言われただろう。貴様、やはり脳味噌まで筋肉か」
「ああ!? うっせ! 脳味噌まで筋肉ならなんか強そうだろうが!」
ローファスの言葉に猛獣の如く吠えるオーガス。
オーガスはそのまま地面に伏せると、手を突き出した。
それは正しく、腕相撲の姿勢。
「これなら被害は出ねぇだろ。おら、やろうぜヴァルム!」
「その次はライトレス、テメェだ!」なんて口走るオーガスに、ヴァルムもローファスも呆れ顔を見せる。
「何処まで脳筋なんだ。ヴァルム、相手にする必要は無い」
「いや、受けよう。また襲われては面倒だ」
ヴァルムは腕に高密度の魔力を迸らせ、オーガスに向かい合う形で寝そべり、その図太い腕を掴み取る。
次の瞬間、ヴァルムは宙を舞っていた。
ヴァルムは空中で、驚いた様に目を見開き、間の抜けた顔を晒す。
宙で体勢を立て直し、そのまま軽やかに着地した。
「はっ! 俺の勝ちだなぁヴァルム! さあ、次はテメェだライトレスゥ!」
寝そべったまま勝ち誇った様に吼えるオーガス。
今度はローファスが、溜息混じりにオーガスに相対する。
「馬鹿が。油断なぞしおって」
「ま、待てローファス、俺は油断など…」
「止めろヴァルム。敗者の言い訳程見苦しいものは無いぞ」
ヴァルムの言葉を遮り、ローファスはオーガスの手を握る。
大木の如きオーガスの腕と比べると、ローファスの腕は小枝の様なもの。
しかしその細腕からは膨大で高密度の暗黒の魔力が立ち昇っており、それは体格差を余裕で覆す程の威圧感を放っている。
「卑怯などと言うなよ。元より貴様の得意分野に付き合ってやっているのだ。寧ろ感謝——」
次の瞬間、ローファスは吹き飛び宙を舞っていた。
受け身も取れずに背中から落下するローファスを尻目に、オーガスは図太い腕を振り上げる。
「ウォォォ! アイアムチャンピオォォォン!」
両手を天に突き上げ、勝利の雄叫びを上げるオーガス。
腕相撲は、オーガスの圧勝であった。
それもその筈。
レイモンドがオーガスに見出したのは、肉体の常軌を逸した頑丈さと異常な程の膂力。
武力と言う点に於いてはヴァルムに手も足も出ないが、オーガスはフィジカル面に於いて王国屈指。
オーガスも間違い無く、ローファスやヴァルムに並ぶ傑物の一人。
オーガスの怪力とも呼べる膂力は、どれだけ魔力を込めた身体強化であろうと太刀打ち出来るものではない。
背中から芝生の上に落下し、仰向けの体勢のローファスは、むくりと起き上がり、雄叫びを上げるオーガスをジロリと睨む。
「成る程成る程、そうだった。貴様はそう言う奴だったよ忘れていた」
物語の記憶を呼び起こしたローファスが、一人得心行った様に呟く。
そして、その身より周辺の大気を揺るがす程の魔力波を放出した。
暗黒の余波が周囲を暗く染め上げる。
「ひっ!?」
その余波をもろに受けそうになったアンネゲルトは身を屈め、レイモンドがそれを庇う形で前に立つ。
「無事か、アンネ」
「れ、レイモンド…ありがと」
暗黒の魔力波を自身の魔力で防ぎながら微笑み掛けるレイモンドに、アンネゲルトは礼を述べながらも顔を引き攣らせる。
アンネゲルトは、レイモンドより見出された四人の一人ではあるが、基本的な能力面に関して言えば他の三人とは違い、平凡と呼べる水準である。
そんなアンネゲルトからすれば、こんな常識外れの魔力波を放つローファスも、それを涼しい顔で受けるレイモンドも同様に化け物である。
「レイモンド、適当な土地に転移しろ。何なら俺の領でも構わん。この筋肉達磨に身の程と言うものを教えてやる」
好戦的に口角を吊り上げ、そう宣うローファス。
レイモンドはふとオーガスを一瞥し、静かに首を横に振る。
「ローファス、それは無理だ」
「レイモンド…貴様まさか、邪魔立てする気ではあるまいな?」
剣呑に睨むローファスの肩を、ヴァルムが叩く。
「よせ、ローファス」
「…ヴァルム、貴様までこいつの肩を持つ気か? おいオーガス、貴様も腕相撲などと言うお遊びで勝った気にはなれんだろう。もっとちゃんとした力比べを——」
ローファスが見ると、オーガスは口から泡を吹き、白目を剥いて仰向けに倒れていた。
オーガスはローファスの高密度の魔力波を至近距離で受け、気絶したらしい。
「もう意識は無い。これ以上はやめておけ」
諌める様に言うヴァルムに、ローファスは何とも言えない顔で身体から発せられる魔力を鎮めた。
暗黒が消え、そこには見晴らしの良い丘の風景が蘇る。
「…オーガスが寝てしまったね。今日はお開きにしようか」
苦笑しながらそう言うレイモンドに、異を唱えるものは居なかった。
こうして初めての茶会は、何とも言えない空気で幕を引いた。




