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49# 怪物

 ライトレス家別邸の中庭。


 複数の藁束が立ち並ぶそこは、ローファスが魔法や剣の実技に取り組む為の場。


 そこでカルロスは木剣を手に、ローファスが振るう刃が潰された大鎌を最低限の動きでいなす。


「今の一撃は良かったですぞ、ローファス坊ちゃん」


 にこやかに言うカルロスに、ローファスは舌を打つ。


「…嫌味にしか聞こえんぞ」


「まさか、決してその様な事は」


 カルロスからしてもこれは本心なのだが、ローファスは納得出来ていない。


 ローファスは現在、魔法・魔力による肉体強化無しの実践形式の模擬戦を行っていた。


 ローファスは魔法使いであるが、その身体は近接戦を主とする戦士程では無いが引き締まっており、程良く筋肉も付いている。


 それは魔法使いが、接近されれば脆いと言う事実を知るが故であり、この弱点をローファスは放置しない。


 剣の達人であるカルロスが近くにいるからこそ、反応出来ない速度で接近されて斬られれば魔法を使う間も無く敗北する、それをローファスは身に染みて知っている。


 近接戦闘の技術は魔法使いに必須。


 これはローファスの持論であり、最高位の魔法使いが至る結論の一つでもある。


 それ故にローファスは、常日頃から運動を欠かさず行なっており、いざという時に最低限動ける程度には身体を鍛えている。


 又、ローファスは以前より、カルロスより剣の手解きを受けており、その剣の腕は現役騎士相当の実力がある。


 流石に暗黒騎士には及ばないが、12歳と言う年齢から考えれば非常に高い腕前と言える。


 因みに、ローファスは王国に置いて二級剣術士の称号を持っており、これは王国から高い剣の技術を持つと判断されていると言う事。


 余談だが騎士としての条件に、三級剣術士相当の実力が指定されている為、その実力の高さが伺える。


 もしも左腕が万全であったなら、ヴァルムとの戦いでは、結果は変わらないであろうが、もう少し打ち合えていただろう。


 そんなローファスだが、己に剣の才が無い事を自覚していた。


 それは直接ローファスの手解きをしたカルロスの目から見ても明らかな事実。


 ローファスの剣は、良くも悪くも型通り。


 良く言えば基本に忠実、悪く言えば個性が無い。


 ローファスはただ、剣を教えられた型通りに振っているだけであり、それ以上の発展が無い。


 型止まりの剣。


 カルロスの目から見てもローファスの動きは洗練されており、決して弱くは無いが、強くも無い。


 高みには昇れない剣。


 それがローファスの剣に対するカルロスの評価。


 ローファスに剣の才が無い事を、カルロスは手解きをした初日に伝えていた。


 それに対し、ローファスは怒りも悲しみもせず、ただ黙々と剣を振るった。


 そこから二級剣術士の資格を取得するまでに掛かった期間は、たったの一年。


 二級剣術士は、幼い頃から剣を振い続けて成人する頃に漸く取得出来るかどうかの資格。


 それをものの一年で取得したローファスは正しく天才と周囲から囁かれた。


 魔法の天才は、剣の天才でもあったのかと。


 しかし、ローファスに対するカルロスの評価は変わらなかった。


 そしてローファスも、剣を振い続けたからこそ見えたものもあったのだろう。


 二級剣術士の資格を取得したその日、ローファスは剣を手放した。


 以降ローファスは、日々の運動は欠かさないが、剣は勘が鈍らない様に時折振るう程度になった。


 故に、カルロスは驚いていた。


 ローファスの振るう鎌の鋭さに。


「坊ちゃん。何故、鎌を持とうと?」


 大鎌と木剣で打ち合いながら、カルロスは問う。


「…剣よりも、使い易いと思ったからだ」


「安易に武器を変えるのは、本来なら推奨しません。特にそれが実戦ともなれば…」


「説教か?」


「いえ。ただ坊ちゃんの場合は、それも悪く無いのかと思いまして」


 カルロスはそう言いながら、ローファスが振るう大鎌を木剣で弾き飛ばした。


 くるくると弧を描きながら、大鎌の刃が地面に刺さる。


 ローファスは額に青筋を立てた。


「ほう? 言動と行動が合っていない様に思えるが?」


「誤解です。坊ちゃんの鎌が思いの外鋭かったもので、つい」


「減らず口を」


 ローファスは吐き捨てる様に言い、鎌を拾いに行く。


「坊ちゃん。初めて剣を振るわれた日、私が申した事を覚えておいでですか?」


「あ? 俺に剣の才が無い、だったか。まあ、実際無かった訳だが。何だ今更」


「正確には“素質はあるが才は無い”でございます」


「…妙な言い回しだが、同じだろう」


「いやいや…」


 カルロスはにこやかに首を横に振って否定すると、次の瞬間にはローファスの目の前で剣を振り上げていた。


「素質の有無は、天と地ほどの差が御座います」


 そう言いながら剣を振り下ろすカルロス。


 ローファスはそれを拾い上げた鎌で受け止めた。


 木剣と大鎌の鍔迫り合いは、カルロスが僅かに押している。


 それは当然。


 年老いたとは言え、体格的にも筋力的にもカルロスの方が上であり、しかもローファスは隻腕。


 その上、今この瞬間、カルロスは魔力を使っていた。


「カルロス…実戦形式とは言ったが、魔力を使うのは反則だぞ」


「良く反応なさいました。鍛錬は怠っていない様ですな」


「魔力持ちによる目にも止まらぬ速度。それへの対応は、貴様がいの一番に俺に教えた事だ」


 カルロスは満足した様に剣を下ろすと、姿勢を正した。


「坊ちゃんに剣の才が無い事、この評価を訂正する気は御座いません。しかしながら、指導方針は間違っていたやもと、今になって後悔しております。坊ちゃんには下手に型など教えず、思いのままに剣を振るって頂いた方が伸びたのでは、と」


「本当に今更だな。何故そう思った?」


「そう感じる程、坊ちゃんが振るう鎌には鋭さがありました。型が無く、だからこそ読み難い刃。普通ならば下積みに素振り、そして型と順を追って行くのですが、坊ちゃんの場合は只管に実践形式を繰り返した方が良いのかも知れません」


 カルロスは一呼吸置き、続ける。


「二級相当の剣よりも、型の無い自由な鎌の方が、私は恐ろしく感じました」


「…鎌の才能はある、と言う事か?」


「いえ。才能はありません。皆無と言って良いですね」


 取り付く島も無く否定するカルロスに、ローファスは無言で鎌を振るう。


 カルロスはそれを避けた。


「…おい。避けるな」


「無茶を言われる」


「それだけ褒めておいて、才能が無いなぞと言うからだ」


「素質はあります。それこそ、剣よりも鎌の方があるでしょう。しかし才能となると…」


「貴様の言う才能とは何なのか、一度じっくりと聞く必要がありそうだな!」


 更に振るわれる大鎌。


 迫る刃の先に、カルロスは木剣の切先を当て、威力を相殺する形で受け止めた。


 神業とも呼べる剣技に、ローファスは舌を打つ。


 それは、型をどれだけ学び戦う技に昇華しようとも、ローファスが至れず、辿り着けないと悟った極致。


 カルロスはローファスを見据え、口を開く。



「私が言う才とは、それが“好き”かどうかで御座います」


 カルロスは、己の持つ木剣を愛おしげに眺めながら呟く様に口にする。


「“好き”か、だと?」


「冗談の様に聞こえますかな? しかしこれが馬鹿にできたものではないのです。特に私なぞは、剣を愛し、剣と共に生きて参りました。私にとって、剣は半身の様なもの。そしてローファス坊ちゃんは、既にそんな存在を見つけていらっしゃる」


 カルロスの言わんとする事を察したローファスは、「あぁ」と肩を竦める。


「魔法、と言いたいのか」


「然り。その身の半身とも呼べるものを、人は二つと待てません。唯一無二なのです。故に坊ちゃんは、剣や鎌を戦う手段か道具としてしか見ていない。否、見れないのです」


「そんな程度の認識では、極める事なぞ出来ないと?」


 ローファスの問いに、カルロスは静かに首肯した。


「残念ですな。素晴らしい素質をお持ちなのに。もしも坊ちゃんが剣を愛せたならば、私以上の剣士になられた事でしょう」


「ふん。口の上手い奴だ。休暇先で機嫌の取り方でも習って来たか」


「ええ。非常に有意義な休暇で御座いましたよ、本当に」


 意味深に笑うカルロスに、ローファスは首を傾げた。


「時に、何故急に鍛錬を? 私を訓練相手にされるのは随分と久々でしょう」


 ローファスが機嫌良さげなのを見計らい、カルロスは気になっていた事を尋ねた。


 ローファスは二級剣術士の資格を取得してから、カルロスとの鍛錬を止めていた。


 それが急に稽古相手として指名され、あまつさえ大鎌まで持ち出す始末だ。


 カルロスとしても気にならない訳が無い。


「…近接戦の重要性を再確認する事があってな。それに、俺はまだまだ強くならねばならん」


「坊ちゃんは十分お強いと思われますが…」


「父上よりか?」


「それは…」


 カルロスは口を噤んだ。


 ローファスは目を鋭くする。


「父上がライトレス家の当主になったのは成人した年、15歳の時だ。正式に当主としての執務に就いたのは学園を卒業した18の頃だが、それでも当主となった年齢で言うなら、歴代ライトレスの中で最年少だそうだ」


 カルロスは静かに、ローファスの言葉に耳を傾ける。


「ライトレス家の当主に成る為の条件を知っているな」


「…ええ。まずライトレス家の直系の血筋である事。成人している事。そして…」


「——強い事だ」


 ローファスは力強く右手を握り締める。


「父上は十五の年に、先代を打ち倒して当主の座を簒奪した。先の帝国との戦争で暴れ回り、帝国から《暗き死神》と恐れられた歴戦の祖父じじ様を、だ。それも、父上は魔力総量が低く、ライトレス歴代最低と言われる程だったにも関わらず」


 ローファスはステリア領での事を思い出す。


 ステリア領主アドラーの無詠唱の光魔法を、ルーデンスは相性不利にも関わらず極微細な暗黒で消し飛ばしていた。


 あの微細ながらも、この世の全ての光を飲み込まんとする程の深淵が如き暗黒。


 ルーデンスの放った暗黒には、術式が込められていなかった。


 術式を用いない属性の発現。


 以前パーティにて、レイモンドも同様の芸当をしていた。


 それは、ローファス以上の卓越した魔力操作あってのもの。


 魔法の天才、ライトレスの麒麟児と称されたローファスですら至っていない遥か高み。


「父上を越える為に必要ならば、剣だろうが鎌だろうが何でも身に付けてやる。俺が成人になる年が、ライトレス家当主交代の年だ」


 野望に燃え、好戦的に口角を吊り上げるローファス。


 しかしカルロスは肩を竦めて見せた。


「お言葉ですが坊ちゃん。御当主様は以前、ローファス坊ちゃん程の膨大な魔力の前には、幾ら小手先の技術に優れようと竜種の前の蟻に同じと言われておりました」


「確かに、父上の魔力量は低い。俺と比べると、大海とその辺の水溜り程の差があろうな」


「坊ちゃん…」


 流石にちょっと言い過ぎなんじゃ、と顔を引き攣らせるカルロスを、ローファスは自嘲する様に鼻で笑う。


「まだ俺が未熟だった頃、身に余る膨大な魔力を扱い切れずに暴走した事があったろう。四年前の話だ。俺はあの時の父上の暗黒を、片時も忘れた事が無い」


 ルーデンスが行使した術式の込められていない深淵の如き暗黒、それを見たのは初めてではなかった。


 それはローファスが別邸に移される原因となった出来事。


 ローファスの魔法が暴走し、実の弟と母親に生涯消えぬ心的外傷トラウマを植え付けた。


 その暴走は、正しく天災規模のもの。


 もしも止められなければ本都は疎か、ライトレス領全体に多大な被害を齎していただろう。


 それを止めたのは他でも無い、ライトレス家当主のルーデンスだ。


 巻き込まれて死に掛けた弟と母を庇い、その上で真正面からローファスの魔力暴走を抑え込んだ。


 あの術式の介在しない、深淵の如き暗黒を全身に纏って。


 ローファスはそれを、朦朧とする意識の中ではっきりと見ていた。


 圧倒的な力を、矮小な力で真正面から圧し潰す。


 その道理に合わぬ光景は、ローファスに、憧れとは別のものを植え付けた。


 それは己の不甲斐無さに対する絶望と、この上無き劣等感。


「はっ、何が蟻と竜だ。どうやったら蟻が竜に打ち勝てると言うのか。俺が天才ならば父上は何だ。怪物か何かか」


「…ルーデンス様のあの力は、類稀なる努力の賜物です」


「下らぬ。魔法は才能が全てだ。貴様の言う“好き”だなどいう言葉遊びではない。魔力の総量、そして魔法センスこそが全てだ。それを何だ、努力だと?」


「坊ちゃん…それ以上はご自身のこれまでの努力も否定する事になります」


「それ以上言うな、カルロス。幾ら貴様でも許さんぞ」


 ローファスに明確な怒りを向けられ、カルロスは口を噤む。


「努力の先に頂は無い。そもそも努力など、この世の誰もがやっている。程度の差こそあれ、決して誇れるものでは無い」


 ローファスにとって努力をする事は、生きていく上で呼吸して食事をするのと同様に当たり前の事。


 だからこそローファスは、魔法にせよ剣術にせよ、その打ち込みに余念は無い。


 特に魔法に関しては、ローファスは他の追随を許さぬ程に優れた適性を生まれながらに持っていた。


 故に努力した。


 故に鍛錬した。


 やって当たり前、当然の努力。


 人生の大半を魔法に費やした。


 しかしそれでも、未だに至れぬ高みはある。


 ルーデンス然り、レイモンド然り。


 自分よりも魔力が低い者がそこに至っている。


 その事実が、ローファスにこの上無き劣等感を抱かせた。


「坊ちゃん…」


「——失礼致します」


 カルロスが何かを言い掛けた所で、中庭に黒髪の女中が入って来た。


 最近ローファスの暗黒騎士より除名し、正式にローファスの専属女中になったユスリカである。


 暗黒騎士の鎧は装備しておらず、現在は黒を基調としたライトレスの使用人の制服を身に付けていた。


 ユスリカは、ローファスの昂揚した様子に戸惑いを見せつつも、冷えたタオルでローファスの額に浮かぶ汗を拭う。


「若様、急ぎお伝えしたい事が…お邪魔でしたか?」


 控えめに尋ねるユスリカに、ローファスは寛大に応える。


「構わん。何だ」


「は、実は…」


 ユスリカが言葉を紡ぐ間に、ローファスは異変を肌で感じ取る。


 それは別邸の外より。


 ローファスの魔力感知を突き破る形で出現したそれは、余りにも独特な魔力。


 何だこれは、と眉を顰めるローファス。


 それに気付かぬユスリカは、言葉を続ける。


「先程、若様宛に文が届きまして」


「文だと?」


 ユスリカが手渡してきたメッセージカードには、ただ一文が記されている。


 “本日赴く。君の友人より”


 ローファスへの宛先と、ただその一文だけが書かれた簡素なメッセージカード。


 カードの裏面には、赤き竜の鱗を模した紋章。


 ローファスは、顔を引き攣らせる。


 それはガレオン公爵家の家紋だった。

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