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39# 契約

 ステリア家とライトレス家の当主同士の会談は、恙無く執り行われた。


 結論から言うと、今回の騒動の発端とも言える俺こと、ローファス・レイ・ライトレスに罰則は無かった。


 正直、多少の罰は覚悟していた為、少し肩透かしを食らった気分だ。


 自分で言うのも何だが、かなり暴れたからな。


 監獄塔、そしてギラン邸の半壊だ。


 個人資産であるギラン邸は兎も角、監獄塔の方はステリア領の罪人収容施設である。


 賠償金、最低でも修繕費位は請求されるかとも思ったが、それすらも無い。


 それらも全て、父上の裁量によるものだ。


 父上により、ステリア領での俺の行いは、その全てが正当化された。


 監獄塔での一件は、不当に囚われた知人を助け出す為の行いであり、そもそも無実の人間を不当に捕らえていたステリア側に落ち度がある、と。


 ギラン邸に関しても、ライトレス家に対して苦情文を送りつけると言う喧嘩を吹っ掛ける様な真似をしたのはギラン側であり、ライトレス家嫡男たる俺は、それに対する報復行為を行ったに過ぎない。


 他領とは言え、平民風情が上級貴族に喧嘩を売る等、一族郎党皆殺しにされてもおかしくない程の不敬罪だ。


 屋敷を半壊させたのと、屋敷の使用人、私兵に多少の死傷者が出る程度で済まされている時点で、寧ろライトレス側は慈悲深い対応をしたと言える。


 しかし、この襲撃は領主であるステリア家に無断で行われたものである為、唯一その点は俺に非があると言えるが、そもそもステリア領の要人とも言えるギランに、好き勝手させていたステリア家当主にも落ち度はあった。


 故に、俺の非は、ステリアの当主の落ち度とで相殺。


 当主同士の話し合いは、この様な流れで進んだ。


 この時点で完全に父上が主導権を握っており、ステリア当主のアドラーも色々と言っていた様だが、その全てを父上が論破完封していたらしい。


 少々アドラーが気の毒に思えるが、まあ自業自得だな。


 平民風情に権力を与え、増長させるからこうなる。


 …まあ、貴族でもクリントンの様な低脳のクズはいるがな。


 クリントンの件を考えると、正直ライトレス(うち)もステリアの事は言えん。


 この時点での話し合いの段階で、これだけの破壊活動をした俺——引いてはライトレス側に一切の責任が生じていない。


 その上で父上は、公的には行方不明とされているギランの身柄を押さえていると言う手札を切った。


 これによりステリア側は、二つの選択を迫られる。


 ギランを見捨てるか、ライトレスに対し譲歩するか。


 ステリアは迷わず後者を選んだ。


 それだけギランの存在がステリア領にとって大きいと言う証拠だな。


 ギランがライトレスに、俺に絶対服従であるとも知らずに滑稽な事だ。


 父上からステリア側に提示したのはギランに関わる賠償と言う名の身代金の請求と、後は主にステリア領、ライトレス領間での商業に関する取り決めだ。


 商業の取り決めについては、色々と複雑な条約を突き付けた様だが、主な内容はこれより十年、ステリア領、ライトレス領間で執り行われる商業に対し、ステリア側は税金を取らないと言うもの。


 そして、商人同士の取引は自由に行われるものとし、ステリア側はこれの障害に当たる行為を禁ずる、と言うものだ。


 要約すると、これより十年間、ステリア側は税を取れず、対するライトレス側は取り放題。


 そしてステリア側は商人の取引を如何なる場合でも止められず、ライトレス側は気分で商人同士の取引に口出し出来る。


 呆れ果てる程にライトレス側に有利な不平等条約だ。


 本来であれば、例えギランの身柄を引き合いに出されようと、この条約を飲む事は無い。


 しかし、ステリア側はあっさりと承諾した。


 何故か。


 それは一重に、魔の海域の存在だ。


 魔の海域がある限り、ステリア領とライトレス領とでの海洋貿易は不可能。


 海洋貿易が出来ない以上、盛んな取引は無理だ。


 陸地からだと距離が離れ過ぎている為、交易は頻繁には出来ない。


 ただ、これだけライトレス側に有利な条約があれば、移動に多大なる時間とコストが掛かる陸路からの貿易でも、ライトレス側はそれなりの利益を得られる。


 ステリア側はこの程度の痛手は仕方ない、そう割り切っての承諾だったのだろう。


 だが、ステリア側からすれば残念な事に、魔の海域の脅威は排除されている。


 知られていないだけで、今後はステリア領とライトレス領間で、海洋貿易が盛んに行われる事となるだろう。


 魔の海域が鎮圧された件を、カルロスが書いたローグベルトの報告書に目を通した父上は当然知っている。


 まさか、俺が起こした問題を利用して、最大の利をライトレスに齎す結果に持っていくとは。


 俺としても、港町の商業組合の連中を焚き付け、更にステリア領の商業組合の取締役であるギランを傀儡にして、出来レースと化した取引でライトレス側に多大な利益を上げる予定だったのだが…。


 まさかそれ以上に搾り取る様な真似をするとは。


 それも何の事情も知らないステリアから。


 魔の海域を経由した海洋貿易の件を知った日には、ステリアから酷く恨まれそうな話だが、まあその恨みの矛先は父上に担ってもらうとしよう。



 さて、以上の経緯で会談はライトレス側に有利な結果で終わった訳だが、一つ懸念があった。


 それは、今まさに目の前にいるステリア家次男の存在だ。


「どうも、ローファス殿。急な訪問、すまないね」


 当主会談の後、間も無くして俺に宛てがわれた部屋を訪ねて来たのは、真紅の長髪に、髪色と同じ真紅のコートを羽織り、首には白イタチのマフラーを巻いた男——ステリア家次男であり、現剣聖でもあるエリック・イデア・ステリアだった。


 以前腰に下げていた王家の紋章が刻印された剣が、今は無い。


 初対面は監獄塔、まさかあの時はこの男が剣聖だとは思いもしなかったがな。


「何の用だ?」


 俺は警戒を隠しもせず、威圧的にエリックに問う。


 エリックは苦笑する。


「そう、邪険にしないでくれないか。当然だが、敵対の意思は無いよ」


「さてな。正直、貴様の狙いが分からんのでな」


 ライトレス側が有利に話を進める上で、エリックの存在は非常に面倒なものだった。


 何故なら、エリックは監獄塔が半壊になる際、現場に居た当事者だからだ。


 俺はあの時、監獄塔を破壊した後にヴァルムを一方的に嬲っていた。


 それは、不当に囚われた知人を助け出した、と言う俺の証言に相反するもの。


 ともすれば、ただの襲撃と取られてもおかしくはなかった。


 もしもその証言をされていれば、ここまでスムーズにライトレス側が有利になる様に話は進まなかったろう。


 ステリア側である筈のこいつが、黙っていた理由が分からない。


 それにエリックは、ギラン邸の半壊騒動の朝、動けない俺にポーションを寄越す等、まるで俺に恩でも売るかの様な態度を取っていたしな。


 意図が読めない。


 エリックは肩を竦めて見せる。


「人聞きが悪いな。私は、ヴァルムに頼まれた件で来ただけだ」


「…ヴァルムだと?」


 そう言えばエリックは、ヴァルムの上司なのだったか。


 エリックは紅蓮のコートを翻し、俺を見る。


「すまないが、付いてきてくれ」


 俺は目を細め、大人しくそれに従ってやる。


 流石に、この状況で俺に対して罠を仕掛ける程愚かでは無いだろう。


 まあ仮に罠でも、正面から叩き潰せば良いだけだが。


 因みにだが、お付きのユスリカも後ろに同伴している。


 エリックに連れられ、辿り着いたのは屋敷の地下室だった。


 幾重もの魔法陣が張り巡らされ、その中央にはかなり厳重に拘束された男が横たわっていた。


 黒髪の男は全身血塗れで、左腕を欠損している。


 瀕死の様にも見えるその男は、他でも無い。


 不意打ちで俺の喉を掻っ捌いてくれた殺し屋——血染帽レッドキャップだ。


「これをヴァルムが…? ああ、そう言う事か」


 ヴァルムから、瀕死の男を捕まえたと聞いてはいたが、それが血染帽レッドキャップだったと言う事か。


 これは驚きだ、まさかタルタロスに食われて生き延びているとは思わなかった。


 まあ、見る限り無傷では済まなかった様だが。


「理解が早くて助かるよ。こいつの処遇はローファス殿に、そうヴァルムから言われ引き渡されたものでね」


 俺の呟きに、エリックが捕捉する様に話す。


 血染帽レッドキャップは俺の存在に気付くと、首をもたげ、俺を見据える。


「おや、隻腕の君じゃないか。元気そうだね、喉の調子はどうだい?」


 まるで友人にでも会ったかの様に微笑む血染帽レッドキャップ


 ふと、血染帽レッドキャップに喉を切り裂かれた瞬間がフラッシュバックし、思わず首元を手で押さえる。


「…お陰で快調だ、ストロア。貴様の方こそ思ったより元気そうだな」


「お陰様でね。今では君とお揃いの隻腕だ」


 ははは、と互いに笑い合う。


 暫し笑い、血染帽レッドキャップは穏やかに目を細める。


「…単刀直入に聞くけど、僕が助かる道はあるかい?」


「ある訳無いだろ」


 真顔で即答してやると、血染帽レッドキャップは「だよね」と乾いた笑みを浮かべる。


「それで、どうして僕の名を知っているかは、教えてはくれないのかい? その名を知る者は、この時代にはいない筈なんだけど」


 この時代、と言う妙な言い回しに、エリックやユスリカが眉を顰めている。


 この言い方だと、大して隠す気は無いのか?


 血染帽レッドキャップの、悠久の時を生きる怪人などと言う異名は、嘘偽り無い事実だ。


 純粋な人間ですら無いこいつは、確かに怪人と呼ばれるに相応しい。


「貴様の事は良く知っている。まあ、こちらの事情を話してやる言われも無いがな」


 タルタロスに喰われて生きていた事には驚いたが、それだけ生命力が強く厄介であると言う事だ。


 折角生き残った所悪いが、血染帽レッドキャップはここで確実に殺しておく。


 何せ血染帽レッドキャップは、俺の魔法障壁を突破出来る数少ない者の一人だ。


 魔法殺し(ウィザードキラー)とはよく言ったものだが、そんな俺を殺せるかも知れない奴を野放しには出来ない。


 だが、しかし妙な話だ。


 何故、こいつは大人しく捕まっているのか。


「ストロア、何故大人しく捕まっている? 貴様はそんなちゃちな拘束具で動きを封じられる様なタマでは無いだろう」


 血染帽レッドキャップは、普段こそ怠けているが、生まれた頃より人間を超越した膂力を持っている。


 その気になれば、金属製の拘束具程度、飴のように捻じ曲げる事が出来る筈だ。


「へぇ、本当に僕の事をよく知っているんだね。大人しく捕まっている理由は、正にそれだよ。君が何故、僕の事を知っているのか気になったからさ」


「好奇心故に、か。それは己の命を天秤に賭ける程のものなのか? それとも…まさか貴様、この期に及んで自分が死なないとでも思っているのか?」


「面白い事を言うね。人はいつか死ぬ。それが早いか遅いかの話だろう。仮に次の瞬間に死が訪れても、別に驚きはしないさ。殺し屋である僕は、それだけの事をしてきたからね」


 悟った様に微笑む血染帽レッドキャップ


 俺は鼻で笑う。


「成る程、覚悟はある訳だな。ならば一思いに介錯してやろう」


 俺は手の中に暗黒鎌ダークサイスを生み出す。


 血染帽レッドキャップは顔色を変えた。


「待ってくれ。まずは話し合おうじゃないか」


「…死の覚悟は出来ているんじゃなかったのか?」


「どれだけ徳を積んだ聖人も、いざ死を目前にすれば豹変するものさ。僕はただ、君が僕の名を知る理由を聞きたかっただけなんだ」


「言う気は無い。だから、貴様はもう死ぬだけだ」


「今分かった。きっと、僕らはお互いの事をもっと知るべきなのだと思う。大丈夫、きっと僕達はベストフレンドになれる。さあ、鎌を下ろして話し合おう」


 フレンドリーにウィンクしてくる血染帽レッドキャップ


 …斬新な命乞いだな。


 俺は乱立する魔法陣を裂いて暗黒鎌ダークサイスの刃を拘束されている血染帽レッドキャップの首筋に沿わせた。


「成る程、オーケーだ。君の言い値で買おう。幾らかな、僕の命は?」


「死ね」


「ストップ! ほら、そこの剣聖の君! このバイオレンスな少年を止めてくれ。共にギランを守るべく肩を並べた仲間だろう?」


 突然助けを求められたエリックは、露骨に眉を顰めた。


「申し訳無いが、私から言える事は何も無い。それと、仲間であった記憶も無い」


 エリックにそっぽを向かれ、血染帽レッドキャップは落ち込む様に下を向く。


「なんと、仲間だと思っていたのは僕だけだったのか…聞いたかい、隻腕の君。僕は仲間にも見捨てられる様な可哀想な奴だ。君が態々手を下す必要は無い」


「先程からうるさいぞ貴様」


 何だこいつは。


 こんな巫山戯た命乞いをするなど、プライドは無いのか。


「貴様はこの俺を殺し得る力を持っている。それを生かしておく訳が無いだろう」


「今後、絶対に君を狙わないと誓おう」


「それを容易く信じると思われる程、俺は間抜けに見えているのか?」


「そんな事はない。君は賢く聡明だ。そう自分を卑下するものでは無いよ」


「そうか、死ね」


 よくこの話の流れで慰めの言葉を口に出来たな貴様。


魔法契約書(コントラクト)だ」


 今正に首を切り落とそうとした所で、血染帽レッドキャップがそう口にした。


「…あ?」


「魔法の力が施された契約書だよ。確かギランが持っていた筈だ」


 補足する様に言う血染帽レッドキャップ


 そんな事は知っている。


 魔法契約書コントラクト、契約した内容を契約者に強制させる魔法具だ。


「まさか、それを自身に施すと? そうまでして生き残りたいのか、貴様…」


 俺は呆れて肩を竦める。


 今後俺を狙わない、そう言う契約を結べば、確かに血染帽レッドキャップが俺を襲う事は無くなる。


 この契約は、魂に直接作用するものだ。


 如何に血染帽レッドキャップが術式を破壊できると言っても、魂に作用する術式には流石に手が出せないだろう。


 しかし、魔法契約書コントラクトは非常に希少かつ高価なもので、市場には早々出回らない。


 それに、仮にギランが持っていたとしても…。


 エリックに目を向けると、溜息混じりに肩を竦めた。


「…半壊した屋敷からギランを捜索する過程で、貴重品は回収されている。探せばあるかも知れないが…それはギランの所有物だろう」


 当主会談にて、後日ギランを引き渡す事は決まった。


 ギランは近日中に、ステリア領商業組合の取締役として戻って来る。


 今は不在とは言え、ギランの屋敷にあった物は正しくギランの所有物だ。


 ステリア側としても、回収して保管はしても、それを勝手にどうこうする訳にはいかないだろう。


 しかし血染帽レッドキャップは続ける。


「実は、ギランから護衛の報酬を受け取っていなくてね。確か、報酬は現物でも良いと言っていたんだ」


「報酬として魔法契約書コントラクトを貰う、と? そもそも貴様、ギランを守れていないだろう。それで護衛の報酬を受け取る気か?」


 俺の魔法を受けて重傷を負って逃亡を計り、その末にヴァルムに捕らえられた様な奴が、護衛の報酬を受け取ろうなど、厚顔にも程がある。


「ギランは生きているんだろう? ギランと結んだ契約内容は、ギランが生きてさえいれば報酬を支払うと言うものだ。何だったら、ギランに確認してもらって構わないよ」


「ふむ…」


 エリックを見ると、好きにしてくれとばかりに肩を竦めている。


 正直、悪い話では無いのだが、別に特別良い話でも無い。


 だが、血染帽レッドキャップの殺しの実力は確かだ。


 上手く使えば、ライトレスの利益、そして将来的に俺が生き残る為の力になるかも知れない。


 しかし、血染帽こいつが俺を殺し得る力を持つ以上、生かしておくのはリスキーだ。


 生かす事によるリスクとメリットを天秤に掛け、俺はエリックに目を向けた。


「本当に魔法契約書コントラクトがあるならば持って来い」


「…本気かい?」


「無いなら無いで殺すだけだ」


「まあ君がそう言うなら、探すだけ探してみよう」


 エリックは頷くと、席を外した。


 もう少し待つかと思ったが、エリックは思いの外早くに帰って来た。


 貴重品の保管場所は、この屋敷内にあるらしいな。


 エリックは手に一本のスクロールを持っており、それを俺に投げ渡して来た。


「それで合っているかな? 私は魔法の類に疎くてね。それらしいものを持って来たのだが」


 俺はスクロールを開き、中に込められた術式を読み解く。


「…これで間違い無い」


 俺は内臓された術式からスクロールが魔法契約書コントラクトである事を確認し、魔力を宿した指先で契約内容を書き記していく。


 魔法契約書コントラクトは、込められた魔力の量に応じて契約内容の強制力がより高まる仕様だ。


 俺が魔力を込めれば、何者にも解く事は出来ず、その強制力は最早呪いと言い換えて良い程強力なものになる。


 膨大な魔力を込めた指で契約内容を書き上げ、それを血染帽レッドキャップの眼前に投げてやる。


「その内容で契約するなら、生かしたまま解放してやる」


 血染帽レッドキャップは契約書に目を通し、目を細めた。


「…本当にこれで良いのかい?」


 僅かに困惑した様子の血染帽レッドキャップ


 書き記した契約は二つ。


 今後、ローファス・レイ・ライトレスに危害を加えない事。


 そして、俺からの依頼を一度、それがどんな内容であれ無償で請け負うと言ったものだ。


「不満でもあるのか?」


「いや、もっと吹っ掛けられると思ったんだけどね」


「生涯掛けて絶対服従、とでも入れて欲しかったか?」


「正直、その位は予想してたかな」


 肩を竦めて見せる血染帽レッドキャップ


 俺はそれに睨んで返す。


「良い加減、下手な茶番は終わりにしろ。それとも、またここで一戦やる気か?」


 威圧的に凄むと、血染帽レッドキャップはくつくつと喉を鳴らして笑い始めた。


「…勘弁して欲しいね。またあの魔法に喰われるのは御免だ」


 血染帽レッドキャップは、厳重に何重にも重ねられた拘束具を、まるで飴の様に引き千切り、何でも無いかの様に立ち上がった。


「馬鹿な、拘束具を…!?」


「…! 若様、後ろに」


 エリックが驚いた様に声を上げ、ユスリカが腰からワンドを引き抜いて俺の壁になる様に前に出て構えを取る。


 俺はそれを手で制す。


「それで、契約は? これは貴様から言い出した事だが」


 俺の言葉に、血染帽レッドキャップは目を細めて笑う。


「…良いよ、契約しよう」


 血染帽レッドキャップは、いつの間にか再生していた、欠損していた筈(・・・・・・・)の左手でスクロールを拾い上げると、右手の指を噛み切り、血文字で己の名を書き記す。


 ストロア・エンドウォーカー、その名が記された瞬間、スクロールは青い炎に包まれ、一瞬で燃え尽きた。


 これは契約完了の合図だ。


「これで僕は、もう君に手出し出来なくなった…しかし本当に良かったのかい? その他の契約は、無償での依頼、それも一度切りだ。この程度、態々契約せずとも請け負うのに。僕の命の値段にしては、少々安過ぎないかい?」


「思い上がるな。貴様如きの命に大した価値は無い。依頼一回分が精々だ」


「手厳しいね…」


 顔を引き攣らせ、肩を落として落ち込む血染帽レッドキャップ


 血染帽レッドキャップは、拘束具を難なく解いた様に、いつでもこの場から逃げる事が出来た。


 先程の人を揶揄う様な命乞いは、文字通り揶揄っていた訳だ。


 あのやり取りは、正しく全てが茶番だった。


「…では消えろ、血染帽レッドキャップ。俺の気が変わらぬ内にな」


 俺の言葉に、血染帽レッドキャップは笑った。


「ストロアと呼んで欲しいね。僕をその名で呼ぶのは、もう君位しかいないんだ。僕も君の事はローファスと呼ばせてもらうよ」


「様を付けろ殺し屋風情が」


「ははは。魚は消さないでおくから、依頼の際にはいつでも連絡してね」


 それだけ言うと、血染帽レッドキャップは姿を消した。


 それは当然魔法では無く、気配を消す純粋な技術だ。


 血染帽レッドキャップの気配を消す技術は常軌を逸する程に卓越しており、それは直前まで目の前にいながら、何処へ行ったかすら認識出来ない程だ。


 魔力を持たず魔力感知に反応しない為、もしも逃げに徹されれば、いくら俺でも追跡は困難だ。


 しかし、魚は消さないでおく、か。


 当然だが、影に潜ませた剣魚に気付かれていたな。


 まあ、魔力を直視する魔眼持ちを相手に、隠し通せる筈もないが。


「…逃して良かったのかい?」


 血染帽レッドキャップが消えた地下にて、そう問うてくるエリック。


「契約は成った。問題無い」


 俺はそれだけ言って地上へ戻ろうと踵を返すが、エリックはまるで進行を塞ぐ様に階段の前に立った。


「なんのつもりだ」


「折角だ。ギランについて少し話したい」


 エリックの言葉に、俺は目を細めた。

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