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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
二章 EP・ステリア

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38# 狭間

 ライトレス家一行は、領主邸に二日間の滞在をする事となった。


 ライトレス家とステリア家の当主同士の会談は明日。


 長距離転移魔法を用いれば、滞在せずとも行き来が可能ではあるが、ライトレス一行は滞在する選択をした。


 長距離転移魔法は魔力消費が非常に多く、膨大な魔力を有するローファスならば兎も角、ルーデンスでは連続での使用は出来ない為だ。


 特にルーデンスは、ローファスとは対照的に、ライトレスの歴代当主の中で最も魔力保有量が少ない。


 本来であれば、ルーデンスの魔力量では長距離転移魔法の行使は出来ない。


 先の転移の使用に関しても、かなりの時間を掛けて準備し、大量の魔石を使用し無理を押して発動させたものだ。


 結果的にステリア家当主のアドラーが出てきた際に割って入る形で転移が発動し、タイミング的には非常に良かったが、転移の準備自体は、ローファスが血染帽レッドキャップに首元を切り裂かれた時より始めていた。


 結果的にローファスが新魔法にて辛勝を得たが、使い魔を通して一部始終を見ていたルーデンスからすれば、嫡男が死と隣り合わせの戦闘を繰り広げており、気が気では無かった。


 夜。


 白夜に浮かぶ月を窓から眺めながら、ルーデンスは葡萄酒を呷る。


「全くローファスめ、親の気も知らず無茶ばかりしおって」


 ルーデンスの口から愚痴が溢れ、それに応える様にアルバが空になったグラスに葡萄酒を注ぐ。


「若様もまだお若いですから。いずれ旦那様のお気持ちを理解される時が来るでしょう」


「どうだかな。親の気も知らず等と言いながら、私自身大して親らしい事も出来ていないからな」


「そんな事は…」


 ルーデンスは「いや」と首を横に振る。


「思えば二年前、ローファスを別邸に移したのは失敗だった。あれ以来、親子らしい会話が出来ていない」


 ルーデンスが更に葡萄酒を呷り、それにアルバが再び注ぐ。


「そう言えば、あの賊の一人、名はリルカと言ったか? ローファスと随分親しげだったな」


 ルーデンスは使い魔を通して見たローファスとリルカのやり取りを思い出す。


「確か漁村の娘とも良い関係だった筈だが。ローファスの好みは平民なのか?」


 無表情なアルバの目に、僅かに険が宿る。


「それは、貴族として相応しいとは言えません。若様の格に釣り合う婚約者を選ばれては?」


 しかしルーデンスは気が乗らないのか、肩を竦めた。


「さてな。私は、将来を共にする相手位はローファス自身が選ぶべきだと考えている。私も妻は自分で選んだ」


「奥方様は、元より高貴なる血を引くお方。平民とは違います」


「私は血筋で妻を選んだ訳では無いのだがな。例の漁村の娘——ファラティアナと言ったか? 何でも、ローファスの命を助けたそうではないか」


 ルーデンスの言葉に、アルバは目を細める。


「賊のリルカと言う娘も、ローファスを身を挺して守ってくれていた。ローファスは随分と女運に恵まれている様だな。ローファスがいる手前、直接話す事が出来なかったが、本来ならば褒美を与える所だ」


「褒美など不相応でしょう。相手は所詮、下民に賊です」


「…貴様の選民思想は、ローファス以上だな」


 何処か冷たく言うアルバに、ルーデンスは呆れた様に溜息を吐く。


 そこでふとルーデンスは、ローファスとリルカが地下に落ちた時の事を思い出す。


 二人が地下に落ちた瞬間から、使い魔から情報が入って来なくなったのだ。


 使い魔との接続が切れた訳では無く、使い魔の視界がまるで暗闇にでも覆われたかの様に見えなくなり、ローファスとリルカの話し声すらも聞こえなくなった。


 ローファスが地上に出たと思われるタイミングから漸く使い魔の視界が開けたが、あれは一体何だったのかとルーデンスは首を傾げる。


 この様な使い魔との接続不良はこれまで無かった。


 ルーデンスが転移で現れた時のローファスの驚き様からして、ローファスが使い魔に気付いて何かしたとは考え難い。


 ルーデンスは暫し悩み、アルバを見る。


「時に、ローファスは大人しくしているか?」


「は、今の所異常はありません」


 ローファスには現在、女騎士のユスリカが側仕えとして付いていた。


 当初はアルバが付く予定だったが、それはローファスにより強く拒否された。


 ユスリカからは、先程定時連絡で「異常無し」と報告が来ていた。


「そう言えば、ローファスがユスリカを専属にしたいと言ってきたのだ。あの女騎士を随分と気に入っているらしいな」


 ルーデンスの言葉に、アルバは眉をぴくつかせる。


「…対してアルバ、貴様はあまり好まれてはいないようだ」


「ええ、何故なのでしょうか」


 納得出来ない様子で答えるアルバに、ルーデンスはくつくつと喉を鳴らして笑う。


「片思いだな、アルバよ。何れにせよ、暗黒騎士筆頭である貴様は私の近衛からは外せん。どうしてもローファスの専属になりたいと言うならば、貴様の後任を育てる事だ」


「それは…中々、私以上の者がおりませんので」


「であれば、もう暫くは私の近衛だ。後継の育成に励む事だな」


 にやりと笑うルーデンスに、アルバは静かに肩を落とした。


 と、ここでアルバに、ユスリカから緊急の念話が入った。


 暫し念話を無言で聞いていたアルバは、気まずそうにルーデンスを見る。


「…旦那様、たった今報告が。若様が、またもお姿をくらませたそうです」


「……そうか」


 ルーデンスのうんざりした様な溜息が部屋に響いた。


 *


 月明かり輝く白夜、ローファスはお付きのユスリカの隙を突いて影渡り(シャドウムーブ)で部屋を抜け出していた。


 転移を繰り返し、向かった先は山脈の一角。


 ローファスからして妙な感覚ではあったが、何故か呼ばれている気がしたのだ。


 本来なら長距離の移動に、魔力効率の悪い短距離転移魔法影渡り(シャドウムーブ)は使わない。


 しかし、ユスリカは兎も角、アルバの追跡力は非常に高い。


 故にローファスは、確実に振り切れる方法を選んだ。


 山脈の麓に辿り着いたローファスは、先に待って居た者に目を向ける。


「…貴様か」


 呟くローファスの目の前には、ワンピース姿の白髪の少女——ユンネルが居た。


「来てくれたんだね」


 ユンネルは静かに微笑む。


 それにローファスは眉を顰めた。


「何の用だ。もうその姿では会わないものと思っていたが」


「…その口振り、気付いてるんだね」


「流石に原理までは分からんがな。高位の竜種が行うと言う人化とも違うだろう」


 人化とはその名の通り、竜種がその姿を人の身に変えるスキルである。


 しかし、それは飽く迄も肉体を変化させるものであり、ユンネルの場合は人としての姿と飛竜フリューゲルの姿が同時に存在すると言う全く別のものだ。


 まるで精神を実体化させて別行動を取らせているかの様なこの現象が何なのか、ローファスには分からない。


 ユンネルの魔力の雰囲気から、精霊に近いものが感じ取れるが、逆に言えばそれ以上の情報は無い。


 他に近いものを挙げるとするなら、存在感が薄い点はゴースト系の魔物に通じるものがあるが、その程度だ。


 ユンネルはローファスに向け、まるで握手を求める様に手を差し出した。


「…なんだ、これは?」


「お礼。一応、助けてはくれたから。でも、もうヴァルムを虐めたら駄目」


「握手が礼か?」


「違う。手に触れて」


 ただの握手が礼な訳無いか、とローファスはユンネルの手を取る。


 その瞬間、周囲の光景が切り替わった。


 見渡す限り白一色の雪景色から一転、そこは見覚えのある場所だった。


「…ここは、飛空挺?」


 そこは飛空挺イフリートの船室の一つ。


 部屋にあるのはベッドと、そこで眠るイズの姿。


 イズは眠っている様だが、顔色は悪く、苦痛にうなされていた。


「転移か? 何故俺をここに…」


 ローファスに視線を向けられ、ユンネルは静かにイズを見据える。


「この人の事、助けたいんだよね」


「何故それを知って…いや、それより、助ける方法を知っているのか?」


「多分、大丈夫」


 ローファスの問いに、ユンネルは静かに頷く。


 そしてイズに手を翳す。


 白く小さな手より発せられる冷たい死の気配。


 ローファスの背筋に、氷柱の先端でなぞられる様な悪寒が走る。


 間も無くイズの体表に浮かぶ、魔素が蓄積された証である豹紋が薄れ、僅かに引いた。


 うなされるイズの表情が、幾分か和らぐ。


 その光景を見たローファスは、目を見開いた。


「これは…魔力吸収マナドレインか?」


「そう」


 驚くローファスに、ユンネルは何でも無いかの様に答える。


 魔力吸収マナドレインは、対象の魔力を吸い取る事が出来る力——特定の魔物が持つ固有能力である。


 魔素と魔力は、密度が違うだけで殆ど同質。


 魔力吸収マナドレインで吸収する事は、確かに理論上は可能。


「ちょっと待て、何故それを使える? それではまるで、貴様は…」


 ローファスが、ユンネルがどう言う存在なのかを認識しかけた時、ふと室内に風が吹いた。


 直後、部屋の戸が勢い良く開けられる。


 焦った様子で部屋に入って来たのは、リルカだった。


 今し方まで寝ていたのか、淡く薄いブラウンの髪を下ろしており、薄着の服が僅かにはだけている。


 リルカはローファスを見て驚く。


「え、ローファス君? なんで…どうしてここに?」


 飛空挺は既にステリア領から飛び立ち、雲の上、遥か上空を飛行中である。


 リルカもまさか、ローファスが来ているとは思わなかった。


 リルカはふと、イズの姿を見た。


 そして、イズの体表に浮かぶ豹紋が引いている事に即座に気付く。


「嘘…まさか、治ったの…?」


 口を押さえ、漏れる様に出たリルカの呟き。


「治ってない。私じゃ、これが限界」


 それを否定する様にユンネルが言うが、リルカはそれに反応を示さない。


 それはまるで、ユンネルの存在を認識していないかの様。


 ユンネル自身もそれを理解しているのか、その否定の言葉はローファスに向けられたものだった。


「…見えないのか?」


「え、何が?」


 ローファスの言葉に、リルカは周囲を見回す。


 やはりイズの傍に立つユンネルの姿は見えていないらしい。


 そしてユンネルの身体が、存在感が薄れる様に透け始める。


「…力、使い過ぎた。もう戻るよ、ローファス」


 ユンネルがローファスに近づく。


「いや、少し待て」


「…何かいるの?」


 声を上げるローファスに、リルカは目を細める。


 ローファスは舌を打ち、リルカを見た。


「聞け。イズはまだ治っていない。近日中にライトレス領に来い。詳しくはそこで話す」


「え…ちょ、ローファス君…?」


 まるで時間が無いかの様な態度のローファスに、リルカは怪訝に眉を顰める。


 そして次の瞬間にはユンネルの手が触れ、ローファスは飛空挺から姿を消した。


 部屋に残されたリルカは、呆然とローファスが立っていた所を眺める。


「…どう言う事?」


 リルカの疑問に答えるものは誰もおらず、不自然に吹く風が後ろ髪を撫でるのみだった。



 転移したローファスは、領主邸の直ぐ目の前に立っていた。


 共に転移して来たユンネルは、より姿が薄れ、今にも消えそうな雰囲気だ。


 それを見たローファスは、目を細める。


「随分と、無茶をした様だな」


「…少し、ね。でも、私に出来る事はこれ位しか無かったから」


「ヴァルムを助けた礼、か。だが、何処で知った。貴様の前では話していない筈だが?」


「聞いてたよ、ずっと。私は、いつもヴァルムか、ローファスについていたから」


「貴様、やはり…」


 ユンネルの口振りから、ローファスは一つの可能性に思い至る。


 それはユンネルの正体——と言うよりは、状態と言い換えた方が良いだろうか。


 これまで、消えたり現れたりと神出鬼没な所があったが、決定的だったのは魔力吸収マナドレインを使用した事。


 魔力吸収マナドレインは、ある特定の系統の魔物が行使する固有能力。


 その系統とは、ゴースト系。


 死者の魂が、魔物化したとされる存在。


 ユンネルは、今にも消えそうな状態で、薄く微笑む。


「言っておくけど、こうなったのは貴方の所為。殆ど死んでいた私に、妙な魔法を掛けるから…」


 それは、死体同然だったフリューゲルに使用された、ライトレスの固有魔法《影喰らい》が齎したもの。


「お陰で私は、生きているのか死んでいるのか、良く分からない状態で彷徨っている」


 ユンネルのそれは、優しく落ち着いた口振りだが、何処かローファスを責めている様でもあった。


 ローファスはばつが悪そうに目を逸らす。


「それはヴァルムに言え。魔法を解くなと言って来たのは奴だ」


「…そうだね。ヴァルムの我儘に付き合わせてごめん」


 ユンネルはそう口にし、消え入りそうな白く細い手で、ローファスの手を握る。


「でも、もう終わりにして」


「…魔法を解けば、貴様は死ぬぞ」


「それで良い」


「未練は無いのか」


 ローファスの問いに、ユンネルは目を細め、白夜の空を見上げた。


「無いと言えば、嘘になる。本音を言えば、もっとヴァルムと共に飛びたかった…」


 ユンネルは視線をローファスに戻す。


「でも良い。私はヴァルム守って死んだ。それで十分満足してる」


「…そうか」


 ローファスは深い溜息を吐く。


「だが、今は駄目だ」


「ローファス…」


 ユンネルは眉を顰め、握る手に力が入る。


 それに呼応する様に、ローファスの魔力がユンネルに流れ込み始めた。


 ローファスは咄嗟に手を振り払う。


「魔力を吸うな!」


「あ。ごめん、つい…」


「ついで吸収ドレインされてたまるか、馬鹿者」


「でも、だって…」


「だってではない。もし貴様の魔法を勝手に解けば、俺がヴァルムの恨みを買う羽目になるだろうが」


 最強たるヴァルムの恨みを買う等、ローファスからしてみればたまったものではない。


「魔法を解かんとは言っていない。だが、先ずはヴァルムに話してからだ」


「…」


 ローファスの言葉に、ユンネルは静かに目を瞑り、無言のまま姿を消した。


 一人残されたローファスは踵を返し、「なんとヴァルムに切り出したものか」と溜息混じりに屋敷に戻る。


 その後、取り乱したユスリカに出迎えられたり、それをアルバに遠目から無表情で眺められたりといった騒動がありつつも、夜は深ける。


 その夜、もう逃さないとばかりに必要以上に引っ付いてくるユスリカに若干の鬱陶しさを感じながら、ローファスは大人しく休んだ。

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