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29# 監獄塔

 謎の少女ユンネルに導かれながら氷雪山脈を歩き続け、俺は漸く人里に辿り着いた。


 ローグベルトよりも小規模の、小さな寒村だ。


 そこで見張りの衛兵に、遭難者として保護された。


 どう言うつもりなのかは知らないが、ここへ案内したユンネルは、いつの間にかその姿を消していた。


 何の事情も説明せず、だ。


 そして俺は一人、衛兵に空き小屋に通され、毛布とホットミルクを渡された。


 もう夜も更けている為、詳しい事情聴取は明日になると衛兵より告げられた。


 元々無人の空き小屋なのか、中は随分と寂れているが、衛兵が囲炉裏に火を灯してくれたし、毛布もある為死にはしないだろう。


 宿としては0点、野晒しよりはマシと言うレベルだ。


 多少の疲労もある為、俺は一先ず休む事にする。


 そんな矢先に、ある少女が現れた。


「なんであなたがここに居るの——ローファス・レイ・ライトレス!」


 突然小屋に入って来たかと思えば、俺を睨み付け、そんな事を宣う少女。


 癖の強い金髪の髪に、勝気な瞳の少女。


 この少女はどうも俺の事を知っている様だが、俺の記憶上この少女とは会った事は疎か、見た事すら無い。


 一瞬、自分と同じく物語を知る者と言う可能性が脳裏に過ぎるが、この少女は物語でも見た事が無い。


 ユンネルに続いて、次は訳の分からん少女か。


 ステリア領は愉快だな。


「ちょ、入っちゃ駄目だって」


 少女の後を追って、二人の衛兵が小屋に入って来た。


 うち一人は、先程俺を保護した見張りの衛兵だ。


 衛兵は少女を抑えようとするが、少女は負けじと暴れ出す。


「離してよ! こいつ、こいつの所為で、父上と兄上は…!」


 俺を指差し、涙目で訴える少女。


 あ? 父上に兄上だと?


 何でも良いが、衛兵が入って戸を閉めないものだから冷気が吹き抜けている。


 折角小屋内が温まって来たと言うのに。


 俺は冷たい目で、少女を抑えようとする衛兵に目を向ける。


「良いから戸を閉めろ。寒いだろうが」


 囲炉裏の前で暖を取りながらそう言ってやると、衛兵達は顔を見合わせ、一人がそそくさと戸を閉め、もう一人が少女を羽交締めにした。


「離しなさいよ!」


 喚き暴れる少女を、俺は見据える。


「で、その騒がしいのは何だ」


「私は——もが!?」


「いや、何でもありません。ちょっと頭のおかしな子なんです、お気になさらず」


 少女が何か答えようとし、それを羽交締めにする衛兵が口を塞いで止めた。


 俺は眉を顰める。


「こちらは名乗ってもいない名を出されている。頭がおかしいでは通らんだろう」


 この少女は、俺を見て確かにローファス・レイ・ライトレスと言った。


 この少女が俺の事を知っているのは紛れも無い事実だろう。


 俺の言葉に、衛兵二人は顔色を変えた。


「え…で、では貴方は本当に、ライトレスの?」


「そうだが? 貴様にはこの紋章が見えんのか」


 外套に刺繍されたライトレスの紋章を示して言うと、衛兵二人はガタガタと震えながら後退る。


「ら、ライトレスと言えば、魔の海域の向こう側の地を支配する大貴族じゃねえか!」


 その言い方だと魔界を支配する魔王の如く聞こえるのだが?


「あの暗黒貴族の!? やべえ、こんなボロ小屋に通しちまった! 俺は処刑か!? 打首か!?」


 その暗黒貴族とか言うダサい渾名みたいなの、もしかしてライトレスの異名として定着しているのか?


 結構幅広く呼ばれている気がするのだが?


 少女を放り出して頭を抱え出す衛兵二人。


 そんな二人を詰まらなそうに眺めながらホットミルクを啜っていると、自由になった少女が詰め寄って来た。


「ローファス・レイ・ライトレス! どの面下げで戻って来たの!? あんたの所為で…」


「だから、何なのだ貴様は。何故俺の事を知って——ん?」


 ふと、少女の顔を見ていて、何処かで見た様な感覚を覚える。


 立ち上がり、その顔をまじまじと見つめると、少女は驚いた様に手を振り上げた。


「な、急に何よ!?」


 平手打ちでもしようとしたのか、俺の顔目掛けて振り下ろしたその手を掴み取り、俺は構わず少女の顔を見続けた。


 やはりこの顔、何処かで見たな。


「ひ、な、なによ…」


 少女はまるで俺を恐がる様に、涙目で目を瞑る。


 暫し見つめ、俺は思い至る。


「…ユンネル?」


 ワイバーンを使い、俺をステリア領に呼んだと言う謎の白髪の少女。


 そうだ、この少女の顔立ちは、何処かユンネルに似ているのだ。


 髪色も違うし、何より感情表現の薄いユンネルと比べ、この少女は感情豊かだった為、一目で気付けなかった。


 しかし少女は、俺の言葉に眉を顰める。


「…ユン、ネル? なによそれ」


 この反応、どうやらユンネルの事を知らないらしい。


 無論、同一人物でない事は分かっている。


 ユンネルは明らかに人のものとは異なる魔力反応だったし、この少女も魔力探知の反応から見るにどうやら魔力持ちらしいが、その反応は正しく人間のものだ。


 だが、雰囲気こそ違うものの、顔立が随分と似ているものだから何かしら関係があるのかと思ったが、違うのか?


 少女は俺を見据え、名乗った。


「私はセラ。セラ・リオ・ドラコニスよ」


「リオ、ドラコニス…?」


 少女は己の胸に手を添え、口を開いた。


「そう、私はヴァルムの——」


「貴様、まさかヴァルムの妹か!?」


 少女——セラが言い終わる前に、俺は驚き声を上げた。


 セラは名乗りを邪魔され、気分を損ねた様にそっぽを向く。


「…そうよ」


「やはりそうか! 何故それを先に言わんのだ!」


 返ってきた肯定の言葉に、俺は思わず顔を綻ばせ、破顔してセラの金髪をわしゃわしゃ撫でてやる。


 まさかヴァルムの奴に妹が居たとはな。


「ちょ、わ、なっ、なにして!?」


 俺の突然の狼藉に、驚いた様にあたふたするセラ。


 その反応が面白く、引き続き撫で続ける。


 髪の色も、少し癖のある髪質も、言われて見ればヴァルムのそれと同じだ。


「ちょ、い、いつまで触って…」


 まあそう嫌がるな、奴の身内ならば悪い様にはせんさ。


「しかしヴァルムめ、妹が居たのか。確かに言われて見れば、勝気な目元がヴァルムに似ている気がせんでもないな」


「撫でるの止めてよもう!」


 手を振り払われてしまった。


「奴の妹なだけあってじゃじゃ馬だな。歳は幾つだ?」


「何その親戚のおじさんみたいな感じ!? 10歳よ!」


 ぷりぷり怒りながらも律儀に答えるセラ。


 ふむ、ヴァルムとは2歳差か。


 奇遇だな、俺にも歳が2歳離れた弟がいるぞ。


 意気地も無く、覇気も無い、この上無く出来の悪い愚弟だかな。


 うちの愚弟とは違い、勝気で覇気のある良い妹じゃないか。


 羨ましい限りだな、ヴァルムよ。


 だが待てよ。


 セラは先程、父上と兄上がどうのと言っていなかったか?


「セラ。父とヴァルムが、どうかしたのか?」


「な、何よ急に…気安く名前呼ばないでよ」


「名を呼ぶくらい許せ。それよりも父と兄だ。先程、俺の所為でどうのと言っていただろう」


「そ、それは…」


 俺の問いに、セラは僅かな沈黙を経て口を開く。


「父上と兄上は、捕まったのよ——あの最低の商人、ギランに嵌められて」


「…詳しく話せ」


 セラは俺に促されるまま、何があったのかを話し始めた。


 *


 ステリア領の代官役人であるヴァルムの父親は、豪商ギランの悪辣さに憂いていた。


 ギランは、確かにステリア領の経済を回す立役者である。


 それはヴァルムの父も認める所ではあるが、その内情は決して褒められたものではなかった。


 小さなものだと商売敵に対する恐喝や嫌がらせ、大きなものだと奴隷売買や武器の密売等の裏社会との繋がり等が挙げられる。


 その中でも一際ヴァルムの父を悩ませていたのは、貧困層に流された麻薬だった。


 他にも挙げればキリが無いが、そのいずれも、ギランが関わったと言う確かな証拠は残されていない。


 そんな折に、ライトレスの嫡男が現れ、ギランが奴隷売買に関わっていると証言した。


 その証に、ライトレスの紋章入りの小物まで残していった。


 それはヴァルムの父にとって、絶好のチャンスだった。


 ライトレス家嫡男の証言を盾に、ヴァルムの父は兵を率いてギランの屋敷を強襲し、奴隷売買に関わる物は勿論、その他様々な悪事の証拠を押さえる事に成功した。


 ヴァルムの父は、その証拠品の全てを領主であるステリア辺境伯に提出した。


 だが、そんなものは大した意味を成さなかった。


 その証拠はステリア辺境伯自身が握り潰し、捕縛していたギランも解放したのだ。


 そしてあろう事か、代官役人であるヴァルムの父を捕らえた。


 罪状は、不当にギランを貶めようと虚偽の報告をした罪——虚偽告訴罪。


 ギランが失墜すると言う事は、ステリア領の経済も落ち込む事を意味している。


 ステリア辺境伯は、一領主としてその選択を取る事が出来なかった。


 父親があらぬ罪で捕えられ、当然ヴァルムは反発した。


 そして単身で領主の館に乗り込み、衛兵や騎士を相手に大立ち回りをして見せた。


 暴れながら父の無罪を訴え続けたヴァルムは、騒ぎに駆け付けてきた現剣聖——エリック・イデア・ステリアの剣の前に敗れ、捕えられた。


 そして、セラを含むドラコニス家の縁者は、ギランからその身を隠すべくこの寒村まで逃げ延びた。


 以上が、セラが語った事の経緯。


 セラはヴァルムより、以前山脈で俺に襲われた話を聞いていたそうだ。


 その時に俺の特徴も聞き及んでおり、俺を保護した衛兵が、俺の特徴をセラに漏らした事で、居ても立っても居られず、一言文句を言ってやろうと俺の元に飛んできたんだとか。


 俺が紋章を出して証言した為、ヴァルムの父は動いた。


 俺が証言さえしなければ、ヴァルムも、ヴァルムの父も捕えられる事は無かった。


 だから、父と兄が捕まったのは俺の所為だと。


 なんとも稚拙で理不尽な逆恨みだ。



 さて、俺はその話を一通り聞き、無性に苛立ちを覚えていた。


 その感情が暗黒の魔力となって身体から溢れ、周囲の陰影を色濃く染め上げる。


 セラより長々と話されたが、そんなものは一つを除き、どうでも良かった。


 ギランが奴隷売買している件をヴァルムに託したのは俺だし、百歩譲って、きっかけは俺にあるかも知れない。


 だが、事を起こして失敗したのは、一重にヴァルムの父の見通しが甘かったからであり、実力も手腕も力及ばなかった、それだけの話だ。


 はっきり言って自業自得、高々成金の下民風情に良い様にされる方が悪い。


 ライトレスの紋章まで出したと言うのにこの結果では、俺は顔に泥を塗られた様なものだ。


 紋章まで出した俺の証言を軽く扱い、尚且つそれらを全無視して苦情を出して来るギランもそうだが、それを許すステリア辺境伯も許し難い。


 ライトレスを軽んじる事がどう言う事なのか、その意味を教えてやらねばなるまい。


 だが、重ねて言うが、今はそんな些事はどうでも良い。


 問題なのは、あのヴァルムが敗北したと言う事だ。


「…おい、ヴァルムは、本当に負けたのか?」


 俺の問い掛けに、セラは肩をビクつかせる。


 俺の魔力に当てられたのか、セラは顔を青くしながらも、言葉を捻り出す様に答える。


「負けたって…聞いた」


「誰に言われたか知らんが、貴様はそれを信じた訳か」


「だって! …だって、相手はあの剣聖だって…兄上だって帰って来ないし…」


 鼻で笑ってやると、セラは睨む様に顔を上げ、しかし直ぐに気弱に目を逸らす。


 そんなセラに、俺は更に問い掛ける。


「成る程な。貴様の兄は、そんなに簡単に負ける程弱いのか」


「そんな事ない! 兄上は、強いの! 弱くなんて…!」


 俺はセラの頭を乱雑に撫でる。


「その通りだ。誇って良いぞセラ。貴様の兄は、俺が知る中で最も強い男だ。敗北など、ある筈が無い」


 セラは俺の手を振り払いもせず、不思議そうに首を傾げる。


「…ローファス・レイ・ライトレス。貴方、兄上を襲ったんじゃないの?

もしかして、兄上の友達なの…?」


「友という程の関わりは無いが、その力は認めてやっている。それと、良い加減に長々とフルネームで呼ぶな。ローファスで良い」


「じ、じゃあ、ローファス…さん?」


「おー、良く出来たではないか。偉いぞセラ」


「ちょ、また頭!」


 再び頭をわしゃわしゃと撫でてやると、今度は振り払われた。


 やはりじゃじゃ馬だな。


 そんなやり取りをしている内に、夜は更けていった。



 ヴァルム。


 ヴァルム・リオ・ドラコニス。


 物語において、俺を差し置いて四天王最強とされた男。


 奴が負けるなど、天地がひっくり返ろうとあり得ない事だ。


 大方、囚われの父親を人質に取られでもしたのだろう。


 そうに決まっている。


 そうで無くてはならない。


 だが、もしも万が一、本当に敗北していたら…。


 それは最早、俺の知るヴァルムでは無い。


 無様に敗北する者など、ヴァルムに在らず。


 その時はこの俺が、手ずから殺してやる。


 *


 寒村で一晩休み、翌朝。


 俺は、保護された寒村から山二つ超えた先に来ていた。


 山の頂上に造られた塔の様な建物。


 ここはステリア領が誇る、難攻不落、脱獄不可能と言われる監獄塔だ。


 罪人が一度収容されたら最後、二度と陽の目を拝めないとされる監獄。


 セラの話では、ヴァルムは恐らくここに収容されているとの事だった。


 なんでも、衛兵達が噂しているのを聞いたのだとか。


 …それがただの噂だった場合、完全な無駄足になるのだがな。


 まあ良い。


 中にヴァルムが居るか、さっさと確認するとしよう。


 監獄塔は随分と巨大だが、俺の魔力探知ならば余裕で範囲内だ。


 あんな石造りの建物等、俺の魔力探知の前では無力だ。


「——む」


 …と、言いたい所だが、魔力探知はあの建物に見事に弾かれた。


 どうやら、壁面に魔力を弾く特殊な結界が張られているらしい。


 流石、難攻不落とされる監獄塔なだけはあるな。


 そして放った魔力探知には、意図せぬものも反応した。


 この何処か精霊に似た特殊な魔力反応は、忘れようも無い。


 俺は後ろを振り返る。


「おはよ」


 表情の乏しい顔で朝の挨拶をしてくる白ワンピースの白髪の少女——ユンネル。


「おはよ、ではない。貴様、昨晩は何処に消えていたのだ」


「ごめん。あまり人目に付きたくないから」


「貴様の事情など知らん。貴様には色々と聞きたい事があるのだ」


 俺が睨むと、ユンネルは監獄塔を指差した。


「先にヴァルムを助けて欲しい。場所はあの塔の地下」


 どうやら、ヴァルムはここに収容されているらしい。


 しかし、収容される場所まで知っているのか。


 探す手間が省けるな。


「ヴァルムを助ければ俺の質問に答えると?」


 ユンネルはこくりと首肯すると、ふっとその姿を消した。


 見ると、監獄塔の壁面近くに移動していた。


 今のは何だ、空間転移テレポートの類か?


 術式も魔法発動の気配も感じなかったが。


 最早今更驚きはしないが、結局こいつの正体は一体何なのか。


 ユンネルは、近くの窓を指差す。


 まるでここから中に入れと言っているかの様に。


 俺は溜息混じりにユンネルの元まで跳躍し、それに従ってやる。


 だが、窓——と言うよりも空気孔とも言える様な壁面に開いた小さな穴は、人一人が通るにしてもかなり狭い。


「おい、ここから入らないと駄目なのか?」


 入り口から堂々と入って集まって来た守衛を潰しながら進む方が楽な気がする。


 だが、ユンネルは強い口調で否定した。


「駄目。ここからの道が一番気付かれ難く、ヴァルムの元まで早く着く」


「…そうか」


 そうまで言われては進まざるを得ない。


 確かに守衛に見つかるのは面倒だが、こちらのルートも中々に骨だと思うがな。


 ユンネルが示した穴は、大人よりは少し小柄な俺でギリギリ通れる程の大きさだ。


 見ればその穴は中に行く毎に狭くなっているのが見て取れ、奥が見通せない程に薄暗い。


「…なあ、やっぱり正面から——」


「早く行って」


「……はぁ」


 俺は深い溜息を吐き、言われるままに穴に入る。


 侯爵家の嫡男にこんな狭く煤けた穴を進ませる等、後にも先にもユンネルだけであろう。


 俺が四つん這いになって手と膝を煤で汚しながら前に進む。


 ユンネルも俺の後に付いて来ている。


「そう言えば、何故俺を先に行かせる。貴様が先に行けば良いだろう?」


 ふと浮かんだ疑問を尋ねると、ユンネルは澄まし顔で答える。


「私が先に行くと、パンツを見られるから」


「誰が見るか」


「嘘。本当はパンツ穿いてない」


「…こちらから聞いておいてなんだが、俺にどんな反応を求めている」


「服は窮屈。でも、裸だとヴァルムに怒られる」


「ヴァルムも苦労しているようだな」


 ユンネルとヴァルムがどんな関係かは知らんが、やはり人外である以上ユンネルの感覚は人のそれとかなり異なるらしい。


 ヴァルムの苦労が窺い知れるな。


「この監獄、随分と古くからある様だな」


 空気孔とも呼ぶべき通路を進みながら、その煤けた壁面を見ると、随分と年季が入っている様に見える。


 それはまるで《初代の墳墓》に近い雰囲気だ。


「ここは元々、古代遺跡なの。それを監獄に作り替えて使ってるんだって」


 俺の疑問に、ユンネルはすらすらと答える。


「随分と詳しいな」


「…ヴァルムが教えてくれたから」


 ユンネルはそれだけ言うと黙ってしまった。


 そこから少し開けた通路に出た。


 空気孔などでは無く、立派な通路だ。


 そこから先は、ユンネルの誘導に従い付いていく。


 元が古代遺跡と言うのは本当らしく、無数に枝分かれした通路はまるで迷路だ。


 そんな中を、ユンネルは迷い無く進んで行く。


 その折、突如としてユンネルに通路の壁に押し付けられ、口を塞がれた。


「…!?」


「喋らないで」


 眉を顰める俺に、ユンネルは口に人差し指を当て、「しー」と沈黙を強要してきた。


 そして間も無く、通路の奥より足音が聞こえて来る。


 守衛の巡回か、それも二人組。


 咄嗟に壁面に対して魔法を行使しようとするが、弾かれた。


 術式を散らされる様な、魔力を弾かれる感覚、外で魔力探知を弾かれた時と同じだな。


 外壁だけでは無く、建物全体に術式阻害の結界の様なものが張られているのか?


 随分と高度な結界だな、まさか中級魔法の暗黒領域ダークカーペットをも弾くとは。


 対物対魔の結界は、迷宮型のダンジョンによく見られるものだ。


 迷宮の壁や、床や天井を破壊して近道をさせない為のものだな。


 この監獄塔は、元々古代遺跡だったと言う話だが、人造の遺跡にこの手の結界はあまり見られ無い。


 対物対魔の結界は、《初代の墳墓》にすら無い。


 随分と珍しいタイプの古代遺跡だった様だな。


 しかし、確かにこれならば監獄として最適だ。


 何せこの対魔の結界の張り巡らされた監獄だ、例え一流の魔法使いであろうと、一度閉じ込められれば容易に抜け出せないだろう。


 ユンネルの言った、人に見つかり難い道と言うのは嘘ではなかった様で、先の巡回以降は守衛と鉢合わせする事なく地下へ降りた。


「この階の奥」


 辿り着いたのは地下五階。


 石階段は、更に地下に続いている。


 ここは山の頂上に位置する監獄、山の中をくり抜いて造られたのだろうが、随分と下があるのだな。


 地下何階まで続くのか興味が無い訳では無いが、ヴァルムの解放が優先だな。


 しかし、元々寒い地域ではあるが、陽の光が届かないからか、地下はより一層冷えるな。


 吐いた息が即座に凍り付き、極小の氷の結晶と化すのが見て取れる。


 今まで通り先導しようとしたユンネルだが、進もうとした所で足を止めた。


「…どうした」


「——っ、隠れて…!」


 血相を変えて俺の外套を引き、通路の隅に引き寄せてくるユンネル。


 感情表現の乏しいユンネルが、ここまで焦るとはな。


「魔法、何か隠れる魔法を…!」


「そう言われてもな…」


 暗黒領域ダークカーペットを使えれば、生み出した影の中に潜って姿を隠す事が出来る。


 だが、一応やっては見たが、やはりこの階の壁にも対魔の結界が張られているらしく、魔法が弾かれた。


 壁に触れたり直接作用する魔法は駄目だな。


 それでいて、姿を隠す魔法か。


 …なら、あれなら使えるか?


 ——暗黒霧ダークミスト


 壁を背に、密着する俺とユンネルを、暗黒の霧が覆い隠す。


 本来は、対象を覆って視界を奪ったり、煙幕代わりに使用される下級魔法だ。


 だが、灯りの無い暗い通路ならば、違和感無く姿を隠せるだろう。


 間も無く通路の奥から足音が聞こえて来た。


 ユンネルは肩を震わせ、顔を青くしている。


 先程の焦った様子と良い、今もまるであの男に恐怖するかの様なユンネル。


 そして通路の奥から現れたのは、真紅の長髪に、髪色と同じ真紅のコートを纏った男。


 腰には、王家の紋章の入った剣を携えている。


 ふむ、知らんな。


 初めて見る顔だ。


 王家の紋章の入った剣を持っていると言う事は、王家直属の近衛騎士か、或いは王家公認の実力ある剣士か。


 この俺が顔を知らないと言う事は、当然王族でも、恐らくはその関係者でも無い。


 人外のユンネルが恐がると言う事は、相応の理由がある筈だが。


 一先ずは動かずに息を殺し、真紅の男が通り過ぎるのを待つ。


 真紅の男は通り過ぎ様、ふと足を止めた。


「ふむ、鼠が入り込んだか」


 男の呟き。


 直後、俺の目に写ったのは、いつ抜いたかも分からぬ剣を、今まさに俺に向けて振り抜く真紅の男の姿。


 恐ろしく速いな。


 振り抜かれたその剣を俺は、強化した魔法障壁で受ける。


 剣圧により、暗黒の霧は一気に散り散りになり霧散した。


 剣の刃は、障壁に止められ、俺には届いていない。


 一応警戒したが、障壁には罅も入らなかった。


 速い割に、威力は無いな。


 刃に多少の魔力は乗っている様だが、それだけだ。


 真紅の男は、剣を止められ目を細める。


「魔法使いか。私の剣を防ぐとは、大した腕だ」


「…いや、そうでも無い」


 男はぴくりと眉間に皺が寄る。


「まだ子供の様だが、仲間と来たのか? まさか一人と言う訳ではないだろう」


「あ?」


 一人?


 ふと後ろを見ると、ユンネルの姿は無かった。


 奴め、また消えおったか。


「目的は、囚人の救出か? 仲間は何人だ」


 俺を見据えて問うて来る男に、俺は首を傾げて見せる。


「順番を間違えているな。尋問する前に、先ずは俺の鎮圧が先では無いか?」


「…投降するなら悪い様にはしない。私は、君と同じ位の歳の部下を持っていてね。正直、斬るのは気が進まないんだ」


 俺に剣を向けるのを躊躇う姿勢を見せる男。


 俺はそれに失笑で返し、手に生み出した暗黒鎌ダークサイスで男を切り付ける。


 男はそれを咄嗟に剣で受けようとして、それでも止まらない斬撃に受け切れないと判断するや否や、即座に鎌の刃を受け流した。


 刃から放たれた斬撃が、男の背後の壁に線を刻む。


 そして剣の刃には罅が入っており、男は冷や汗を浮かべた。


「気が進むかどうかは勝手だが、そもそも貴様程度に俺が斬れるのか?」


 俺が単純な疑問を投げ掛けると、男は苦く笑う。


「…何者だ、君は」


「ローファス・レイ・ライトレス。聞き覚えくらいはあるか? 俺は有名人らしいからな」


 俺は敢えて素性を明かす。


 本来ならば、他領の監獄に侵入するなど明確な犯罪行為であり、当然素性は隠すべきだが、今は事情が違う。


 ステリアはライトレスを軽んじた。


 その代償は、ライトレスの名に懸けて支払ってもらう。


 この監獄塔の次はギラン、そしてその次はステリア辺境伯だ。


 本来ならば当主である父上が動くべき案件だが、今回の発端は俺がライトレスの紋章を出した事に起因する。


 ならばその幕締めは、俺がするべきだ。


「成る程、君があの…」


 俺の名乗りを聞いた男は、大して驚いた様子も無く、肩を竦める。


「…ならばそうか、君の目的はヴァルムか」


 …この男、俺とヴァルムの繋がりを知っているのか?


「だとしたら、どうする?」


「…どうもできないね。行くと良い、君の事は見なかった事にしよう」


 男はお手上げの姿勢を見せる。


「ほほう、見逃してくれるとはお優しい事だな。だが、俺は見逃す気は無いのだが?」


 即座に俺の背後に大量の暗黒球ダークボールを生み出し、間髪入れずに男に放った。


 無数の暗黒球ダークボールが壁や地面に当たり、土煙を舞い上げる。


 土煙が晴れ、そこに死体は無かった。


「逃げたか」


 逃げ足の速い奴だ。


 ユンネルも姿を消し、男には逃げられた。


 俺は一人溜息を吐き、奥に囚われるヴァルムの元へ向かった。

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