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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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169# 責任

 ある雪国の丘の上。


 燃える様な赤髪を風に靡かせる男が一人、北に聳える氷雪山脈を睨む様に見ていた。


 男がそこに居るだけで場の空気は張り詰める。


 その殺気にも似た雰囲気に動物は逃げ、草木は萎縮する。


 そんな赤髪の男の背後に、黒髪の男が立った。


 発せられる殺気を浴びながらもものともせず、まるで微風でも受けるかの様に。


「よう赤毛、一人か? 辛気臭ぇ面で何してんだ。キメ顔の練習かぁ?」


「…失せろ」


 おちょくる様に話す黒髪の男に、赤髪の男は冷たく吐き捨てる。


 明確な拒絶、しかし黒髪の男は大して気にしない。


「ツレねぇなぁ、なに苛ついてんだか。あ、そうか。オメェがアレか、《白き魔神(イヴァン)》の弟」


 その言葉に、ぴくりと赤髪の男は反応するが、しかし相手にすまいと目を合わせない。


 返事が無いと見るや、黒髪の男はまるで焚き付けるかの様に言葉を続けた。


「兄と違って魔力にも魔法の素質にも恵まれなかった出涸らし。碌に魔法も扱えねぇステリアの剣バカ」


「…」


「はっ、これだけ言われて言い返しもしねぇ。とんだ意気地無しだ。強ぇって聞いてたが、アテが外れた。そんなんだから婚約者を殺られ——」


 言い終わる前に、黒髪の男の首が飛んだ。


「失せろと、言った筈だ」


 振り向きもせず、冷酷に言う赤髪の男。


 言いながら、しかし違和感を覚えた。


 斬り飛ばした筈の首——その頭が落ちる音が聞こえない。


 疑問を抱いた直後、背後よりどす黒い魔力波が迸る。


 殺した筈の黒髪の男は、その姿を変容させていた。


 そこに居たのは、揺らめく暗黒のローブを纏った人外。


 飛ばした頭は肉が削ぎ落ちた髑髏と化し、胴体から伸びた暗黒が元あった首へと繋ぎ合わせる。


 絶句する赤髪の男。


 瘴気にも似た禍々しい魔力波を受け、反射的に剣を構える。


 死神の如き異形と化した男は、カタカタと奥歯を鳴らして邪悪に嗤う。


『なんだ、良い剣技(もん)持ってんじゃねーか。速過ぎて見えなかった。マジで死んだかと思ったぜ』


「なん、なんだ…貴様は一体、何者だ…!」


『俺様かぁ? 俺様の名は、ライナス』


「…!?」


 ライナス。


 その名は確か、噂に聞く暗黒貴族ライトレス家の——


「何故、ライトレスがここに…」


『んな事ぁどーでも良い。おめぇにゃ、やるべき事があんだろ。こんな所で一人項垂れてる暇ねぇ筈だ』


 死神——ライナスは暗黒の大鎌を生み出し、その先を北の国境山脈——帝国に向ける。


『おめぇの婚約者()の仇討ち、手伝ってやるよ。ついて来な。一緒に帝国をぶっ潰しに行こうぜ、なあ——カルロスよう」


 この上無く邪悪で冷酷、しかし何処か熱のある死神の言葉。


 それに赤髪の男——カルロスは闘志を宿す瞳で応じた。


「…成る程、帝国に討ち入る気か。面白い。その大口に乗ってやる。だがもし足手纏いになる様なら、その時はこの俺が手ずから斬り捨てるぞ——ライトレス」


『ライナスで良いぜ、兄弟』


 漆黒の大鎌に、剣の刃が合わせる様に重ねられた。



 一時の共闘かに思われたその関係は、その後末長く続く事となる。


 それはカルロスとライナスの出会い。


 今は昔の懐かしき、過去の記憶。



 逆さまの天地。


 揺れる視界。


 冷ややかな目でこちらを見上げるローファス。


 その後ろに控えるのは俯き気味のカルデラと、呆れた様子のユスリカ。


 場所はライトレス家別邸の中庭。


 その中央にて、黒炎を纏う巨大な骨の腕にズボンの裾を摘まれ、逆さに吊るされて火炙りにされているのは白髪の老執事——カルロスであった。


 吊るされた男カルロスは、朦朧とする意識から覚醒するとパチクリと目を瞬かせる。


 随分と懐かしい夢を見ていた気がする。


 今は昔の過去の記憶か、或いは——走馬灯。


 ローファス帰還による感動の再会——かに思えたが、ローファスが無言で一冊の黒本を懐より取り出した。


 即座に逃げ出したが、しかしローファスの影より伸びた巨大な骨の腕により逃亡を阻止された。


 巨大な骨の腕は、俊足のカルロスを瞬く間に鷲掴みにし、その動きを封じた。


 その折に高温に晒され、一時意識を失っていたカルロスであったが、弱火にされていたのか思いの外早く目が覚めた。


 ふとローファスと目が合うと、カルロスはにんまりと微笑む。


「おや、これは坊ちゃん。おはようございます」


「ああ、お早う。もう昼だがな」


 言いながらローファスは、一冊の黒本を掲げる様に見せる。


 タイトルは「暗黒貴族と船乗りの少女」。


 俯いていたカルデラはビクッと肩を振るわせた。


「こんなものがベストセラーとはな。貴様も良い副業を見つけたものだな、カルロス」


「あー…まあはい、お陰様で」


 ローファスは特に反応を示さない。


 冷笑を浮かべたまま、カルロスをチリチリと焦がす黒炎の火力が上がった。


「あ、ちょ…!? 熱い! 熱いです坊ちゃん! 一応私、病上がりなのですが!?」


「治療したのはユスリカだろう。ならば後遺症が残る事はない。それ処か寧ろ、以前よりも快調なのではないか?」


 カルロスはたはーと笑う。


「いやあ、実はユスリカの治療を受けてから腰痛が無くなりまして。まるで身体が若返ったかの様に快調で…」


 火力が上がった。


「熱っ!? ちょ、坊ちゃん!? 洒落にならない位熱いのですが!?」


 黒炎に身を焦がされ、勢い良く胴体をくねらせるカルロス。


 ゴミを見る様な目でローファスが鼻を鳴らすと、巨大な骨の腕はカルロスを投げ落とした。


 解放されたカルロスは空中で宙返りをして見事着地して見せると、燕尾服の先に燃え移った火をぱたぱたと叩いて急いで消火し、ふうっと一息吐く。


「とんだ災難でしたな」


「こちらはまだやり足りんがな」


「いやはや、坊ちゃんは日に日にお強くなられている。以前は捕まる事など無かったというのに、今ではこうも容易く…」


 嬉しいような、それでいて少し寂しいような、複雑そうにカルロスは目を細めた。


「ライナス様は隠居して久しく、つい最近ではランデールも…次は私の番ですかな」


「…以前、隠居は許さんと言った筈だが?」


「そのつもりでおりましたが、体が付いて行きません。つい先日も…」


 カルロスは憂い気に致命傷を受けたであろう胸元を撫でる。


「坊ちゃん…帝国との戦争、大変お疲れ様でございました。帝国軍司令のアザミとは闘われましたかな?」


「あぁー…アザミか…まあ、そうだな」


 アザミ——カルロスを瀕死の重症に追い込んだ帝国空軍司令。


 ローファスが遭遇した折、石ころを道端に蹴り退かす感覚で打ち倒してしまった相手。


 正面よりカルロス、そして背後よりカルデラからの視線を感じながら、ローファスは気不味そうに目を逸らしつつも肯定する。


「アザミは、強かったですかな?」


「あー…まあ、そこそこ…だったな」


 なんとも歯切れの悪い返答。


 しかし付き合いの長いカルロスには、その様子からもローファスの本心が察せられる。


 どうやらローファスからしてアザミは、取るに足らぬ弱者であったらしい。


 お世辞でも“そこそこ”と称するのが精々、それ程に記憶にも残らない存在であったと。


 老いたとはいえ《暗き死神》と《白き魔人》、そして《紅き鬼神》と称された三人を同時に相手取っていたあの軍人が。


 これはもう認めざるを得ない。


 自分はもう、ローファスが立つ戦場では足手纏いになる。


「…そこそこ、ですか。はは、流石は坊ちゃんですな。少し見ない内に、何処までもお強く…」


「何が言いたい」


「いえ…ただ、最早私には坊ちゃんの護衛が務まる程の力は無いという事です」


 カルロスは少し寂しそうに目を細め、そしてカルデラを見る。


「カルデラの剣の腕は、既に若かりし頃の私を超えています。自慢の孫です。私の代わりとして、末長くお側に置いて頂ければと存じます」


 自慢の孫、そう耳にしたカルデラは不覚にも胸の奥を熱くする。


 カルロスからの代替わりの提案、しかしローファスは決して首を縦に振らない。


「カルデラはカルデラだ。貴様の代わりではない。そもそも俺は、貴様を一介の護衛と思った事など一度としてない。生涯を掛けて俺の側に仕えろ、老いて死ぬその瞬間()までだ。勝手に離れる事は許さん。何なら、死後も使い魔として側に——」


「ローファス様」


 ローファスが言い掛けたその先を、ユスリカが制止の声を上げて遮った。


 そこでローファスは己が何を言っているのかに気付き、やや気不味そうに目を逸す。


「…失言だった。影の使い魔は、外見(がわ)が似ていても貴様ではない。今の言葉は忘れろ」


「いえ…そうまで言ってくださり、このカルロスは果報者に御座います」


 カルロスは平に、頭を下げる。


 剣士としてライトレス家に仕え半世紀近く、持ち前の剣技一本でライトレス家の障害を打ち払ってきた。


 老いによる衰えは誰よりも己が一番理解し、実感している。


 剣を愛し、剣に生きてきた身としては、剣士として求められなくなるのは何とも寂しい話である。


 ただそれ以上に、嬉しくもあった。


 そうまで身内として側に居る事を求められ、カルロスは年甲斐も無く目頭が熱くなり、それを隠す様に深々と頭を下げた。


 ただ、少々湿っぽくなってしまった。


 何か話題を変えねばとカルロスは頭を巡らせ、そしてふと、視界の端のカルデラが目に入る。


 孫娘カルデラは今年十八になる。


 暗黒騎士という職業柄もあってか、現状婚約者も良い相手もいない。


 フォルの前でこそ大人しく猫を被っているが、その性質は若かりし頃の自分に似たのかかなり乱暴で攻撃的、とんだじゃじゃ馬娘である。


 そして十八というと、王都魔法学園卒業の一七の歳で結婚する事の多い貴族でいえば、やや行き遅れに片足を突っ込んでいる年齢。


 祖父らしい事が出来た試しはないが、それでも孫娘の将来に一抹の不安を覚えるというもの。


 そこでカルロスは良い事を思い付いたとばかりにキランと目を輝かせ、口を開く。


「話は変わりますが坊ちゃん。うちのカルデラを側室にどうでしょうか」


「は?」


 突然のカルロスのぶっ込みに、ローファスは眉を顰め、ユスリカは無表情を貫き、カルデラはブッと吹き出した。


「お、おじ!? ばっ…何言って!?」


 突然の祖父のとんでもない提案に狼狽するカルデラ。


 カルロスは構わず続ける。


「魔法の方はイマイチですが、剣の腕は知っての通り一流。この度正式に婚約を結ばれたファラティアナ様とも良好な関係を築いております。身内贔屓も入っているでしょうが、見目も良い。加えて病一つ知らない健康体。きっと元気な稚児を産む事でしょう」


 淡々とカルデラのプレゼンを続けるカルロス。


 対するローファスは特に気にした様子も無く、冷静に返す。


「言っておくが、側室を取る気はない」


「おや…奥方様はファラティアナ様のみという事ですか。であれば、残念ですが仕方ありませんな。坊ちゃんさえよければと思ったのですが…」


 元より湿っぽい雰囲気を払拭する為に振った話題。


 それ程本気でも無かったのか、カルロスはなんとも軽く肩を竦めた。


 カルデラより変な気を回すなと刺す様な視線を受けながらも飄々と受け流している。


 だがしかし、ローファスは否定する様に首を左右に振った。


「いや、娶る女に正妻や側室といった序列や優劣を付けないという意味だ。婚姻は政治的に非常に有用なカードになる。俺は父上の様に使える手札を捨てる気はない」


 それはそれとして、とローファスはカルデラ——その頬に深く刻まれた一筋の傷跡を見る。


 それは帝国にて、上級兵|《剣鬼》ヒガンとの戦闘で負った傷。


 神速とも呼べる雷速の剣——完全に躱し切れなかった己の未熟さに対する戒めと、ヒガンを一人の剣客として認めたからこそ敢えて残した傷跡。


「…俺の指揮下で、顔に消えぬ傷を負わせた。嫁入り前の娘にだ。嫁として娶るかは本人次第ではあるが、何らかの形で責任は取るつもりだ」


「ちょ!? 何言ってんですか若様っ!?」


 顔を真っ赤にし、掴み掛かる勢いでローファスに詰め寄るカルデラ。


 ほう、とカルロスは神妙な顔で前のめりに聞き入る。


「なるほど、カルデラ次第ですか。因みに娶る以外の責任の取り方とはどういった形式のものなのか、具体的にお伺いしても宜しいでしょうか」


「ちょっとおじいちゃん黙ってて!」


 カルデラは興奮した様子でローファスに向き直る。


「若様! 大変無礼に存じますが、責任とか本当に大きなお世話です! この傷は私の責任で負ったもので、私自身の意思で残したものです!」


「フォルを守る為に敵と戦って負った傷だろう。お前達が帝国に赴く事になったのも、その流れを作ったのも、他でも無い俺だ」


「いや、それはそうかも知れませんけど——」


 ヒートアップして声量が上がっていくカルデラ。


 と、ここで見かねたユスリカが、ぱんっと手を叩いて音を響かせた。


 三者の視線を集めたユスリカは、静かに言う。


「皆様その辺で。あまり賑やかにされますと、本邸の方にまで聞こえてしまいます」


 その言葉に、三者——特にカルデラは口を噤んだ。


 別邸は本邸から離れてはいるものの、そこまで距離がある訳では無い。


 中庭で外に響く程に騒いでいると、確かに声量によっては本邸の方にまで響く事もあるだろう。


 そして今話している内容は、娶るなど責任を取るだのと、大っぴらに出来る話題でも無い。


 カルデラからしてみても、今本邸で休んでいるであろうフォルには特に聞かれたくない話題。


 興奮から一転して、寧ろ過冷却ともいえる程に冷静になったカルデラは顔を青くする。


「一先ずは中へ。お飲み物を準備致しますので」


 ユスリカに促されるまま、ローファス、カルロス、カルデラの三名は屋敷の中へ入った。

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