167.5# 墓参
《初代の墳墓》最下層。
そこにあるのは、初代を祀る祭壇。
中央に置かれた棺と、その左右に立つ二体の像。
岩石を思わせる巨竜と、半人半樹の異形の女神。
そしてそれらの上段に置かれた、誰も座っていない漆黒の玉座。
ライトレス侯爵家現当主ルーデンスは、空白の玉座に一礼し、棺の前に跪く。
姿こそ見えないが、この玉座には初代の御霊が座していると伝えられている。
そして祭壇の中央に置かれた棺。
これは初代の遺体が納められたもの——ではない。
棺の中には、誰の遺体も入っていない。
その空洞の中には、ライトレス家の歴代当主達の魂が宿り眠っている——とされている。
古来より、ライトレス家の当主は死後、遺体が残らない。
息絶えると同時、遺体は暗黒に呑み込まれて消えて無くなる。
故にライトレス家の墓の下に、歴代当主達の遺体は無い。
ともすれば呪いか、眉唾な話の様にも思えるそれは、ライトレス家に伝わる秘密の一つ。
その事を初めて聞いた時、ルーデンスはとてもではないが信じられなかった。
その光景を、直に目にするまでは。
ルーデンスは直接目にした。
父である先代ライナスの母、ルーデンスの祖母に当たる人物の死に目に立ち会った時、その身体が影より這い出た暗黒に呑み込まれるのを。
祖母の遺体は影の中に引き摺り込まれ、後には髪の毛一本残らなかった。
ライナスの母であり、先々代のライトレス家当主。
完全実力主義であるライトレス家は、力さえあれば女が当主になる事もある。
しかしそれでも、女当主はかなり珍しい方ではあるが。
祖母——レイシス・レイ・ライトレス。
ライトレスの当主である以上当然の事ではあるが、レイシスは強かった。
ライナスが先の帝国との大戦時に暴れ回り、《暗き死神》と呼ばれる様になって以降五年もの間、ライトレス家の当主であり続けた。
それはつまり、幾度と当主継承の決闘を挑むライナスを返り討ちにし続けたという事。
全盛期のライナスを退け続けた女傑レイシスの敗北は、激戦の末、不死身ともいえるライナスの粘り勝ちによるものであったという。
父ライナスより能無しだ雑魚だと嘲られ、鬱屈とした幼少期を送っていたルーデンスにとって、祖母レイシスはライトレス家での唯一ともいえる心の支えであった。
レイシスだけは優しく、親身になってルーデンスに寄り添ってくれた。
ライナスとの決闘の折に右の手足を失っていたが、それを感じさせぬ程に力強く、優しい女性だった。
ライナス打倒の為に習得した“纏鎧”と“魔球”——それを教えてくれたのは、他でも無いレイシスである。
レイシスが亡くなったのは、ルーデンスが十五の年。
当主継承の決闘の儀にて、ライナスを打ち倒した夜の事だった。
ライナスに決闘を挑む前、まるで勇気をくれるかの様に背中に叩きつけられた張り手——そのヒリヒリとした痛みと衝撃を、ルーデンスは忘れない。
年老いて小枝の様に細く衰えながらも、力強く熱い張り手。
背中に打ち付けられた熱を思い出しながら、祈りを終えたルーデンスは立ち上がる。
棺のプレートに無数に刻まれた、歴代のライトレス家当主らの名前。
その最後に刻まれている「Lasis」の名を懐かしむ様に見て、ルーデンスは背を向ける。
ライナスが“初代より啓示を受けた”なんて馬鹿げた事を言っていたものだから、或いはと思い久々の墓参りに来てみたが、ルーデンスには何も聞こえなかった。
初代の啓示とやらも、勿論祖母の声も。
「俺には語る言葉も無い、か」
歴代最低の魔力、それは紛う事無き事実。
ルーデンスは上級魔法を一度放つだけでも息切れを起こす。
ライトレスに伝わる古代魔法は、魔力消費が多過ぎてまともに扱えない。
顔色一つ変えずに上級魔法や古代魔法を連発出来るローファスとは、文字通り天と地の差。
それでも一応、まだ当主なんだがなとルーデンスは息を吐き、祭壇を後にする。
突如、ばんっと背中に力強い衝撃が響いた。
驚き、振り返るルーデンス。
「…?」
しかしそこには、当然ながら誰もいない。
無人の祭壇が広がるのみ。
気の所為かと眉を顰めながら、ルーデンスは再び歩を進める。
或いは、今は亡き祖母からのささやかな返事だったのかも知れないなと、背中に熱を感じながら。
帝国との戦争を終えたローファスがライトレス領に帰還するまで、もう間も無く。
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