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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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間話25# 無名の騎士

メリークリスマス!

 気付いたらファンタジー世界で赤子になっていた。


 こことは違う世界の、前世の記憶を持つ転生者。


 そんな話、誰が信じる?


 言っても与太話と笑われるだけ。


 だから話した事はない。


 生まれはパッとしない男爵家の九男坊。


 男爵家当主(お父上様)の三番目の妾の子。


 上には八人の兄と、五人の姉がいる。


 父親は一人だが、母親は七人。


 そんな大家族の末っ子、それが俺。


 いや、分かる。


 多いよな、兄弟。


 少子化だのなんだのと言われていた前の世界では考えられない。


 まあ下級とはいえ貴族という話だし、そういうものなのかと思っていた。


 違った。


 聞く所によると、他所の貴族家でもこんなに子供がいるのは珍しいらしい。


 うちのお父上様が所構わず手を出す性豪なだけだった。


 幸いにもうちのお父上様は、平民に手を出して捨てるような下衆ではなく、子供が出来たら正式に嫁として迎え入れるタイプの真っ当な人間だった。


 だから嫁も子供もいっぱい居た。


 俺の事も、末っ子だからと邪険には扱わず、普通に愛情を持って接してくれていたと思う。


 お父上様は女関係にはだらしがないが、それでも子供が出来たら即認知して、責任とって家族として迎え入れているのだから、嫌いにはなれなかったな。


 一夫一妻の感覚が抜けきらない俺からすれば、ドン引きものではあるけども。


 まあそんな異世界の記憶を持つ男爵家九男坊の俺だが、当然普通の生活を送れる筈も無かった。


 年齢にそぐわぬ成熟した精神と、異世界たる地球、日本の知識。


 目立ちたくないので隠していたものの、それらの片鱗を要所要所で出してしまった結果、俺はあれよあれよという間に天才として祭り上げられていた。


 下級貴族である男爵家の血筋はそこまで魔力的に優れている訳ではなかったが、そこは大して問題にはならなかった。


 魔力を有し、知覚できる肉体に生まれて気づいた事。


 この世界の人間は魔力を持ちながら、魔力や魔法に対して無頓着過ぎる。


 前世で存在しなかった超常の力。


 しかしこの世界の人間は、今ある力と法則に満足してその先を見ようとしていない。


 招待された社交パーティの場で上級貴族が魔法を披露してくれた事があった。


 周囲は湧き立ち、その貴族を褒め称えていた——技術の欠片も無い、稚拙な魔法に対して。


 それを見て、疑惑は確信に変わった。


 この世界——王国の人間は、今ある力に満足して研鑽を怠っているのだと。


 俺の魔力は上級貴族のものと比べて圧倒的に少ない。


 それでも俺は、指一本振るうだけで貴族の首を落とす事が出来る。


 魔法障壁、防護魔法すら諸共切り裂いて。


 前世——この世界とは比べ物にならない程に発達した文明の知識は、魔法にも充分転用できる。


 知識と発想が、魔法をより強力に進化させる。


 きっと今、この世界で自分が最強だ。


 当時抱いていたのは、そんな慢心。


 しかしそれも仕方ない。


 それだけ周りの魔法水準は低かった。


 この世界で暫定的に最強——ならばどうする、成り上がりを狙うか。


 上級貴族や王家に取り入り、出世をして今よりも良い生活をするか。


 それとも、王家を打ち倒して下剋上でもしようか。


 ——と、そんな発想にはならない。


 そんな野心も、意欲も無い。


 異世界に転生した所で、記憶がある以上前世の柵は消えない。


 日本には家族が居た、大切な娘が。


 両親も、妹も。


 妻は——浮気をされて離婚したが。


 何度も己に、自分は死んで、新しい人生を送っているのだと言い聞かせた。


 ここは異世界、前の家族の事など気にしても仕方ない、そもそも確認のしようもないと。


 手慰みに魔法の研鑽に打ち込み、天才と謂われる程になった。


 親兄弟や領民から賞賛され、尊敬の眼差しを向けられる。


 順風満帆な人生——それでも、心は晴れない。


 前世の心残りが消えない。


 俺の死因は事故。


 実家の千葉へ帰郷中、乗っている飛行機がエンジントラブルを起こした。


 まだ小さな娘を抱き寄せた所で、機体が大きく揺れた。


 記憶があるのはそこまで。


 浮気をした妻と離婚し、娘の親権を勝ち取って地元に帰っている最中の事だった。


 千葉の両親は、部屋が空いているから実家に帰って来いと言ってくれていた。


 ついでに東京で就職に失敗して塞ぎ込んでいる妹を慰めるなり発破を掛けるなりして一緒に連れ帰って来いと。


 それで昔のように、家族みんなで一緒に暮らそうと。


 そんな未来は、結局訪れる事はなかったが。



 俺が死んでいるという事は、恐らく乗っていた飛行機は墜落、娘もきっと——


 そんな事は分かっている。


 分かっていても、そうかなら仕方ないと諦めが付く程、人間の感情は単純に出来てはいない。


 俺が転生しているのだから、もしかしたら娘もこの世界に——そう思い、同年代の子供や赤子に片っ端から“日本語”で話し掛けてみた事もあった。


 まあ、全て首を傾げられて終わったけどな。


 しかし、そんな俺にも転機が訪れる。


 それはお父上様にお使いを頼まれ、本都に赴いた時の事——



 下級貴族は基本的に領地を持っていない場合が殆どである。


 そういった土地無しの貴族は、上級貴族から領地の一部を貸し付けられる形で住まわせてもらっている場合が多い。


 代官役人という地位を与えられ、住まわせてもらう代わりに土地の管理を行う。


 うちの男爵家もその例に漏れず、大貴族ライトレス侯爵家に仕える代官役人として一部地域を借り受けている。


 詰まる所、お父上様の使いとして赴いた本都とは、謂わばライトレス侯爵家のお膝元であり、何か問題を起こせば俺の首が飛ぶのは当然として、実家諸共取り潰しになりかねないという。


 だから、くれぐれも目立つ行動はするなとお父上様からは厳命された。


 ライトレス家は王国でも屈指の武闘派らしいが、正直な所、その話を聞いてもそれ程脅威を感じなかった。


 だって俺は最強な訳だし、上級貴族だろうと赤子の手を捻る様に容易く屠る力を持っている。


 以前管轄領内に迷い込んだ竜種も、本来ならば王国軍が動く程の案件だったらしいが、俺は特に苦労無く瞬殺した。


 そんな事は、上級貴族でも中々出来ない事らしい。


 そう言っていたのは他でも無いお父上様だ。


 にも関わらず、このビビりよう。


 とてもではないが、俺よりも強い奴がいるとは思えないのだが。


 噂ではライトレス家は身内にはある程度寛容だが、それ以外には容赦しないという。


 まあ代官役人として置いてくれている恩義もあるし、俺個人としても争い(面倒)事は御免だ。


 元よりライトレス家相手にどうこうする気もない。


 だから俺は、大した緊張感も無くお父上様に頼まれた物——葡萄を買いに来た。


 そう、果物の葡萄。


 勿論、唯の葡萄ではない。


 最近発売された新商品、ライトレス家の紋章から取ったであろう三日月印が付けられた“ライトムーン”という品種の葡萄。


 なんでも商業組合とライトレス家が共同生産した品種らしい。


 かなり割高のブランド品だが、非常に糖度が高く美味という噂。


 お父上様は大の甘党…とはいえ、うちには使用人を雇う余裕がない程に金が無い。


 遊び回って娶った嫁七人に、無計画にポコポコと作りまくった子供十三人を養うのに家計は常に火の車である。


 にも関わらず、お父上様から渡された金はかなりの額。


 これで買えるだけ“ライトムーン”を買ってこいとの事。


 というかこれ、この前俺が狩った竜種の死体を売り捌いて出来た金じゃね?


「ご購入、ありがとうございます。ではこちらにサインを…」


「あ、ども…」


 差し出された書類を受け取り、フルネームでサインする。


 そこは本都の一等地に立てられた商業組合の施設。


 通されたのは貴族用の豪華な個室の受付。


 家紋の装飾入りの上着を身に付けてきて良かった。


 平民用の受付はえらい行列出来てたからな…。


 ブランド品“ライトムーン”は、その辺の市場では買えない。


 個数にも限りがある限定品の為、こうした一部の施設でしか取り扱っていない。


 当然、人気商品である“ライトムーン”は、購入したその日に現物を持ち帰る事はできない。


 予約購入をして、届くのは半年から一年は先らしい。


 高い金払ってんのに何とも世知辛い話である。


 しかしこんなちょっと甘味が強いだけの葡萄が、この値段で何でそんなに人気なのか。


 一房で牝牛二頭は買える値段だぞ。


 ブランド品だからって値段設定バグり過ぎだろ。


 こんなのを買うとかうちの親父は何を考えてんだ。


 うちが貧乏貴族なの分かってんだろ。


「ん?」


 ふと、壁に貼られている“ライトムーン”の広告に目を向ける。


 広告には、“ライトムーン”の売上の一部はライトレス領の貧困地復興の寄付に回されると記載されていた。


「はー…なるほど」


 無駄に価格設定が高いのは寄付分の上乗せか?


 まあ本当に寄付されるかは怪しいものだが。


 手数料と称して中抜き、或いは全額ポケットに入れていても不思議ではない。


 いつの時代も、薄汚い金儲けは蔓延っている。


 寄付と書いとけば如何にも慈善事業してます感が出るからな。


 そしてふと、その下に小さく書かれた一文が目に入る。


「…は!?」


 そこには、“ライトムーン”購入者の、購入額分の納税を免除するとあった。


 ウッソだろマジかよ。


 実質的な自治体への寄付と、それに対する返礼品——これほぼ「ふるさと納税」じゃねえか!


 やべえな、誰だ考えたの!?


 実は俺以外にも異世界からの転生者がいるのか!?


 ていうかお父上様、目的は節税かよ。


 タチの悪い詐欺に引っかかったのかと思ったじゃねーか、ちゃっかりしやがって。


「ったく、そういう事なら事前に言っとけよな…」


 説明不足のお父上様に文句を垂れつつ、要件が済んだ俺は商業組合の施設を出ようと入り口へ向かう。


 丁度そこで入店して来た一人の少女に、ふと目を奪われた。


 王国では珍しい純粋な黒髪、色白の肌、全身暗黒色の使用人のドレス。


 その姿を見た時、落雷にでも撃たれたかの様な衝撃が全身に駆け巡った。


 見間違える筈も無い。


 成長してはいるが、この少女は間違いなく…俺の娘だ。


 ここは異世界。


 転生した俺自身の姿は前世とは異なるもの。


 娘だってその筈。


 なのに何でそのままの姿で——


 一瞬のうちに様々な思考と疑問が脳内を掛け抜け、気付けば擦れ違い様、その少女を呼び止めていた。


「あ、あの!」


「…? はい、私ですか?」


「ぁ——」


 キョトンと首を傾げる少女に、俺はそれ以上言葉が続かない。


 見れば見るほど瓜二つ。


 俺が知る娘はまだ四歳だったが、実の娘を見間違える筈もない。


「…その——“この言葉が分かるか”?」


 咄嗟に口にしたのは、今となっては久しく使っていないこの世界に存在しない言語——“日本語”による問い掛け。


 娘を探して多くの子供にしてきた問いと同じ。


 皆一様に首を傾げていたが、目の前の少女は違った。


 驚いた様に目を見開き、そして動揺した様に距離を取った。


 その反応の確信する。


 この娘は、日本語を理解している。


 やはりこの娘は——


「“言葉が分かるんだな! 聞いてくれ、俺は——”」


「——っ申し訳ありません…所用がございますので、失礼します」


 俺の言葉を待たず、少女は急いでその場を離れる様に身を引いた。


「ちょ、待っ——」


「はいはーい。そこまでだ旦那」


 咄嗟に少女に手を伸ばすが、しかしその手は、割り込む様にして入ってきた長身の浅黒い男に止められた。


 顔に無数の古傷が目立つ強面の男。


 胸には商業組合の装飾。


 この男、この面で商業組合の職員なのか。


 く、荒事専門の用心棒って所か。


「いや、違うから! ちょっとその娘に用があるだけで、ナンパとかじゃないから!」


「はいはい、何も違わないから。お姉さん困ってるでしょ、ちょっとこっち来ようか」


「ちょ、だから違うって!?」


「貴族でも駄目なものは駄目だからねー」


 宥める様に言いながら、用心棒の男はぐいっと顔を近づけて小声で耳打ちしてくる。


「旦那、この辺で止めとけ。ありゃライトレス家の使用人だ。相手は選びな」


「いや、本当にナンパじゃ…」


「仮に込み入った事情があったとしても、これ以上は拙い。分かるな? 面倒事になるぞ」


「く…」


 いっそ力尽くでとも思ったが、この世界の今の家族達の顔がチラつき、踏み止まる。


 ここで騒ぎを起こすという事は、ライトレス家を敵に回す事になりかねない。


 そうなると、俺の実家の男爵家は取潰しになる可能性もある。


 俺の一時の感情で、今の家族を危険に晒す訳にはいかない。


 小走りで離れていく少女の綺麗な黒髪を見送りながら、気持ちを落ち着かせる様に息を吐く。


「ライトレス家、か…」


 生き別れの娘が使用人として仕えているという貴族家。


 何の偶然か、それは俺の実家が世話になっている上級貴族だった。


 王国男爵家九男坊“シグ”として生きてきたつもりだったが、どうやら今でも俺は“ユズキ シロウ(・・・)”らしい。


「待ってろよ…リカ(・・)。父ちゃんが必ず迎えに行くからな…」



 俺が暗黒騎士の試験を受けに行くのは、これから少ししてからの事。


 暗黒騎士として頭角を表し、アルバに目を付けられるのは半年後の事。


 そして何やかんやあって、ライトレス家の嫡男とリカが恋仲にある事を知り——リカが幸せそうにしているのを見て、取り敢えず名乗り出るのを止めて見守る事に決める。


 そして——



 人生、本当に何があるか分からない。


 シグは心の底からそう思っていた。


 暗黒騎士になってから地獄の日々だった。


 世界は広い。


 自分が全然最強じゃなかった事も知った。


 自分では全然歯が立たない強敵——《神》やら《魔王》やらと戦うハメにもなった。


 娘が幸せに暮らしている場所を影ながら守ろうと決意して、暗黒騎士としてライトレス家に仕えて早三年——


 シグは現在、世にも珍しい古代遺物(アーティファクト)——飛空艇の甲板で、魔法を披露していた。


 披露する相手は二人。


 シグの愛娘(前世の)と恋仲にあるライトレス家の嫡男——ローファスと、トリアンダフィリア家の令嬢——アンネゲルト。


 指を軽く振い、それにより生じる不可視の斬撃とも言える魔法を二人はまじまじと見ていた。


「ローファス、今の…」


「…ああ、信じられん」


 言いながらローファスは、まるでシグの真似をする様に人差し指をピンと伸ばし、空に向けて振るう。


 直後、その先の雲が真っ二つに切り裂かれた。


「…!?」


 ギョッと目を見開くシグ。


 指を振るう事で生じる不可視の斬撃——それは正しくシグが用いる魔法。


 たった一度見せただけで、魔法をトレースされた。


 戦慄するシグに、ローファスは鼻を鳴らす。


「何を驚く。こんなものは所詮猿真似。魔力効率の良さはオリジナルの足元にも及ばん。秘密はその指——随分と弄っているな? 触媒…いや、半分魔法具化させている」


「うぇ!? しょ、初見でそんな事まで…!?」


 なんで籠手(ガントレット)してるのに分かるの、とシグは戦慄する。


 確かにシグの指は全て、魔法を発動する補助具——触媒に改造している。


 シグの指は、謂わば杖。


 魔法使いの杖は魔力適性の高い樹木や魔物の素材で作られている場合が多く、その根幹たる芯には竜種の骨が使われる場合が多い。


 杖の素材に応じて、得意な魔法も変わってくる。


 例えば火を吹く竜種の素材を用いた杖であれば、火属性の魔法へ適性が高い。


 シグは己の指の骨を芯とし、血肉を素材として杖化する事で魔法の効率化を図っていた。


 故にシグの指は半分魔法具化しており、動かす事は出来るが、感覚の殆どが失われている。


 これは魔力を通し過ぎた結果そうなってしまった偶然の産物、謂わば事故の様なものであり、決して狙ってやった訳ではない。


 しかしその事情を知らないローファスからすれば、これは異常に映る。


 幾ら魔法の為とはいえ、己の肉体を魔法具に改造するなど正気の沙汰ではない。


 魔法の為に己の肉体を改造した魔法使いは過去に存在するが、そのいずれもが頭のネジが二、三本飛んだ狂気の魔法学者であった。


 だが、そんな事は問題ではない。


 ローファスが信じられないのは、もっと別の事。


「貴様、属性を変換させているだろう」


「あー…はい」


 観念した様に項垂れるシグ。


 シグの魔力属性は地。


 しかし扱う魔法は、地属性では再現出来ないもの。


「地属性の魔力を強度の高い金属——鉄に変質させているな? 見えない斬撃の正体は、視認出来ない程に細く研ぎ澄ませた鋼鉄の糸だ」


「…ご推察の通りです」


 シグは指を軽く振るい、指先から金属製の糸を垂らした。


 再度実践され、尚もアンネゲルトは信じられないといった目でまじまじと見つめる。


「…基本六属性と、そこからなる派生属性——確かに希少鉄属性は地属性の派生とされてる…なら、私達が提唱していた理論は間違ってるって事?」


 ローファスとアンネゲルトは、魔法についての研究を進めていた。


 中でも王国で主に扱われている属性魔法に関してはかなり力を入れている。


 王国では六神の対応属性からなる六属性を世界を構成する六元素とされており、それ以外の属性は六属性から派生したものであると。


 王国では常識のこの通説、しかしローファスとアンネゲルトは否定的であった。


 何故なら、異なる属性同士に互換性が無いから。


 例えば、氷属性は水属性の派生とされているが、氷の魔力は氷属性、水の魔力は水属性の魔法しか扱えない。


 それぞれが完全に独立しており、魔法の形態も全くの別物であるから。


 にも関わらずシグは、地の魔力で鉄属性の魔法を扱って見せた。


 これは基本属性と派生属性の関係性、その証明の一例といえる。


 しかしローファスは首を横に振り否定する。


「…事例が少ないからまだ何とも言えん。それに属性の変質に関しては俺やレイモンド…一部の高位の魔法使いはやっている。いずれにせよ——良い研究対象だ」


「そうね。非常に興味深いわ」


 ローファスとアンネゲルトに、まるでモルモットでも見るかの様な好奇心に満ちた目を向けられたシグは、ビクッと肩を振るわせる。


「や、あの…俺、暗黒騎士の九席で…その、任務とかで色々と忙しいですし、研究の方に協力出来るか微妙と言いますか…」


 研究、もとい実験のモルモットにされるのは御免だとジリジリと後退る。


 助けを求める目を周囲に向けるが、生憎とこの場には誰も居ない。


 他の面々は飛空艇内で各々の時間を過ごしており、唯一止めてくれる可能性があるレイモンドに至っては交渉窓口として帝国に残っている。


 サイラは未だ寝込んでいるし、上司のアルバの姿も無い。


 助けは、ない。


 ローファスは機嫌良さげにニヤリと笑う。


「アルバ、こいつは貴様の部下だったな。良い拾い物だ。褒めてやる」


「——は、恐悦至極に存じます」


 ローファスの言葉に、いつの間にかその背後で控えていたアルバが跪く。


 突然のアルバの出現に、アンネゲルトは「ひっ」と悲鳴にも似た声を上げた。


「貴様の部下——シグと言ったか。暫く借りるぞ」


「御意に。ローファス様のお望みのままに」


 アルバは二つ返事で了承し、チラリと冷めた目をシグに向ける。


「その者は私の直属の部下——どうぞご存分に、思うままに使い倒し下さいませ」


「アルバさぁん!?」


 見捨てるかの様なアルバの言葉に、シグは悲鳴を上げる。


 そんなシグを無視し、アルバは再び姿を消した。


 ローファスはにっと口角を上げる。


「ライトレス領までの長旅、有意義なものになりそうだな」


「——ひっ」


 蛇に睨まれた蛙の如く、シグは萎縮した。


 現在飛空艇は、動力の魔石に余裕も無い為空をのんびりと飛行中。


 未だ地平の先にライトレス領は見えず。


 空の旅は、まだ続く。

*おまけ・何処かの誰かの会話*


「若様やばいっすね! ふるさと納税やってるじゃないですか! あれやったの若様でしょ!」

「ふる…は?」

「あれですよ! 高い葡萄売り捌いて税免除するやつ!」

「ああ、“ライトムーン”の事か」

「ですです! いやあ、時代を先取りしてるというか、天才的というか。税収もがっぽがっぽじゃないですか!」

「…? 別に税収は増えていない。本来納められる筈の税を、領内の貴族どもから前払いという形で受け取っているに過ぎん。ライトレス領のトータルの税収は結局変わらん。支払われた分は免税しているのだからな」

「え、そうなんです?」

「そもそもあれの目的は自由に使える予算を迅速に作る事だ。貧困化の改善の為に幾つか事業を立ち上げた。その中でも一番大きなものは葡萄園だが、それにも金はいる。ライトレス領は広大だが、好き勝手に予算を組める訳ではない。当然、まとまった資金が必要となると予算の確保にはそれなりの時間が掛かる。“ライトムーン”は、諸々の手続きをスキップして予算を確保する為の手段だ」

「ほえー…ん? 葡萄園立ち上げの資金を、葡萄を売って確保する…? あれ、前後関係おかしくないです?」

「初めに売った葡萄は商業組合に調達させた最高級品の葡萄だ。数ある品種の中から特に甘味が強いものを選んだ。まあ話題作りだ。節税の為に買った葡萄がそれなりに美味ければ、多少なりとも得した気分になるだろう。後はその種から栽培し、最高品質のものをライトレス領で量産して売れば良い」

「…これやってた当時、若様12歳っすよね? どんな英才教育受けたらそんな簡単に経済回せるようになるんすか…」

「簡単な訳ないだろうがぶち殺すぞ貴様」

「ええ!? 褒めたつもりなのに!? どこに地雷あるんすか若様!?」

「父上に“ライトムーン”の企画をプレゼンし、毎日の様に会いたくもない強欲商人共と面談や会議をし、その伝手で葡萄園の経営者や関係者を雇い入れ…丸一日執務室から離れられん事などざらにある。それだけやっても貧困地域の経済がちょっとずつ回復する程度…それを簡単? 簡単と言ったか貴様!?」

「す、すんません! いやマジで本当!」

「…まあ良い。貴様はユスリカの縁者という話だからな。その無礼、一度は許そう。二度目は無いぞ」

「う、すんません本当に…しかしそっかぁ。あの葡萄、結構儲かってるのかと思ったけど、そうでもないんですね」

「いや、税収は変わらんが、儲かってはいる」

「え、税収変わらないのに?」

「初回の売り出しを最高級品にしたのが良かった。パーティを中心に貴族共の間で話題の種になってな。話題の葡萄を話の種にと他領の貴族から多くの注文が入った。当然、領外の者は税の免除は無い。故にそれは、純粋な利益だ」

「え、あのクソ高い葡萄を節税目的無しに買う奴がいるんですか?」

「話題の為ならば金を惜しまん、それが貴族だ。元より“ライトムーン”が標的とする客層は金払いの良い富裕層。節税の為に金を出す貧乏貴族共ではない。全て想定通り——いや、売上だけなら想定以上ではあるか。一部ではかなり話題になったからな…誰かが書いた“本”のお陰で」

「…え、若様。これ本当に12歳の時にやったんすか?」

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