表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

191/208

間話24# ライトレス家Ⅱ

 時は、ローファスが《緋の風》を連れ立って天空都市へ向かう少し前の夜。


 場所はライトレス家別邸、寝室。


 時刻が深夜を回った頃、ローファスはベッドから上体を起こし、窓から夜空を眺めていた。


 見えるのは僅かに陰り欠けた月と、空を埋め尽くす程の星。


 そんな光景に魅入っていると、隣から心配そうな声が聞こえた。


「…眠れないのですか?」


 ユスリカだった。


 ローファスは少し驚いた様に目を丸くする。


「すまん、起こしたか?」


「いえ…それよりもどうされたのですか、こんな夜更けに」


「ああ、少し月を見ていた」


「月…ですか」


 ユスリカは顔を上げ、月を見る。


「少し、欠けていますね」


「小望月という。大部分が欠けた三日月の逆だな」


「小望月…」


 呟きながら、ユスリカも月に魅入る。


 雲一つない星空に浮かぶ月は、見ているとまるで吸い込まれるかの様。


「綺麗ですね」


「ん。まあ夏よりはそうだろうな」


 ユスリカは小首を傾げる。


「はい?」


「冬は空気が乾燥しているからな。湿気が少ない分、月や星の輝きがよく見える」


「…博識ですね」


 綺麗な夜空を見て、出た言葉がうんちく。


 あまりロマンチックではないなと思いながらも、ユスリカは微笑む。


 ローファスは僅かに欠けた月をぼんやりと眺めながら、呟く。


「あの月を見て、初めて航海した時の事を思い出してな」


「初めての航海というと、魔の海域の? …ファラティアナ様の事を思い出していたので?」


「いや、そうではない」


 少しだけむっとするユスリカに、ローファスは苦笑する。


「魔の海域には巨大なクラーケンが居たのだが、あの僅かに欠けた月の形がそれに少し似ていてな。あれも頭の一部を鯨に喰われ、少し欠けていたんだ」


「船喰いの悪魔ですか。御伽話の厄災も、ローファス様の前では形無しだった様ですね」


「寧ろ鯨の方に苦戦したがな」


「ええ、本当に。傷を見せられた時には血の気が引きました」


 それはユスリカにとって、ローファスと念願の再会を果たした時でもあった。


 当時のローファスの状態は《魔鯨》との戦闘で左半身を酷く損傷しており、普通に立って歩いているのが不思議な程であった。


 最高峰の治癒魔法の担い手であるユスリカでも、治療するのに随分と時間を要する程の。


 今となっては懐かしいと、ユスリカは目を細める。


「しかし有名な御伽話の一角を落としたというのに、思ったより話題になりませんでしたね」


 御伽話『船喰いの悪魔』は、王国でも有名な伝承の一つ。


 それが退治されたというのに、それ程騒がれなかった。


 ローファスは鼻で笑う。


「法螺だと思われているのだろう。貴族のぼんぼんが箔付の為に、テキトーに狩った魔物を大袈裟に吹聴するのはよくある話だ。まあ実際、当のクラーケンは驚く程脆弱だったが」


 三百年もの間魔の海域に脅威として居座り続けた大型クラーケン——船喰いの悪魔。


 そんな怪物が当時一二歳の子供に打ち倒されたなど、誰が信じようか。


 如何に王国屈指の武闘派貴族ライトレスの嫡男がやったといえど。


 すんなりと受け入れられぬ程に、「船喰いの悪魔」は王国で定着した御伽話であった。


 船乗りの間では海に対する恐怖の象徴として、それ以外にはスリリングな娯楽話として広く知られている。


 ユスリカは思い出した様にくすりと笑う。


「そういえばローファス様は『船喰いの悪魔』に続いて、『不死身の怪人』の《血染帽(レッドキャップ)》も打ち倒されていましたね。御伽話の主役を次々と。これは確かに、法螺と取られても仕方無いかも知れません」


「《血染帽(レッドキャップ)》の件は公表していないがな」


「英雄様のお次のお相手は何でしょう? 『死の先導者』ですか、それとも『正直な大鳥と嘘吐き商人』でしょうか」


「後者の話はいずれも死んで終わっているだろう。何だったら死霊術師の方も最後には滅ぼされている」


 ユスリカが挙げたのはそのいずれも、王国で有名な御伽話。


 『正直な大鳥と嘘吐き商人』は、ある商人が神獣の鳥を騙して殺し、その美しい羽を売り捌いて巨万の富を得るが、その後神獣の呪いにより無惨な死を遂げるという教訓を交えた話。


 もっとシンプルに『神獣を殺した男』と呼ばれることもある。


 『死の先導者』は、かつて王国を滅亡の危機に追いやる程の被害を出した大罪人、レーテーという死霊術師(ネクロマンサー)の話。


 たった一人の死霊術師が王都を死者が跋扈する死の都に変え、それを黒衣の英雄が打ち倒したという。


 御伽話というのもあって尾鰭や脚色も幾分か入っているとは思われるが、史実でも割と洒落にならない規模の被害が出ていたらしい。


 王国では夜更かしをする子供に、早く寝ないとレーテーが攫いに来るぞと脅かし、寝かし付ける為の常套句となっている。


「私が聞いた話では、レーテーは“黒衣の英雄”との戦いに敗れた後に逃げ延びたというものでしたが」


「所詮は御伽話、地方によって内容に差異はあるだろう。だが、逃げ延びたというのはあり得ん話だ」


「…? どうしてですか?」


「いやな…しかし、レーテーか」


 何かを思い出す様にくつくつと喉を鳴らして笑うローファス。


 まさか知らぬ間に死霊術師レーテーまで何処かで倒したのかと眉を顰めるユスリカ。


 それにローファスは、懐かしそうに目を細める。


「幼い頃、母上によく語り聞かされたものだ。“早く寝ないとレーテーがやってくる”と」


「ローファス様の幼い頃…」


 恐らくそれは、ユスリカと大聖堂で出会うよりも前の話。


 あの時よりも幼い…? それは一体どんな天使だろうかと、ユスリカは表情を綻ばせる。


 そんなユスリカの内心などつゆ知らず、ローファスは話を続ける。


「母上がその話をする度に思ったものだ。いやいや何を言っている、世紀の大罪人レーテーは他でも無いうちの先祖に討ち取られているではないか、とな」


 ユスリカはピシリと固まる。


「…はい? レーテーを討ち取った? ご先祖様が?」


「レーテーを打ち滅ぼした“黒衣の英雄”——それは三百年前のライトレス(うち)の当主の事だ」


「そうなんですか…!?」


 有名な御伽話にライトレスが当たり前の様に登場していたという事実に、ユスリカは驚愕する。


「当事者という事もあってか、うちの本邸の書斎には当時の記録が事細かに残されている。ライトレス(うち)の当主ならば下手な仕事はせん。レーテーとかいう死霊術師は間違い無く息の根を止められた事だろう。かつてライトレスが滅ぼした小悪党が、今では子を躾ける為の御伽話として使われている。それを母上はよりにもよってこの俺(ライトレス)に語り聞かせるのだから、何とも皮肉な話ではないか」


 まあ母上もその事を知らなかったのかも知れんが、とローファスは笑って締めくくる。


 大貴族ライトレス家の逸話は数多くあるが、まさか御伽話にまでなっているとはとユスリカは息を吐く。


「驚きました。やはりライトレス家は遥か以前から、“王国の剣”の役割を担っておられたのですね」


「…王国の剣? 役割? 何だそれは」


「聖女候補だった頃、王国千年の歴史は一通り習ったのですが、その時に聞きました。ライトレスは王国の脅威を打ち払う剣であると」


「何だそれは、教会でそう習ったのか? 言うに事欠いて、あの(・・)六神教がそう教えていると?」


 吹き出し、何が可笑しいのかケラケラと笑うローファス。


 あんまりな笑い様に、ユスリカは困惑する。


「あの、何か変でしょうか…あの死霊術師レーテーを打ち倒した“黒衣の英雄”はご先祖様だったのですよね。なら、ライトレスが王国の脅威を打ち払ってきたという教会の教えも間違ってはいないのでは…?」


「いやいやいや——」


 笑いながらローファスは、否定する様に首を横に振る。


「ライトレス家に残されている記録では少し違う。そもそも死霊術師レーテーとやらを唆し、暴れる様に仕向けたのは他でも無い——当時のライトレス家(うち)の当主だ」


「は…?」


 ローファスの言っている意味が分からず、ユスリカは固まる。


 ローファスは語る。


 ライトレス家で記録されている三百年前の話——御伽話の裏側を。


 この御伽話は随分と尾鰭が付いている様で、そもそも当時、王都は死の都になどなっていなかった。


 壊滅的な被害を受けたのは正確には王都ではなく——六神教会。


 ライトレス家当主は死霊術師を唆し、共闘する形で六神教会に戦争を仕掛けた。


 当時の六神教会は、王家の近衛騎士に並ぶ強力な戦力を有していたが、この戦争により殲滅され、六神教会そのものが滅ぼされる寸前にまで追い込まれた。


 その折に王家の仲裁が入りライトレスは止まったが、死霊術師は攻めの手を緩めず、それどころか王家や王国の民にまで牙を向けた。


 ライトレスの当主は、これを手打ちにした。


 これがライトレス家に残されている記録。


 御伽話「死の先導者」の裏側に隠されたとんでもない歴史を聞き、ユスリカはギョッとする。


「そんな…ライトレスが六神教会に戦争を…!?」


「本当に知らなかったのか? 聖女候補だったというから、てっきりその辺の話も聞いているものと思ったが」


「知りませんよそんな話…六神教会が武力勢力を持っていたというのも初耳ですし。教会は平和の象徴として武力を持つ事を放棄していると…」


「ふん、随分と都合良く後世に伝えているらしい。王家が介入した折、教会側の代表が二度と武力を持たない代わりに存続させてくれとライトレスに懇願したと記録にはあったがな」


「それはなんとも…——ん? 三百年前…?」

 

 ここでふとユスリカは、以前カルロスが言っていた事を思い出す。


 近年ライトレス領に造られた、ユスリカと深い縁のある教会。


 それはルーデンスが六神教会の本部に掛け合って設置されたものであり、それまでライトレス領には教会はおろか、六神教に関係する施設は一棟も存在しなかった。


 過去三百年もの間、ずっと。


 王国の国教である六神教の施設が無いなんて、きっと余程の事情があったのだろうとは思っていたが。


 成程、確かにこれは余程の事情だったとユスリカは一人納得する。


 しかしそれが事実だとして、一つ疑問が残る。


 ライトレスが死霊術師と共闘してまで六神教会に仕掛けた戦争。


 その理由。


「どうしてライトレスは、六神教会に戦争を?」


 ユスリカの疑問に、ローファスは記録を思い返す様に記憶を探る。


「あー、確か——六神教の武装勢力が、ライトレス領内で勝手をやらかしたのが発端だったか」


「教会の武装勢力が?」


「ああ。当時の六神教は暗黒神を信奉する連中——暗黒派が幅を利かせていて、随分と過激だった様でな。六神教以外の信仰を許さんと、他宗教や信仰に対して攻撃的だったらしい。まあそれ以外にも色々と揉めていた様だが、決定的だったのはライトレス領の海辺で信仰されていた土着神の神殿が沈められた事だったか」


「沈めたって、神殿をですか…!?」


「ああ、海の底にな。それにブチ切れた当時の当主が、それをやった教会の武装勢力連中を血祭りに上げ、ついでに領内の教会を全て燃やしたらしい」


「それは…何と過激な…」


「お互い様だな。まあ領内でそこまでの勝手をされれば、俺も同様の事をするだろうが」


 他にも、とローファスは指を折りながら続ける。


「六神教はその当主に対して色々とやらかしていて、随分と恨みを買っていたという話だ。不当な寄付金の要求は日常茶飯事、ライトレス領内に教会の自治区を作らせろと言ってきたり、恋人が教会内のいざこざに巻き込まれて死に追いやられたなんて話もあったな。積み重なったそれらが爆発した結果だろう」


「恋人を…そんな…」


 絶句するユスリカ。


 思いの外暗い話題になってしまったなと、ローファスは頬を掻く。


「まあ気にするな、ただの昔話だ。ライトレスに残された記録である以上、こちらに都合良く改変されている可能性も0ではない。六神教の方で伝えられているものとも随分と内容が異なるようだしな。真偽の確かめようも無い話だ」


 下らん話を聞かせて悪かったなと、ローファスは横になる。


 それを追う様に、ユスリカも横になった。


 ローファスはぼんやりと直ぐ横に居るユスリカを眺めながら、ぼそりと呟く。


「恋人が死に追いやられた——もしも俺がその当主の立場だったなら、きっかけなど待たずに教会を滅ぼしていただろうな。たとえ王家の介入があったとしても」


 ユスリカは優しく微笑む。


「六神教は大きな組織です。きっと恋人は、自分なんかの為にそんな危険な事はしないで欲しいって…そう思うんじゃないですか」


「俺を残して死んだ者の意見など知らんな。そうして欲しいなら、ずっと生きて俺の側に居る事だ」


「まあ…なんて我儘な人でしょう」


 拗ねた様に鼻を鳴らすローファスに、ユスリカはくすりと笑う。


 こうして今日も、二人の夜は更けていく。



 ユスリカから寝息が聞こえ始めた頃、未だに寝付けないでいたローファスは、再び窓から見える月に目を向ける。


 冬の星空に淡く輝く月をぼんやりと眺めながら、ふと思う。


 三百年前、六神教会により海底に沈められた神殿。


 恐らくそれは、以前商業組合取締役のミルドに招かれた完全版潜水艇による海底散歩——その折に案内された魔の海域の底にある海底神殿の事だろう。


 詳細は不明ながら、何とも神秘的で異様な雰囲気に包まれていた。


 そこで発見されたという、上半身が美女で下半身が蛸の如き軟体生物の魔銀(ミスリル)の彫像は、見る者を魅了し虜とする呪物であった。


 ミルドには忠告したが、結局その後、神殿内を調査したか否かはローファスには分からない。


 神殿が海底に沈められたのが三百年前——そういえば“船喰いの悪魔”が現れ、魔の海域と呼ばれる様になったのも三百年前であった。


 同じ時期。


 これはただの偶然だろうか。

 

 思い返してみると、三百年もの間生きていたにしては、あの巨大クラーケンは弱かった。


 ローファスが魔力で強化していたとはいえ、中級魔法である暗黒槍(ダークランス)一発で仕留められる程に。


 規格外といえる程に巨大であったし、十分災害級と呼べるレベルではあったろう。


 しかしあの程度であれば、ライトレス家や暗黒騎士は当然として、同様に魔の海域に面しているステリア家も、その固有戦力である白凰騎士ですら十分に狩れただろう。


 魔の海域は、漁や海洋貿易をする上で酷く邪魔な目の上のたんこぶだった。


 農地が多く土地が豊かなライトレス領は兎も角として、寒冷地であり生産品が少ないステリア領にとっては死活問題であったろう。


 にも関わらず、どうして三百年もの長い期間放置されていたのか。


 膨れ上がる疑問。


 考えてみると、あの《魔鯨》ですら巨大クラーケンの頭部を軽く抉る程度で止めを刺していなかった。


 もしかすると船喰いの悪魔には、殺してはならない理由があったのだろうか。


 しかし殺して使い魔とした後、特にルーデンスから何か言われたわけでもない。


 魔の海域に放している船喰い(ストラーフ)を介して定期的に海の様子を確認してはいるが、何か異変や不都合な事が起きている訳でもない。


 船喰いの悪魔を殺して変わった事といえば、海の魔物被害が納まったという事位だろうか。


 しかしそれは、魔物凶暴化の原因であったと思われる《魔鯨》を倒した事によるものと考えられる。


 その他となると、それまで凶暴化した魔物に邪魔されて出来ていなかった漁の、魚の収穫量が格段に増えた事だろうか。


 これも特におかしい点はない。


 考え過ぎかとローファスは軽く息を吐き、目を瞑る。


 ここでふと、少し前に見た漁業の収穫量に関して纏められた報告書の事を思い出す。


 収穫量は増えたが、それに比例して網に掛かる未利用魚の量も増えた。


 未利用魚とは商品として好まれない魚の事。


 サイズの問題であったり、そもそも食用に適していない魚であったりと、つまりは商品としての需要が無い魚である。


 そして獲れた未利用魚の、九割以上の割合を占めていたのは——


(デビルフィッシュ)…」


 その見た目の不気味さから、王国では蛸や烏賊は基本的には食用とされていない。


 船乗りの間の極一部では珍味として食される事もあるらしいが、都市部にまでは出回らない。


 蛸が大量発生して魚の収穫量が少ないという訳でもない。


 大量に獲れた魚の内、未利用魚の中で蛸の割合が異様に多い——それだけの話。


 また軟体類…これも偶然だろうか。


 そんな疑惑を覚えながら、ローファスは静かに眠りに就いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ