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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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間話22# 束の間の休日

 それは学園入学の約一年前。


 ステリアでの一件の後、ローファスがレイモンドや商業組合の取締役——ミルドと共同でライトレス領全域に汽車を設置して少ししてからの事。


 汽車の実用が始まった事でライトレス領の商業は盛んになり、一部地域の落ち込んだ経済が回復の兆しを見せ始めていた頃。


 碌に休みの無かったローファスが、久々の休養を取る事となった。


 休養期間は2日。


 寝る間も惜しみ、休む間も無く執務や商人との会談に追われていた事もあってか、最近ローファスは慢性的な頭痛に悩まされていた。


 難儀な事にこの頭痛は、ユスリカの治癒魔法でも治らない。


 ユスリカ曰く、精神的疲労によるものではないかとの事。


 肉体的な部分は治癒魔法でどうとでもなるが、精神を休めるには時間を要する。


 ユスリカとカルロスの両者から詰められ、ローファスは半強制的に休暇を取る事となった。


 元より領地経営にローファスが介入し始めたのは、ローグベルトの一件で代官役人のクリントンが馬鹿をやっていたのを目の当たりにしたからである。


 こんな愚か者を野放しにしておくなど以ての外と、ローファスは領の経済に介入を始めた当初、ライトレス領全体を見るつもりでいた。


 父になど任せておけるか、その為に自分は将来的に恨みを買って嬲り殺されるハメになったのだ、と。


 しかしライトレス領は、ローファスが想定していた以上に広大だった。


 とてつも無い業務量、一人で全てを見るなど到底不可能。


 代官役人という代理管理者が何故置かれているのか、その時ローファスは改めて実感した。


 幼少より経済学などの英才教育を受けてきたローファスであろうとも、天才と呼ばれる《ライトレスの麒麟児》であろうとも、一人の人間である事に変わりはない。


 身体は一つしか無いし、時間だって限られている。


 結局ローファスが充分に経営に関われたのは、クリントンが管轄して貧困化させた地域のみ。


 それも劇的な変化を起こす事は出来ず、新たな事業を立ち上げて大量の領民を雇い入れ、落ち込んだ経済を長期的に回復させていくという方法しか取れなかった。


 尤も、これも本来であれば未成年であるローファスがやる必要のない事なのだが、未来の死に対する恐怖半分、後は貴族としての意地(プライド)半分でローファスはやり通していた。


 結果的に経済は右肩上がりの回復を見せ、それに携わったローファスはルーデンスの策により、ライトレス領に巣食っていた悪徳役人を成敗して経済回復までさせた英雄として祭り上げられてしまった。


 その末が、無理が祟っての体調不良による休養。


 それもユスリカやカルロスに心配され、勧められる形での。


 ローファスからして、情けなさ過ぎて肩も下がる。


 ローファスが休む丸2日、この間の執務はユスリカが代理でこなす事となった。


 執務とはいっても、商業や事業関連の報告書を確認し、後々ローファスが確認し易いように精査してまとめるというもの。


 ユスリカは教会の出という事もあって貴族並みの英才教育を受けており、読み書き計算はお手のもの。


 特に情報を精査する能力に長けていた事もあり、ローファスの日々の執務を手伝う事もあった。


 故に2日程度であれば、ローファスが休養する穴を埋める事は可能。


 そうした背景もあり、ローファスは2日間の休暇を得るに至った。



 ローファスが静養地に選んだのはローグベルト付近の港町——ヴァイパーポート。


 本都から馬車で4日程の距離だが、汽車であれば移動時間はものの数時間。


 潮の香りに僅かながらの懐かしさを覚えながら、ローファスは堤防を歩く。


 その後ろを付いて歩くのは執事のカルロス。


 休養の2日間、ローファスが無茶をやらかさない為のお目付役である。


「ところで坊ちゃん、どうしてここをお選びに? 休養を取られるなら他にも色々とあった様に思えますが」


 潮風を肌に感じながら堤防を進むローファスに、カルロスは疑問を呈する。


 ヴァイパーポートは、港というだけあり商業が盛んな街である。


 魔の海域の魔物被害が終息してからは漁の収穫量が増え、海鮮の流通も飛躍的に増えた。


 しかし、言ってしまえばそれだけ。


 侯爵家嫡男たるローファスが、態々静養地として選ぶ程の理由は見当たらない。


「ここよりもローグベルトの方が良かったのでは?」


 カルロスの問い掛けに、ローファスは眉を顰める。


「ローグベルトこそただの漁村だろう」


「それはそうでございますが…」


「行っても船乗り共に気を使わせるだけだ。それとも、態々奴らの作業の手を止めさせ、俺の相手をさせろと言うのか?」


「い、いえ…仰る通りです。失言でした」


 頭を下げるカルロスに、ローファスは鼻を鳴らす。


 ローファスの久々の休み、フォルと会う時間が取れればと考えたカルロスだったが、思い返せばフォルは現在魔の海域の開拓に出ている所。


 ローグベルトに赴いたとしても、開拓真っ最中であるフォルは不在である可能性が高い。


 都合良く物資補給の為に帰還している——そんな偶然は流石に無いだろうと、カルロスは溜息を吐く。


 ふと、堤防を歩く二人の元に、ある人物が近付いて来た。


 それはダークブラウンの髪をオールバックに纏め上げた、クリーム色のスーツ姿の男。


 その男はローファスの姿を見ると、ギラついた目を細め、出迎えるかの様に笑顔で手を広げた。


「ローファス様! お久し振りに御座います!」


 ライトレス領商業組合代表取締役——ミルド。


 出迎えを受けたローファスは、特に驚く様子も無く、溜息混じりに肩を竦めた。


「しつこい位に屋敷に顔を出している癖に、何が久し振りだ。つい一週間前に会ったばかりだろう」


「ええ、もう一週間もお会いしておりませんでした。最近、本都の方へ移住しようかと本気で悩んでいる次第でして…」


「やめろ。貪欲商人の顔を毎日見るなど気が滅入る。貴様は日々領内を飛び回っていろ。その方がうちの経済も回る」


「はっはっは! いやあ、これは一本取られましたな!」


 うんざりした様に言うローファスに、楽しげに笑うミルド。


 そんなやり取りに、カルロスは眉を顰める。


 ローファスは休養の為にここを訪れた筈。


 にも関わらず、まるで二人はここで落ち合う約束をしていたかの様。


「坊ちゃん…? ここに来られたのは、まさかミルド殿と会う為ですか? 今はお身体を休める時とあれ程…」


 険しい顔をするカルロス。


 笑っていたミルドは固まり、チラリとローファスを見る。


「おや、カルロス殿にはお伝えしていないので?」


「…」


 心底面倒そうに顔を顰めるローファスに、ミルドは苦笑しつつカルロスに向き直り、流麗なお辞儀をして見せる。


「ご心配なく、カルロス殿。ローファス様の体調が芳しく無い事は聞き及んでおります。本日は無粋な商売の話はナッシング。ローファス様の大事なお身体の静養の為、優雅な海底散歩のプランをご用意しております」


 ミルドは手を天に突き上げると、高らかに指を鳴らした。


 この展開はまた例の潜水艇か、とカルロスは海を見る。


 前回は魔力遮断の術式が施された潜水艇が浮上してきた。


 しかし今回は違う。


 同じ展開、変わり映えのしない事をミルドはしない。


 指の音が鳴り響くと同時、波立つ海上で、透明な膜が剥がれる様に潜水艇が姿を表した。


 カルロスは目を剥いて驚く。


 前回潜水艇に搭載されていたのは魔力遮断のみ。


 発掘された古代遺物(アーティファクト)のオリジナルに備わった機能は、技術的に再現ができないとミルドは言っていた。


 しかし、今目の前にある潜水艇は確かに不可視化していた。


 ミルドは貪欲にギラつかせる目を見開き、両手を広げて叫ぶ。


「限り無く無音に近い静音! 魔力遮断! 不可視化! これが真・潜水艇ポセイドンです! これこそ現代に蘇った古代の遺産!」


 フハハ、と声高らかに笑うミルドを尻目に、ローファスは神妙な面持ちで潜水艇を見据える。


 潜水艇ポセイドンの元となったオリジナルを、ローファスは直に見た訳では無い。


 しかしその詳細な資料をミルドより受け取り、把握している。


 現代とは異なる古代の術式も多く、再現が難しい部分も多かった。


 特に不可化に関しては、そもそも人間では行使出来ない類いの術式が用いられている事もあり、再現は不可能かに思われていた。


 ローファスからの再現性を高めろという難題に対し、この部分がミルドの頭を悩ませた点。


 これにローファスは、一つの解決案を出していた。


 ミルドはそれを、見事に形にしていた。


「まあまあの出来だ。俺の助言は少しは役立ったか?」


「それはもう! 少し所では御座いませんとも!」


 まあまあと評価されながらも、ミルドは食い気味に答える。


 オリジナルの潜水艇に施されていた不可視化の術式は、光の屈折を利用したもの。


 分類上は光属性であるが、その術式は人間の脳では処理出来ない程に複雑。


 ローファスが出した提案は、より単純で代用の効く術式を用いれば良いというもの。


 この提案で潜水艇ポセイドンに取り入れられた術式は、光系統の幻を見せる魔法。


 潜水艇は、厳密には不可視化しているのではなく、周囲の海の光景を幻として投影する形で上書きし、姿を隠している。


 その機能は充分。


 老いにより衰えているとはいえ、カルロスですら一見して見抜けない程の精度である。


「…完成した潜水艇を見せたいとは、少し前からミルドに言われていた。中々来れなかったが、今回丁度時間が出来たのでな」


 何でも無いかの様に言うローファスに、カルロスは溜息を吐く。


「そういう事でしたか…いやしかし、折角の休養だというのに結局仕事ではありませんか。ユスリカが泣きますぞ」


「泣かれてたまるか。これは立派な休養だ。そうだろう、ミルド」


 話を振られたミルドは片膝を突き、その場に跪く。


「勿論ですとも。こちら海底散歩のプログラムになります。良ければご覧下さい、カルロス殿」


 ミルドは懐より無駄に高品質な羊皮紙を取り出すと、カルロスに手渡した。


 カルロスは穴が空く程にプログラムを凝視する。


 内容は義手の点検や海底を背景にランチ、最近発見された海底遺跡巡りといったものが綴られている。


 商業組合の役員との会談や、会議などが無い事を確認し、カルロスは胸を撫で下ろす。


「まあ、これでしたら…」


「カルロス殿のお墨付きを頂いた所で、早速出発致しましょう」


 潜水艇の扉が開き、堤防に橋が掛けられる。


「ではお二人とも、足元にお気を付けて」


 ミルドに促される形で、ローファスとカルロスは橋を渡り、潜水艇へと足を踏み入れる。


 潜水艇は扉が閉まると、音も無く水中へと沈んでいった。

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