間話21# 金髪の妹Ⅱ
ライトレス領の主要都市を一回りする、半日もの汽車の旅は終わりを告げる。
四人が汽車から降りた頃には、日が暮れ、駅のホームは薄暗くなっていた。
吐く息が白く染まる程に凍て付く空気。
しかしステリア領という極寒の地出身であるヴァルムとセラは慣れたもので、寧ろライトレス領の冬は暖かいな、なんて思ったりする。
因みにローファスやレイモンドは、自前の魔法障壁で寒さの大部分をカットしている為、極寒の地ならば兎も角、この程度の気温ならば微塵も寒さを感じない。
ローファスの直ぐ隣にいたセラは、ふと外気とローファスの周囲の温度の違いに気付いた。
「ローファスさんの近く、温かいですね」
ローファスの腕に、手を絡ませる様に身を寄せるセラ。
それをヴァルムは苛立った様子で睨み、感情に呼応する様にばちばちと雷が迸る。
やれやれまたか、とレイモンドが仲裁に入ろうとした所で、ローファスが口を開いた。
「セラに少し話がある。貴様等は席を外せ」
「…なんだと」
ローファスのそんな言葉に、一体どんな話をする気だと髪を逆立てるヴァルム。
「ローファス…! 俺が素直にそれを聞くと——」
言い掛けたヴァルムは、ローファスの目を見て口を閉ざす。
ローファスのその目から何かを察したヴァルムは、その身の魔力を沈める。
「…そうか、分かった。行くぞ、レイモンド」
ヴァルムが素直に身を引き、レイモンドは少し驚いた様に目を丸くする。
「…良いのかい?」
「あぁ」
ローファス、セラの二人に背を向け、足早にその場を離れるヴァルム。
レイモンドはそれに興味深そうに目を細め、ヴァルムの後を追った。
汽車の前にて、二人きりとなったローファスとセラ。
セラは顔を赤らめ、緊張の面持ちでローファスを見上げる。
「あ、あの、話って…」
少し不安に、しかし期待する様な目でローファスを見るセラ。
ローファスは静かに口を開いた。
「セラ…すまないが——俺はお前の気持ちに応える事が出来ん」
「——ぇ、ぁ…」
静かに響くローファスの言葉。
セラは口元を震わせる。
「わ、私の…何が駄目、ですか…」
瞳を揺らしながら、セラは絞り出す様に問い、それにローファスは首を横に振る。
「お前に落ち度は無い。これは俺の問題だ。俺は——お前を“友人の妹”としか見れん」
「…私が、子供っぽいって事ですか」
涙を堪え、拗ねた様にそっぽを向くセラ。
そんな負けん気の強さに、ローファスは思わず微笑む。
「そうは言わん。そもそも子供扱いする程、俺達はそう歳も離れていないだろう。だが子供か大人かという話なら、俺も未だ成人していない」
ローファスは、セラの癖っ毛混じりの金色の髪を優しく撫でる。
「そう沈んだ顔をするな。お前は良い女だ。それは俺が保証する」
「私は良い女、ですか。そっか…ローファスさんが保証してくれるなら、確かですね」
優しく笑うローファスに、セラは涙を拭い、にっとはにかむ。
「ローファスさん…私が成人して、もっと良い女になったら、“友人の妹”ではなく“女”として見てくれますか?」
「…どうかな。その時は、俺も色々と覚悟が必要だ——ヴァルムに殺される覚悟が」
まあただで殺されてやる気はないが、とローファスは笑う。
それにセラは一緒に笑った。
「その時は私も手伝いますよ。一緒に兄上を倒しましょう」
「確かに他でも無いお前の手伝いがあれば、ヴァルムも簡単に倒せそうだな」
笑い合いながら、ローファスは「おや?」と思う。
断った筈だが、これ将来の約束みたいになってないか——と。
この後、セラはヴァルムに、ローファスにフラれたという旨を告げる。
強かにもその後に交わした、婚約紛いの約束は伏せて。
合流したヴァルムは、ローファスに頭を下げた。
「色々とすまなかった。冷静さを欠いていた」
「…あ、あぁ。まあ、貴様も良い加減妹離れをする事だな」
ちょっと微妙そうなローファスの反応にヴァルムは気付かず、ふとセラが遠い位置にいるのを確認して小声で話す。
「話は聞いたが——何故セラをフッた」
「…フラない方が良かったか?」
「いや、そういう訳ではないが…セラはまだ子供だが、見た目は良いだろう。一応、理由を聞いておきたくてな。もしも俺を気遣っての事なら、一生セラに恨まれる」
「散々殺気立って牽制しておいて、何て身勝手な奴だ貴様は…」
ローファスは少し顔を引き攣らせながらも答える。
「セラにも言ったが、“友人の妹”以上に見れない…これでは不満か?」
「確かにそれはセラから聞いた。だが、あの可愛いセラを女として見れないと? 言葉の綾ではなく?」
「ヴァルム、貴様…確かにセラは、俺の目から見ても器量が良いと思う。だがその上で、過度に身内を褒めるのは大概にしろ。流石に気色悪い」
「む…であれば、ローファスはどんな女が好みなんだ? ああ、性格ではなく見た目の話だ」
「…はぁ?」
また急に不躾な事を、とローファスは眉を顰めるが、その視線は一瞬、汽車の方へ向けられた。
その極僅かなローファスの無意識な視線の移動を、ヴァルムの優れた動体視力は見逃さない。
ローファスが一瞬視線を向けた先。
そこには、今正に汽車から荷物を持って降りて来ている黒髪の女中——ユスリカの姿があった。
「——あぁ、成る程」
ヴァルムは返答も聞かず、一人納得する。
ユスリカは、ヴァルムの目から見ても美人であり、しかもそのスタイルも非常に良い。
セラも歳の割には発育の良い方だが、どう足掻いてもあれには勝てない。
そんなユスリカと一つ屋根を共にしているとなれば、ローファスもさぞ美人慣れしている事だろう。
であれば、如何に可愛いとはいえ、セラがただの子供に見えたとしても不思議ではない——いや、寧ろ納得出来るというもの。
セラには最初から勝ち目の無い戦いだったという事か——と、ヴァルムは寧ろ居た堪れない気持ちすら覚える。
「本当に悪かったな、疑って」
「おい、今何をどう結論付けた?」
「気にするな。セラに対する大人の対応、感謝する。付き合わせて悪かったな」
「ん…あ、あぁ…」
怒り狂っていたシスコンは何処へやら。
一転して寧ろ申し訳無さそうな態度すら見せるヴァルム。
それに対するローファスは、何とも歯切れの悪い返答。
それらをレイモンドは、不敵に微笑みながら見ていた。
良いものが見れたと、レイモンドは一人満足気に笑う。
そして、アンネゲルトを連れて来ないのは正解だった、とも思う。
レイモンドの目から見て、ローファスとアンネゲルトは付かず離れずの微妙な関係。
元より魔法に優れた二人、よく魔法談義をするのを見掛ける。
恋愛にこそ発展していないものの、レイモンドの見立てでは二人の性格的相性はかなり良い様に思える。
きっとこの二人は、互いを男女として意識するきっかけがあれば、後の展開は驚く程早いだろう。
レイモンドとしては、ローファスとアンネゲルトの行末を見たいと思う。
もしアンネゲルトがこの場に居たなら、或いはその未来が拗れていたかも知れない。
尤もこれは、ローファスからしてもアンネゲルトからしても大きなお世話であろうが。
「…さあ、そろそろ送ろうか。ここでこの暗さなら、きっとステリア領は完全に日が落ちている頃だ」
レイモンドが指を鳴らし、上空に球体が出現する。
時空の上位精霊——マニフィス。
マニフィスが発動した転移魔法陣が、ヴァルム、セラの二人を包み込む様に展開された。
「む…もうそんな時間か。ローファス、今日はすまなかったな…色々と」
「ろ、ローファスさん! また!」
ヴァルム、セラがそれぞれ別れの言葉を口にし、転移の光と共に姿を消した。
「今日は送迎役、ご苦労だったな」
残されたレイモンドに、ローファスが労いの言葉を掛ける。
それにレイモンドは微笑んだ。
「良いさ。お陰で色々と面白いものが見れた」
「面白いだと…? 全く、貴様は相変わらず良い性格をしている」
「いや、感心したよ。上手くやったものだと」
「あ?」
「ヴァルムの信頼を得つつ、セラとの将来の約束まで取り付けた——中々出来る立ち回りじゃない。器用なものだ」
「貴様、何故知って…!?」
くすくすと笑うレイモンドに、ローファスは顔を引き攣らせ、周囲を見回す。
ついでに魔力探知もするが、当然周囲にそれらしい反応は無い。
「近くに召喚獣は居ない筈…貴様は毎度、どうやって盗み聞きしている…」
「人聞きが悪いな。私は悪戯好きな妖精と仲良しなだけさ」
御伽噺や絵本に出てくる、所謂羽の生えた小人の姿をした生物——妖精。
空想生物とも、かつて存在した絶滅種とも言われている。
そんな単語を出したレイモンドに、ローファスは眉を顰める。
「妖精——何かしらの魔法の隠喩か? それとも隠密性に長けた召喚獣でもいるのか?」
ローファスの何とも現実的な解釈に、レイモンドは呆れた様に肩を竦めた。
「…前から思っていたが、君にはロマンチズムが欠けている」
言いながら、レイモンドはちらりと空を見る。
日没も間近の曇り空を眺めながら、レイモンドは意味あり気に微笑む。
「ローファス…君は、人以外にもモテるらしいね。可愛い女の子がこちらを見ているよ」
「は?」
突然訳の分からない事を口走りだしたレイモンドに、ローファスは露骨に顔を顰める。
「何を不気味な事を…まさか、盗み聞きの件を煙に巻く気ではないだろうな?」
「いや、これは…どちらかというとヴァルムの方かな?」
「貴様…先程から何を言っている」
「おっと、こんな時間だ。ではローファス。また近いうちに」
「は!? おい待て、まだ話は——」
伸ばされたローファスの手は、虚しくも空を掴む。
レイモンドは意味あり気な言葉を残し、早々に転移の光に包まれて姿を消した。
ローファスは僅かに拳を握り締め、溜息混じりにふと空を眺める。
レイモンドが見ていた空を。
何の変哲も無い曇り空。
やはりレイモンドが言っていたのはデタラメか、或いは煙に巻く為の方便かとローファスは肩を竦める。
「ローファス様。馬車の準備が出来ました…皆様はもうお帰りに?」
帰る準備を終えたユスリカに、ローファスは「あぁ」と振り返る。
その時ふと冷たい風が吹き、ローファスの頬を撫でた。
キラキラとした白く輝く光の粒子を、ローファスは幻視する。
何処か懐かしい感覚。
ローファスが目を丸くしていると、ユスリカが空を見ながら口を開く。
「——雪、ですね」
「雪…か」
空より舞い落ちる粉雪。
少しだけ切ない気分になったローファスは、ふとユスリカの腰に手を伸ばして抱き寄せる。
「ろ、ローファス様…?」
「少し冷える。障壁の中にいろ」
困惑するユスリカに、ローファスの口調は淡々としたもの。
冷え切ったユスリカの身体を、ローファスの身に纏う魔法障壁が包み込む。
冷たい外気が弾かれ、ローファスの温もりがユスリカを包んだ。
「…私には治癒魔法があるので、風邪は引きませんよ」
「そうか。便利なものだな」
言いながらも、ローファスはユスリカを離さない。
「屋敷に帰ったら、温かいコーヒーを頼む。今度は甘くないものをな」
「成る程…これはその為のご機嫌取りですか」
「…かもな」
少し意地悪っぽく言うユスリカに、ローファスは苦笑する。
しんしんと雪の降る中、寄り添い一つとなった影が、馬車へと続いていた。




