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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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間話20# 金髪の妹

 それはローファスが空賊|《緋の風》と共に天空都市へ向かう、少し前の出来事。


 季節は冬。


 夕暮れ時の寒空の下を、煙を上げながら汽車が走る。


 ライトレス領の広大な平原に敷かれた線路の上を、石炭を喰らいながら走る鉄の蛇。


 今後ライトレス領の経済を発展させる立役者。


 レイモンドの協力もあり、短期間で実用化に至った汽車。


 基本的には商人の積荷の運搬が主な運用であり、汽車の車両の殆どは貨物専用。


 しかし、貨物車両の並ぶ中で一車両のみ、高価な装飾の施された客席用の車両が存在する。


 それはライトレス家の要人、或いは商業組合の上役が乗る為に作られた専用車両。


 汽車の初運行時より、ライトレス領の有力者や、一部富裕層から、その物珍しさから是非乗ってみたいという要望が山の如くライトレス家に寄せられた。


 これをローファスは、商業組合取締役のミルドに丸投げした。


 その結果、その展開を事前に想定していたミルドは、待ってましたとばかりに大量の前売りチケットを売り出し、即日完売。


 今では汽車は、一年先まで予約で一杯の人気産業の一つと化している。


 これにより汽車のチケットはプレミアム化して高額で取引される様になり、それも経済を回す助けとなっている。


 汽車に乗りたいという要望が余りにも多く寄せられる事から、ローファスが汽車の本数を増やすかと検討するも、そこにミルドが待ったを掛ける。


“将来的に数を増やすのは私も賛成、というよりは寧ろ必須です。しかし暫しお待ちを。もう少し富裕層から搾り取れそうです。車両を増やして一般化するのはライトレス領全体の経済が潤い、領民一人一人が使える金銭の幅が広がったタイミングでも遅くはありません”


 というのがミルドの談。


 そんな背景もあり、今はまだ需要に対して供給が追い付いていない状況。


 基本的に汽車の席は一年先まで予約で満席の為、乗りたいといって乗れる程甘くはない。


 しかし、そんなプレミアム化した汽車の客席車両に、チケット無し、待ち時間無しで乗る事が出来る存在がいる。


 それは他でも無い——ライトレス家、それも本家の人間と、その客人である。



 客席の窓際に座り、凄まじい速度で過ぎ去る小麦色と化した草原を頬杖を付いて眺めているのは、ライトレス領への汽車設置の発案者であるローファスであった。


 その向かいに座るのは二名の少年——レイモンドとヴァルム。


 そしてローファスの隣には、癖っ毛混じりの金髪の少女——ヴァルムの妹であるセラが座っていた。


 ヴァルム経由でライトレス領に汽車が設置された事を聞いたセラは、以前より乗ってみたいと溢していた。


 それを知ったローファスは、何とも軽い調子で了承し、此度の集まりが開かれた。


 問題となるのはヴァルムとセラの移動方法だが、事情を何処からか聞きつけてやってきたレイモンドが頼んでもいないのに協力を申し出た。


 ヴァルムとセラは、レイモンドの召喚獣——時空の上位精霊マニフィスの転移魔法によりこの場にいる。


 故に此度の集まりにオーガスとアンネゲルトはおらず、ローファス、ヴァルム、セラ、レイモンドの四名のみである。


 見渡す限りの草原を、駆け抜ける汽車。


 セラは目をキラキラとさせながら、身を乗り出す様に窓から見える景色を眺めていた。


 その姿勢から必然的にローファスと密着する形となり、それを向かいに座るヴァルムは凝視していた。


「…セラ。外が見たいなら席を代わるが? 俺は見慣れているしな」


 そう提案したのは、セラを気遣ったローファスである。


 しかしセラは首を横に振る。


「大丈夫です! ここからでも充分見えますので! …その、ローファスさんが迷惑でなければですが」


「そうか…」


 至近距離でそんなやり取りをする二人を、ヴァルムは真顔で見ていた。


 ヴァルムの視線には、殺気にも似た圧力がある。


 そんな三者の様子を一人楽しげに眺めるレイモンド。


 ヴァルムの妹が汽車に乗りたいと言っている——その話を知った時に思った、きっと面白いものが見れるだろうと。


 その予感は正しかったと一人傍観を決め込むレイモンド。


「…随分と楽しそうだな」


 そんな思惑を見抜いたローファスが、苛立ち混じりにレイモンドを睨む。


 レイモンドは芝居がかった仕草で肩を竦めて見せた。


「いや? 可憐なお嬢さんとローファス…随分とお似合いだと思ってね。そうは思わないかい——ヴァルム」


「あ?」


 殺すぞ、とでも言いかねない目でレイモンドを睨むヴァルム。


 セラはそれに気付かず、「そそそ、そんな…お似合いだなんて…」と顔を茹蛸の如く朱に染めている。


「…満更でも無さそうだな、ローファス。セラを相手にそういう気は無いと言っていなかったか?」


「ヴァルム…貴様はセラの事となると、随分と目が曇るらしいな」


 もう我慢ならぬと口火を切るヴァルムに、ローファスはうんざりした様に溜息を吐く。


 そんなヴァルムの様子に、セラは眉を顰めた。


「どうしたの兄上、すごい目つき…寝不足?」


 最早煽りにしか聞こえないセラの言葉に、ヴァルムは眉をぴくつかせる。


「セラ…ローファスに対して距離が近過ぎるぞ。そういうの(・・・・・)はお前にはまだ早い」


「…? 早いか遅いかは兄上が決める事じゃないでしょ?」


「何を聞き分けの無い事を。こんな事、父上が知ったら…」


「父上は応援してくれたけど。寧ろローファスさんに会いたいって」


「父上!?」


 あの厳格な父上が!? とヴァルムは驚愕する。


 というか、応援ってなんだ。


 まさかローファスとの仲を応援しているとでもいうのか、とヴァルムは戦慄した様に肩を震わせる。


 ヴァルムはくわっとローファスを見た。


 お前はセラに対してそんな気は無いと言っていたよな、と。


「ローファス! お前からも何か言ってやれ!」


「ローファスさん! 兄上は過干渉なんです!」


 ヴァルムとセラの両方に詰められたローファスは、気軽に今回の集まりを開いた事を後悔しつつ、うんざりした様に口を開く。


「…兄妹喧嘩は他所でやれ。他にも客はいる」


 ローファスに冷ややかな目を向けられ、ヴァルムとセラは押し黙った。


 客席車両には、ローファス達の他にも席を隔てて何組もの客がいる。


 皆一様に身なりが良く、ライトレス領の富裕層である。


 他でも無いローファスの連れという事もあり、文句を言われたり注意される事は無いが、それでも騒げば目を引くというもの。


 やや気まずい沈黙が流れ、レイモンドが気遣う様に口を開く。


「ヴァルム、少し喉が渇いた。付き合ってくれるね?」


「——!? 何故俺が…」


「少し頭を冷やした方が良い。それは君自身がよく理解しているだろう」


 レイモンドはスッと席を立つと、ヴァルムを引きずる様に連れて行く。


 そちら(・・・)は君が宥めなよ、そうローファスに対して目配せをすると、レイモンドはヴァルムを連れて客席車両から離れた。


 二人きりになり、セラはしゅんとした様に肩を落とす。


「ごめんなさい、ローファスさん…折角招待してくれたのに、騒いじゃって」


 ローファスは気にするな、と肩を竦める。


「そう気に病むな。事の発端はヴァルムだろう」


「…兄は、心配し過ぎなんです。私はもう子供じゃありません」


「妹想いの良い兄ではないか」


 ククッと喉を鳴らして笑うローファスに、セラは少し照れ臭そうに目を逸らす。


「そ、そう言えば、ローファスさんにも弟さんがいるんでしたっけ」


「……あぁ。お前と同い年のな」


「ローファスさんも、良いお兄さんですよ。凄く優しいですし」


 無邪気にはにかむセラ。


 ローファスは微笑み返そうとするがそれが出来ず、やや複雑な面持ちで窓の景色に視線を移す。


 そんなローファスの様子に、セラは小首を傾げる。


「…ローファスさん?」


「良い兄、か。期待に添えず悪いが、それは俺には当て嵌まらん言葉だ。弟とは、もう何年も口を聞いていない」


「え…」


 ローファスの思いがけぬ言葉に、セラは驚いた様に目を見開く。


「ごめんなさい…仲、悪いんですか…?」


「気にするな。仲は…どうだろうな。まあ良くはないだろう」


「そう、なんですね…」


 ローファスの深くは語ろうとしない様子から、相当な事情があるのだろうとセラは察する。


 上辺の慰め、きっとそんなものをローファスは望んではいない。


 しかし——普段の自信満々な様子とは掛け離れたローファスの姿に、セラは居ても立っても居られず、口を開く。


「…ローファスさんは、良いお兄さんです」


 セラの言葉に、ローファスは眉を顰める。


 しかしセラは、構わず話を続ける。


「もう二年も前の話になりますが…ある日、父と兄が捕まって、家族みんなで身を隠す事になりました。父はギランの恨みを買っていましたし、もし見つかれば、タダでは済まなかったと思います」


 セラは思い出す様に、僅かに肩を震わせる。


「今でも鮮明に覚えています。あの夜は寒くて、恐くて、心配で、不安で——そんな時に、貴方が現れたんです」


 ローファスの手を、セラはそっと触れる。


「あの時の私は、凄く失礼な事を言ったと思います。不安で一杯で、誰かの所為にしないとやってられなくて…ローファスさんに当たっちゃいました——覚えていますか?」


「あ、あぁ」


 セラに見つめられ、ローファスは頷く。


「…そんな私を、ローファスさんは怒りませんでした。優しく頭を撫でてくれて、兄が負ける筈が無いって、励ましてくれたんです。その時のローファスさんの手は冷たかったけど…凄く、温かくて——」


 セラははにかみ、言葉を続けた。


「誰が何と言おうと、ローファスさんは優しいお兄さんです。それはこの私が保証します」


 自信満々に胸を叩くセラ。


 ローファスは呆気に取られた様に目を丸くし、そして終いには吹き出した。


 ローファスは顔を手で覆い隠し、肩を震わせながらくつくつと笑う。


 セラは妙に気恥ずかしくなり、みるみるうちに顔を赤く染めていく。


「な、何で笑うんですか…」


「くくく、いや…お前が保証してくれるなら確かだと思ってな」


 尚も笑うローファスに、セラは頰を染めつつ拗ねた様にそっぽを向く。


「むー…ローファスさん、私の事からかってるでしょ」


「そんな事は無い。お陰で笑わせてもら——」


 ローファスが言い掛けた所で、車両が大きく揺れた。


 キーッと鳴り響く甲高いブレーキ音。


 突然の事にセラは姿勢を崩して、前に倒れ込む。


 それをローファスは、咄嗟に手を伸ばしてセラの身体を支えた。


「大丈夫か。怪我は——」


「あ、ありがとうございます…ローファスさ——」


 ふと、ローファスとセラは気付く。


 セラを支えるローファスの手が、胸元の膨らみに触れている事に。


「…む、すまん」


 即座に手を離そうとするローファス。


 しかしセラはその手を、まるで逃さぬ様にがしっと胸元に掴みホールドした。


「お、おい…?」


 セラの行動の意味が分からず、ただただ困惑するローファス。


 胸元より直接に伝わる、バクバクと脈打つ心音。


 セラは顔を真っ赤に染めながら、意を決した様にローファスを見た。


「迷惑かも知れませんが、私…ローファスさんの事——」


 遂に口にされるセラの気持ち。


 ローファスは何処か緊張した面持ちでその言葉を聞く。


 そんな折——男二人が戻って来た。


「いやぁ、凄い揺れだったね。大丈夫だったかい、ローファ——おや…」


 抱き合う様な姿勢にあるローファスとセラを目の当たりにしたレイモンドは、少し驚いた様に目を見開くと、悩まし気に肩を竦める。


「ローファス…そういう(・・・・)つもりで二人にした訳ではないのだけれどね」


「違う。勘違いするな」


 呆れ顔のレイモンドに、ローファスは直ぐにセラから手を離す。


 レイモンドの背後より、ばちばちと金色の雷が迸る。


 今にも襲い掛かりかねない雰囲気のヴァルムが、ローファスを睥睨していた。


「…おい」


 地獄の底より響く様な声が、ヴァルムの口より発せられる。


 ヴァルムは親指を突き出し、停車した汽車の外を指し示す。


「分かっているな、ローファス…表へ出ろ」


「待て違う。ヴァルム、冷静に——」


「俺は冷静だ。冷静に、妹の胸を弄るお前の姿を見た。つまりお前は、死ぬ覚悟があるという事だ」


「冷静になれ!」


 臨戦態勢のヴァルムに、それをどうにか宥めようとするローファス。


 やれやれと溜息を吐くレイモンドに、一人冷静になり羞恥から「うー…」と顔を隠して蹲るセラ。


 しかも、その騒動は何人もの客に目撃されている。


 場は混迷を極め、正しく修羅場。


 そんな中、レイモンドとヴァルムの後ろの通路よりガタンという音が響く。


 そこには、ティーワゴンを押す黒髪の女中——ユスリカが笑顔で立っていた。


「線路内に猪が飛び出して来たらしく、急停車したそうです。間も無く運転を再開するとの事ですが、皆様お怪我はありませんか?」


「……いや、大丈夫だ」


 皆が一様に顔を見合わせ、ローファスが代表して答える。


「それは何よりでございます。時に、レイモンド様の要望で飲み物をお持ち致しましたが——これは何の騒ぎで?」


 笑顔で首を傾げるユスリカ。


 顔は笑顔だが、言い表せない圧力を発している。


 その雰囲気に押され、自然とヴァルムは雷の魔力を沈めた。


「他のお客様のご迷惑になりますので、ご着席を」


 ヴァルムは大人しく座った。


 レイモンドは興味深そうにユスリカを見、ヴァルムに習う様に座る。


 簡易的なテーブルが出され、四人それぞれにユスリカが飲み物を配った。


 ローファスにはどす黒いコーヒーを、それ以外の三名——レイモンド、ヴァルム、セラにはミルクとハチミツがたっぷりのカフェオレを。


「それを飲んで、少しリラックスされますよう願います。あまり騒がれますと、ライトレス家の評判にも響きますので」


 ユスリカは笑顔ながら、ローファスを見るその目はやや刺々しい。


「…手間を掛けたな」


 騒ぎを収めたユスリカに労いの言葉を掛けつつ、ローファスはコーヒーを口に含み——顔を顰める。


 コーヒーは、恐ろしく甘ったるかった。


 ローファスは思わずユスリカを見る。


 ユスリカは笑顔のまま小首を傾げた。


「なにか」


「…いや」


 己の脇の“甘さ”を噛み締めろ——そう言われているような気がしたローファスは、甘んじてコーヒーを呷った。


 そんなローファスとユスリカのやり取りを見たレイモンドは思った。


 まさかあのローファスが尻に敷かれているとは、と。

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― 新着の感想 ―
あのローファスに行動だけで伝えて忠告し受け入れさせるユスリカさんマジかっけぇ!
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