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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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間話17# 白髪の騎士Ⅱ

 時はローファスが魔法学園への入学直前。


 ライトレス領を発つ前夜。


 ローファスは暗闇の空間で一人、瞑想をしていた。


 場所はライトレス家の修練場。


 祖父である《暗き死神》ライナスとの決闘で半壊したのはつい一週間前の話。


 決闘の余波で岩山ごと消し飛んだ修練場であったが、修復機能の術式から元の形状を読み取り、ライナス、ルーデンス、ローファスの三代共同で建て直していた。


 立て直しついでに古い術式を見直し、より頑丈に、より高い修復力を付与され、修練場は生まれ変わった。


 中級魔法ですら傷一つ付かない術式コーティングが床壁天井全面に施され、仮に破損しても即座に高速修復。


 ライトレスの傑物三名が共同で造り直したこの修練場は、後ろ五百年は安泰と言えるだろう。


 いよいよ《物語》が始まる。


 ライナスとの決闘での魔人化(ハイエンド)の習得、それと同時の《神》への至り。


 《神》へと至り、ローファスはこれまで見えなかったもの、分からなかった事が理解出来る様になった。


 それは即ち、悟りの開き。


 知らなかった訳では無い、理解していなかっただけ。


 全てはそこに、初めからあった。


 そして、如何に今の自身が力不足であるかも識った。


 どれだけ魔力が多くとも、魔法に優れていようとも、ローファスが一人の人間である事に変わりはない。


 一人で出来る事など高が知れており、当然全てをどうにかする事など出来はしない。


 その上自身の敵が誰なのかも、未だ定まっていない。


 《闇の神》なのか、それとも六神なのか。


 いずれにせよ、自分は所詮ただの一人の人間であり、目覚めたばかりの一柱の《神》。


 そんなもの、勝てる筈も無い戦いである。


 人間同士の力の強弱など些細な話。


 正しくどんぐりの背比べ。


 どれだけ大きなどんぐりが転がっていようと、そこに聳える大樹を相手に何ができる。


 大樹はどんぐりを敵とすら認識しない。


 力のレベルが違い過ぎる。


 自分は今、多少大きめのどんぐりに芽が生えた程度の存在。


 ならば、勝利を納めるにはどうしたら良いのか。


 理不尽にも害そうとしてくる《神》を相手に。


 芽が生えたばかりのどんぐりが、大樹に勝利する為のプラン。


 今後、自分に出来る事は——


 ローファスがそこまで思考した所で、修練場の壁に灯る炎の色が変化する。


 暗黒色から、鈍く燻んだ灰色に。


 壁掛けの炎の色が変わったという事は、誰かが修練場内に入って来たという事。


 この不快な色合い——誰が来たのか、ローファスは直ぐに分かった。


 ローファスは入り口を一瞥すらせず、不快そうに眉を顰めた。



 男の目に映る世界の全ては、灰色だった。


 ヴェルメイを追われ、強者を求めて王国を旅し、行き着いたのはライトレス家。


 そこで男は、更なる力を得た。


 その機会をくれたライトレス家、ひいてはルーデンスに対して恩義がある、忠義もある。


 決して嘘では無いが、それでも男の世界の色は変わらない。


 何の色も無い。


 そんな灰色の世界で、男は見つけた——拠り所を。


 絶対強者。


 他の追随を許さぬ圧倒的魔力と、それ以上に深く暗い——深淵。


 闇に染まったライトレス領の空に君臨する()は、正しく世界の闇を統べる神。


 暗黒そのもの、夜の化身。


 自分ではどうする事も出来ない強者。


 この世界が自分の玩具箱ではないと教えてくれた尊き存在。


 この世界は、他でもない、()の玩具箱だったのだ。


 彼が望むままに壊し、彼が望むままに造る。


 初めて暗黒そのものとなった()を見た時、確信した。


 自分は、絶対強者たるこのお方に仕える為に生まれて来たのだと。

 


 だから、彼の次期当主就任が決定したとの報を受け、アルバは歓喜した。


 暗黒騎士筆頭は、代々当主の側近を務めるもの。


 念願が叶う、悲願が成就する。


 彼の側に侍り、直接仕える事が出来る。


 いても立ってもいられなくなったアルバは、気付けば彼——ローファスの下へ訪れていた。


 先の決闘の折に倒壊し、再建築された修練場にローファスは居た。


 瞑想の邪魔になると分かってはいたが、それでもアルバは声を掛けずにはいられなかった。


「次期当主就任、誠におめでとうございます」


 闇の中、ローファスからの返答は無い。


 抜き身の刃の如く研ぎ澄まされた魔力。


 まるで大鎌が首筋に添えられているかの様な怖気。


 対峙するだけで分かる。


 既にここは、ローファスの掌の上。


 今、己の命はローファスに握られている。


 生きるも死ぬも、ローファスの気分次第。


 素晴らしい、とアルバは打ち震えた。


 無視されてもいつまでも動かずにその場に居るアルバに折れたのか、ローファスは億劫そうに口を開く。


「…瞑想の邪魔だ」


 ローファスの返答は冷たく淡白なもの。


 しかしアルバは退かない。


 ローファスに仕える事が出来るという昂りが、足をその場に止まらせた。


「若様…学園卒業後、当主へ就任された暁には——」


 退く事もせず、嬉々として未来の事を語り始めたアルバ。


 しかし直後、アルバはその場から吹き飛んだ。


 目にも止まらぬ速度で飛来した暗黒球(ダークボール)がアルバを捉え、その身を修練場の壁にめり込ませた。


 舞い上がる土煙の中で、アルバは何事も無かったかのようにむくりと起き上がる。


 ローファスは呆れに近い目を向けていた。


「…相変わらず癪に障る奴だ。ノーガードで避けもしない」


 ローファスは以前、ローグベルトでも同様にアルバに魔法を放った事があった。


 当時はそれなりに手加減していたが、今回は情け容赦の無い本気の一撃だった。


 にも関わらず、アルバは以前と同様に起き上がった。


 魔法障壁も使わず、防御姿勢も取らず、避ける素振りすら無し。


 中級魔法ですら傷付かない程に強度が高められた壁が、めり込む程の破壊力。


 暗黒球(ダークボール)——下級魔法とはいえ、ローファスによりふんだんに魔力を注がれた加減無しの魔法。


 その直撃を受け、一部弾け飛んだ甲冑より鍛え上げられた腹筋を覗かせながら、アルバは平然としている。


 流石に無傷とはいえず、アルバの腹部には痛々しい裂傷が見て取れる。


 しかしまともな人間が受けていたなら、上半身が跡形も無く吹き飛んでいる所。


 どれだけ頑丈なんだとローファスはドン引きする。


「お見事です。下級魔法を、よくぞここまで…」


「見え透いた世辞だ。貴様からすれば、俺の魔法は避ける価値も無いという事か」


「とんでもない。防げ、避けろなどのご命令が無かったからです」


「だから無抵抗に受けたと? ならば貴様は、俺が死ねと言ったら死ぬのか?」


 ローファスからの意地悪な問い。


 それにアルバは、考える素振りすら見せず間髪入れずに答える。


「は、ご命令とあらば」


「…」


 迷いの無い、盲目的なアルバの返答。


 ローファスはそれが、ただただ不快であった。


 見上げた忠誠心——しかしその中身が、ローファスには見えない。


 ローファスはアルバに対して、出会った頃よりある種の苦手意識を覚えていた。


 実力ある有能な人材、それは疑いようのない事実。


 しかしアルバからは、大凡人間らしい感情が読み取れない。


 その言動、仕草、行動の全てが嘘くさい。


 まるで獣が、見様見真似に人間のフリをしているかの様。


 そんな中身の見えない獣が、盲目的に忠誠を示してくる——こんなもの、不気味に感じて当然の事。


「…分からんのだ。貴様は一体、何を考えてライトレス家に仕えている」


「暗黒騎士がライトレス家に忠義を尽くすのは当然の事」


「そんな事を聞いているのではない」


 悩まし気に溜息を吐くと、ローファスはその場に立ち、平伏の姿勢を取るアルバを見下ろす。


「今一度聞く。アルバ、貴様は一体何を考えている? 何が目的でこの俺にすり寄る?」


「私はただ、若様のお側にお仕えしたく」


「だから、何故俺の側近になりたいのかを聞いている。目的と手段の話だ。俺の側近になり、何をする気だ——アルバ・ロト・ヴェルメイ」


 アルバは静かにローファスを見上げる。


「それこそが目的なのです。貴方様のお側に侍る事、それが目的であり、それ以上の事を私は望みません」


 真っ直ぐな目でローファスを見つめ、答えるアルバ。


 その瞳に、ローファスは寒気を覚えた。


 アルバの灰色の瞳には、何も映っていない。


 仕えたいというローファスすら、その瞳には映っていない。


 一切の感情を読み取れず、何処までも無機質で不気味。


 後から裏切ります、背を刺す腹積りですと言ってくれた方がまだ親しみを感じられるだろう。


 理解出来ないもの、分からないものへの畏れ——それが、ローファスがアルバに対して抱いていたもの。


 故にローファスが取る行動は、一つ——


「…貴様の主張は分かった。だが、一つ懸念がある」


「懸念…」


「貴様は本当に、俺の横に立つ資格があるのか? 知っているぞ。なんでも貴様、父上から《天魔》などという大仰な二つ名を与えられているらしいな。“魔の(いただき)”——貴様、本当にそれ程の力があるのか?」


「そんな…偉大なる若様と比べれば、私如きの力など矮小な小石に過ぎません」


「…成る程、小石程度の実力で、この俺の横に侍ろうというのか。随分と下に見られたものだ」


「な——ち、違います! そういう意味では…」


「何も違わん、貴様が言っているのはそういう事だ。だが、異を唱えるというならば示して見せろ——俺の横に立つに足る力があるという事を」


 化けの皮を手ずから剥いでやろうと、ローファスは威圧する。


 ローファスより発せられた高密度の魔力波。


 高濃度の暗黒の魔力は大気を軋ませ、重圧としてアルバにのし掛かる。


 地に縫い付けられたアルバを見下しながら、ローファスは両手を広げて宣言する。


「無礼講だ。罪には問わん。この俺に一撃入れて見せろ。然すれば俺の側に侍る事を認めてやろう。それすら出来ん程度の雑魚など、俺の部下には不要だ」


 至近距離でローファスの魔力圧を受け、潰れそうな程の重圧の中、アルバは顔を上げる。


 その顔は普段の無表情が崩れ、口元が緩み、何処か——恍惚な表情を浮かべていた。


「…手合わせがお望みであれば、是非もありません。では僭越ながら、胸をお借り致します——ローファス様」


 直後、アルバの姿がブレて消え、次の瞬間には暗黒で作り出した剣をローファスに向けて振り下ろしていた。


 近接魔法——暗黒剣(ダークソード)


 魔法剣(マジックソード)は広く知れ渡った基本攻撃魔法の一つであるが、アルバが行使すれば如何なる敵も一刀の元に葬る最強クラスの魔法となる。


 しかし振るわれた暗黒の刃は、ローファスに届く前に静止した。


 ローファスが常時展開している馬鹿げた耐久力を誇る魔法障壁により防がれていた。


 アルバの顔を見たローファスは、露骨に眉を顰めた。


「随分と気色悪い顔になったな…まるで獣だ」


「他でも無い、貴方様がこう(・・)させたのです…責任を取って頂きたい」


「そんな台詞、男に言われても嬉しくないな…」


 暗黒の魔力が弾け、距離を取る両者。


 ライトレスの麒麟児の大鎌と、暗黒騎士筆頭|《天魔》の剣の刃が、ここに交わる。



 ローファスの周囲を、実体の無い影が縦横無尽に駆け抜ける。


 目にも止まらぬ速度、まるで宙を蹴る様な三次元的動き。


 それはローファスが初めて目にする移動法。


 未知の魔法か、或いは既存の魔法を上手く使ってこの動きを成立させているのか。


 ローファスであれば、大抵の魔法は見るだけで術式を読み解く事が出来る。


 しかしアルバのその身を影に変化させたかの様な高速移動は、動きが速過ぎて術式を追えない。


 アルバが通った影の軌跡から、無数の暗黒魔法が雨霰の如くローファスの下へ飛来する。


 しかしその全ては分厚い魔法障壁により防がれ、ローファスは無傷。


 一撃を入れる、それがアルバの勝利条件。


 然れどアルバが繰り出す攻撃は、悉くがローファスに届かない。


 ローファスの魔法障壁は分厚く堅牢、その上形状も独特。


 魔法使いが用いる魔法障壁は通常、一枚の魔力の膜が展開される。


 魔法使いの技量次第で障壁の膜は分厚く、それに応じてその強度は上がる。


 しかしローファスの魔法障壁は全くの別物。


 正六角形の魔力の板が無数に重なり、連なり合い、互いの強度を底上げする様に障壁が形成されている。


 連なり合う六角形——それはまるで、蜂の巣の様にも見える。


 魔力で構成された六角形の板一枚一枚が下手な防護魔法よりも高い防御力を誇る上、それをローファスは無数に重ね、常時展開している。


 当然、魔力消費も莫大。


 膨大な魔力を持つローファスらからこそ出来る魔法障壁といえるだろう。


 ここまで堅牢な障壁となると、半端な魔法ではどれだけ打とうと傷一つ付けられない。


 アルバは痺れを切らしたかの様にローファスの前に躍り出ると、暗黒の剣で直接切り付けた。


 しかしその刃すら、ローファスの障壁を抜く事は出来ない。


 その刃はローファスの眼前で止まり、遠く後ろの壁には斬撃の余波により一筋の斬痕が刻まれた。


「困りましたね…それなりに力を入れたのですが、これでも突破出来ないとは」


「その口振り…まだ本気ではないという事か。ならばさっさと全力を出せ。この程度の力では夜が明けるぞ。そして俺の気は、そこまで長くない」


「この障壁——六角障壁(ビーハイブ)とでも呼びましょうか。ローグベルトでの一件以降から用いられていますね。報告書にあった例の鯨の魔物(・・・・)との戦闘でインスピレーションを得られたので?」


「…世間話が望みか? 戦闘を終えるというならば黙して立ち去れ」


「まさかそんな…折角若様の方からお誘い下さったというのに、これだけで終わるのは——勿体無い(・・・・)


 口元を歪ませながら、アルバは己の影に暗黒剣(ダークソード)を突き刺す。


 直後、ローファスの背後より暗黒が滲み出し、暗黒の刃が突き出る様に現れた。


 障壁内部からの暗黒剣(ダークソード)の出現。


 転移魔法影渡り(シャドウムーヴ)による遠隔攻撃。


 完璧かに思われた奇襲だったが、しかしその暗黒の刃はローファスに触れる前に静止する。


 障壁内部に隙間無く満たされた高密度の魔力が、迫る刃を阻んでいた。


 呆気なく防がれ、アルバは目を丸くする。


「——なんと…」


「…障壁が壊せないなら内側から、か。妥当な攻めだ。俺でもそうする。無論、その弱点を放置する程俺は愚かではない」


「素晴らしい、そうでなくては…!」


 飢えた獣の如く口元を歪ませ、アルバは笑う。


 そして両手にそれぞれ暗黒剣(ダークソード)を生み出し、凄まじい連撃をローファスに対して浴びせ掛ける。


 障壁に弾かれた余波が斬撃と化して周囲に飛散し、修練場の壁や床に無数の斬痕を刻む。


 中級魔法では傷一つ付かない筈の修練場——即ち、一振り一振りが上級魔法相当の威力を持つという事。


 度を越した威力の連撃を受け続けた障壁は、衝撃を逃す事が出来ずに軋みを上げ始め、遂には亀裂が入った。


 アルバはすかさずその亀裂に暗黒剣(ダークソード)の切先を突き立て、力任せに障壁を貫く。


 迫る剣尖を、ローファスは頭を傾けて紙一重で躱した。


「流石です若様! よくぞお避けになられました!」


 くはっと笑いながら称賛の声を上げるアルバ。


 まるで戦闘が続く事に歓喜するかの様に。


 事実、頰に擦りでもしていれば一撃を入れたと看做され、アルバの勝利であったろう。


 ローファスは冷めた目で暗黒鎌(ダークサイス)を振るい、暗黒剣(ダークソード)を弾く。


 その間に、亀裂が入った魔法障壁は修復された。


「…この障壁(・・・・)が、正攻法で崩されたのは、今ので二度目だ」


 ぽつりと呟くローファスに、アルバは眉を顰める。


「なんと…私以外にこの障壁を破った者が…? それは一体…」


「初代の使い魔——」


 それはかつて、《初代の墳墓》に侵入したリルカを助けた際に交戦した、ボロ布を纏った使い魔。


 《初代の墳墓》第四層——当時上級魔法を詠唱破棄で扱える程に卓越した魔法技術を有していたリルカですら手も足も出なかった、上級ダンジョンを凌駕する難度。


 しかし《初代の墳墓》の存在はライトレス家の直系のみに伝えられている。


 暗黒騎士筆頭であるアルバといえど、その存在は知らない。


「使い魔、初代の…ですか」


 困惑するアルバに、ローファスは構わず話す。


「——そいつは、俺の障壁を一撃で破壊して見せたぞ」


「…!?」


「そんな奴でも、俺からすれば雑魚だった——それで?」


 ローファスより発せられた、怒りにも似た魔力波がアルバを襲う。


 アルバの頰を伝う冷や汗。


 ローファスは気怠げに言葉を続ける。


「薄っぺらい障壁一枚破った程度で、何をはしゃいでいる。その為体で何がライトレス最強の騎士だ、何が《天魔》だ——巫山戯るのも大概にしろ。いつまで遊んでいる。良い加減、本気でやれ」


 ローファスの言葉を受けたアルバはスッと表情を消し、構えを解いて一礼して見せた。


「誠に僭越ながら、本気でとなると…修練場が壊れてしまいます」


修練場(ここ)の心配をしていたのか? あれだけ獣じみた顔ではしゃいでおいて、変な所で常識的だな…」


 ならば、とローファスは指を鳴らす。


 ローファスの影が広がり、修練場全域を呑み込んだ。


 暗黒に包まれ、周囲の情景が変化する。


 暗黒の夜空には三日月が淡く輝き、見渡す限りの荒野が広がる。


 アルバはギョッと目を見開く。


 そこは、明らかに先程まで居た修練場とは違う。


 転移魔法に巻き込まれた感覚も無かった。


 頬を撫でる冷たい風、荒野特有の乾いた土の匂い——これは紛う事無き現実、幻覚の類ではない。


「若様、これは一体…」


「結界魔法の発展…とも違うか。説明が難しいが…ここは俺の領域——俺の世界(・・・・)だ」


「若様の、世界?」


「難しく考える必要は無い。この世界(ここ)でならば、どれだけ暴れてもライトレス領に被害が出る事は無い。どれだけ魔力を荒立てようと、父上に察知される事もない」


「…!」


 本気を出しても被害は出ない、力を制限する必要は無い。


 そう伝えられ、アルバは呆然とローファスを見る。


 ローファスの手には、いつの間にか漆黒の鎌——《命を刈り取る農夫の鎌》が握られていた。


 その漆黒の刃が、アルバに向けられる。


命令(・・)だ、避けずに凌げ。それが無理なら——そのまま死ね」


 振り下ろされる刃。


 無慈悲な死の風が、吹き抜けた。

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