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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
六章 EP・エリクス

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139# 《竜駆り》と《剣帝》

 粉雪が舞う空にて、金色の雷と翡翠の斬撃が激突する。


 空軍の軍人であり空での戦闘を得意とするスイレンと、愛竜フリューゲルと共に空を駆けて来た竜騎士ヴァルム。


 スイレンとヴァルム——共に武力における実力は互角。


 にも関わらず、地上でヴァルムが一方的にやられていたのは、スイレンの傷を負っても即座に修復するという機人としての特性と、青天井に引き上げられた膂力と魔力による差が主な要因。


 武力面で拮抗しているならば、それ以外の面で勝る側が圧倒的に有利なのは自明の理。


 しかし精霊と化した飛竜(ワイバーン)フリューゲルが参戦し、戦場が空へと移った事で、スイレンとヴァルムの間に出来ていたパワーバランス——格付けに狂いが生じていた。


 依然として、膂力、魔力面においては圧倒的にスイレンが優位。


 そして空中戦という技術においても、両者の間に大きな開きは見られなかった。


 にも関わらず、空での戦闘は拮抗——寧ろヴァルム側が優勢ですらあった。


 フリューゲルの高速軌道とヴァルムの槍術——正しく人竜一体と化した竜騎士の攻撃に、スイレンは翻弄され、対応し切れないでいた。


 スイレンの熟練の空中戦の技術は、本来であれば円盤上を想定とされたもの。


 肉体の変質、本来持ち得なかった翼による飛翔が得意な訳ではない。


 肉体の変質の折、翼や尻尾という新たな器官を獲得し、その扱い方も手に取るように理解した。


 生まれたての子鹿が誰に教わる訳でも無く立ち上がり、孵化したばかりの稚魚が水中を泳ぐように、スイレンも翼や尻尾の扱い方を本能的に理解した。


 即座に実戦投入可能なレベルで、翼による飛翔をスイレンは可能としている。


 しかしそれは、正しく巣立ったばかりの小鳥に過ぎない。


 長年を掛けて積み上げた武力、その熟練さには遠く及ばない。


 翼での飛翔、それを用いた空中戦は、決して熟練と呼べるレベルではない。


 対するヴァルムとフリューゲルは、まるで長年連れ添った番——否、一個の生命体の如き息の合い様で、こと空中戦においてスイレンは、この竜騎士に対して苦戦を強いられていた。


 有り余る膂力と魔力、そして鍛え上げた剣術でもって対処し、一方的な劣勢を強いられる事は無い。


 しかし帝国軍の主力、上級兵の中でも上澄——“一級”や“特級”とまともにやり合えるであろう者達は軒並み討ち死にしている。


 スイレンを除く残りの上級兵を含む全勢力を総動員したとしても、現状帝国内に侵入している“一級”、“特級”らを打ち倒す事は恐らく不可能。


 実質的にスイレン一人で全てを打ち倒さねばならず、ここで拮抗し時間を掛ける事は即ち、帝国の敗北を意味する。


 スイレンは知らない——《魔王》が受肉し、兵器化されるという計画を。


 そして翡翠の薬品使用による、擬似的な魔人化は、制限時間がある。


 魔力を持たない者にとって、魔力は身体に有害であり、それはスイレンも例外ではない。


 魔力を身体に取り込み、肉体を変異させる——そんな無茶が、長時間持つ筈が無い。


 肉体は変質と同時に崩壊しており、機人化(デストラクション)の特性で即座に修復する事で辛うじて原型を保っている。


 破壊と再生を繰り返しながら肉体は絶えず変質し、その姿は刻一刻と人の姿から離れていく。


 この世に無限のものなど存在せず、当然肉体の修復機能にも限度がある。


 修復が機能しなくなった時が、スイレンの最期。


 故に翡翠の薬品を使用する行為は、正しく黄泉への片道切符。


 一時的に莫大な力を得る代償として、最後に命を落とす。


 スイレンの肉体の変質は、かなり進んでいる。


 いつ、修復限界が来てもおかしくはない。


 故に、後が無いと焦る。


 そしてその焦りは、戦闘面に如実に影響を与えていた。



 フリューゲルが空を飛翔し、その軌跡により描かれる魔法陣。


 それらより断続的に放たれる雷を、スイレンはヴァルムの槍を意識しながら対応する。


 高速軌道による一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)


 追撃しようものならば全方位から雷が浴びせられ、阻害される。


 空というフィールドそのものが、スイレンに牙を剥いていた。


 そして遂に——スイレンの肉体の修復に綻びが出始める。


 肉体の所々に亀裂が入り、指先から崩れ始めた。


 修復機能が完全に失われた訳では無いが、崩壊する速度の方が上回り始めた。


 しかし、これはもう——


 スイレンは手の中に鞘を生成すると、静かに軍刀を納めた。


 それにヴァルムは、攻撃を止める。


 スイレンが諦めた——などという希望的観測をヴァルムはしない。


 ヴァルムは警戒を崩さず、スイレンの一挙手一投足を見極める。


 スイレンは軍刀の柄に手を掛け、姿勢を低くする。


 それは正しく、神速の居合抜きを放つ構え。


 その構えを、ヴァルムは知らない——しかしただならぬ技が放たれるであろう気配を感じ取っていた。


 ふと、スイレンが口を開く。


『…駆け引きは苦手だ。次の一撃が、俺の最期となるだろう』


「…」


 それにヴァルムは何も答えず、槍の構えを解かない。


 スイレンの肉体の変質が加速し、バチバチと紫電を帯び始めた。


『出来れば貴様だけでも殺しておきたい。故に退かず、迎え打ってくれる事を期待する』


 スイレンの肉体に満たされた、翡翠の魔力を塗り潰す様に紫電が溢れる。


 この技は剣の師——《剣鬼》より伝授された雷すらも切り裂く神速の一振り。


 スイレンはこれを、師たる《剣鬼》ほど、上手くは扱えない。


 溜めが長く、断じて実戦で扱える様な代物ではない。


 故にスイレンは縋った——ヴァルムの武人としての矜持に。


 外法に手を染め、人外と化したスイレンが最後に選んだのは、武の極致たる師の奥義。


 ヴァルムは返答しない。


 しかし、スイレンの覚悟に応じる様に巨大な魔法陣が背後に現れる。


 魔法陣より生み出された幾千にも及ぶ金色の雷が、一筋に集束していく。


 万の落雷を一筋に束ねた大魔法——《一結びの万雷(ムジョルニア)》。


 ヴァルムが誇る最強の雷魔法。


 本来ならば放つ所であるが、最強クラスの貫通力と破壊力を誇るその魔法は、ヴァルムの手の中に集束されていく。


 万の落雷が集束した魔法が更に圧縮され、ヴァルムの手の中で一本の槍と化した。


 ヴァルムはそれ(・・)を構え、居合の構えを取るスイレンと向き合う形となる。


 スイレンは心の内で感謝を述べつつ、口を開く。


『改めて名乗ろう。帝国空軍副官《剣帝》スイレン』


 名乗りを受け、ヴァルムは少し意外そうに目を細める。


「確か、帝国の武士道というやつか」


『…いや、それはもう廃れている。それを未だに持ち合わせている者など、俺の師くらいなものだろう』


 苦笑するスイレンに、ヴァルムも吊られて口角を上げる。


「そうか。ならばこちらも、お前の武士道(・・・・・・)に、騎士道でもって応じよう——王国ステリア家所属騎士見習いヴァルム・リオ・ドラコニス。《剣聖》の弟子だ」


 《剣聖》——その名を聞いたスイレンは僅かに目を見開く。


『ステリアの《剣聖》——その弟子、だったか…成る程、強い訳だ』


 ステリア襲撃の折、斬り結んだ《剣聖》。


 機人化(デストラクション)した自身に対し、圧倒的な能力差があったにも関わらず剣術のみで応戦し、最後まで倒れなかった男。


 或いは機人化(デストラクション)が無ければ、勝敗は分からなかった——それ程までに優れた剣士だった。


 スイレンの肉体に帯びる紫電が最大限に高まり、ヴァルムの凄まじい威圧を放つ金色の槍もそれに応じる様に迸る。


 僅かばかりの会話は終えた——後は両者、共に全てを掛けてぶつかり合うのみ。


 天上にて、金色と紫電の軌跡が瞬き、交差した。


 それは視認出来ぬ程に一瞬の出来事。


 ヴァルムの黄金の甲冑が切り裂かれ、その内より血が吹き出す。


 鮮血と、両断された左腕(・・)が舞った。


 金色の槍は、役目を終えた様に霧散して消える。


 対するスイレンの胸部には、心臓をくり抜かれた様に風穴が空いていた。


 軍刀に罅が入り、瞬く間に崩れ落ちる。


 再生核は健在、肉体の修復機能が失われた訳ではない。


 しかし、崩壊の速度が完全に上回っていた。


 修復が間に合わず、指先から灰となって崩れていく。


 スイレンは天を見上げ、静かに問う。


『…帝国は、我が国はどうなる』


 ヴァルムは振り返らず、背を向けたまま答える。


「知らん。だが、俺達は帝国をどうこうする気で来た訳では無い」


『そうか…』


 スイレンは力無く、憑き物が落ちた様に目を閉じる。


『——俺の負けだ』


 その言葉を最期に、スイレンの肉体は灰となって霧散した。


「お前とは、別の形で手合わせをしたかったな」


 ヴァルムは、少しだけ切なそうに呟いた。



 帝国圏の空を、無数の鴉が飛んでいた。


 無数の目をぎょろぎょろと蠢かせながら、地上の様子を伺う様に飛び回る。


 それは、ローファスが戦況把握の為に放っている影の使い魔。


 ローファスの勢力と帝国軍との全面戦争。


 戦争は、情報を制した者が勝つ。


 故にローファスは、常に最新の情報を得る為の努力を怠らない。


 相手は帝国軍——そして《人類最高の頭脳》テセウス。


 ローファスは、物語(・・)三章でのテセウスを然程評価していない。


 優れた知能、王国を滅ぼす為の策略、そしてその為に用意した戦力——それらは全て、アベルに止められた。


 物語(・・)での帝国にはアベルの《罪なき炎(イノセントフレア)》——肉体の炎化をどうにかする手段が無かった。


 強化人間(サイボーグ)の肉体修復も、超高温で燃やし続けるアベルの炎には効力が薄い。


 それでも尚、アベルと互角以上に戦うスイレンやリンドウといった猛者が居たのだから大したものではあるが、それを差し引いても、帝国軍にとってアベルは相性最悪の相手であった。


 テセウスに関していえば、アベルに追い詰められ、最終的には巨大兵器と一体化した挙句——アベル達に難無く打ち倒された。


 見た目こそ派手であったが、純粋な強さに関していえばスイレンやリンドウの方が圧倒的に上であった——飽く迄もローファスが見た夢、物語(・・)では。


 しかし今回(・・)、恐らく物語(・・)の記憶を持つテセウスは、王国を滅ぼす為にかなりの戦力増強を図っている。


 魔力の科学的な実用化、それを用いた決戦兵器の開発、そして魔石の大元——《魔王》の兵器化。


 それだけでも、物語(・・)とは比較にならない程の脅威。


 だが、そんなものではない。


 それら全ては、お遊び(・・・)に過ぎない。


 番外魔法|《(ニュクス)》は、帝国全土を範囲として発動された。


 その範囲内には当然、テセウスや《魔王》の本体——翡翠の魔石の存在もあった。


 ローファスは《(ニュクス)》の範囲内のあらゆる事象を把握し、知覚する事が出来る。


 故に理解した——テセウスがどんな存在なのか。


 故に向かった——テセウスが居る中央都市へ。


 万が一にも、他の面々ではテセウスに勝ち目は無い。


 無論ローファスは、そんなテセウスであろうとも、カルロスの仇であるアザミなる者への報復のついで(・・・)というスタンスを崩す気は無いが——断じて油断できる相手ではないと考えていた。


 出来る限り魔力、余力を温存しておきたい——テセウスは、ローファスにそう警戒させる程の存在。


 故に、アンネゲルトが掌握したダンジョンの魔物で《機獣》の大群を抑えるという作戦の頓挫は、ローファスにとってそれなりの痛手。


 チェスにおいて、守りに置いていたクイーンが取られた——そんな状態。


 リルカが《機獣》の数を減らし、尚且つ工場(プラント)を解体して回ってはいたが、アンネゲルトの元にスイレンが送られた事で、ヴァルムを送り届けるべく中断せざるを得なくなった。


 正しく、してやられた。


 空軍所属たるスイレンは、飛空艇を狙って来ると想定してリルカの側にヴァルムを置いていた——それが完全に裏目に出た。


 的確に痛手を突いてきたテセウスの一手。


 情報戦に優れた帝国軍を裏から操るテセウスの事、偶然では無いだろう。


 そしてこれによりローファスは、王国への進軍が再開された《機獣》への対応をせざるを得なくなった。



 国境山脈の上空を、巨大な黒翼を広げたデスピアが飛行する。


 デスピアはローファスを中央都市へ送り届けた後、風系統魔法により透明化して国境方面へと蜻蛉返りしていた。


 万が一作戦に支障を来した時、即座に対応する為の保険として。


 空を舞うデスピアより、広大な山脈二ヶ所に影が投下される。


 山脈に落ちた影——


 一方では首無しの騎士が着地し、戦旗を振り上げる。


 同時、首無騎士の影が広がり山脈の一角を黒く染め上げ、そこより夥しい数の暗黒のゾンビやスケルトンが這い出る。


 その数、大凡七千。


 その戦力は、王国南方で起きたダンジョンブレイクそのもの。


『…全軍(ゼんグン)前進(ゼんシン)


 首無騎士の号令により、アンデッドの軍勢全体が強化され、《機獣》の群勢に向けて進軍を開始した。


 片やもう一方、投下された影は()


 山脈に降り立った九名の、暗黒に染まった軍服の男達。


 中央に立つ男が合図する様に手を上げ、同時に九名全員が一斉に異形化する。


 レイモンドを襲撃した帝国陸軍特殊部隊武錆(ムササビ)の上級兵九名。


 ローファスの手により使い魔化された元帝国軍人らは、反旗を翻す様に帝国へと牙を向ける。


『——殲滅セよ』


 全身を無数の機蔓(ブランチ)で覆われたイソギンチャクの如き異形の号令により、部隊は《機獣》に向けて一斉攻撃を仕掛けた。


 再開されていた《機獣》の進軍は、突如出現した伏兵——影の使い魔達により、完全に抑え込まれた。

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