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1# プロローグの3年前

 長い長い、果てしなく長い物語を見ていた。


 物語は、とある平民の少年が魔法学園に入学する事から始まる。


 貴族社会の根ざす魔法学園で、平民と言う出自から周囲に嘲られ、侮られながらも、着実に実力を付け、周囲を見返していくと言うストーリーだ。


 徐々に信頼出来る仲間、沢山の魅力的なヒロインに囲まれ、多くの成功を収めていく主人公。


 そんな時、突如として古に封印された魔王が復活し、魔物を率いて人族を根絶やしにせんと侵攻を開始した。


 それに立ち向かう人族の軍人や魔法兵団、そして魔法学園の生徒——主人公と愉快な仲間達。


 紆余曲折ありつつも、主人公勢力は魔物の軍勢を撃退し、果ては魔物を率いる魔王をも討伐する。


 魔王を討伐した事により、人族に平和が訪れ、めでたしめでたし。


 これが第一章の大まかな流れ。


 これ以降も話は第二章、第三章と続き、全五章からなる長い物語は、平民の主人公が数々の功績を上げ、ヒロインの一人である王女と結婚し、国王に君臨して完結を迎えた。


 何とも長い物語。


 笑いあり、涙ありの中々に見れるストーリーだった。


 …庶民から見ればな。


 *


「……と言う、夢を見たんだ」


 窓から差し込む朝日をどす黒いモーニングコーヒーに照らしながら、俺は執事のカルロスに話し掛ける。


 椅子に座る俺の斜め前に控える老執事カルロスは、懐中時計を取り出してちらりと見ると、そっと肩を竦めてみせる。


「昨夜見た夢の説明に30分とは……随分と印象深い夢を見られたのですね。それも、よもや平民からの成り上りとは、随分と大衆受けしそうな話ですな。本を書かれてみては?」


「待てカルロス。ただの夢ならこんなに長々と話すものか。問題なのは、その物語の中に、この俺——侯爵家次期当主であるローファス・レイ・ライトレスが登場していた事だ」


「ほう……ローファス坊ちゃんがその平民成り上り物語に出演していたと? 因みにどのような配役ですかな?」


「さも舞台劇の様に言うな。しかしそれなんだが、第一章における学園生活では、主人公が平民である事を嘲り、嫌がらせをする五人組の生徒の一人、しかもリーダー格に従う子分と言う何ともぱっとしないちょい役だった」


「ほほう、それはそれは……」


「だが話はここからだぞ。話は移り変わって第二章、なんと俺は第二の魔王に付き従う四天王の一角、《影狼のローファス》として再登場し、主人公の前に立ちはだかって暗黒魔法でそれなりに猛威を振るった後、見事返り討ちに遭う。そして呆気なく死ぬ」


「ぶふっ」


「おい何を笑っている」


 吹き出したカルロスを睨みつけると、カルロスは軽く咳払いをして誤魔化した。


「……それで?」


「それでじゃない。侯爵家次期当主の俺が何故第二章なんて序盤で死ぬんだ。しかも特にぱっとしない敵としてだぞ? あり得ないだろうが」


「そう申されましても……ああ、それで朝からご機嫌が宜しくなかったのですね」


「自分が死に、その上俺を殺したヤツが成功して国王にまで成る話を夢とは言え延々と見させられたんだぞ。不機嫌にもなる。あ、因みにカルロス、お前も死ぬからな。第二章四天王戦で、俺と戦う前座で暗黒執事として登場して主人公と愉快な仲間達に殺られる」


「私の配役は中ボスですかな。しかしこのような老体を容赦無くとは……随分と非情な」


「ふん、まあ所詮は夢だ」


 そう、下らない悪夢。


 俺はそう切り上げ、その日を過ごした。


 しかし、よりにもよって平民風情が貴族を差し置いて国王に成る等…。


 最悪の悪夢だ。


 しかし、この夢はこれで終わらない。


 その日の晩、同様の夢を見た。


 今度は、俺が主人公勢力に取り囲まれ、カルロス諸共殺される場面を重点的に。


 それも繰り返し。


 俺は持ち前の暗黒魔法で応戦するが、あいつ等俺の苦手とする火や光属性の武器で散々タコ殴りにしてきやがった。


 俺の死が何度も繰り返され、遂には夢か現実かの区別すら曖昧になっていた。


 これは本当に夢なのか?


 いつまで経っても目が覚めない。


 ひたすらに、自分が殺され続ける夢。


 殺されたら、また主人公勢力に取り囲まれる場面に変わり、また殺される。


 罵詈雑言を浴びせられながら。


 曰く、魔王に魂を売った人類の裏切り者。

 曰く、重税に重税を重ね、民を苦しめた悪魔。

 曰く、目付きが悪い、根暗、ダサいローブ、etc…


 うん、一個目は兎も角として、2個目と3個目は何か違くないか?


 そもそも、俺が殺される第二章次点で、俺や主人公達は学園上級生。


 この時点で、領地の経営面に関して俺は一切関与していない筈だ。


 なのに重税を重ねて民を苦しめた悪魔?


 そりゃ、ライトレス侯爵家の領地内の事なら無関係ではないかも知れないが。


 それでも、直接経営に関与していない奴を悪魔呼ばわりするか?


 取り敢えず四天王だし、ライトレスだからこいつが悪い、みたいな感じで脳死で悪と断じてやしないか?


 あと、3つ目のそれはただの悪口だよな?


 これに関して、主人公勢力に正当性をあまり感じられないんだが、それは俺が殺されている側だからか?


 あとこの夢、殴られれば普通に痛い。


 火の魔法をぶつけられれば普通に熱いし火傷じゃ済まない。


 あと、攻撃の技やパターンが毎回違うのなんなんだよ。


 俺はまるで動きが決められているかの様に一辺倒にしか動けないのに、主人公側は動きにかなり幅やレパートリーがある。


 卑怯だろそんなの。


 せめて普通に戦わせろよ、なんだよターン制って。


 幾千、幾万と自分の死を経験し、自分と言う存在を失い掛けていた頃。


 目を覚ますと、懐かしのベッドの上だった。


 窓の外から聞こえて来るのは爽やかな小鳥の囀り。


「…う、うう」


 俺は泣いた。


 貴族のプライドなんぞかなぐり捨てて号泣した。


 もう12歳になるというのに。


 幼子の如く泣きじゃくった。


 やっと目が覚めた、もう殺されないで済む。


「ローファス坊ちゃん!? どうされたのですか!?」


 俺の泣きじゃくり様に、ただ事では無いと血相を変えて寝室に入ってきたカルロス。


 いつもなら勝手に入るなと叱りつけている所だが、今回だけは特別に許す事とする。


 カルロスの胸に飛び込んでわんわん泣く。


 さっきまで一服でもしていたのか、ややタバコ臭いが、今回に限っては些事だ。


 そんなこんなで泣き続けて1時間。


 漸く俺も冷静になってきた。


 俺はカルロスの背広でチュンと鼻を噛み、そっと離れた。


「ところでカルロス。なんだこのヤニの臭いは。勤務中だろう」


「ええ、つい先程から勤務に入らせて頂いております。ほんの5分程前からですが」


 カルロスは懐から取り出した懐中時計を見せてくる。


 時刻は朝5時過ぎを指していた。


 まさかそんな早朝だったとは。


 どうやら俺は、勤務前からカルロスの胸の中で泣きじゃくっていたらしい。


「ふん。主の異変には勤務前でも駆け付けるとは、見上げた忠義だ」


「それよりも何事ですかな。威勢の良さが取り柄のローファス坊ちゃんが、こんなにも我を忘れて取り乱す等。屋敷の者達も驚いております」


 カルロスはスッとその視線を扉に移す。


 開いた扉の外には、こちらの様子を窺うメイド達の姿が。


「何を見ている! さっさと仕事に戻れ!!」


 俺は怒声を上げてメイド共を散らした。


 俺の泣き声は屋敷中に響いていたのか?


 父上や母上と別邸で良かった。


「坊ちゃん…」


「ふん、洒落にならん悪夢を見ただけだ」


 強がりはしたものの、俺の視線はかなり泳いでいただろう。


 マジで洒落にならない夢だった。


 いや、ただの夢と断ずるにはあまりにも度が過ぎるものだった。


 何時間、何十時間、何千時間と殺され続ける夢だ。


 それも理不尽な罵詈雑言を浴びせられながら。


 駄目だ、思い出すな。


 また涙が…。


 俺が涙を滲ませているのを見かねたのか、カルロスは懐から一通の文を取り出した。


「気分を変えましょうローファス坊ちゃん。こちらを御覧下さい」


「なんだそれは」


「パーティの招待状でございます」


「パーティだと? どこの家からだ?」


 ほう、パーティか。


 まあ、悪くはない。


 この沈んだ空気を払拭するのに、パーっと楽しむのも良いだろう。


 しかし、主催先は重要だ。


 底辺貴族のパーティなぞに参加すると、こちらの品位まで疑われるからな。


 最低でも伯爵家以上が主催するものでなければ。


 俺の値踏みする様な視線に、カルロスは自信満々と言った態度で応じる。


「なんと、公爵家からです」


「ほう! 公爵家か!」


 素晴らしい、これは期待出来そうだ。


「はい、あのガレオン公爵家からですよ坊ちゃん!」


「そうか! あのガレオン、公爵家…?」


 ガレオン公爵家。


 国土の西側を支配する、我が王国屈指の大貴族。


 だが待て。


 あの悪夢——俺が四天王として殺され続けた悪夢。


 その時に仕えていた第二の魔王。


 第一章では主人公をいじめる主犯格。


 並外れた野心とカリスマ性を併せ持つ残忍な男。


 そいつの名は、レイモンド・ロワ・ノーデンス・ガレオン。


 ガレオン公爵家嫡男にして、次期当主。


 その、ガレオン家からの招待状だと…?


 …オロロロロ


「坊ちゃん!?」


 俺は吐いた。


 盛大に吐いた。



 そうだった。


 夢の物語は、主人公が学園へ入学する時点から始まっていた。


 主人公の入学初日から、レイモンドは主人公を下民と呼び蔑んでいた。


 そう、取り巻き4人と共に。


 その中には俺も居た。


 入学時点で既に5人組だったという事は、もしかしたら学園へ入学する以前から面識があったのかも知れない。


 或いはこの招待状、このパーティで出会っていたのか。


 公爵家が開くと言う事は、規模としてかかなり大きなものであると推測出来る。


 ガレオン公爵家と我がライトレス家は別段親しくしている訳でもない。


 それでも招待状を送ってくるという事は、かなり幅広い家に送っているという事。


 恐らくは、学園での取り巻き、そしていずれ四天王に成るであろう俺を含む4人に。


 このままいけば、あの悪夢は現実となるのか?


 また俺は無惨に嬲られ、殺される事になるのか?


 …駄目だ。


 駄目だ駄目だ駄目だ!


 あってはならない。


 ライトレス侯爵家次期当主の俺が、そんな無様な死に方など。


 それだけは阻止しなければならない。


 あの悪夢が、これから起こり得る現実だと言うなら、俺はそれを全身全霊を持って叩き潰す。


 あの俺を殺しまくったいけ好かない主人公を、国王になんぞ成らせてたまるか。


 俺はそう、泣きじゃくりながら心に誓った。

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