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第8話 女王の葬儀 [オフィーリアside]

 葬儀当日、迎えに来たアーヴィンの前にメイド服を身につけたオフィーリアが立った。自分ではどんな格好になっているのか分からないが、いつもと違う着心地に不思議な感覚がした。

 玄関ポーチにやってきたまま言葉を発さないアーヴィンに不安になったオフィーリアは、おずおずと尋ねる。


「わたくしの格好、変ではありませんか?」

「あ、いや、大丈夫だ。メイド服も似合っていて、見惚れていた」

「アーヴィン様……」


 アーヴィンはいつもこうだ。オフィーリアを喜ばせる言葉ばかりを与えてくれる。そっと右手の指先に触れてきたアーヴィンの手を、しっかりと握った。メイド服を着ているとは言え、手袋はしたままだったが、アーヴィンは何も言わなかった。


「外では誰に話を聞かれるか分からない。敬語はやめて、私……俺のことはニックと呼んでくれ」

「ニック?」

「そうだ。俺は君をリアと呼ぶ、いいね」

「はい。ニック、リアですね……と、敬語、なくすのって難しい……わ?」


 繋いでいる手に力がこもった気がして、オフィーリアはアーヴィンの顔の方を見た。


「し、しっかり掴まれ。じゃあ、行くぞ。屋敷から洞窟までは慣れるためにも歩いてもらうが、洞窟の中は抱えていくからそのつもりで」

「はいっ!」


 屋敷を出てからの道のりは(ひど)く緊張した。屋敷の中と違い、歩きやすい地面ではないのだ。オフィーリアはなるべく普段と同じ速度で歩こうと努力したが、そう上手くはいかなかった。

 洞窟に入ったと教えられ、確かに空気が変わったなと思う。そして覚悟を決めたとはいえ、長い間アーヴィンに抱えられて移動するというのはとても恥ずかしかった。心臓がドクドクと(うるさ)く、どう頑張っても赤らんでしまっているだろう顔を隠すためアーヴィンの胸に顔を押し付ける。

 すると、同じくらい早く鳴るアーヴィンの鼓動が聞こえ、オフィーリアは安心した。


(アーヴィン様も、緊張しているのかしら)


 城の中に着いたと教えられ、アーヴィンの導くままに外へ出る。しばらくするとアーヴィンではない男性の声が聞こえ、オフィーリアは顔を上げた。


「おいおい、とんでもなく可愛いんだが」

「やめろ、見るな、リアが減る」

「減らないっつーの。あ、ごめんねリアちゃん。俺はニックの唯一のお友達のジョシュ」


 唯一に力を込めて話す相手に思わず笑ってしまう。自分とアーヴィンが偽名で呼び合っていることを思い出し、オフィーリアはジョシュに尋ねた。


「ジョシュ様は、本名?」

「うん、俺がいるのは今と帰る時だけだからね」

「私のためにありがとう」

「リア、こいつに礼を言う必要はない。リアと話しているだけで釣りがくる」

「アーヴィン、お前ホント愉快なやつになったわ」


 普段は聞かないアーヴィンの口調や声色に、目の前の二人が本当に仲の良い友人なのだと分かる。いつか、自分たちもこれくらい気安く会話を交わす仲になれるのだろうか。

 馬車の中に待機してくれていたメイドに着替えを手伝ってもらい、平民の服に着替える。手袋は外されることなく、上から何か布が巻き付けられたようだった。


 もう一つの馬車の中で着替えたアーヴィンと再び手を繋ぎ、女王の遺体が安置されている礼拝堂まで向かう。徐々に人の気配が伝わってきて、自然と力が入ってしまっていたらしい。アーヴィンに深呼吸をしろと促され、何度か大きく息をした。


「これから礼拝堂に入る。人がかなり多いから、しっかり掴まっていてくれ」

「はい……!」


 言われる前から、周囲にとんでもなく大勢の人間がいることは分かっていた。母は、それほどまで国民に愛されていたのだ。何よりも肌に感じる熱気が、そのことをオフィーリアに教えてくれていた。

 アーヴィンにほとんど抱きしめられるような形でゆっくりと前に進んでいく。とはいえ、彼は可能な限り自分に触れないように守ってくれていた。こういう気遣いをされる度、もっと触れてほしいと思ってしまうのはいけないことなのだろうか。


「着いたぞ、階段を三段のぼる。いち、に、さん。目の前に棺があり、陛下が横たわっておられる。感じるか?」


 そう言われ、目の前を見つめる。そこには、闇だけがあった。母の姿が見えるわけでも、母の魂が見えるわけでもない。けれど、そこに母はいるのだろう。自らの役目を全うし、しかし自分との最後の約束を叶えてはくれなかった母が。

 目から涙が零れ落ちる。周囲からもたくさんのすすり泣く声が聞こえていた。


「……あの、手を伸ばしてもいいの?」

「少しなら。ちょっと待て、俺が一緒に出してやる」

「…………」


 アーヴィンの手が右手に重なり、前方に伸ばされる。何か柔らかなものに触れて反応すると、アーヴィンが母のドレスの布地だと教えてくれた。幼い頃、家から出ていく母のドレスの裾を掴み、行かないでと我儘(わがまま)を言った時のことを思い出す。

 あの時も、母はオフィーリアを置いて行ってしまった。その時の必ず帰るという言葉に、嘘はなかったけれど。


(お母様、まだ上手く飲み込めないけれど、わたくし、お母様の分まで幸せになりたい。だから見守っていてね。いつか笑顔で会いに行きます)


 オフィーリアは重ねられたアーヴィンの手をくいくいと引いた。


「祈りは、挨拶はもういいのか?」

「はい……ニック、本当にありがとう……」

「これくらい何でもない。さ、帰るまで気を抜くなよ」


 再び馬車まで戻ってくると、待っていたらしいジョシュの声が聞こえる。馬の吐息も聞こえて、オフィーリアはいつか馬にも乗ってみたいと思った。


「お、その顔は無事にお別れできたみたいだな」

「えぇ、ジョシュも本当にありがとう」

「どういたしまして。おいアーヴィン、これくらいのことで俺を睨むなよ。心が狭い男は嫌われるぞ。なぁ、リアちゃん?」

「えっ? いえ、あの、私は嬉しい、です!」


 反射的にそう答えてしまって、顔に熱が集まる。アーヴィンとのことになるとどんどん自分が令嬢としてダメになっていく気がした。しかし、オフィーリアが唯一嫌われたくない相手であるアーヴィンは嬉しそうにオフィーリアの名前を呼ぶだけだ。

 握ったままの手に力がこもり、アーヴィンの体温が近付いてきた時、ジョシュが手を叩いて二人の着替えを急かし、慌てて馬車に乗るのだった。

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