第5話 無意識の独占欲
オフィーリアを支えられていただろうか。彼女の部屋を後にして、アーヴィンは自問自答していた。あまりにも女性経験がなさすぎて、どうしたら女性が安心してくれるのか皆目見当も付かないのである。
己の欲望を満たしただけではないのか、と思う。オフィーリアの涙を拭ってやりたいと思ったのも、声を上げて震える彼女の背中を撫でたいと思ったのも、見苦しいと言うその顔ですら美しいと伝えたかったことも、全て自分がしたかったことで。それをオフィーリアがどう受け取ったのか、それが不安でならなかった。
一緒にオフィーリアの部屋を出たメイドに案内され、応接室に戻ってくる。王の指輪やこの屋敷の存在、ベルモントの動きなど考えなければならないことが沢山あったにもかかわらず、アーヴィンの脳内はオフィーリアのことで埋め尽くされていた。
結局、オフィーリアがお待たせしましたと部屋に入ってくるまで、ずっと彼女のことばかり考えてしまっていたのだった。
「いや、待ってなどいない。気分はどうだ」
「だいぶ良くなりました、あ、アーヴィン、さまのおかげですわ」
「そ、うか」
オフィーリアの口から発せられた己の名前を耳にしただけで、アーヴィンは天にも昇る気持ちになった。ただ名前を呼ばれるだけで、人というのはこうも幸福を感じられるものなのかと思ってしまったくらいで。
「よろしければ、わたくしのこともオフィーリアと」
「オフィーリア」
「は、はい……」
「あぁ、すまない。口にしたくなってしまっただけで、呼んだわけではないんだ。いや、オフィーリア、こちらへ座ってくれ。貴女の母上の話をしよう」
オフィーリアのすぐ隣にはメイドが付き従っていたが、自分の屋敷の中であれば何がどこに置いてあるのか大体記憶しているのだろう。手を借りることもなく椅子まで辿り着くと、静かに腰を降ろした。
「さて、どこから話すべきか」
「アーヴィン様は、お母様のご友人なのですか?」
「いや、臣下だ」
「臣下。あの、先ほどもお母様がお隠れになられたと仰っておられましたね? お母様は、まさか」
「あぁ、貴女の母君はこの国の女王陛下だった」
オフィーリアの瞳が大きく見開かれた。それはそうだろう、今までただ母親として慕ってきた相手が、一国の主であったというのだから。
「あの……わたくし、お母様の本当の子供ではありません」
「陛下はほとんど休まず国のために働いておられた。血の繋がりはないのではと考えていたが、そういう話はされていたのだな」
「はい。あの、国ということは、外にはたくさんの方がいらっしゃるのでしょうか」
「ん? そうだな戦争でだいぶ減ってしまったが、今は二百五十万人ほどだろうか」
「に、ひゃくごじゅう、まん」
目を白黒させるオフィーリアが可愛らしく、思わず表情が緩みそうになる。アーヴィンがどんな表情をしていようがオフィーリアには見えないだろうが、部屋にはハドリーもメイドたちもいるのだ。情けない顔を晒さないよう気を引き締めた。
「陛下にはお世継ぎがいないというのが我々の認識だった。王族の血筋が途絶えたわけではないから、王位を継ぐ者はいるんだ。だから、貴女に何かを強いるなどといったことはないだろう。もちろん貴女が望めば話は別だが」
「いえ、わたくしはこの屋敷で暮らしていけるのならそれで……」
「あぁ、ここでの暮らしは私が必ず守ると誓おう」
オフィーリアが屋敷での暮らしを望んだことで、酷く安心している自分にアーヴィンは驚いた。それが独占欲であると自覚できないまま、胸の内に灯った小さな火はじわじわと大きくなっていくのだった。
「この国は前王の元、長く戦争を行なってきた。貴族も平民も関係なく……もちろん私も戦場に立ち、周辺諸国と互いを削り合う戦いをしてきたのだ。長く続く戦争に終止符を打ったのが、貴女の母君だった。陛下はどこから手に入れたのか魔道具である指輪を使い、我が国を外部からの侵入を防ぐ結界で覆った」
「指輪……」
「その結界に民たちは喜び安堵して、陛下が即位されたのだ」
本当は、そんなに簡単な話ではない。前王の首を取るためにそれなりの犠牲はあったし、女王の即位までの道のりは血にまみれている。けれど、アーヴィンはそれをオフィーリアに伝えるつもりはなかった。
「お母様は、とてもすごい方だったのですね」
「あぁ、尊敬できる方だった。まさか、貴女のような存在を隠し続けているとは思っていなかったが」
「わたくし、知識として色々なことを教わりはしたのですが、屋敷の外のことをほとんど知らないのです。よろしければ、お話を聞かせていただけませんか」
「私でよければ、喜んで」
願ってもない申し出だった。再びオフィーリアと話せる機会が得られたことに舞い上がり、返事があまりにも早すぎたのではないかと我に返った。だが目の前のオフィーリアは嬉しそうに微笑んでいるばかりで、アーヴィンは内心で胸を撫で下ろした。