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第3話 秘密の屋敷で恋を知る

 手の中に収まる大きさの鍵はシンプルなものだったが、部屋をあらかた探しても鍵穴らしきものは見つからなかった。アーヴィンは鍵を胸ポケットに入れ、女王の私室を後にした。

 鍵を探しているような話は誰の口からも出ていなかった。普通に目に付くような場所には、この鍵を使うような物はないということだ。

 アーヴィンは普段であれば目を向けないような箇所を重点的に見て回った。しかしそれらしき物は見つからず、城内には存在していないのかもしれないと思い始めた時だった。


「鍵が、震えている」


 布越しにも分かるくらい、鍵が振動していた。その震えは城の地下に降りる階段の前で一層強まる。地下には貯蔵庫と、女王のためのワインセラーがあった。アーヴィンは周囲に人がいないのを確認してから階段を降りていった。

 ワインセラーの中には女王と、限られた人間しか入れないとされていたが、鍵が示すのだから仕方ない。ワインセラーの中を歩くと、壁に魔法陣が浮かび上がっていた。鍵に反応しているようであったので、おそらく女王にしかこの魔法陣は視認できなかったのだろう。


「指輪だけでなく、鍵までも魔道具だったとはな」


 鍵を手に持って魔法陣に近づくと、光と共に扉が現れた。鍵穴はピッタリと鍵を飲み込み、重厚な木製の扉が自然と開いていく。扉の向こうは洞窟のようになっていて、かなり薄暗い。夜目が利くとはいえ、流石に暗すぎるとアーヴィンが逡巡すると、早く歩き出せと言わんばかりに鍵が光り出した。

 アーヴィンは鍵を前方に向け、先へ進んだ。かなり入り組んでいるように見える洞窟だったが、鍵は更に道案内を続けるつもりらしい。右へ、左へ、器用に振動しながらアーヴィンを導いた。


 魔法を行使する(すべ)を失った人間が、唯一魔法の一端に触れることのできる魔道具。遺跡から出土したり、海に沈んだ船から回収されたりといった話を伝え聞くことはある。だがいずれも国宝級の代物であり、まさかこうして自分が使うことになるとは思いもよらなかった。


 自発的に魔法を使えずとも、未だ体内に魔力が流れ続けていることはアーヴィンが魔道具を使えていることから窺える。しかし、魔力もいつまで持ち続けられるかは分からない。退化なのか、進化なのか、多くの人間にとって無用である魔力は、いつか人間の中から完全に姿を消すのではないだろうか。


 そんなことを考えながら二十分ほど歩いていると洞窟の出口が見え、アーヴィンの足は自然と早まった。太陽の光が見えてしまえば、暗くて湿っぽい洞窟からは早く出たかった。


「こんなところが……」


 洞窟から出た先は、静かな森だった。人が一人通れるくらいの砂利道を、木々の隙間から差し込む木漏れ日が照らしている。王都の周辺に、こんな美しい森があっただろうか。アーヴィンは周囲を見渡しながら、砂利道を進んでいった。もう、鍵は光を放ってはいなかったし、震えてもいなかった。


 しばらく歩くと森が開け、屋敷が建っているのが見えた。こんな森の中に一軒だけ屋敷があるのは違和感でしかない。アーヴィンが警戒しながら門に近づくと、屋敷の中から家令(かれい)が姿を現した。

 屋敷を囲む塀にも門にも、ツタはおろかコケすら付いていなかった。ずいぶんと丁寧に手入れの施された屋敷だと感心していると、家令が流れるような手つきで門を開ける。


「私はこの屋敷の家令を務めております、ハドリーと申します。貴方様は……鍵の新たな持ち主であられますか。すると、女王陛下は……」

「陛下は、お隠れになった。私はアーヴィン・セルシアス、侯爵の位を賜っている」

「覚悟はしておりました。セルシアス様は、それを伝えにきてくださったのですか? あぁ、大変失礼いたしました、まずは中へどうぞ」


 多少の遊び心がありつつも丁寧に作られた庭を通り、ハドリーの開けた玄関から屋敷の中に入る。王都の貴族の屋敷はほとんど戦争が終わった後に急拵(きゅうごしら)えで建てられたものであったから、天井の高い玄関ホールを見上げてアーヴィンは溜息を吐いた。


「見事な屋敷だな。手入れが行き届いていて……こんな屋敷に住んでみたいものだ」

「恐縮です。使用人たちも喜ぶことでしょう」


 応接間に通され、座り心地のいい椅子に腰掛ける。メイドが運んできた紅茶を前に、アーヴィンはハドリーを見た。


「陛下は、結界を張るための、指輪の形をした魔道具を持っていた。しかし、今その指輪が見つからずに王位継承者たちの間で騒ぎになっているのだ」

「この屋敷の主人は、オフィーリア・ベレスフォード様。お嬢様に、お()いになっていただけますか?」


 目の前の家令は、愚か者ではない。ましてや礼儀知らずでも。そのハドリーがアーヴィンの話をほとんど遮るようにそう言ったのには、おそらく理由があるのだろう。元来、口より先に身体が動くアーヴィンである。すぐに立ち上がり、オフィーリアの元に案内するよう言った。

 

「お嬢様は、目が不自由なのです」

「目が? 見えないということか?」

「はい。ですので、目が合わないとお感じになられても、故意にそうしている訳ではございません」

「分かった」

「それともう一つ」

「まだ何かあるのか」

「お嬢様は、リュミエール様が女王陛下であらせられることをご存知ありません」

「なに?」

「あの方は、この屋敷ではただのリュミエールでいたいのだと仰せでした」

「…………分かった」


 とんだ面倒ごとに巻き込まれた、とアーヴィンは思った。もっと単純な贈り物の類かと思っていたのに、誰も知らない娘に逢うことになるとは。


(それにしても、陛下に子供がいたなんて話は聞いたことがない。そもそも三日と公務を休んだことのない方だった。その状態で子供を産むなど不可能だ)


「彼女は、オフィーリアは陛下の子供なのか?」

「それは私の口から申し上げられることではございません」


 ハドリーはそれきり口を閉ざしたまま、長い廊下を抜けて中庭へとアーヴィンを案内した。中庭も見事なもので、色とりどりの花が咲き乱れ、それでいて乱雑さを感じない。庭師の腕がよほどいいのだろう。


「セルシアス侯爵様が、お嬢様にお会いしたいと」

「初めまして、私はアーヴィン・セルシアス。先触れもなしに訪問した無礼をお許しいただきたい」


 ハドリーとアーヴィンが声を掛けると、パラソルの下に置かれた白いガーデンチェアに座っていた女性がゆっくりと立ち上がり、アーヴィンたちの方を向いた。

 瞬間、アーヴィンは呼吸の仕方を忘れてしまったように固まった。


 絹糸のような柔らかい金の髪は太陽の光に当たってきらめき、グリーンのドレスが彼女の白い肌を際立たせていた。胸元やグローブ、髪飾りやドレスにあしらわれたレースの至る所にパールが散りばめられ、その一粒一粒がオフィーリアを輝かせていた。

 目鼻立ちのはっきりとした顔でありながら、少し垂れた目尻が可愛らしく、しっかりと交わらない青い瞳が庇護欲を掻き立てる。


(俺は、いったいどうしたと言うんだ)


 戦場でも感じたことのない高揚感だった。鼓動が早まり、逃げ出してしまいたくなる。けれど、アーヴィンの視線はオフィーリアに釘付けだったし、身体はむしろ彼女に近づこうと一歩踏み出さんばかりであった。


「貴方が、わたくしの王子様でいらっしゃいますか?」


 オフィーリアの口から放たれた想定外の言葉に、アーヴィンは先ほどまでとは別の意味で固まった。若い頃に無茶をした結果、アーヴィンの全身には傷跡が残っている。顔面にももちろん数カ所の傷が残っていて、そのお陰で侯爵という身分でありながらもアーヴィンに言い寄る女は誰一人としていなかった。

 戦争が終わった後も、様々な厄介ごとを裏で始末する役目を自ら請け負ったこともあり、未だに通り名は変わらず、鮮血の獅子から今は鮮血侯爵である。香水の匂いを振りまく女たちが苦手なアーヴィンにとっては、むしろありがたいことであったが。


「…………王子、という(がら)ではない。貴女は目が見えないのだと聞いた。だから私がどれほど王子という単語から程遠いか分からないのだろう」

「まぁ、そんなこと」


 静かに首を振ったオフィーリアは、ハッとしたように姿勢を正して優雅にカーテシーをした。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。オフィーリア・ベレスフォードと申します」


 今まで見たどの令嬢よりも美しい挨拶に、アーヴィンの身体はほとんど勝手に動いていた。彼女の前までゆっくりと歩み寄り、(ひざまず)く。


「お手に触れることをお許しいただけるだろうか?」

「えぇ、もちろんです」


 オフィーリアの小さな手に自分の無骨な手が触れてしまったら、それだけで壊れてしまうのではないか。出来るだけ慎重に、優しく持ち上げる。彼女の体温が手袋越しに感じられて、アーヴィンの熱も上がった気がした。

 その手にずっと触れていたいと思ったが、変に思われるわけにはいかない。アーヴィンは手の甲に一つ口づけを落とした。


 手を離すと、それだけで名残惜しくなる。もっと近づきたい。


(さっきから、おかしい)


 初めての感情が次から次へとアーヴィンを翻弄(ほんろう)する。勝てるか分からないような格上の相手にさえ、ここまで心を乱されたことなどなかった。

 オフィーリアのどんな些細(ささい)な変化も見過ごしたくないと思っていたアーヴィンは、すぐに気づいた。オフィーリアの思考が一瞬自分以外の何かに移り、そして嫌なことに思い至ってしまったような表情を浮かべたことを。


「この屋敷に、誰かが訪ねてきたのは初めてなのです……もしかして、母になにかあったのでは……?」


 彼女の手が、アーヴィンの方へと伸ばされる。オフィーリアが数歩踏み出す前に、アーヴィンはその手を両手で受け止めた。


「……君の、母というのは、リュミエール・ベレスフォードで相違ないな」

「えぇ、そうです」

「すまない。あの方は、お隠れになられた」


 アーヴィンがそう告げると、オフィーリアの顔は見る間に血の気を失くし、そして身体から力が抜けた。きっと気を失ってしまうだろうと予想していたアーヴィンは彼女の身体をしっかりと支え、足を掬って抱き上げた。

 嫁入り前の女性にする行為ではないと思ったが、ハドリーにもメイドにも任せてはおけなかった。


「ハドリー、彼女の気の休まる部屋へ案内してくれ。私が寝室へ足を踏み入れてもいいのなら、それが一番だとは思うが」

「お嬢様がお気になさるでしょう、一番上等な客室へお願いいたします」

「分かった」


 案内された客室のベッドへオフィーリアを寝かせる。室内にあった椅子をベッドの横へ移動し、そこに腰掛けた。オフィーリアの額に浮かぶ汗を、メイドが優しく拭っている。閉じられた瞳から伝う涙も。

 嫌な夢を見ているのか眉を寄せ、不安げに宙を彷徨(さまよ)ったオフィーリアの手を、咄嗟(とっさ)に取る。力をなるべく込めないようにそっと握ってやると、乱れていた呼吸が安心したように治まった。

 オフィーリアの方から強く握って離さなくなってしまったその手を、どうしたらいいのか困ってアーヴィンはメイドたちを見た。


「そのまま、握っていてさしあげてください」


 囁くように言われた言葉に、アーヴィンは頷くことしかできなかった。

明日以降は一日一話の更新になります。

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