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第2話 女王の死と失われた指輪

 女王が死んだ。その(しら)せを受けた時、アーヴィンは屋敷の庭でいつものように鍛錬をしていた。女王が即位するまで続いていた諸外国との戦争。そこで鍛え上げられた肉体は、兵士としての役目を一旦終えた今でも全く(おとろ)えていなかった。


『お前は、戦争を終結させてしまうわたくしを恨むかしら』


 そう言葉を掛けられた時のことを思い出す。常に顔の周囲をヴェールで隠し、誰も素顔を見たことがない女王。当時まだ第一王女であった彼女は、ヴェールに隠された向こう側でどんな表情をしていたのだろう。年若い侯爵子息のアーヴィンに、何を思って声を掛けたのだろう。


 確かに、アーヴィンは戦いが好きだった。剣と剣を交え、命を燃え上がらせている瞬間が、何よりもアーヴィンを輝かせた。

 最前線に立って、自分の流した血ではなく相手から噴き出した鮮血に染まるアーヴィンは、いつしか鮮血の獅子の名で呼ばれていた。戦うこと以外に取り柄も何もないと思ってはいたが、それでも戦争が続くより祖国に平和が(もたら)された方がいいということくらい理解していた。


『そこまでの(いくさ)馬鹿(ばか)ではありません。殿下がサフィール国に平和を(もたら)すというのなら、俺はその平和を護るために生きるまで』


 元々あまり深く物事を考える(たち)ではないアーヴィンの、自然と溢れ出た返事だった。父を探して一人歩いていた王城の片隅で偶然起きた、他に誰も聞くことのない私的な会話。女王が、戦争に明け暮れる当時の王、彼女の父親を玉座から引き摺り下ろそうとしていることを知ったのはその時だった。


『お前とわたくしは、きっとよく似ている。いずれ、わたくしの部屋の白薔薇をお前に与えよう。血に染まった赤薔薇を剪定し、国が落ち着いた時に』


 既に戦争によって直系の王子たちは全員が死亡しており、何もせずとも王位は彼女のものになるはずだった。けれど、彼女は黙って時が経つのを待つような女ではなかった。

 兵も、民も、限界だったのだろう。彼女は多くの味方を得て父王を討ち果たし、玉座に君臨したのだった。


 彼女が王位に就いてから、十七年が経過していた。しかしそれでも、まだ女王は四十歳にも満たないはずだ。あまりにも早すぎる死に、アーヴィンは報せを持ってきた男に尋ねた。


「誰かの手によるものか?」

「いえ、ここ数ヶ月、体調が思わしくなく医者にかかっていらっしゃったのです。ですが、陛下は精力的に治療をなさろうとせず……」

「そうか……。しかし、そうなると次の王はベルモント侯爵か」


 王位継承権一位のベルモント侯爵は先先代の王の姉の血を引いていた。二位のアーヴィンは妹の血筋であり、そういう意味ではかなり近しい親戚であるといえるだろう。しかし、戦時中から何かと自分の血を流したがらないベルモント侯爵を、どうにも好きになれなかったのである。

 今までは女王が全てを一手に引き受け、そのカリスマ性を持って国を治めてきた。

 それが、崩れる。

 アーヴィンは厄介ごとの気配を感じながら、支度をして王城に向かうのだった。


「来たか、アーヴィン。ベルモントのやつ、今すぐにでも王冠をかぶりそうな勢いだぜ」

「ジョシュ。あれは人を上手く使う才はあるからな、俺は好きではないが、王の器ではあるだろう」

「女王陛下がご自分で矢面に立つお方だったから反発は大きそうだがな」

「その辺りも、あれは上手くやるだろうさ」


 王位継承権を持つ者たちと国の主要な役職に就く者たちが、揃って議会の行われる藍の間に呼ばれていた。ジョシュも継承権を持つが、アーヴィンと同じく戦場に自ら率先して立つタイプの人間であった。円卓を囲んで会議だなんだと盛り上がる他の貴族たちにはあまり馴染(なじ)めず、アーヴィンを待っていたのだろう。


 二人で室内に足を踏み入れれば、(いく)つもの視線が飛んでくる。しかし、普段であれば自信に溢れた表情でこちらを見るベルモントの顔色は良くなかった。


「セルシアス(きょう)、ようやく来たか」

「到着が遅れてすまない。顔色が優れないようだが、何か問題でも起きたのか?」

「問題も問題だ、女王陛下のご遺体に、指輪がないのだ!」

「指輪が?」

「あぁ、死因に不審なところがないか医師たちが確かめたのだが、そこは問題がなかった。元々(わずら)っておられた心の臓の(やまい)が、想定より早いスピードで進行してしまったようだ。感染症の(たぐい)でもないから、葬儀は大々的に()り行える。それはいい、それはいいんだ。問題は、結界を維持するための指輪がどこにもないことなのだ」


 既に女王の遺体が(あらた)められているという発言に、アーヴィンは驚きを隠せなかった。この国を治めるには必須ともいえる王の指輪がなく、動転してしまったのだろうが、ベルモントにしては珍しいミスだった。

 彼が女王の死を知りながら箝口令(かんこうれい)を敷き、内々に話を進めてしまうつもりだったのは明らかだろう。

 ベルモントの動揺を見るに、彼が女王を害したわけではないと分かる。しかし王の指輪が失われたというのはどういうことなのだろうか。城の警備は厳重で、賊に入られたという報告もない。女王の遺体から盗み出した者がいるとも思えなかった。


 民の支持を得るため、そして国を守るため、女王は魔道具である指輪を得た。どのように手に入れたのか誰も知らないその指輪は、国の周囲をぐるりと覆う結界を生み出したのである。

 結界によって外部からの干渉を制限できたことは、戦後の復興に大いに影響した。そして今なお、この国の平和は結界によって支え続けられている。


「陛下の葬儀を行ったのち、戴冠式(たいかんしき)を行う予定であったが……女王陛下の戴冠式の時のように、結界を張るところを見せねば民は疑問を抱くであろうな。くそっ、なんとしても王の指輪を見つけ出さねば……!」


 その後、主要な人間が全て集まったところで女王の葬儀の詳細が話し合われ、そしてベルモントが暫定的に王位に就くことも決定した。民の前で大々的に戴冠式を行うのは王の指輪が見つかるか、民の心を掴む何かが他に見つかった時にしようと。

 国のトップが曖昧なままでは問題だろうという声も多かったが、ならば早く指輪を見つけろと、話し合いは幾度となく同じ場所を行ったり来たりしていた。


 アーヴィンとジョシュは早々に部屋を後にした。主人を(うしな)い沈んでいるようにも思える王城の廊下で、窓の外に広がる王都を見下ろす。


「民はまだ、何も気付いていないのだな」

「あぁ、恐らく女王陛下がお隠れになったのは数日は前のことなんだろうが、結界は変わらず役目を果たしている」

「半年に一度程度の祈りでいいという話だったな。期限は短くはないが長くもない」

「俺は兵や使用人たちに話を聞きながら当たってみるよ。お前は陛下の居住エリアから見たらどうだ」

「その辺りはベルモントが既に手を付けていそうだがな」

「あいつが俺たちの隠した物を見つけられた試しがあるか?」

「それもそうだ」


 二人はそれぞれ別れ、目的地へと向かった。王城中層の日当たりの良い区画が女王の居住エリアとなっている。彼女のプライベートを(あば)くようで気乗りはしなかったが、王の指輪が見つからずに困るのはこの国だ。国のために動くアーヴィンを咎めるような人ではない。

 そう言い聞かせ、女王の私室の扉を開いた。


 見るからに高級そうな織物(おりもの)がふんだんにあしらわれ、至る所に金の装飾が施された柱や調度品、それでいて品のある室内には女王の気配がまだ息付いているようだった。アーヴィンは一度深く礼をし、それから足を踏み入れる。


 そこかしこに違和感をおぼえ、やはりこの部屋には女王以外の誰かが既に入っていると確信する。その人物がベルモント本人かは分からないが、無遠慮に室内を探し回る人物でなかったのは幸いだ。アーヴィンはまだ誰も手を付けていなさそうな箇所を探ることにした。


「薔薇……」


 部屋を見回した時、薔薇の彫られたチェストが目に入った。かつての言葉を思い出す。あの時、女王は一体何をアーヴィンに与えようとしていたのだろう。チェストには赤薔薇が彫られていたが、近付いてよくよく見れば、一輪だけ他の薔薇にはない継ぎ目があった。

 アーヴィンはその継ぎ目にそっと指を這わせた。浮き彫りになっている薔薇を摘んで回すように軽く力を込めてみれば、どうやら動きそうだ。壊さないように丁寧にカタカタと揺らすと、ある一点でカチリと(はま)った感触がした。右に左に、慎重に動かしては正解の位置を探る。しばらくその作業に熱中し、ついに赤薔薇がアーヴィンの手のひらに落ちてきた。


「赤薔薇の下に白薔薇、そして鍵、か」


 指輪があるかと思われた隠し場所には、一本の古びた鍵があった。白薔薇の花弁に包まれるように。アーヴィンは鍵を取り出し、逆の手順で再び赤薔薇を嵌め直した。

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