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第11話 カフェデート

 自分の屋敷に戻ってきたアーヴィンは、ウォルツを伴って自室に入ると、彼に告げた。扉は閉まっているが、まだ廊下に他の使用人がいるかもしれないと声を潜めて。


「ウォルツ、カフェ・シューラスの予約は最短でいつ取れる」

「おや、ついにお誘いしたのですか」


 ウォルツは笑みを深めて言った。アーヴィンは首を振る。素直に誘うことなど出来はしなかったから。


「何かしたいことはないかと聞いたら、オフィーリアが行ってみたいと」

「明日にでも行けますが、いかがいたしますか?」

「そんなにすぐにか? とても混んでいると資料にはあったが」

「香水を購入された日から向こう一ヶ月は席を用意しておりましたので」

「なるほど……では三日後でいいか。その日であれば時間が作れる」

「かしこまりました」


 頭を下げて部屋を出くウォルツを見送り、アーヴィンは大きく息を吐いた。これは、デートというやつではないのか。葬儀の時は、オフィーリアを女王に逢わせてやりたい一心で行動していたから問題はなかった。しかしカフェに行くとなると話が違う。オフィーリアに楽しんでもらうために、自分は何をすればいいのか。


 困ったアーヴィンはジョシュに相談することにした。


「街に連れ出すの初めてだろ? カフェ行くだけでいいって」

「そういうものか?」

「葬儀の時は、リアちゃんだって母に別れをって、それだけしか考えてなかったはずだ。周りが多少騒がしくても、一個のことに集中してたから耐えられたのかもしれない。だけど今回はそうじゃない。また街に出てみたいと思ってもらうためにも、欲張るな」

「確かにそうだな……ジョシュに聞いてよかった」

「聞いてくれてよかったよ」


 アーヴィンは、自分のことしか考えていなかったと気付き、反省した。言われてみれば、自分以上にオフィーリアにとって初めてのことなのだ。できる限り負担を掛けないように、アーヴィンは計画を練った。


 当日、葬儀の時と同じようにメイドの姿をしてやってきたオフィーリアと共に、洞窟を抜ける。ワインセラーに待機させていたセルシアス家のメイド二人にオフィーリアの補助を任せ、四人で城から出た。通常であれば城にここまでメイドを連れてくることなどないのだが、何か聞かれたら新人のメイドが入ったために教育中なのだと答えるつもりでいた。

 そんな心配をするまでもなく、アーヴィンが誰も近寄るなとでも言うような雰囲気を漂わせながら歩いているだけで、誰も彼もが道を開けるのだが。


 ベルモントの元には、王妃の座を狙って独身の令嬢が押し寄せているらしい。

 当然のように自分の元には令嬢の影も形もないが、アーヴィンにしてみればありがたいことだった。

 オフィーリア以外の女に言い寄られたところで、斬り捨てたくなるに決まっている。


 城からは馬車に乗り、カフェの裏手に。このカフェには貴族向けの区画が設けられていて、馬車から降りたアーヴィンたちを専属の店員が案内する。そこまで広くはないが居心地のいい個室に入ると、アーヴィンは自らオフィーリアのために椅子を引いた。


 そんなアーヴィンの姿を、メイドたちが驚きの表情で見つめている。屋敷の使用人にさえ恐れられているアーヴィンだったから、オフィーリアに向ける眼差しは、メイドたちにとっては衝撃以外の何者でもない。


「オススメだと言うものを頼んでおいたんだが、好きに頼みたかったか?」

「いえ、前にこのお店のことを教えていただいたとき、メニューの名前を聞いても味の想像ができなかったのでオススメの品が食べられる方が嬉しいです」

「そうか、よかった」


 純白のテーブルクロスが敷かれた丸テーブルに、いくつものケーキが並んでいく。色とりどりの見目麗しい菓子たちを、しかしオフィーリアは見ることができないのだ。

 アーヴィンは断りを入れてから、自分の座っていた椅子をオフィーリアの隣まで持ってきて座った。そうして、一番近くにあるケーキから見た目の説明を始めるのだった。


「一番手前には、イチゴがぎっしりと詰まったタルトがある。丸いタルト生地にカスタードが盛られ、その上に円を描くように半分にカットされたイチゴが綺麗に並んでいるな。その右にはショートケーキ。イチゴだけでなく、キウイやオレンジなんかもサンドされているらしい。カットされた状態で並べられているんだが、断面がカラフルで美しいな。左側はミルフィーユ……と言っていたか? 薄い生地が何層にも重なっていて、生地の間にはクリームが挟んであるそうだ。その向こうにはチョコレートケーキだな。チョコレート生地とチョコレートクリーム、それにチョコムースも重なっている。アクセントに、フランボワーズが仕込まれているみたいだ。焼き菓子やシュークリームなんかもあるぞ」

「まぁ、どれも美味しそう……」

「食べきれなかったら持ち帰ることもできるそうだから、食べられるだけ食べるといい」

「はいっ」


 オフィーリアの手がテーブルを彷徨(さまよ)い、フォークを掴む。皿の上のケーキを探してフォークが揺れるのを見たアーヴィンは、意を決して声を掛けた。


「オフィーリア、その……俺が、食べさせても構わないだろうか」

「えっ」

「嫌であればもちろん断ってくれ」


 顔を真っ赤にして動きを止めてアーヴィンの方を見るオフィーリアに、慌てて続ける。メイドたちが驚いたように自分を見たあと、微笑ましいものでも見るような眼差しになったのに気付き、アーヴィンは今更ながらに恥ずかしくなってきたのだった。

 けれど、オフィーリアはおずおずとアーヴィンの方にフォークを差し出して、はにかんだ。


「では……お願いいたします……!」

「あ、ああ、任せてくれ。何から食べたい?」

「イチゴのタルトを一口いただけますか?」

「分かった」


 アーヴィンはフォークを受け取り、イチゴのタルトを小さく割った。タルト生地はしっかりとしていて、しかし力加減を間違えるとすぐに崩れてしまう。なんとかタルト生地、カスタード、イチゴを全てフォークの上に乗せると、震えそうになる手に気合いを入れ、オフィーリアの方へと運んだ。


「できたぞ、口を開けてくれ」

「はい、あー……」


 薄桃色の唇が開くのを直視したアーヴィンは、一瞬動きを止めた。オフィーリアが待っているのだからと必死に言い聞かせ、小さな口にタルトを入れる。

 あむ、と閉じられた口からフォークをゆっくり抜くと、もぐもぐと動いて表情が一気に華やいだ。


「美味しい……!」


 満面の笑顔を浮かべるオフィーリアに、アーヴィンも表情が緩む。請われるままにフォークを運び、次々と違う種類のケーキを食べさせた。始めは跳ねた心臓も、次第に慣れてくるものである。


「もうお腹いっぱいですわ。アーヴィン様はお食べになりませんの?」

「貴女が美味しそうに食べてくれただけで満足してしまった。持ち帰って食べるよ」

「まぁ。……アーヴィン様、シュークリームのお皿を近くに寄せていただけませんか?」

「お腹がいっぱいなのではなかったか?」


 言われた通りに皿を寄せると、オフィーリアがシュークリームを一つ摘んでアーヴィンの方へと差し出した。


「はい、あーん」

「な、……」

「お礼です。それに、わたくしばかり……ずるいわ」

「ぐ……わ、分かった……」


 ぱくり。

 それなりに大きなシュークリームをオフィーリアの手から一口で奪い去ると、アーヴィンは素早く噛んで飲み込んだ。味など分からないくらいに恥ずかしかったが、口の中にはしばらくバニラの濃厚な風味が残っていた。


 屋敷に帰る間もオフィーリアはそれぞれの菓子の感想を嬉しそうに語っていて、アーヴィンは内心で胸を撫で下ろした。ジョシュの言う通り、カフェ以外にも何かをしようとしなくてよかった。


 オフィーリアに体験してもらいたいことを思い浮かべながら、洞窟の中を歩くのだった。

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