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第10話 王になるために [ベルモントside]

 女王の葬儀を終えてもなお、王の指輪が見つからないことにベルモントは焦っていた。そもそも、戴冠式の準備が全く整っていない状態で女王の葬儀を行うことにも反対していたのだ。

 遺体を長く保管して置けないため、これ以上葬儀を先延ばしには出来なかった。だが葬儀を行なってしまったことで、国民全員が女王の死を知った。早く戴冠式を行わなくては、民の間に不安と動揺が広がるだろう。


 しかし、それも今のままでは不可能だ。王の指輪に似た物を作らせて誤魔化したとしても、時が経てば結界は徐々に効力を失っていくのだ。

 結界以上に民の心を掴めるようなものなどあるはずがない。ベルモントが憂うことなく玉座に在り続けるには、何としても王の指輪が必要なのだ。


「アーヴィンやジョシュであればすぐに見つけ出すと思ったが……肝心なところで役に立たん……」


 ベルモントの目から見ても、あの二人の才能は突出したものであった。同じ年頃の貴族令息として、両親からはよく比べられていた。戦場において、彼らの右に出るものはおらず、兵からの信頼も厚かった。敵兵を見つけ出す嗅覚にも優れており、奇襲の類は全て事前に潰してきたと聞いている。本陣に篭りきりで作戦を考えてばかりだったベルモントの耳にも、当然のように二人の活躍は聞こえてきた。


 アーヴィンに関しては、あまりの気迫から尊敬というよりは恐怖の対象となっているようだったが、立ち振る舞い方の上手いジョシュはかなりの発言権を得ていた。

 あれ以上戦争が長引いていれば、今の自分の立場も危うかっただろう。


 しかし天はベルモントに味方した。戦争は終わり、女王が即位したのだ。血の気の多い貴族たちは軒並み命を落としており、貴族院の人数は大幅に減少した。通常であれば、国力の削がれたサフィール国など他国に飲み込まれてもおかしくない状態だったが、王の指輪がそれを防いだ。

 だからこそ、国民は女王を支持するのだ。いかなる時もヴェールをまとい、一切素顔を晒すことのない女王だとしても。


 ベルモントは女王の素顔を思い出して身体を震わせた。あんな不気味な顔を持ち、よくも人の上に立てたものだと思う。いくらヴェールで隠していたとしても、自分であれば生きていられなかっただろうと。


 女王の行動範囲からは、徹底的に鏡が排除されていた。女王の死を機に、エドモンドは城に鏡を入れた。女王の居住エリアにはまだ隠されたものがあるかもしれないと手付かずだが、いずれは自分好みに改装しようと考えている。


 執務室から繋がる休憩のための寝室。元々あった調度品はベルモントの好みではなかったため空き部屋に全て移動し、いつも頼んでいる商人に新たな物を用意させた。壁にかけた全身鏡は、金の縁飾りが美しく、ベルモントのお気に入りだった。


 鏡には、さらりとした金髪を優雅に流し、それでいて下品にならない程度に整えた自分が映っている。緑がかった青の瞳、通った鼻筋、王にしか認められていない紫を身に纏ったベルモントは満足げに微笑んだ。


 国の頂点に立つ者は、やはり見た目も洗練されていなくては。


 ずっとそう言われて育ってきた。戦争で亡くなった王子たちの見た目も平凡で、彼らよりよほどお前の方が美しく、聡明だと。愚かな王が自らの過ちに気付く前に、王子たちが死ぬよう仕向けろと。

 女王を即位前に殺せなかったのは、父のミスだった。戦場の王子たちをベルモントに任せる代わりに、王城の彼女は任せろと言っていたのに。


 父は恐らく返り討ちに合い、毒殺された。自分の命を狙った男の子供を、王位継承権第一位のまま放っておくとは思えなかったが、彼女はベルモントへは何もしなかった。ただただ、何もなかったことにされた。ベルモントの父がしようとしたことも、されたことも全て。


 だからこそ、ベルモントは女王に何もしなかった。何かが女王の身体を蝕んでいることは知っていたし、いずれ自分の手に転がり込んでくるもののために危険を犯すようなことは避けたかったからだ。

 あと一歩。あと一歩のところで足踏みをしている今が、ベルモントにとって一番嫌な時間だった。


 執務室に戻ると、アーヴィンの動向を見張るように言い付けていた影が一人、ベルモントを待っていた。


「なんだ。進展でもあったか」

「気になることが」

「言ってみろ」

「セルシアス侯爵には、女の影などございませんでしたな」

「ああ、あれは女の身体より(いくさ)に興奮するタイプの人間だ」

「女王陛下の葬儀の際、女性と共に参列していたと思われます」

「何? 一人で来ていたと思ったが」

「国民に向けて広く開放された日です。平民のような姿をしていましたが、恐らくセルシアス侯爵だと。人が多く、後を()けることができませんでしたが、一人の女性を庇いながら歩いていました」

「相手は、平民なのか」

「分かりません。今後も動向を探ります」

「頼んだ」


 影が音もなく去っていった後、ベルモントはソファに腰を下ろした。アーヴィンに、女。未だ鮮血侯爵と恐れられ、社交界でも令嬢が避けて通る男が。全く想像が出来なかった。

 元から、鋭すぎる三白眼だけでも並の令嬢であれば気絶してしまうような風貌なのに、それに加えて顔面に負った傷跡である。令嬢どころか、彼より爵位の低い貴族たちは基本的に最低限の会話しかしない。アーヴィン本人も、むしろその状況を喜んでいる節があった。

 そのアーヴィンにもし女が出来たのだとしたら、完全無欠の男に弱点ができる。肉欲に溺れてくれれば楽だが、いざという時の人質ができるだけでも上出来だ。


「王の指輪さえ見つかれば……」


 何も嵌っていない手をシャンデリアにかざし、ベルモントは大きく溜息を吐いた。

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