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第2章(その2)

 常識で考えれば、怪異に遭遇したなどとまともに取り合ってもらえる話とは到底言い難かったかもしれない。だがコルドバも、その席に居合わせた使用人達も、誰一人笑うものはいなかった。

「あの砦の怪異について言えば、この荘園でそれを作り話や見間違いだなどと疑ってかかるものは一人もいないでしょう。実際、クレムフルトまで足を運んでやってくる行商の者たちなども被害を被っておるのです。しかしファンドゥーサの王国軍にたびたび陳情してはいるのですが、どうにもまともに取り合ってもらえたためしがないのですよ……」

「そうであったのか……」

「とはいえ、クリム家のご令嬢が捕らわれの身とあっては私どもとしても看過するわけにはまいりません」

 コルドバはそういうと、先ほどから背後に付き従っていた男に合図を送った。

 年の頃は三十半ばといったところか。すらりと長身でがっしりとした体つきに、軍服のような意匠の制服を身にまとっていた。腰には剣を下げており、兵士か、ともすれば騎士と呼んでもおかしくはないいでたちだった。

「紹介いたします。これはわが息子ガレオン。かつては王国の正騎士の任に当たっていたこともあり、それを退いてからは荘園の守りを固める自警騎士団を任せております」

「正騎士」

 その言葉に、ハリエッタが思わず居住まいを正す。

「ということは、王都に?」

「入団試験の折に一度王都を訪れたきりで、そのあとはずっと南部のスレスチナに赴任しておりました。試験のさいにはご挨拶をとクリム家を訪れてみたものの、あいにくお留守で……」

「そういえばそんなこともあったか。あとで挨拶の書状に目を通したきりであった。このような頼もしいご子息がおられたのだな」

 感慨深げにつぶやくグスタフだった。

「ガレオンよ。そうともなればすぐにでも部隊を編成し、ヴェルナー砦へとリリーベル嬢の奪還に向かうのだ」

「承知いたしました」

 そういうと、ガレオンは軽く頭を下げると踵を返して大股にその場を後にしていこうとした。それをみやって、グスタフが慌てて席を立つ。

「わしも……わしも行くぞ」

 そういってガレオンの後を追いかけようとするが、二、三歩歩いたところでよろめいて膝をついてしまった。

 慌ててハリエッタが駆け寄って助け起こすのだったが、その時になって父の額に玉のような汗の粒が浮かんでいるのが見えた。手をやるとものすごい熱だった。

「父さま、無理をしてはだめよ」

「しかし、リリーベルが……」

 反論というよりはうわごとのような父の言葉に、ハリエッタは思わず妹と顔を見合わせる。妹が肩をすくめたのを見やって、ハリエッタは半ばため息混じりに覚悟を決めた。

「では、私が同行します」

 そういったハリエッタを、ガレオンは値踏みするような眼差しでしばし無言で見やっていた。

「女の身で足手まといに思われるかも知れませんが、馬には乗れます。……姉を助け出したいのです」

「よろしい。ご家族の身を案じるお気持ちはよく分かります。ご一緒に参りましょう」

 そんな次第で、熱を出した父にはエヴァンジェリンが付き添う事となり、ハリエッタは再び山を越えてヴェルナー砦に向かう事となった。

 ガレオン・ラガン率いる奪還部隊は、速やかに支度を済ませ、昼前には荘園を出発していったのだった。

 雄壮な騎馬の行進に、クレムルフトの人々も何事かと思いはしただろうが、沿道に集まった者達はとにかく元気に手を振って騎士団を送り出していく。

 そのまま一行は峠道を粛々と進んでいった。夕刻までもう少し、というところでガレオンは部隊をいったん止め、休憩を命じた。

「いやな雲。このまま雨にでもなる?」

「どうやらそのようですな。小休止のつもりでしたが本格的にここで野営した方がよいかも知れません」

 野営、と聞いてあからさまに表情を曇らせたハリエッタに、ガレオンがいう。

「どれだけ早駆けしたところで砦に到着するのは明日、山中のいずこかにて夜を明かす事になるでしょう。あの城門をくぐって敢えて怪異に立ち向かうとなれば少しでも英気を保っておくに越した事はない。あるいは……」

「あるいは……?」

「ハリエッタ殿。あなたには申し訳ないが私はこのまま一度荘園に引き返した方がよいように思う」

「なんですって?」

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