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第6章(その2)

 彼はその場でハリエッタの姿を見るやいなや、瞬時に鬼のような形相になって怒声を張り上げたのだった。

「おのれ! 全部きさまのせいだぞ!」

「わ、私……!?」

 互いに解消しがたい行き違いがあったのはハリエッタも認めるとしても、お前のせいだ、などと責を問われるような筋合いであっただろうかどうだろうか、と彼女が面食らっていると、逆上したガレオンは手にした剣をやみくもに振り回し、ハリエッタに打ち掛かってきたのだった。

「わわっ!?」

 これにはハリエッタも大いに慌てた。何せ彼女の生涯の中で、死せる兵士ではない、生きている人間に刃を向けられたのはそれが生まれて初めての事であった。

 馬上でどうにか剣を構えてこれを受け止めるが、初めて真正面から受け止めたその斬撃はさすがに重い一撃で、彼女はどうにか受け流すのが精いっぱいだった。

 ガレオンがどこまで本気だったかは分からないが、怒りに任せるままに続けざまに数合打ち込まれただけで、ハリエッタはあっという間に窮地に立たされてしまった。逃げてしまおうにも剣を引いてきびすを返す、そのタイミングすらうまく掴めない。しかも鎧甲冑に身を包んだガレオンと違って、旅装姿のハリエッタには刃を防ぐ手立てがなかったから、ひとたびその太刀を浴びてしまえば大怪我をするのは避けられなかった。

 そんな風にハリエッタが劣勢であると見るや、両者の間に割り込んできたのはあの人狼であった。黒い巨躯がさっと眼前を横切ったかと思うと、剣を大きく振り上げたガレオンの目前に敢然と立ちはだかったのであった。

「化物め! 邪魔立てするか!」

 問答無用とばかりに馬上から刃を振り下ろしたガレオンだったが、黙ってそれを見ている人狼ではなかった。強靭な後ろ足で軽やかに地面を蹴ったかと思うと、一足とびにガレオンの目前に迫り、首元にその大きな口で噛み付いたのだった。

 一思いに噛み砕いて喉を食い破ることもできたかもしれないが、人狼はそうしなかった。跳躍したその勢いでもって、そのままガレオンの身を馬上から引きずり落とし、地面にねじ伏せる。前足で胸をおさえて息のかかる距離で一吠えすれば、よほど豪胆な人間でなければ恐怖に震え上がるはずだった。

 だがガレオンはその例外たる豪胆さをみせ――単に取り乱していただけかもしれなかったが――みっともなく地面に転がりながらもどうにか取り落とさずに握りしめていた剣を、闇雲に振り回して人狼を払いのけようとする。騎士としての優れた剣の技というより単に手にした長物をでたらめに振り回すばかりの、子供じみた抵抗でしかなかったが、人狼にしてもそれにおとなしく殴られる道理もないので迂闊には近づけない。

 人狼が近づけずにいるところを、ガレオンはどうにかその場に立ち上がって姿勢を取り繕う。あらためて、今度はもう少しまともに剣を正面に構え、人狼に相対するのだった。

 さてどうしたものか、と人狼がガレオンの様子を伺っていると、そこに一騎の騎馬が近づいてくるのがわかった。

「ハリエッタ! ハリエッタ・クリム!」

 見れば、馬上にあったのは王国軍の部隊をここまで名目上率いてきた、タイタス・パルミナスであった。

 人狼とガレオンが対峙するところを何もできずに見守っていただけだったハリエッタは、その場に現れた人物を見て思わず声を上げる。

「え、ええっ!? パルミナス……じゃない、タイタス卿! どうしてこんなところに……?」

 両者がそのようなやり取りをしているのをみて、ガレオンと人狼は思わず戦いの手を止めてしまった。そしてパルミナスとハリエッタの様子を見て、ガレオンは再び憤怒の叫びを上げるのであった。

「お前たちッ……! 顔見知りだったのか!」

 顔を真赤にして、まさに地団駄を踏まんばかりのガレオンに、タイタス・パルミナスはすらすらとうそぶくように涼し気な表情で言い放った。

「……ですから、クリム侯爵とは面識があるとあのとき申し上げたじゃないですか。タイタス家は武門で知られた名家とはいえ、僕は生まれつき御覧の通りの貧相な体格でして。最初についた剣の師匠の手厳しい修練についていけずに、幼いころはここにいるハリエッタ嬢と同じ先生のところで剣を学んでいたのです。そういうご縁もあって、当然クリム侯爵とも何度となくお会いしたことがあります」

 えへん、とどうでもいいところで自慢顔になって、パルミナスは言う。

 そして今度は、ハリエッタに向き直って、事情を説明するのだった。

「そこなるガレオン殿から、クリム家の名を騙る偽者がこの廃墟に逃げ込んだと聞き及びましてね。それで一緒に軍勢をすすめて、ここまでやってきたという次第です。……でもまあ、僕が保証しますよ。このハリエッタ嬢は間違いなくクリム侯爵家のご令嬢その人に間違いありません」

「そのようなことは最初から分かって……!」

 そこまで言いかけて、ガレオンははっとして口をつぐんだ。

 いや、そこまで口走ってしまえばもう何もかもを白状したも同然だったかも知れない。最初から偽者ではないことを承知の上で、彼女らに偽者という嫌疑をかけていたのだ……巡察官であるパルミナスに対して、一番知られてはいけない事を自ら暴露してしまったガレオンであった。

 その三者のやり取りに、人狼が口をはさむ。

「そういう話は後回しだ。あれを見ろ!」

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