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第5章(その2)

 死せる兵士たちがあるじの座に対面するものを見張るかのように左右に列をなしていた。人狼は臆するでもなくすたすたと前に進んでいく。バルコニーからやってきた伯爵が、骨ばった痩せた身体には似つかわしくないくらいに颯爽とした足取りで現れると、その後をリリーベルが遠慮がちについてくる。控え目な足取りではあったが、誰かに強いられている様子はまるでなかった。

 伯爵は広間に居並んだ面々をまじまじと見渡したかと思うと、おもむろに人狼に向かって声をかけた。

「ユノー。その者達をここに連れてきたのは何故だ」

「兄上が兵士達を上手く手なづけられていないのがいけない。クリム家のご令嬢というのはその女性か?」

「いかにも」

 そんな両者の気安げなやりとりに、慌ててハリエッタが口を挟む。

「ちょ、ちょっと待って。兄上って……あなた、この伯爵の兄弟だったの?」

「言わなかったか?」

「聞いてない!」

 思わず声を上げたハリエッタを見て、リリーベルがくすりと笑った。

「姉さん!」

「ハリエッタ……それにエヴァンジェリンにお父さん。私のせいで随分苦労をかけてしまったわね」

 リリーベルがしみじみとそう語りかけて来たのも無理はない。どうにかここまで同行して来たが、父グスタフは一度は寝込んでしまうほど憔悴していたし、ハリエッタも人狼に連れられて山中をさまようなど散々な目にあって来たのだ。妹だけが何事も無かったように涼しげであったが、それを除けば一家は見るも哀れな身なりに見えたかも知れない。それに比べれば幽閉の憂き目にあっていたはずのリリーベルの方が小ざっぱりとしていたかも知れなかった。

 彼女と伯爵とが語るところによれば、こちらでの経緯は次のような次第であった。

 死せる兵士たちに囚われたリリーベルは、とくに傷を負わされるでもなくそのまま地下の牢獄に閉じ込められてしまった。さすがに若い女性が一人で過ごすには快適とは言いがたい。伯爵もさすがに不憫に思い、それとなく様子を窺いに足を運んだのだった。そのうちにどちらかからともなく言葉を交わすようになり、リリーベルは一家が王都で暮らしが立ち行かなくなって所領に向かうことになった経緯を話して聞かせるなどするようになった。そうしているうちに死せる兵士たちも彼女は侵入者ではなく伯爵の客人だと納得したのか、彼女を牢から解放したのだった。

「さりとて、この城砦をたちどころに去ろうとすれば兵士どもがまた気を変えるやも知れぬ。そのように用心して、彼女には今しばらく逗留してもらう必要があろうと判断したのだ」

「伯爵のおっしゃる通り。彼が無理矢理私を足止めしていたわけではないのよ?」

 普段は慌てふためく事などない姉がいささか恥ずかしげに、弁解気味に語った。なぜそのように姉が恥じらうのか、仲睦まじげに寄り添う二人を見ればその理由は明らかであるように思われた。

 そこに思い至って、ハリエッタは父と思わず顔を見合わせた。

「お父さん、これって……」

「別段心配するほどの事では無かったということかな?」

 そして両者どちらともなく、乾いた笑い声をこぼすのだった。半分は安堵の思い、残りは徒労感やら疲労感からくる苦笑いであっただろうか。特に父グスタフは娘の身に差し迫った危険がもはや無いと知って、気が抜けてしまったのかその場に膝を折って座り込んでしまった。

 父が転んでしまわないように思わず手を差し伸べたハリエッタだったが、一方で妹のエヴァンジェリンはと言えば、姉の無事に胸を撫で下ろすでもなく、その目はじっと一点を見据えていた。

 ハリエッタがその視線を追う。そこには、やはりエヴァンジェリンをじっと見据える伯爵の姿があった。

 にらみ合う、とまではいかないが両者は互いにじっと顔を見合わせていた。それは姉リリーベルと伯爵との間にあった優しげな気遣いの伺えるものではなく、お互いに何かを推し量るような、張り詰めた空気を醸し出していた。

「わが弟。この娘は一体何者だ」

「ここなるご一家の末娘というところまでは確かだ。だがむしろ、何者であるかおれも大変に気にかかったからこそ、ここに連れてくるべきだと思ったのだ」

「あなたたち、一体何を言っているの……?」

 ハリエッタは思わず声をあげたが、当のエヴァンジェリンの側にはそういった困惑の思いは見られなかった。それどころか、思いもよらない事を口にしたのだった。

「私がここに来たからには、彼女に会わせてくれるのよね?」

 果たして彼女とは一体誰なのか? 妹は一体何を言い出したのか? ハリエッタは答えを求めるかのようにリリーベルに視線を向けたが、長姉も困惑して首を横にふるばかりだった。

 伯爵はしばし黙考ののち、重々しく口を開く。

「よかろう。付いてくるがいい」


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