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第4章(その2)

 一方、彼らを追うガレオン・ラガンについて言えば、狼の見立てもあながち遠く外れてはいなかった。

 クリム家一行がいくら馬車を早く飛ばしたところで、不慣れな山道を登る速度には限界がある。夜中じゅう駆け通すのも無理があったし、少なくとも向こう側のふもとに着くまでには追いついて身柄を押さえられるものとたかを括っていたのだ。

 だからこそ、山中で空の馬車を見つけた時は、その意味するところを図りかねた。

「どこへいったのでしょう……?」

 途方にくれる配下の兵士に、ガレオンは苛立ちながら答える。

「さて。このままでは追いつかれると判断して、無謀にも山に入ったか」

「あの方々だけで山越えなど可能でしょうか?」

 詐欺師、とガレオンが断じたとは言え一度は領主代行が客として迎え入れた人々だから、部下達は追う身でありながらも、あの方々、などという呼び方をする。それがガレオンを余計に苛立たせるのだった。

「あの狼だな。奴が余計な入れ知恵をしているに違いない。あやかしの分際で、あのような者どもを手助けして何の得があるというのだ」

「いかがいたしましょう? 結局は女性と老人です。どのルートを辿るにせよ、山を越えた街道筋に先回りして網を張っていればよいのでは?」

「道案内がいるのであれば必ずしも街道筋に出てくるとは限らぬ」

「しかし、この手勢で、夜も深いというのに山狩りというわけにも行きますまい。由緒ある名家の方々の御名を騙るとなれば由々しき事なれど、隊長もまさか生死を問わず地の果てまで追えとまではおっしゃいませんでしょうな?」

「うむ……」

「こちらで身柄を押さえられるに越した事はありませんが、それが叶わぬならばファンドゥーサの官憲にそのような輩が現れたので注意されたしと、一報文を送れば済む話かと」

 いちいち正論過ぎて、ガレオンはぐうの音も出なかった。詐欺師と断じて強引に追っ手をかけた事を、この部下は暗に諌めようとしているのかも知れなかった。

「……分かった。だがひとたびは我が父に刃を突きつけ盾にとるなどと狼藉を働いた連中だ。おめおめ取り逃がしては我が騎士団の名折れである。山狩りとは言わぬがせめて街道筋はしらみつぶしに探すのだ」

 そこいらの茂みに身を潜めているやもしれぬ、というガレオンの言葉に、部下は短く返事した。

 そうやって、ガレオン達は幾分慎重な足取りで街道を進んでいく。

 程なくして、彼ら騎士団がしばし止まっていた辺りに、脇道から姿を見せる馬影があった。馬が三頭、そして狼。

 そう、それは他でもない、ハリエッタ達だった。

「……どうやら行ったようね」

 ハリエッタは道の向こうを見やって胸を撫で下ろした。

 あのまま峻険な山道を行くも一つの選択肢ではあった。ガレオンらがともかくも山狩りをするというならそのまま山中に分け入っていくより他になかったが、彼らはそうせずに街道筋を行くという選択をした。ならば、ハリエッタ達も不必要に不慣れな山歩きをするいわれはなかった。

「それで、どうする? このままクレムルフトに引き返すという手もあるぞ?」

 狼がいう。この地も王国の外れには違いないが、さらに東へ行けばそのまま自由国境地帯だ。荘園にガレオンの手下が残ってはいるだろうが、クレムルフトで悶着を起こしさえしなければ無事逃れられはするだろう。

「でもそれは、私たちが本当にみじめな詐欺師紛いの者だった場合の話ね。姉さんをあのまま廃墟に残していくわけにはいかない」

「その通りだ。娘を何としてもあの砦から助け出さねば」

 父グスタフもその言葉ばかりは毅然と言ってのけたのだった。

「よし。ではいこう」

 狼を先頭に、ハリエッタ一行はとにかく慎重に、先行するガレオンの追撃隊のあとを追っていく。

 後ろから追われるよりは、追う立場の方が気が楽ではあった。ガレオンら騎士達は、その行く手にはいないはずのハリエッタ達を追って、じりじりと街道を進んでいく。そこは街道として整備されてはいるものの、峠を越える旅の難所には違いなかった。馬車で後ろを気にしながらの逃走よりは幾分かは気が楽ではあった。

 だが必要以上に離れてしまうと今度は相手の動向が分からない。夜通し馬を走らせるのは職業軍人でもない一家にはなかなか辛いものがあったが、呑気に朝まで寝ているわけにも行かなかった。うつらうつらとしながらも馬の背にはどうにかしがみついていなければならなかった。ガレオン達がどこかでクリム家一行を追い越してしまった可能性に思い至って、引き返してこないとも言えず、その場合山中のどこかで鉢合わせしてしまうかもしれなかったのだ。

 次第に道は峠を越えて下りに差し掛かってくる。峠道は頂上のあたりがやはり狭矮かつ峻険で、次第になだらかな道になっていく。だがリヒト山のこの山越えの道は、ヴェルナー砦側からやって来て峠道に差し掛かってすぐが、つづらおりのちょっとした難所になっているのだった。


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