第79話 魂恋・10(縁)~穢れた体~
1.
「彼もさ、ショックだったんだよ。母親が違う薄幸の弟、愛して憎んだ女の息子を、せめてもの罪滅ぼしに引き取ろうと思ったら、その弟がもう魔物になっていたんだもの。美しい贖罪と愛情のおとぎ話が、あっと言う間に砕け散っちゃったんだ。そういうのってさ、けっこう辛いんだよ? ノイもさ、君が自分の叔父だって知ったら、さすがに……引くんじゃない? 自分が血のつながった姪だと知っていて、好きだって言っていたのかってびっくりするんじゃないかな?」
十谷は、無理やり引きずり出された快楽で震えている縁の身体を見下ろしながら、薄く笑った。
「ねえ縁、聞いている? どうしたんだい? 気持ちよくて話どころじゃなくなっちゃった?」
十谷は縁の身体を撫でながら、楽しそうに呟く。
「君、いつもこんな風なの?」
十谷は言葉を続けた。
「堪らないだろうね、男は。普段は傲慢で気位が高くて、そんじょそこらの下郎なんか鼻にも引っ掛けないみたいな顔をしている氷の女王さまなのに、寝床では快感に逆らえなくてこんなに乱れるんだもの。みんなこのギャップに、やられちゃうんだろうな。あの里海とかいう男なんて、気違いみたいに君に惚れこんでいるじゃないか。
君は、母親が復讐のために作った最高傑作だね。男の欲望に支配される男。支配されることで、男を欲望で支配する男。女を介在しない、男だけで完結する性的支配の連環か」
十谷の目に、僅かに憐れむような光が浮かんだ。
「可哀想に。君の母親は、よっぽど憎かったんだろうな、九伊と男が」
十谷は自分の中に生まれた感情を振り払うように首を振り、自分の指の動きに必死に反応すまいと耐えている縁に視線を合わせた。
「でもさ、君の母親の壮大な復讐譚は、他の人にはちょっと理解しがたいよね。母親が頭がおかしくなるくらい男を憎んでいて、だから君は男に抱かれると喜んじゃうんです、って言われても、そうなんだ、とはなかなか呑み込みづらいよ。そんなややこしい背景はどうでもいいから、普通の相手と普通の恋がしたい、って言う人がほとんどだよね、きっと」
十谷はわざとらしくため息をつく。
「ノイがショックを受けるんじゃないか、って心配だ。自分の好きな男が、男にやられているときのほうが悦んで喘ぐ、っていうのはさ。……女としてはちょっとね、かなり微妙な気持ちになるんじゃないかな。ああ、でも君とノイは一緒にはなれないから関係ないか」
おかしそうに、十谷はクスリと笑った。
「君の身体はさあ、ありとあらゆる意味でノイにとって用無しなんだよ。正に穢れだ」
十谷は一通り反応を引き出すと、汗ばみ赤らんだ縁の身体をようやく離した。意思に反してまだ細かく震えている身体に、柔らかく口づけする。
「こんな身体じゃさあ、ノイの側にずっといるなんて無理だろう? ノイがおかしくなっちゃうよ。僕の案は、みんなが幸せになれて悪くないと思うけどな」
十谷は身支度を整えたあと、笑いながら言った。
「考えておいてよ」
そう言うと薄暗い禍室に縁を残し、出て行った。
2.
凍てつくような空気が和らぎ、温かい空気を感じる日が多くなってきた。
三月になり、高校一年生だった一年間がもうすぐ終わろうとしていた。
苑、紅葉、七海、四央、十谷は学食で昼食を食べながら、春休みの予定について話していた。
「私は生徒会の引継ぎや来期の選挙の準備があるから、春は学校に残るわ」
四央は一年間、生徒会の副会長を務めた。
生徒会は六月までが任期のため、五月が選挙活動の山場になる。
「四央が生徒会長になったら、規則とか超厳しくなりそう~」
「何を言っているの。規則っていうのは厳しいものなのよ……って、七海さん、お行儀の悪い!」
机の上で伸びをしている七海を、四央が慌てたように咎める。
そんな二人を横目で見て楽しそうに笑っている苑に、紅葉は声をかけた。
「苑さんは家に帰りますよね」
言外に「縁と一緒に過ごす」という意味を含ませた紅葉の言葉に、苑は笑顔のまま頷いた。
その時。
今まで黙っていた、十谷が苑のほうへ視線を向けた。
「ノイ、帰る必要はないんじゃないかな?」
十谷の口調は静かだが、妙にきっぱりとしていた。
紅葉と苑は訝しげな顔つきで、十谷の透明感のある顔を見つめる。
十谷は苑の視線を受けとめて、優しく微笑んだ。
「春休みは、ここで一緒に過ごそう、『苑』」
★次回
神さまを信じるルート
「第80話 魂恋・11(縁)~贖罪~」




