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第78話 魂恋・9(縁)~三人で生きていこうよ~


 冬休みが終わり、苑は再び学校の寮へ戻っていった。

 本家の「神」である苑がいなくなれば、また普段通り「客」を迎える「禍室」の務めが始まる。


 その日、知らされた「客」の名前は、初めて見るものだった。

 禍室の装いをし「客」を迎える準備が整った部屋に入ってきたのは、縁にとって見慣れた顔だった。


「……お前……」


「禍室」の口上を述べることも忘れ、縁はあっけにとられたように、目の前の人間の顔を見つめる。

 自分と同い年くらいで、自分と同じくらいの背格好をした、中性的で端整な容貌を持つ人間。


「何で、ここに……」


 十谷は冷ややかな無表情のまま、化粧が施されている縁の顔を眺めた。


「一体、君は()()()()()()()をどうしようって言うんだい?」


 縁はジッと十谷の顔を眺めた。


「お前は一体、何なんだ? 九伊の人間なのか?」


 十谷は苛立ったように首を振る。


「僕は九伊の人間じゃない。僕が誰かなんて、君にとっては重要な話じゃない。重要なのは、君が僕たちの神を殺そうとしていることだ」

「殺す?」


 問い返す縁の顔を、十谷は憎々しげに睨みつける。


「とぼけるなよ。君の中の穢れは、まだまだこんなものじゃない。それくらい君だって分かっているだろう。このままじゃあ、君はノイを窒息させてしまう」


 十谷は縁のほうへ身を乗り出し、息がかかるほど顔を近づけた。


「縁、君の執念には恐れ入ったよ、完敗だ。その執念に免じて、君の気持ちを汲もう。つまりさ、問題は君のその肉体……禍室なんだ。その身体をどうにかすればいい」


 縁の目の前で、十谷の顔に微笑みが浮かんだ。


「君に僕の身体をあげるよ」


 うっすらと笑う十谷の顔を、縁は穴が開くほど凝視した。

 縁の青みがかった黒い瞳に、相手の正気を疑うような光が浮かぶ。


「何を……言って……」

「驚いたふりをするなよ。君にとっても悪くない話なんだから。この穢れがない身体なら、君は外の世界に行ける。ノイと一緒に生きていける。僕はまあ、肉体を乗っ取られて、意識は片隅に追いやられるだろうけれど、ノイとずっと一緒にいられるならそれも悪くない」


 十谷は縁の頬に手を当て、ゆっくりと唇を近づけた。


「なあ、いいだろう? 縁。三人で一緒に生きていこうよ」


 十谷は最初は触れる程度に、やがて深く口づける。

 まるで身体の中を覗かれ、内臓を掴んで引きづり出そうとしているかのような激しい口づけだった。


「いつもは、周り全部に牙をむいているみたいに傲慢で横柄な癖に、こういう時は途端に従順になるね。親の躾の賜物だな」


 十谷の笑いに、別の女の笑い声が重なる。

 自分とそっくりな顔をした女は、まるで自分が作り上げた人形の説明でもするかのように、満足そうに禍室の世話係に縁の話をしている。


(負けん気が強くて傲慢で、誇り高く育てたの。『男らしく』なるようにね。そのほうが屈服させる手応えがあるでしょう? 余りに素直だと、楽しめないと思って)


 禍室の世話係である男・曳馬ひくまは、ただ黙って頭を下げて話を聞いている。伏せられたその瞳には、僅かに痛ましげな光が揺れている。

 縁の母親……結は、時折狂気が閃く顔に楽し気な笑いを浮かべながら、得意そうに説明を続ける。


(どうせ逆らえないのに、自分の気性で苦しむところを見るのも一興でしょう? きっと皆さんを飽きさせずに、末永く可愛がってもらえるわ。

 ねえ、曳馬、曳馬もそう思うでしょう?)


 褒めて欲しそうに結は、曳馬に笑顔を向けた。


「そうそう、君の母親がこうやって君を作り上げたんだ」


 十谷は着物の中に手を入れ、肌を愛撫する。

 縁の口から僅かに声が漏れた。


「人の欲望に応えるために、君の身体はある。ノイに対してだけじゃなく、誰に対しても身体を開いて仕える。

 君がノイのことを本当に好きだとしても、君の身体は心を簡単に裏切る。自分の愛する人間がそんな風だなんて、まともな人間なら耐えられないよ」


 今度は別の場面が心に浮かぶ。


 あれは、そう。十一歳のときだ。

 苑の父親……仄が、禍室にやって来た。


(何故、女児の格好をさせているんだ)


 仄の嫌悪に満ちた眼差しを、縁に向ける。

「子供には罪はない」何度もそう言い聞かすことで、かろうじて嫌悪と忌避の感情を抑えつけていることが伝わってきた。


(その子を引き取りたい)


 仄は、何とか声を絞り出す。

 本当は、この魔物たちを、禍室という牢獄に繋いだまま逃げ出したい。

 仄の心が、そう身をよじって嫌悪の叫びをあげているがわかる。


(引き取っていただいてもいいけれど……残念だわ、せっかくだいぶ仕込んだのに)


 わざとらしく口を尖らせる結の言葉に、仄の顔が凍りつく。

 その瞳には、恐怖と嫌悪が揺れていた。


(旦那さま、払ってみます?)


 結の蠱惑的な笑みを、仄は震える眼差しで睨みつけ、恐怖と嫌悪に耐えきれなくなったように立ち上がって叫んだ。


(お前ら、禍室は人間じゃない! 人の汚れをくわえこみ、目につく全てを腐った毒沼に沈める化け物だ!)


 仄の眼差しに含まれるものが怒りから怯えに変わるのを見て、結は楽しげに笑った。


(あらあら、ひどい言い草。さんざん利用してきたあげくこれだもの。勝手なものよねえ)


「縁、許してやれよ」


 十谷は縁の身体を執拗に愛撫しながら、その耳元で囁いた。



★次回

神さまを信じるルート

「第79話 魂恋・10(縁)~穢れた体~」

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