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第76話 魂恋・7(縁)~『前回』の記憶~

 1.


「縁」


 いつものようにテラスの前に置かれた籐の長椅子に並んで座っているとき、苑が口を開いた。

 テラスの外は、星明りによって淡く照らされていて、夏の終わりを告げる虫の声が聴こえてきた。


 苑は窓の外を見つめたまま言った。


「夏休みが終わったら、私は学校に戻るけれど……学校に戻った後も週末は、ここに来ていい?」


 縁は少し黙った後に、呟いた。


「……冬休みまでは、ここに来て欲しくない」


 縁は独り言のように続けた。


「お前には、外の世界にいるときは、ちゃんと外で過ごして欲しい」


 苑は、縁のほうを振り向き、微かに俯いているその顔を覗きこんだ。


「寂しくない……?」


 経験したことがないはずの記憶が、心の中に蘇る。

 苑がいなくなった禍室は、ひどく虚ろで、何も音がしない深い海の底のようだった。


 寂しい。


 ただその気持ちだけで、全身がいっぱいになり息苦しいほどだった。


 余りに辛くて耐えられなくて、初日から「生霊」になり、苑の様子を学校まで見に行った。苑の姿を少し見たら、帰るつもりだった。

 でも見に行かなければ良かった、と思った。



 2.


 遠くから見る苑は、学校の風景にひどく馴染んでいるように見えて、自分の側にいたときとは別世界にいる別人のように思えた。

 友達の七海や、名前を知らないが苑によく話しかける眼鏡をかけた大人びた顔立ちの少年と、何かを楽しそうに話している。


 この姿では、呼んでも苑が振り返ってくれることはない。

 何故だろう、苑に実際に会ったことがなかった時よりも、体の中の寂しさがずっと強く窒息してしまいそうな心地になる。


 紅葉に見つかって、何故か苑と紅葉には「生霊」である自分が視えていることに気付いた。

 最初のうちは嬉しかったし幸福だった。

 肉体のことなど無視して、生霊のまま、このまま苑の側にいればいい。肉体などただの入れ物で、自分の本態は苑のことを愛しているこの心なのだから。

 だがそう思っても、自分の中の惨めさが消えなかった。


 今はいい。苑も自分を好きでいてくれている。

 だが、この先は?

 ずっとこのまま、子供の姿の生霊として苑の側にいるのか? 

 苑と紅葉にしか視えない「実体のないもの」として?

 現実で生きられない。

 苑はそんな自分に、いつかうんざりするのではないだろうか?


「それはそうだろう。そんなものは対等の人間関係とは呼べないからね」


 不意に声が聞こえてきて、縁は振り返った。

 目の前に透明感のある中性的な容貌の人間が立っていた。切れ長の瞳には、蔑むような光が浮かんでいる。


「お前……」


 縁は絶句する。

 十谷縁とおやゆかりは縁の驚きは無視して、話を続ける。


「君はその姿で、ノイに何をあげられるの? キャンキャン鳴いてまとわりつく可愛らしさ以外にさ。まあ見た目は悪くないから、家で飼うペットにはちょうどいいかもしれないけれど」


「お前にも俺が視える、のか?」


 唖然としたような縁の問いに、十谷は肩をすくめる。


「君のことは『視える』よ。はっきりとね。君がどんなに調子のいいことを考えていて、それをノイが受け入れてくれないかと思っているか、とかね」


 十谷は、蔑みが揺れる眼差しで縁を眺める。


「ノイはこれから成長して、外へ出て行くんだ。いつまでもこんな君のお遊びに付き合っているわけにはいかないことくらい、ちょっと考えれば分かるだろう?」

「なん……だと?」

「図星か?」


 十谷は縁の怒りは気にも留めず、涼しい顔で言った。


「ノイにふさわしいのは、現実をちゃんと歩ける人間だよ。ノイはそういう風に生きたいんだからさ。でも君がまとわりつくから、出て行く決断がつかなくなっている」


 十谷は、静かな声で続けた。


「いい加減、足を引っ張るのはやめろ。そんな子供の姿までしてノイの優しさにつけこんでさ、浅ましいよ」


 十谷は少し語調を変える。


「君にはさ、あの里海っていう男がいるじゃないか。あいつは君のことをよく分かっている。君をちゃんと理解して、我儘でか弱いお姫さまとして扱ってくれる。

 お似合いだと思うな。何が不満なんだい? ノイに勝手に執着して、自分のことを理解しないって勝手に苛立って、勝手に逆恨みして憎んで爆発する。そんなことをしてノイに迷惑をかけるより、よっぽどいいと思うよ」


 激烈な怒りを瞳にほとばしらせて、縁は拳を固める。十谷の中性的な美貌を殴りつけたい衝動を、何とか抑えつける。

 十谷は、縁の心を見透かしているかのように艶然と笑った。


「怒ったふりをするなよ。君だって、本当はそんなことわかっているだろう?」


 その後、縁は生霊になって苑に会いに行くのを止めた。


 冬休みに禍室に来た苑に、自分の肉体の「穢れ」を苑に見せたのは何故か。

 一体、苑にどういう反応をして欲しかったのか。

 自分でもよく分からない。

 分からないが、だがあの時に、「こんなことを続けるわけにはいかないのだ」ということがはっきりと分かった。


 これからも、お前に普通に外の世界で生きて欲しい。


 苑に告げた言葉は嘘ではない。

 一瞬でも自分に幸福をくれた苑に感謝して、外の世界に送り出し、遠くから苑のことを想い続ける。

 そういうことが自分に出来ると思っていた。

 こんなに苑のことが好きで感謝しているのだから。


 だが実際は違った。


★次回

神さまを信じるルート

「第77話 魂恋・8(縁)~何も出来ない神だけど~」

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