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第75話 魂恋・6(縁)~宝物~

 1.


 今年の夏は苑は寮に残らず、親戚の家で過ごすと言うので、紅葉も本家に帰ってきた。

 本家の敷地内に苑の親戚が住んでいる。

 しかも夏休みをその家で過ごすほど親しい。

 初耳のことばかりで驚いたが、苑の荷物を整理することを手伝いがてら親戚の家を訪れると、さらに驚くことが待っていた。



 2.


 苑から縁を紹介されて時、紅葉は、縁の浮世離れした美しさに言葉を失って見とれていた。

 だが、苑が続けた言葉に我に返ったように驚きの声を上げた。


「つ、付き、付き合っている?」


 紅葉は目を丸くして、微笑んでいる苑の顔を凝視する。

 紅葉に負けず劣らず驚いた顔をしている縁のほうへ、苑は笑顔を向けた。


「そういうことでいいのかしら? 縁」

「あ、ああ」


 半ば戸惑ったように、だが徐々に喜びで顔を輝かせる縁を、紅葉は探るような眼差しで見つめた。


「えっ……と、このかた……縁さまは九伊家の親戚で、ずっと前からここに住んでいて、今までほとんど交流はなかったけれど、最近会って付き合い始めた、っていうことですか?」

「そうよ」


 苑は何のてらいもなく頷く。


 紅葉の頭の中に様々な疑問が浮かんだが、苑本人がそれでいいならば、細かい事情を詮索するつもりはなかった。

 必要があれば、打ち明けてくれるだろう。

 ただひとつ確かめておきたいのは……。


「縁さまにも、ちゃんと付き合うつもりがあるんですか?」


 紅葉は、何となくあやふやな顔つきをしている縁の顔を疑わしそうに眺める。


「一緒に住む、っていうことは責任が生じますよね? 親戚だからじゃなくて付き合っているから、っていうことは」

「紅葉」


 苑は紅葉の固い表情を見て、おかしそうに笑った。


「そんなに大袈裟な話じゃないの。ただ、私が縁と一緒にいたいから、休みの間はこっちにいるだけよ。夏休みの間、田舎に帰るみたいな感じで」

「ここは田舎じゃないし、縁さまは田舎のお祖母ちゃんじゃないですよね?」


 紅葉が言い募ると、縁が無愛想な口調で答えた。


「別に……一緒にいるだけだ。……事情があって、外では会えないから」


 二人の顔の表情から、「事情」に踏み込む気にはなれず、紅葉は一旦口をつぐんだ。

 何となく流れた沈黙を破るように、縁がつっけんどんな口調で言った。


「俺は……ちゃんと苑のことを考えている。それなら文句はないだろう」


 紅葉は細めた目で縁を眺めた。


「ちゃんと、ってどういう意味ですか?」

「意味?」

「苑さまのことが好きで、大切にするってことですか? それなら、そう言ってもらわないと安心できません」


 紅葉の言葉に、縁の顔が瞬時に赤く染まる。


「ば、馬鹿か! そんなこと、何でわざわざ口に出して言うんだ!」

「『ちゃんと考えている』なら言えるはずですよね?」

「関係ないだろ! アホか!」


 縁は顔を紅潮させて叫ぶと、玄関に荷物を取りに行くと素っ気なく吐き捨てて、二人の反応を待たずに下へ下りていく。

 その姿に憤慨したような視線を送る紅葉に、苑は言った。


「紅葉、縁を余りいじめないで」

「いじめているつもりはありませんけれど」


 紅葉は肩をすくめて、言ってから少し安心したような顔をした。


「でも安心しました。女たらしで逆玉でも狙っているのかと思ったら、普通の男子ですね。外見は凄い美形なのに……拍子抜けしちゃう」


 紅葉は苑に笑いかけた。


「苑さまのことが本当に好きみたいで……ちょっと可愛い。苑さまがそうそう変な男に引っ掛かる訳がない、と思っていましたけれど」


 苑は頷きながら、紅葉の顔を見つめた。


「紅葉、ごめんね。無理なことを頼んで」


 苑の父親が縁の家のことを良く思っていない、また婚約は形式だけでお互いに束縛しない、という黙契が出来ているとはいえ、里海という婚約者がいるのに交際相手の下で過ごすのはさすがに外聞が悪い。

 そのため、休みの間は学校の寮に残ると嘘をついてここに来ている。

 寮で同室の紅葉には、口裏を合わせてもらうことになる。


 紅葉は胸を張って言った。


「私の仕事は、『苑さまを助けて支えること』ですから。これも仕事の一環です」


 紅葉は「学校生活における苑の世話係」として雇われたが、普段はほとんど助けたり世話をすることはない。

 苑は大抵のことは一人で考え、自分が必要だと考えれば誰にも相談せずに一人で実行する。

 自分の考えを殊更外に出さないだけで、その底にある意思は、紅葉が今まで出会ったどの人間よりも強い。

 むしろ紅葉が納得できない校内の出来事についてや進路のことなど、相談にのってもらっているくらいだ。


 苑が大事なことは、自分に打ち明け頼ってくれている、ということは、紅葉にこの上ない喜びと満足をもたらした。


「お前ら、いつまで話しているんだ、手伝え」


 一階から縁の苛立った声が響いてきて、二人は顔を見合わせて笑うと、返事をして下へ向かった。



 3.


 その夏の日々は、縁にとってこれまでの人生で一番輝く尊い宝物になった。

 朝起きると苑と食事をし、庭仕事をする苑の姿を縁側に腰かけて本を読むフリをして眺めたり、二階のリビングで一緒に勉強をしたり、毎日のようにやって来る紅葉と茶を飲んだりした。


 それはとても穏やかで、幸福に満たされた時間で、大人の苑が側にいてくれた幼いころの日々を思い出させた。

 自分の中の傷つけられた部分が優しく包まれ、長い時間をかけて慰撫されるのを感じた。

 自分は世界からしっかり守られているのだ、そう感じることが出来た。


 苑には、幼いときの自分の側にいてくれた時の記憶があるのではないか。

 ふとした時の言動で、そう思うときがある。


 いずれにせよ、それは苑の意識にしっかりと定着しているものではなく、漠然とした夢のようなものであるらしかった。

 苑と日々を過ごすうちに、それはどちらでも良いように思えてきた。

 自分と同い年の苑が自分に好意を持ち、側にいてくれている。それで十分だった。


★次回

神さまを信じるルート

「第76話 魂恋・7(縁)~『前回』の記憶~」

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