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第67話 憎悪・1(苑)~再会~

(直前ルート)

「第三章 夢想(縁)~神さまに恋するルート~」

「第六章 神室(苑)~あなたを知るルート~」


(ルート開放条件)

 ・条件①がある。

 ・条件②③④のどれかがない。

1.


 二十四歳、大学卒業を来春に控えた夏、苑は数年ぶりに故郷に戻った。


 生まれ育った屋敷の最寄りのターミナル駅の外に出ると、辺りを見回した。

 苑が頭を動かすたびに、髪を束ねている金色の鎖で繊細に編まれた花形の髪飾りが微かに揺れる。

 待ち合わせの相手は、すぐに見つかった。


「苑さん!」


 苑の名前を呼ぶと、頭上で大きく両手を振り駆け寄ってくる。


「紅葉!」


 苑が荷物を持って走り寄るより先に、紅葉が苑の手を取った。


「苑さん、会いたかったあ!」

「久し振り」


 二人は両掌を合わせ、喜びの笑顔をかわす。

 会うのは、昨年の夏以来だ。



 2.


 十六歳、高校一年生の冬。

 苑は「縁を本家に引き取って救うために、本家から出て行って欲しい」という里海の言葉を受け入れた。


(苑さん……僕との婚約を続けて欲しい。そしてこの屋敷から出て行ってくれ)

(君がここにいる限り、縁は決してこの屋敷には来ない。例えどんな場所だろうと、あそこから動かない)


「苑の婚約者兼次期当主」という立場で、里海は本家に腰を落ち着けた。

 その後、里海は苑の父親と交渉し、縁を本家に引き取った。

 少なくとも里海からの報告はそういうものだった。


 紅葉の母親の郁美や他の使用人の話によると、里海の「客人」は客室が集まる別棟の一室に閉じ籠っており、里海が新しく雇いいれた世話係以外は寄せ付けなかった。


「お母さんに、縁さまと会えないのかって聞いたんですけど、難しいみたいで」


 紅葉は悔しさをにじませて、苑にそう言った。


 苑からは「事情があって、縁とは会わないことにした」と口数少なく説明されたが、紅葉には納得がいかなかった。

 それがどんな「事情」であれ、苑と縁が会えなくなることが二人が本当に望んだことだとは信じられない。

 想いが通じあった後の二人を一番近くで見ていた紅葉にとって、それは揺らぐことのない確信であり信仰だった。

 だが同時に、自分自身で考えて出した結論に対する苑の意思の強固さも、紅葉はよく知っている。

 苑にはそれ以上、「事情」を聞くことは出来なかった。


 一度だけ苑に、「縁さまもそれでいいんでしょうか」と聞いたことがある。

 苑は少し考えた後、「それが縁にとって一番いいと思う」と答えた。


 信じない。


 紅葉は、いつも苑のことを見つめていた実体としての縁、苑の側を一瞬も離れたくない様子だった生霊の縁の姿を思い浮かべながら思う。

 縁が苑の側を離れるのが、一番いいと思っているなど、信じないし信じることも出来ない。


(お前、いっつも苑の側にいるもんな)

(俺、お前と一緒に苑を見守っていたようなものだな)

(仲間、っていうか、同志っていうか)


 高校一年生の時、縁から言われた言葉は、紅葉の心の真ん中の一番深い部分に刻み込まれている。


(俺のぶんまで、苑のことをちゃんと見ていろよ)

(任せたぞ、紅葉)


 あまり頼られても困ります、縁さま。


 紅葉は、小柄で美しい少女のような縁の姿を思い浮かべてながら、ふて腐れたように心の中で呟く。


 私じゃあ、縁さまの代わりにはなれないんですから。


 里海から「縁を本家に引き取った」という連絡が来てほどなく、今度は苑の父親が倒れたという連絡が入った。

 それまでさほど大きな不調はなかったのに、父親は信じられないくらい急激に体を弱らせていった。

 結局、父親は病院に入ることを拒否し、苑が高校を卒業するのとほぼ同時に死んだ。

 死ぬ前に父親は、苑を密かに自分の下へ呼び寄せた。


(お前がこの家から……九伊から離れたがっているのは分かっている)

(お前の父親としては、お前をここから出して自由にしてやりたい)

(お前が本当にここを出たいなら、結婚せずともそう出来るように手を尽くそう。どうだ? 苑。九伊から……この屋敷から出たいのか?)


 出たいというより、縁がこの屋敷で保護され生きていくためには出なければならない。

 それが里海との約束だ。


 苑が頷くと、父親は言った。


(本家の血を引く者で、養子に入って九伊を継いでもいい、という人間がいる。他の家の者たちも、恐らく文句は言わないだろう)

(誰? めぐむ伯母さまのところの子供?)


 苑の問いに、父親は答える代わりに目を閉じた。それは明確な、返答することへの拒絶の意思だった。

 どちらにしろ、九伊から出て行くことを決めた自分には関係のない話だ。

 自分が里海と結婚を取り止め、つながりを完全に断って外に出たほうが、縁にとってもいいだろう。

 苑はそう考え、父親の提案に頷いた。


 父親の跡を継いで九伊本家の当主となったのが誰か、苑が知ったのは、父親が死んでしばらく経ってからだった。



 3.


 紅葉が乗ってきた車の助手席に、苑は乗り込む。

 車が走り出すと、懐かしそうに窓の外の風景に視線を向ける苑に、紅葉は躊躇いがちに声をかけた。


「苑さん、……本当に付き添わないで大丈夫ですか?」


 紅葉の言葉に、苑は微笑んで頷く。

 紅葉は苑の顔に、気遣わしげに視線を走らせながら言った。


「でも……あのう、前に話した通り、縁さまは前の縁さまとはだいぶ様子が変わっているみたいです。……私もお母さんから聞いただけなんですけど……」

「ありがとう、紅葉。でも、大丈夫よ。一人で会いたいの」


 故郷に……九伊の本家に戻ってきたのは、権利の放棄など後で問題になりそうな全てのことを片付けるためだ。


 そしてもうひとつ。

 父親の死後、九伊の本家の当主となった縁に会うためだ。


「でも……何で縁さまが当主に……」


 心の中の考えを追いかけていて、つい口に出して言いかけた紅葉は、慌てて口をつぐんだ。

 縁が九伊家を継いだことについては、長く勤めている母親から、それとなく考えられる推測を聞いている。

 それは苑の親族にとって、名誉になるようなものでは決してなかった。


 苑は紅葉の言葉を、気に留める風もなく聞き流した。

 縁が何者であるか、自分とどんな関係にある人物かには不思議なほど興味がわかなかった。

 縁に会える。

 その期待と喜びだけで、胸がいっぱいだった。



★次回

あなたに憎まれるルート

「第68話 憎悪・2(苑)~あの頃のまま~」

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