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第66話 罪悪・6(苑)~償い~

1.


 苑が答えないことを予想していたかのように、里海は言葉を続けた。


「縁は僕と会っているとき、よくあなたの話をしたよ。『神さま』のね。自分がこんな境遇にいるのは全部『神さま』のせいだから、ずっと憎んでいるんだ、ってそう言っていた。『神さま』が自分の目の前に現れたら、ああもしてやろうこうもしてやろう、今まで自分がどんな目に遭ったか全部話して震え上がらせてやる、ってずっとそんな話をするんだ。繰り返し繰り返し」


 里海は一瞬、目の前の現実を忘れたかのように、遠いものを見るような目になった。

 里海の目には、十代半ばの少年だったころの縁の姿が浮かんでいるのだろう。


「僕が少しでも君と会った話をするとね、すごく細かく聞きたがるんだよ。いつもは僕の話なんて、大して興味がなさそうなのにね」


 里海は苑を前にしている時には浮かべたことがない優しい眼差しに、どこか寂し気な光を宿す。


「僕も縁が色々と聞いてくるのが嬉しくてね、つい、君がこんなことを話していたよ、こんな風だったよ、学校ではこんな風みたいだよって色々と話してあげた。そうすると、いちいちそれに注釈するみたいに君の悪口を言うんだ。持久走の順位は三桁みたいだったよ、って言うと『そうだ、あいつがのろいことなんてもう分かっているんだ』とかね、暑い日に外で畑仕事をしていて倒れたって言うと、『日なたで水分も取らずにやるからだ、馬鹿なのか』って怒り出したりするんだ。今すぐにでも君のところに行って、それがいかに馬鹿なことか説教してやりたいみたいな感じだった。

 そういうことを、ずっと延々と聞かされた。ずっと聞かされるとね、段々、自分が君じゃないのが申し訳なくなってくるんだ。ああそうか、縁はこれを本当は全部君に聞いて欲しいんだなって、嫌でも分かっちゃうんだ。そして直接君に会える僕を、縁がどれだけ羨ましく思っているか、もね。僕だって、代わってあげられるものなら代わってあげたかった。そうなったら、縁は僕のことなんか目もくれず、君のところにすっ飛んでいくだろうけれどね」


 里海は自嘲するように笑った。


「そう思うたびに、僕の中に君に対する妬みみたいなものがどんどん積み重なっていった。それで段々、君のことが憎たらしくなってくるんだ」


 里海は苑の姿を、遥か遠くの光景でも見るような眼差しでジッと見つめた。どこか苦痛と憧憬を帯びた眼差しだった。


「本当の君なんて、どうということのない、どちらかと言うと可愛げのないただの女の子なのにね。

 でもそう言うとさ、縁はまた『どうということない』っていうのは知っているけれど、どんな風に『どうということはない』のかとか細かく聞きたがるんだ。

 僕が君を好きじゃなくなる気持ちもわかるだろう?」


 里海はひどく寂し気に呟いてから、苑のほうを見た。


「今は縁はどうなの? そういう恨みつらみみたいなことや、君がいかに鈍臭くて間抜けな女の子かってことを千一夜物語みたいに話すわけ?」


 苑は少し考えてから、微かに首を振った。


「そんなには」

「どんなことを話すの?」

「晩御飯のハンバーグのソースは和風と洋風、どっちが好きかとか」


 里海は笑い出した。

 苑が驚くくらい大きな笑い声だった。


「そうか、ハンバーグか。僕には一度もそんなことは話さなかったな」


 里海は皮肉な目つきで、苑の顔を見た。


「じゃあさようなら、苑さん。ここにはもう顔を出さないけれど、君とは縁を通して長い付き合いになると思うな。縁はここから……『禍室』から出られない。縁は僕のことなんか好きでも何でもないけれど、それでもこれからも僕を必要とするよ。

 君が縁の『憎しみと恨みを受け入れるしかない』ように、僕も縁に必要とされたら、それを受け入れるよ。どうせまた、君への恨みと憎しみというおとぎ話を聞かされるんだろうけれどね」


 踵を返した里海の背中を、苑は黙って見送った。



 2.


 畑仕事を終えて道具を片付けると、苑は家の中に入った。

 二階のリビングに上がると、縁がソファーに座って、本を読んでいた。

 縁はそのままの姿勢で、苑に声をかけた。


「里海が来ただろう?」


 苑は簡単な口調で、「ええ」と答えた。

 縁は独り言のように呟いた。


「デカい声で話しやがって。全部、丸聞こえだ」


 縁は顔を上げて、苑のほうを見つめた。

 苑は縁の意を察したかのように、隣りに歩み寄り腰かけた。

 縁は本をテーブルの上に置くと、横になり苑の膝の上に頭をのせた。


「まだ埃を落としていないから、汚れるわ」


 そう言いながらも、苑の口調はたいして咎める風ではなかった。

 膝に頬を寄せる縁の髪を、優しく撫でる。


「……苑、俺、お前のことが嫌いなんだ」

「わかっているわ」


 苑が優しい口調で答えると、縁は唇を噛んだ。


「何もわかっていない、お前は」


 苑は困惑したように微笑み、縁の頬に手を当てた。

 縁はその手を自分の体のほうへ引き寄せ、強く握りしめる。


「お前は、俺に借りがあるんだから、ここにずっといるんだ」

「うん」

「……ずっとだからな」

「わかっているわ」


 自分の手を握る縁の手が震えていることに気付き、苑は反対側の手で宥めるように縁の頭に触れる。


「俺はお前に恨みがあるから……お前のことなんか気にせずに、おかしいと思うことをするかもしれないけれど……でも、お前はずっといなきゃ駄目だからな。俺に嫌気がさしても、ずっとここにいるんだ」

「私は縁をおかしいなんて思わないし、嫌になったりしない。縁は、何でも自分の好きなことをすればいいわ。私はずっとここにいるから。縁が私にそうしてくれたように」


 自分の手にしがみつく縁の体を、苑は優しく撫で続ける。


「それで私の罪が、少しでも償えるなら」


 縁は押し殺した声で呟いた。


「お前……本当に、何もわかっていない。何も」


 二人はそうやって、長い時間、小さな部屋の中で寄り添い続けた。

 空には夜が広がり、星が静かに瞬き出していた。



(Normal End2 禍室になった/条件③入手)




「罪悪ルート」を完走していただいてありがとうございます。

 これはこれで幸せではないか、と思うルートですが、よりよい結末を目指して二人の話はまだ続きます。


 次回は、苑と縁が出会っている「夢想ルート」「神室ルート」の六年後に二人が再会する「増悪ルートです。

 引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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