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第60話 揺籃・18(縁)~復讐~

 1.


 苑の父親……仄と話すときは、苑は自分も付いていくと言い募った。


「二人のことだもの。私もお父さんと話すわ」


 縁はそんな苑を押し留めて言った。


「いや……一人で話したいんだ」


 自分に言い聞かすように、縁は付け加えた。


「もっと早くそうすべきだった」


 苑は不安そうな顔をしたが、最後は手を離し、父親の下へ行く縁を見送った。



 2.


 部屋に入ると、仄はひどく焦燥した様子で椅子に座っていた。

 入ってきた縁に座るよう勧めるどころか、顔を上げようとすらしなかった。

 自分に反応しようとしない仄をしばらく見た後、縁は拳を握り締め思い切って口を開いた。


「小父さん、話がある」


 縁が言葉を続ける前に、不意に仄が口を開いた。


「復讐か……」


 顔を覆った手の隙間から、縁にギラついた眼差しを向ける。

 息を飲んだ縁に、仄は低い声で囁く。


「お前は、あの女にそっくりだ。あの女が取り憑いている。私の母親を狂わせ、妻を殺して、次は娘か。お前は私をどこまで苦しめるんだ、結」


 縁は唖然としたように、仄の顔を見返す。

「結」というのは、縁の母親の名前だ。


「神さま」への忠誠と憎悪で心を裂かれ狂った女。

 仄には、自分が母親に見えているのだろうか?


「『穢れ払い』のあと、私はお前の足下に膝まづいて懇願しただろう。澪との婚約は破棄するから私の妻になってくれと」


 澪? 


(苑の母親か……?)


 仄は立ち上がり、酔ったような足取りで縁のほうへ歩み寄る。

 縁は反射的に一歩後ずさった。

 仄は、そんな縁の手を取り、膝まづいて足にすがりつく。


「お前の『神』はいなくなった。お前を支配した、あの男はもういない。それでも、まだ許せないのか? 『神』の息子を禍室に落としても……?」


「『神』の……息子……?」


 縁は凍りついた瞳を、自分の足を抱く仄に向けた。

 仄は、縁の足に祈るように頬を当てる。


「お前とあの男の息子と私の娘が結ばれれば、神と禍室はひとつになる。私の母親も妻も、そして娘もお前の憎悪に喰いつくされる。それで満足か? これで、私の父親の支配から逃れられるのか?」


 縁は動かない瞳で、じっと仄の顔を見下ろした。

 仄は、縁の美しい顔を仰ぎ見る。


「私の父親の息子と私の娘は、お前の望み通り結ばれる……」


 仄は顔に悲痛な表情を浮かべ、赦しを乞うように呟いた。


「お前の復讐は叶ったよ、結」



 2.


 仄の部屋から出たあと、縁は自室に戻り電話をかけた。

 何回かコールが鳴った後、相手はすぐに出た。


「縁……?」


 電話の向こうから、声が聞こえてくる。

 声を出すことが出来ず、ただ小刻みに震えながら声が出るその機器を握りしめる。


 しばらくの沈黙の後、電話の向こうから声が響いた。


「すぐに行くよ」



 どこでもいいから、この屋敷ではない場所に連れて行って欲しい。

 車で迎えに来た里海は、そう言われると、出会った時に縁を連れていった山の中の別荘まで車を走らせた。

 縁は里海と会ったときも、車中でも、別荘に着いてからもずっと無言だった。


「高校は、行かなくてもこのまま卒業出来るよ。少しゆっくりしたらいい」


 里海は縁のために部屋を用意すると、そう声をかけた。


 縁はベッドに腰かけて無言で俯いていたが、不意に顔を上げた。

 里海を見つめる青みがかった黒の瞳には、虚ろな深い闇のようだった。

 だがその奥に、何か切実な光があった。

 里海はその光に誘われるように縁の隣りに座り、小柄な身体を抱きしめる。

 自分の顔をジッと見つめる縁の唇に唇を重ねる。

 僅かに開かれた口の中を舌で愛撫しながら、里海は縁の体をベッドに横たえた。


 それからひと月。

 ずっと、この場所にいる。



「苑さんからまた連絡があったけれど」


 里海は、窓の外を眺めている縁の背中に話しかける。


「知らないって返事をしておいたよ」


 里海はしばらく返事を待ったが、縁の背中は動かなかった。

 里海は一瞬、そちらへ近づこうとしたが、何か見えないものに阻まれたかのように、踏み出しかけた足を止めた。

 どこか切なさを含んだ眼差しで何ひとつ反応しない縁の姿を見ていたが、やがて諦めたように部屋から出ていった。


「今度はここが禍室か」


 聞き慣れた声が聞こえてきて、縁は僅かに目を上げた。

 見覚えのある中性的な容貌を、縁は何の驚きもなく見つめる。

 十谷は、淡々とした口調で言った。


「ノイは君のことを必死に探し回っている。君が余計なことをするから」


 十谷は半ば苛立ったように、半ば不思議そうに、透明感がある端整な容貌をしかめた。


「僕は言ったよね? 君の役目は終わりだ、黙ってノイを見送れって。一体、何だってあんな意味のないことをしたんだい? 馬鹿馬鹿しい」


 縁が何も答えないと分かって、十谷はため息をついた。


「まあいい。結果は同じだったから」


 十谷は黙って自分を見る縁に、念を押すように言った。


「いいかい? 今度こそ余計なことはするな。君は、あの男に一生囲われていろ」


 十谷は黙っている縁の顔を、皮肉のこもった眼差しで撫でた。


「悪くはないだろう? あいつは君を喜ばせるのが得意みたいだから」


 縁の青みがかった黒の瞳に僅かに怒りが揺らめく。

 だがそれはすぐに消え、縁は再び窓の外に顔を向けた。


 縁が次に振り向いた時には、十谷の姿は消えていた。

 縁は立てた膝の上で腕を組み、その中に顔を埋めそのまま動かなくなった。




(BAD END5 神さまから逃げた)


(分岐)

 →縁を九伊家に引き取らない。

「第二章 元型(苑)~あなたがいないルート~」



※※※


「揺籃」ルートを完走していただいてありがとうございます。

 面白かったら、ブクマやレビューをいただけるととても嬉しいです。


 次回は、第二章「あなたがいないルート」のその後です。

 大学を卒業し、大人になった苑が故郷に戻り「会えなかった」縁と出会う「あなたに会いに行くルート」。


 引き続き、二人の行く末を見守っていただければ幸いです。

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