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第54話 揺籃・12(縁)~六星里海の登場~

1.


 春になると、縁と苑は高等部に進学した。

 縁は一颯と同じクラスになり、急速に仲が良くなった。


「これもユングとかいう奴が言うシンクロなんとかなのか」

「いや、これはただの偶然だな」



 2.


 一颯は声をかけられ、苑たちの勉強会に教え役として参加していた。


「苑は俺が入瀬のことを好きなことに気付いているからな。それとなく協力してくれるんだ」


「だから俺も苑に協力しようと思って、お前に声をかけたんだよ」と一颯は説明した。


「縁も来いよ。中学のことは、もう時効だろう」


 一颯はそう言ったが、縁は何だかんだと言ってその機会から逃げ回った。

 あの時の苑の仮面のような表情を思い出すと、苑の前に出て行く勇気が持てなかった。

 一颯はやれやれ、というような大人びた仕草で肩をすくめたが、それ以上誘うことはなかった。



 3.


 夏休みに入ると、縁は「紹介したい人間がいるから、一度戻ってこい」という連絡を九伊家から受けた。

 それが一体誰なのか、紹介される前に紅葉から聞くことが出来た。


「苑さまがお見合いをするんです」


 中学生三年生のとき、苑を泣かせて以来、紅葉の縁に対する態度はひどくつっけんどんだった。

 一応は主筋ということもあり、縁がなんだかんだ言って苑のことを思っていることを知っているため、話せば何とか答えてくれる程度には関係は回復していた。


「見合い?」


 聞いた瞬間、縁の顔が強張った。

 衝撃を受ける縁を見て、紅葉は少し心が和らいだのか立ち止まって話を続ける。


「遠い親戚の人だ、って言っていましたよ。苑さまは前から言われていてけっこう頑張って断っていたんですけれど、今回は旦那さまにそうとう強く言われたみたいで、とりあえず会うだけ会うことになったそうです」


 紅葉は呆然としたような縁の顔を見て、何となく口をつぐむ。

 口には出さなかったが、同じことを考えていることが分かる。


 苑の父親を初めとする九伊家の人間は、未だに苑と縁の仲が深まることを警戒している。

 そのために苑の婚約を急ぎ、それを「既成事実」として縁にも目の当たりにさせたいのだろう。

 ここまで露骨で強行な手段を取る理由は、自分の「禍室」という出自だけが原因ではないような気がする。

 苑の父親や玖住は、縁と苑の間に結びつきが生まれることをはっきりと恐れていた。


「相手はどんな奴なんだ?」


 苑が奪い去られるかもしれない、という恐怖と憤りに身を震わせながら、縁は紅葉に詰め寄った。

 紅葉はあやふやな口調で答える。


「分家の人で、うちの学校の大学部に通っているみたいです」


 縁は暗い感情で瞳を燃え立たせながら考えた。

 誰であれ、自分から苑を奪い取ることは許せない。

 もしその男が、苑を連れ去ろうというなら、どんな手を使ってでも阻止する。


 どんな手を使っても。



 4.


 苑の見合い相手として紹介された六星里海むつせいさとみは、縁や苑よりも五つ年上の二十一歳だった。

 苑や紅葉が通う学園の大学部の学生で、法学を専攻している。

 整った顔立ちはしているが、ハッと目を引き付けられるほどではない。

 余裕のある自然な雰囲気が人をくつろがせ心地よくし、いつの間にか好感を抱く。

 癖が強いところも過剰なところもなく、かといって個性がない、面白味がないわけでもない。

「社交という場にふさわしい人間」の最適解のような男だ、と縁は反感を込めた眼差しで里海の顔を睨む。

 青みがかった黒い瞳が暗い光で燃えたっているのが、自分でも分かる。


 一方、里海はそんな縁を瞳を大きく見開き、呆然としたように眺めていた。

 いつもは外見にこういった明け透けな賞賛の眼差しを向けられることを不快に感じるが、この時ばかりは「自慢の外面の良さが崩れているぞ」と指摘して笑い出したい気持ちだった。


 そういった気持ちが、笑みになって外に僅かに漏れ出たのがわかった。

 里海は、まるでその笑みを直接口をつけて吸い味わっているかのような、うっとりとした目つきになる。

 縁は顔を背けたが、その後も里海の視線が執拗に自分に向けられ、粘りつくように追ってくるのを感じた。

 まるで視線が愛撫であるかのように、顔の表情を伺い首筋を這い、夏服の下を想像され、手を入れられている。

 縁は身震いし、その不快さに耐えた。恐らくこの視線の不快さは、向けられた自分にしか分かるまい。

 里海もそれを知っている。

 自分の視線に含まれる意味を受け取るのは縁だけであることが分かっており、その意味をあからさまに伝えようとしている。

 余りに露骨で無遠慮なやり方に、怒りと屈辱が沸き起こり身の内を焼いた。

 しかし怒りで瞳を燃え立たせるその姿は、余計に里海のことを喜ばせただけだった。


 人前で縁の体を鑑賞し存分に嬲ると、里海は満足そうに瞳を細めた。

 情事の後のような顔つきに、縁は嫌悪と吐き気を覚える。

 里海は別れ際に、握手を求めるフリをして縁の手の中に連作先を書いた紙を忍ばせた。


 新たな怒りがわき、自室に戻ると同時にその紙をクズ籠の中に叩き込んだ。

 だがしばらく考えているうちに思いついたことがあり、その日のうちに紙に書かれた番号に連絡した。


★次回

神さまと育つルート

「第55話 揺籃・13(縁)~君は売られたんだ~」

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