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第48話 揺籃・6(苑)~中学生になった~

 1.


 中学生になる前に、苑と縁は一人の少女を紹介された。


「初めまして、三峰紅葉です」


 紅葉は苑や縁と同い年で、はきはきとした物言いと俊敏な動き、明るく如才ない表情が印象的な少女だった。



 2.


 紅葉は九伊家に使用人として雇われた母親と一緒に住み込むことになり、苑の学園生活を支えることと引き換えに、春から同じ学校に通うことになっていた。


「玖住さんから苑さまと学校生活を送るについて、たあ~~くさん注意事項をいただきました。すっごい細かくて、嫌になっちゃいますよ」


 紅葉は冗談半分にそう言い、玖住の真似などをして苑を笑わせた。


 苑の「ご学友」に紅葉を選んだのは、玖住だった。

「九伊の本家の娘となると、純粋な好意から近付く人間ばかりではないから、これも義務だと思って側付きの人間を置きなさい」と父親から言われたときは、多少違和感もあったし、その相手と上手くやっていけるのか不安もあった。


 だが紅葉にひと目会った時から、信頼できるし心を通わせることができる相手であり、紅葉も同じように感じてくれるに違いないという直観が働いた。

 そして紅葉と過ごす時間が長くなるにつれ、その直観は確信に代わり、縁とは別の意味で強い絆で結ばれるようになった。


「苑さま、これオフレコなんですけれど」


 ある日、紅葉は迷うような顔をして、人差し指を口元に当てながら話をした。


「実は……玖住さんから、苑さまと縁さまの仲を少し気を付けて見て欲しい、って言われたんです。玖住さんはこんなはっきりした言い方はしていなくて、私がそう受け取った、っていうだけですけれど」


 紅葉は苑と親しくなるにつれて、「職業的な規範」と「苑との個人的な関係における誠実さ」のあいだで悩むようになった。

 悩んだ末に最終的には多くのことを打ち明けて、苑の判断に任せるという方針にしたらしい。


「難しいですね、こういう仕事って。最初に話をいただいた時は、『大学まで学費を出してもらえるなんてラッキー』くらいにしか思っていなかったんですけれど」


「大人でも塩梅が難しい仕事を、子供に任せるのが良くないと思うわ」


 苑は申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんね、紅葉。私の家のせいで」


 苑の手前、冗談めかして言っているが、相手と個人的に親しくなりつつその相手に秘密を持たなければいけない関係は、とても苦しく葛藤があるに違いない。

 紅葉の境遇が経済的に苦しいものであるために、同年代の人間の「監視」のようなことまで請け負わなければ大学に行けない、ということは苑にはとても理不尽なことのように思えた。

 そして紅葉が強いられている理不尽の一端を、自分が担っていることが申し訳なかった。

 紅葉はそんな苑の気持ちを、いつも敏感に察知した。


「でも、そのおかげで苑さまに会えましたし」


 取り立てて気を使っている風でもない軽やかな口調で、だが気持ちを込めて紅葉はそう言いにっこりと笑った。



 3.


 中学生になってから、苑と縁は学園の寮に入ることになり、話す機会はほとんどなくなった。

 屋敷の部屋も、縁の部屋は別棟の近く、苑の部屋から見るとほとんど屋敷の反対側に移された。


 玖住は元々、苑と縁が仲が良いことを余り歓迎しておらず、二人が毎晩同じベッドで寝ているとわかった時には、顔を青ざめさせて苑のことをキツく叱った。

 二度とそんなことはしないと約束しないのであれば、父親に言いつけて縁は他所の家に引き取ってもらうとまで言われたため、仕方なく縁の部屋にはいかない、部屋にも入れないと約束した。

 その時を境に、二人が一緒にいる時間は急激に減った。

 中学校では二人が親戚同士で同じ家に住んでいることを知る人間は、ほとんどいなくなった。


 苑は、せめて学校で縁と話をしたいと思うのだが、縁は相変わらず学校では苑の存在を無視し、中学で出来た友達に囲まれているために近づくことが出来なかった。


「縁さま、いくら何でもちょっとひどいですよね。まるで知らない人みたいに、苑さんや私のことを無視して」


 紅葉は、縁に無視されるたびにそう言って怒った。


 小学校の時に縁に言われた

「学校では余り構わないけれど、俺とお前はずっと一緒だ」

 という言葉は、苑の中にいつまでも風化することのない巌のように存在していた。

 だが、学校でやりたい放題やりながら楽しそうに生活している縁を見ていると、きっと縁はそんなことはとっくに忘れてしまったのだろうと思う。

 でもそれは今が楽しいからで、何か辛いことがあったときに縁は自分のことを思い出すかもしれない。

 その時は力になれるようにしておこう。

 そう思っていた。


「まったく、苑さまは縁さまに甘いですよね」


 苑がそう言うと、紅葉は呆れたように肩をすくめた。



 4.


 縁のことを除くと、苑の学園生活は平穏なものだった。

 入学したばかりのころ執拗に絡んできた佐方四央さかたしおともいつの間にか仲良くなり、入瀬七海いりせななみ十谷縁とおやゆかりという友達も出来た。

 幽霊部員から成り立っていた園芸部に入り、ほとんど一人でいつも裏庭の小さな畑の世話をしていた。

 紅葉からは「私も一緒にやりますよ」と言われたが、性格が活発で体を動かすことが好きな紅葉に付き合わせるのは申し訳なく「紅葉が好きな部活に入って欲しい」と伝えた。

 代わりに生徒会活動に力を入れたい四央と自由な時間を確保したい七海が籍を置いてくれた。十谷も入部し、作業を手伝ってくれた。


「ノイは本当に植物が好きなんだな」


 毎日飽かずに世話をする苑の姿を見て、十谷は感心したようにそう言う。

 十谷の言葉に、苑は顔を少し赤らめた。


「植物は丁寧に世話をするとちゃんと育ってくれて……そこが好きなの」


 十谷は優しい笑いで目元を緩ませて言った。


「ノイらしい」



 5.


 中学生になって最初の夏休み。

 家庭の都合や部活動の関係、受験を控えた中高等部の三年生は、長期休み中も寮に残る生徒が多い。

 苑も畑の世話をするために、学校に残ることにした。

 寮で同室の紅葉も残ると申し出てくれたが、屋敷で紅葉の帰りを待つ母親の郁美のことを思うと、ずっと一緒に残ってもらうわけにもいかなかった。


「郁美さんも夏休みでしょう? たまには親子二人でゆっくり過ごして」


 紅葉が半ば照れ臭そうに半ば申し訳なさそうに、この地方で有名な温泉に母親と二人で泊まりに行くというので、苑はそう言って笑って見送った。



 6.


 夏休みの間、苑は一人で過ごすことが多かった。

 同じように寮に残った十谷がたまに畑を見にきたり、一緒にご飯を食べたりしたが、四六時中一緒にいるという感じではなかった。

 朝起きて、学生が自由に使えるキッチンで弁当を作り、畑に行って一人で作業をして弁当を食べ、陽射しが強い午後は図書館や自室で過ごす。

 夕飯は学食で済ますことが多かった。


 そういう日々を繰り返していたある日、畑仕事をしているところに縁がやって来た。



★次回

あなたと育つルート

「第49話 揺籃・7(苑)~幸運~」

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