第44話 揺籃・2(苑)~あなたに会える~
1.
その日。
苑は、父親が帰って来るのをいつも以上に強く待ちわびていた。
「苑と同い年の親戚の子を、うちに引き取りたいんだ」
父親が苑にそう話したのは、今からひと月ほど前のことだった。
「余りいい環境で育てられていなくて、うちで一緒に生活したほうがいいんじゃないかと思ってね」
そう言われた瞬間。
その子がどんな子か。
苑の頭にすぐに浮かんだ。
すごく綺麗な子だ。
長い黒髪は艶やかで真っすぐで、肌は抜けるように白い。
不機嫌そうな光が浮かぶ瞳は夜みたいに黒いが、光の当たり方によって深海のような青色に見える。
今日、父親がその子を迎えに行き、一緒に帰って来るはずだ。
夕方になって、使用人頭の玖住が苑の部屋にやって来た。
「お嬢さま、お父さまがお呼びです」
玖住はいつも通り、顔の筋が一本一本がピンと張られたかのような厳しい顔つきで、苑にそう伝えた。
玖住は、苑が生まれるずっと前から九伊家に仕えており、その姿は苑の記憶の中でまったく変化がない。
いつもきっちりとした姿をし、個人的な感情がまったく伺えない厳しい表情をしている。
生まれたときに母親を亡くした苑にとっては、誰よりも忠実な使用人であると同時に母親代わりでもあった。
玖住は苑を甘やかすことは一度もなかったが、それでも生まれたときから自分の側にいるこの女性にとって、自分は唯一、彼女が個人的な愛情を捧げる対象なのだということは感じ取っていた。
「玖住」
苑は、真っすぐに伸びた玖住の背中の陰に隠れるように歩きながら言った。
「引き取られた子、見た?」
「旦那さまからご説明がありますよ」
玖住の横顔も声を普段と何も変わらなかったが、苑は何故か玖住が何かを不安に思っているように感じられた。
「お嬢さま」
ふと玖住は、早口なひどく不明瞭な口調で言った。
いつも自らの言動を視えない線で作られた確固とした枠の中に収めているかのような玖住には、珍しいことだった。
「引き取られてきた子は、九伊につながる家系とはいえ複雑な血筋の子です。仲良くするのはもちろん大事なことですが、お嬢さまももう大きくなられたのですから、どの相手とどの程度の節度で接するかは心得て下さっていると、玖住は思っております」
それだけ囁くと玖住は元の厳めしい表情に戻り、返答を待たずにさっと前を向いた。
玖住は何かを恐れている。
あの玖住が。
それは苑にとっては青天の霹靂と言って良かった。
そういった玖住の態度は苑を不安にさせると同時に、今から会う相手への期待を嫌でも高まらせた。
★次回
あなたと育つルート
「第45話 揺籃・3(苑)~親分と子分~」




