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第36話 神室・7(縁)~告白~

 1.


 縁と紅葉が何やかやと話しているところに、苑がやって来た。


「やっぱり紅葉にも、縁が視えているのね」


 苑は大きな瞳を丸くして、縁の姿を見る。


「縁と一緒にいたいと思っているから、幻覚でも見ているのかと思っちゃった」


 縁は懸命に平静な表情を保とうとしているが、苑の言葉に笑みが抑えきれず、口の端や頬がぴくぴくと震えている。


「苑に『側にいて』って言われたから、仕方なく来てやったんだ」

「物理的にずっといろっていう意味じゃないですよね、それ」


 抑えても抑えきれない歓びで得意げな様子をしている縁に、紅葉が横から突っ込む。

 紅葉の言葉は無視して、縁は横柄な眼差しで苑の顔を見た。


「お前が言うから、来てやったんだぞ、苑。俺は、こう見えてけっこう忙しいんだがな」


 苑は微笑みながら言った。


「ありがとう、縁。凄く嬉しいわ。学校で縁に会えるなんて」


 紅葉はその様子をジッと見ながら思う。

 苑は縁には、とことん甘い。

 縁の横柄な態度や傲慢な物言い、自分の真意は言わず、そのくせ察しろという態度は、紅葉から見ればひどい甘えにしか見えないが、苑は縁のどんな我儘も甘えも、穏やかで優しい態度で受け入れる。

 まるで一人息子を溺愛する母親か、ろくでもない男の言いなりになる彼女のようだ。


 紅葉の目から見れば、二人は出会ったころから見ているほうが気恥ずかしくなるくらい相思相愛だ。苑の縁に対する態度、縁が苑を見る眼差しを見れば、そんなことは嫌でも分かる。

 だがその二人の間の引力が、余りに急激に、かつ過ごす時間が長ければ長いほど強烈になっていくように見えて、多少なりとも緩衝材があったほうがいいのではないか、その役割が自分ではないか、そう思い、夏休みの間は二人が住む家に通いつめていたのだ。


 詳しい事情は分からないが、縁がひどく複雑な環境に置かれていることは、紅葉にもわかる。

 余りに強烈な感情は、周りの全てを破壊してしまい、その結果が苑と縁にとって望ましいものとは限らないのではないか。

 そんな漠然とした不安があった。


「七海は一颯に勉強を教えてもらう、って言っていたわ。私は寮に戻るけれど、紅葉はどうする?」


 苑の問いかけに、紅葉はすぐには答えなかった。苑の隣りから、縁の強烈な視線を感じる。

 紅葉はため息をついて答えた。


「私はしばらく七海に付き合います。苑さま、先に帰っていてください」


 紅葉の言葉に、苑の隣りで縁がひどく満足そうな顔をする。


(……苑さまが、縁さまのことを甘やかすのも、ちょっと分かる……)


 寮のほうへ連れ立って歩きながら、嬉しそうに苑にまとわりつく縁を見て、紅葉はそう思っていた。



 2.


 寮は二人部屋で、苑と紅葉は中学生のころから同室だった。


「たぶん、配慮してもらっているんだと思うの」


 この学園は九伊の分家が運営している。

 紅葉は元々、苑の学校生活を支えるために雇われているのだから、大人たちのあいだで考慮しているのだろう。


 室内はドアを開けると左手にトイレと風呂場があり、奥が部屋になっている。突き当りの窓を挟んで両側に二段ベッドと、勉強机が置かれており、間の空間に小さな卓とクッションが置かれている。

 苑は浴室で私服に着替えると、クッションの上に座っていた縁に声をかける。


「縁、コーヒーでいい?」


 縁は頷き、落ち着かない様子で辺りを見回した。

 苑の様子を見に来たことは何度かあるものの、こうして客人として招かれたのは初めてで、どうふるまっていいのかよく分からない。

 この状態で物を食べたり飲んだりできるのか? とふと疑問に思ったが、出されたコーヒーに口をつけると熱さと苦さが体の中に流れ込んでくるのを感じた。

 苑がそんな自分の様子をジッと見ていることに気付き、縁は頬を微かに染めてコーヒーの入ったマグカップを卓の上に置いた。


「縁、何だか小さくなっていない?」


 苑は縁の姿から目を離さずに、目元を優しく緩めた。


「可愛い」


 縁は顔を赤くして、顔を背ける。


「お前な、男に可愛いなんて言うな」


 苑はクスクスと笑いを漏らした。


「だって可愛いんだもの」


 苑はひとしきり笑ったあと、首をかしげて縁を見た。


「今の縁は何なの? 幽霊? ではないわよね?」


 縁は小さくなった自分の体を見回しながら答えた。


「分からない。前から出来たんだ。意識だけ抜け出せるというか……。でも、お前に視えるのは初めてだな」


 言ってから、これでは「自分が前から苑の様子を見に来ている」と告白しているようなものだ、と気づいて、縁は慌てて口を閉ざす。

 苑にそのことについて何か言われたら、紅葉に言われたときのように「好奇心だ」と答えようと思い身構えていた。

 だが、苑は特に何も言わなかった。

 手を温めるように両手でコーヒーの入ったカップを持ちながら、目元を僅かに染める。


「何だか不思議。こうやって縁と二人で学校にいるのが」


 その幸福そうな声の響きに励まされて、縁は顔を上げて苑のほうを見た。


「そ、苑……一緒に住んでいた時のことだが」


 苑は縁の言葉に反応するかのように顔を上げた。口の端に僅かに微笑みを浮かべて、首を傾げるようにして縁の顔を見る。

 その顔は縁の目にはひどく愛らしく、眩しく映る。

「穢れ払い」をしてから、以前にも増して強力な、理不尽な磁力に似たものを苑に対して感じる。


 許されるなら、その体につかまってどこに行くにも連いていたい。

 そんな幼い子供のようなことを思っている自分の内心が恥ずかしく、しかも苑の視線にそういった内心を見透かされているように感じられて、縁はうっすらと目元を赤くした。

 その赤みを隠すために慌てて顔を背け、視線の先にある家具に話しかけるような調子で言葉を続ける。


「一応、確認しておきたいんだが」


 縁は一瞬奥歯を強く噛み締めてから、思い切ったように言葉を吐き出した。


「一緒に住んでいた時の……ああいうことをすることについて……お前は、……どう考えているんだ?」



★次回

神さまを見守るルート

「第37話 神室・8(縁)~告白の続き~」

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