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第34話 神室・5(縁)~学校が始まった~

 1.


 夏休みが終わり、学校が始まった9月1日。

 苑と紅葉はクラスで簡単なホームルームを受けた後、クラスメイトと教室で話していた。


「ノイちゃんと紅葉は焼けてないね~。どこも行かなかったの?」


 肌が小麦色になった入瀬七海いりせななみが、苑と紅葉を見て声を上げる。


「七海はどこか行ったの?」

「うっふふ~沖縄~。石垣島に行ったんだ~」


 ニコニコして七海は、土産をみんなに配る。


「私もハワイの別荘で過ごしたの。皆さん、これ食べてね」


 七海に負けじと佐方四央さかたしおが、ハワイ土産の菓子を配り出す。


 ひとしきり夏休みの話題で花が咲いたあと、四央は生徒会に行くために、十谷は在籍する天文部に行くために席を外した。

 紅葉は、飲み物を買いに自販機に向かった。

 人数分の飲み物を買い、教室の入り口まで来たとき、ギョッとしたように立ちすくんだ。

 見慣れた人影が、体を隠しながら、教室の中を覗きこんでいた。


「え……縁、さま? な、何で、ここに……!」


 声をかけられて縁は振り返った。

 幽霊でも見たかのような表情で自分を見る紅葉を、縁もまた驚愕の表情で見返した。


「も、紅葉?! お前……」


 縁は長い睫毛に縁取られた青みがかった黒い目で、紅葉の姿を凝視した。


「視えるのか? 俺が……」

「み、視える、って……」 


 どういう意味ですか?!

と叫ぼうとした瞬間、縁が手で紅葉の口をふさぎ、人気のない廊下の隅まで引っ張っていった。

 周りに人がいないことを確認すると、ようやく手を離す。

 紅葉は少し顔を赤らめて、縁の秀麗な容貌から目をそらした。


「し、信じられない。まさか、苑さんの後をつけて学校まで来たんですか? ストーカーじゃないですか! こ、怖い……」


 半ば気まずそうな、半ば拗ねたような眼差しでそっぽを向いている縁の姿を、紅葉さまじまじと眺めた。


「私服なのに……よく入ってこれましたね」


 紅葉は、ふと首を傾げた。


「あれ? 縁さま、何だか……小さくなっていませんか?」


 目の前の縁は、夏の間、毎日会っていた縁よりも、明らかに年齢が幼く見える。

 小柄で線が細く、口を開かなければ十二、三歳の美しい少女にしか見えない。


「苑を見に来るときは、いつもこの姿になるんだ」


 縁は不機嫌そうに答える。


「『見に来る』? そう言えば、さっきも『視える』のか……って……」


「もっみじ~~」


 紅葉が言いかけた瞬間、背後から突然抱きつかれる。


「な、七海!」


 紅葉は咄嗟に、縁を隠すように体の影に覆った。


「あ、あの……あのね、この子は……」


 慌てて縁のことを何とか説明しようとする紅葉に構わず、七海は言葉を続ける。


「もうっ! こんなところで一人で何しているんだよお~。暑いんだから、早くジュース、ジュース」

「え……?」


 七海は目の前にいる縁には、まったく目もくれない。

 まるで紅葉以外、誰も存在していないかのようだ。


「おい、紅葉。……アホ、俺の声には反応するな」

「あれ? 紅葉。どうしたの?」


 話し始めた縁のほうへ思わず振り返った紅葉に、七海が怪訝そうに問いかける。

 紅葉は慌てて言った。


「う、ううん、何でもない。変な虫がいたみたい」

「ふざけるな、誰が虫だ」


 縁が紅葉の足を軽く蹴ったが、紅葉は何とか反応せずに耐えた。

 縁は紅葉のほうを向き、話し始めた。


「俺はお前以外の人間には視えないし、声も聞こえない。だから人前では、俺に反応するな。頭がおかしくなったと思われるぞ」


 一体誰のせいで……と言いたかったが、七海がいるのでグッと我慢する。

 縁は、独り言のように続けた。


「おかしいな、今までお前にも視えていなかったんだが……どうなっているんだ?」


『今まで』?

 と突っ込みたかったが、これまた言葉をかろうじて飲み込んだ。

 七海が、紅葉の背中を押した。


「とにかく早く行こうよ。ノイちゃんが待ちくたびれているよ」

「そうだ」


 突然、縁が声を荒げた。


「こいつまでこっちに来たということは、苑とあの男が、いま二人きりじゃないか」

(あの男……?)


 どうやら縁は、その男の動向を伺っていたらしい。

 紅葉と七海に先立ち、足早に教室へ戻っていく。


「七海、いま、教室には苑さん一人なの?」


 七海は紅葉から受け取ったオレンジジュースに、ストローを刺しながら答えた。


一颯いぶきがいるよ」

「一颯が?」


 七海はオレンジジュースを口に含み、その冷たさに顔を綻ばせた。


「宿題見せて、って言ったらさあ、教えてやるから自分でやれって。それじゃあ意味ないじゃん、ほんと石頭だよねえ」


「宿題を自分でやることに意味がない?」と思わず首を捻りそうになったが、疑問を言葉にするより早く教室にたどり着いた。



 2.


「ジュース買ってきたよ~」

「私がね」


 教室に入ると同時に叫んだ七海の言葉に、紅葉は小声で付け加える。


 教室の中では、困惑したような表情の苑と銀縁の眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の大人びた表情の少年が、向かい合って座っていた。

 机には夏休みの課題が広げられており、苑の隣りにはぴったりと張り付くように縁が寄り添い、目の前の少年の顔を剣呑な目付きで睨んでいる。

 課題の上に目を落として何か説明をしていた少年が、七海の言葉に顔を上げた。


「入瀬、説明を始めた途端、逃げるなよ」

「に、逃げてないよ~」


 気まずそうに笑う七海に向かって、縁が噛みつくように言う。


「そうだ、お前がいなくなったせいで、苑とこいつが二人きりになったんだ」


 端で聞いているとかなり情けない言い分だが、本人は気付いていないようだ。

 十二、三歳の幼い姿のせいか、姉を取られた駄々っ子のような可愛らしさがないこともない。

 紅葉が苑の様子を伺うと、苑も縁の姿が見えているようだった。戸惑いと驚愕と喜びが、微妙な配合で入り混じった表情をしている。

 状況を見ると、紅葉が飲み物を買いに行っている間に一颯がやって来て、七海がやっていなかった宿題を教えることになったらしい。


 一から教えようとする一颯と丸写しさせてくれと懇願する七海の攻防を見ていると、苑の隣りにいる縁が合図を送って来た。


「あれ? 紅葉、どこに行くの?」

「ちょっと……え、えっとお、と、トイレ? かな?」

「『かな』?」



★次回

神さまを見守るルート

「第35話 神室・6(縁)~好奇心~」

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