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第32話 神室・3(縁)~月明かりの中~

 1.


 その夜は明るい月明かりの中で、何度か体を重ねた。


 苑を腕に抱き、その温かみの中に体を沈めていると、自分が本来いるべき場所に収まったかのような、やっと本来あるべき自分になれたかのような、今まで感じたことがないような安心感と幸福感で心が満たされた。

 運命の悪意によって捻じ曲げられただけで、本来、自分はこうあるべき存在だったのではないか。

 そんな確信が、理屈を超えて胸の中に生まれ、快楽と共に全身を支配する。


 それは禍室を訪れる「客」たちの卑しい欲望によって暴力的に引きずり出される快感からは、決して得られない神秘的な感覚だった。



 2.


「苑……大丈夫か」


 自分の腕の中でまどろむ苑の頭を労わるような手つきで撫でながら、縁は躊躇いがちな小さな声で尋ねる。


「体……。……お前、初めてだから……」


 苑は縁の言葉に微笑んで頷き、安心したようにまた目を閉じた。


「も、紅葉の奴に、何か言われるかな」


 自分の内心をうまく表現できない人間に特有のもどかしげな調子で、縁は口を動かした。


「あいつにバレたら……すごくうるさそうだな。い、言わないでおくか、しばらく」


 苑はクスリと小さく笑った。小刻みな笑いの波動が、腕を通して縁の体に伝わってきて、縁は顔を赤くした。


「な……何だよ、何か喋れよ」

「縁……」

「な、何だ?」


 苑は縁の腕に触れ、ジッとしたまま言った。


「すごく幸せ」

「あ……あ……そうか、そうか、良かった」


 縁は自分も何か問われると思い、夜の中でしばらく息を詰めて苑の言葉を待った。

 しかし苑が何も言わないので、何をどう言っていいのか、何を言うべきなのかわからないまま、再び口を開いた。


「お前……お前、よく見ると、まあまあ、か、可愛いな」


 苑は嬉しそうににっこりと笑う。

 縁はその顔を見て眩しそうに眼を細め、ハッとしたように顔を横に向けた。


「ま、まあ、よく見ると、だけどな。普段はそんなに見ないから、よくわからなかったが……」


 苑はふふっと半ば嬉しそうに、半ば自分の感情を表す言葉を見つけられない縁を愛しむように笑った。 

 苑が笑うとその笑いが触れた部分を通して縁に伝わり、体の一番奥の部分をさざ波のように揺らした。

 苑は瞳を閉じて、自分の体を抱く縁の腕に唇をつけながら囁く。


「縁が話しているのを聞くの、好き」


 苑の声の中にある何かが、縁の顔を赤らめさせた。


「苑、俺……」


 縁は、苑の髪をこわごわと撫でながら呟いた。


「お前のこと……ずっと見ていたんだ。『神さま』がどんな奴か知りたくて……。苑は、今ごろ何をしているかな、とかずっと考えていた。お前が元気で楽しく過ごしているなら……、俺がここにいるのも……そんなに意味がないことでもないのか、ってそう思えたんだ」


 苑は縁が驚くほど強く、縁の腕を抱きしめ、そこに自分の顔を押し当てた。

 苑の目が押し当てられた部分が、熱く濡れてくる。


「ずっと一緒にいてくれたのね」


 縁は、自分の前で震える苑の細く白い肩をジッと見つめた。その姿を見ていると、心の奥底にべったりと張りついていたどす黒い汚物が、洗い流されていくような心地がした。


「ずっと側にいて……見守っていてくれていたのね」


 縁は返事をする代わりに、小刻みに揺れる苑の髪に顔を埋めた。

 自分の瞳からも同じように涙が溢れてくるのを感じていた。




★次回

神さまを見守るルート

「第33話 神室・4(縁)~そばにいてね~」

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